第3章
宇宙の深淵を漂うハヌシュ号の狭い船内で、ヤクブは再び地球との通信を試みていた。彼の脳裏には、妻レンカの顔が焼き付いている。しかし、通信は一向に繋がらない。
「レンカから連絡は?」ヤクブは焦燥感に駆られ、地球の管制室に問いかける。
「ありません」
返ってくるのは、冷徹な一言だった。妻からの連絡が途絶えた問題は、彼の心を蝕む深い闇となっていた。漆黒の宇宙に、地球の半分だけが輝く細い三日月のように浮かんでいる。その光は、彼には届かない。
「レンカが応答しません」ヤクブの声は、不安で震えていた。
その頃、地球では事態が動いていた。管制室の片隅で、一人の初老の男性がモニターを見つめている。彼の顔には深い皺が刻まれ、その眼差しは、宇宙の彼方を見据えているかのようだった。彼は、ヤクブが最も信頼する人物の一人、恐らく彼の精神的な支柱とも言える人物だった。
「こんな時に言って申し訳ないけれど…」
彼の言葉は重く、そして静かに響いた。
「問題発生だ」
その問題は、宇宙船の計器故障でも、チョプラ雲の異常でもなかった。それは、ヤクブの私生活に降りかかった、あまりにも個人的な、しかし彼にとっては宇宙の果てよりも重い問題だった。
管制室のモニターには、別室で泣き崩れるレンカの姿が映し出された。彼女は涙で顔をくしゃくしゃにし、何かを叫んでいる。
「寂しさを感じていた妻は離婚を宣言しました」
その瞬間、ヤクブは宇宙船の床に膝をついた。彼の世界が、無重力の船内のように、ぐらりと揺れた。
レンカの隣には、まるで異世界の物体のように、奇妙な機械が置かれている。「チェコ・コネクト」と書かれたその装置は、彼女が地球と繋がっていた唯一の物理的な繋がりを断ち切るかのようだった。
地球の管制室では、別のモニターにレンカの顔が大きく映し出されている。彼女の口元が動く。「愛してる」その言葉は、悲痛な響きを伴っていた。しかし、その後に続く言葉が、ヤクブの心臓を抉る。
「でも人は変わる。お別れよ」