第7章
宇宙船「ハヌシュ」の船内は、ヤクブの混乱をそのまま映し出したかのように、歪んだ静寂に包まれていた。彼の目の前には、あの巨大な蜘蛛のような「何か」が、不気味に佇んでいる。
「どうかしまたか?」地球の管制室から、責任者の声が聞こえてくる。
「船長、応答を」
だが、ヤクブは答えることができない。彼の視線は、その異形の存在に釘付けだった。
蜘蛛のような怪物は、痩せ細った人間のような姿をしている。しかし、その動きは滑らかで、まるで宇宙の空間そのものに溶け込んでいるかのようだ。ヤクブの脳裏には、「混信が起きた」という管制室の声がこだまする。もしかして、あの謎の声は、こいつだったのか?
「何事ですか?」
ヤクブは、震える声で問いかけた。恐怖で全身が硬直している。
蜘蛛の怪物は、ヤクブの問いに答えるかのように、ゆっくりと彼の頭に語りかけた。その声は、優しく、しかしどこか不気味に響いた。
「恐れなくていい」
その言葉に、ヤクブは反射的にエアロックへと逃げ込んだ。閉鎖されたエアロックの小窓から、彼は外にいる怪物を見つめる。巨大な蜘蛛の目は、彼をじっと見つめ返していた。
「エアロックに?」管制室からの声が、ヤクブの耳に届く。彼らが混乱しているのが手に取るようにわかる。
「船内の消毒を」ヤクブは、半ば錯乱状態で叫んだ。彼は、この悪夢のような存在を、船内から一掃したい一心だった。
彼の指令を受けてか、エアロックのシステムが稼働し始める。オレンジ色の警告灯が点滅し、船内が消毒モードに入ったことを告げている。
「センサーは反応してませんよ」
管制室からの言葉は、ヤクブにとって矛盾でしかなかった。センサーが反応しないということは、そこに「何か」がいることを感知していないということだ。彼が見ているものは、幻覚なのか?
「重大任務の前に消毒を」
ヤクブは必死だった。幻覚であろうと現実であろうと、この恐怖から逃れたかった。彼の顔は、不安と絶望と、そしてかすかな狂気に彩られていた。孤独な宇宙の旅は、彼の精神を蝕み、彼を未曾有の危機へと追いやっていた。目の前の異形な存在は、彼の心が生み出した幻影なのか、それとも宇宙の真実が具現化した姿なのか。ヤクブは、その答えを知るべく、暗闇のエアロックの中で、ただ息を潜めていた。