第2話
「もういい加減さ。こんな事言いたくないけどさ。もっと自分の人生大事にしなさいよ!!」
友人の涙を流しながら真剣な表情で紡がれたその言葉は重く心に突き刺さった。
妹が失踪してから5年。大学の合格の連絡を受けた私は職場ですごい喜んでいた。同僚にもよかったねとねぎらいの言葉を頂き、優しい上司は「今日はお祝いに先に仕事上がってもいいよ。ずっと真面目に働いてきたんだし今日くらい妹さんと一緒に遊んできなよ」と背中を押してくれた。
職場から帰り道スーパーに寄って妹を喜ばせるためにごちそうを振舞おうといつもなら買わない高級肉を買い物かごに入れてさらにケーキ屋さんでホールケーキまで奮発した。帰宅してから妹が帰って来るまでにご飯を作って部屋の中を飾り付けして妹になんて伝えようか妄想を膨らませていた。
夜18時過ぎになっても帰ってくる気配がなくて少し不安になったけどもしかして友達遊んでいるのかもと携帯に連絡した。そうだよね、お姉ちゃんと一緒に祝うより友達と遊ぶ方が大事なお年頃でもあるかと張り切り過ぎた自分に少し恥ずかしさを感じながら携帯にメッセージだけ残してもう少し待つことにした。
時計の針が20時を過ぎたくらいからさすがにおかしいと思った。いつもなら遅くなる時は必ず電話くれる子なのに連絡なしにこんなに遅くなったことはない。
何か危ない事に巻き込まれたんじゃと不安になった私は美夜の友人に連絡をしてみるが「お姉さんに連絡した後は急いで家に帰ると言っていた」と言われた。
急いで家を飛び出し妹がいそうな場所を回るがどこにも妹の姿はない。22時過ぎたころにはパニックになっていた私は交番に飛び込みお巡りさんに話をしたが「若い子で合格決まったってなったら羽目はずしちゃってるんじゃない?もしかしたら恋人とかお姉さんに言ってないだけでいたのかも。明日にはひょっこり帰って来るんじゃない?心配することじゃないよ」と相手にもしてもらえなかった。
―――
1週間経過して失踪届を出した。一月経過したころには警察も少しは話を聞いて動いてくれる気配はした。ネットでも妹の写真をあげるのに悩んだが投稿して目撃情報を募った。
半年たっても何の情報も得られなかった。
生きていくためにお金が必要だから仕事だけは毎日こなして、休みの日はチラシ配りをしながら人々に助けを求めた。でも何も出てこなかった。
誰も妹を見た人が一人もいなかった。最後に目撃されたのは大学で、そこからどこに行ったのか誰も分からなかった。
行方不明者を探す団体などにも声をかけていただき、親切心から協力してもらったりもした。
1年経過したころは病院で鬱と診察された。パニック障害も併発していて、何のやる気も出なくて部屋に引きこもっていた。外が怖くなっていた。
それでもずっと私を心配してくれた職場を紹介してくれた友人は定期的に私に連絡を取り、優しい言葉をかけてくれていた。優しい友人の言葉を受け止める心は自分にはなくてとにかくふさぎ込んでいたけど5年目にして友人に泣き叫ばれて言われた言葉が重く突き刺さった。
―――
「優月は十分頑張ったんだよ。ねえ。美夜ちゃんだってこんなお姉ちゃんでいてほしいわけないよ。いい子だったもん。お姉ちゃんの事大好きな妹ちゃんだったじゃん。私だって優月にこんな死んだみたいな生き方してほしくないよ。ねえ。もう前向こうよ。あんたの人生まだ終わってないんだよ」
「―――っ」
心がぎゅっとした。声にもならない声が出た。私の人生はそう、まだ終わってない。
美夜がいなくなった日から止まっちゃったように感じてるけど本当は止まってない。
私だけ止まっちゃってるだけで時間はすぎてた。
「まだ……私にやり直せん……のかな……」
あまりにも喉奥が苦しくて声が震える。
「あ……当たり前でしょ!!まだあんた24歳だよ!!まだ全然!やり直せるに決まってるでしょ!!!」
友人が泣きながら私をぎゅっと抱きしめてくる。私もそっと友人の背に手をまわした。
「うっ...……」
もう涙なんて枯れたと思っていたのにどこにそんなに自分に水分があったんだろうと思うほど目から涙があふれた。
その日は友人が差し入れに持ってきてくれたご飯を食べた。久々に何かを咀嚼した。暖かい味がした。これが生きてるって事なんだと実感した。
翌日目が覚めた。まだ早朝だったけど外は少し明るくなっていてカラスの鳴き声が部屋に届いていた。心が少し晴れた気持ちになった私は頑張ってお風呂に入って体をきれいにした。
ずっと洗ってなかった髪の毛を乾かすのは大変だったけど体をきれいにしたことでさらに気持ちが少し上がった。
「お母さん…….美夜……私もう1回頑張るね。二人ともいなくなって寂しいけどまだ二人に会いに行くには早いから……私もうちょっと頑張ってみるよ」
3人で笑顔で笑ってる写真にぽそっとつぶやく。
「お散歩でも行ってみようかな。ずっと外出てないし。この時間ならあんま人にも会わないよね」
適当に楽な服を身に着けて家を出た。
「公園とか近くにあったような……あっちだったかなあ」
数年外に出なかったため記憶があやふやなまま覚えてる範囲で道を進もうと歩き出した瞬間目の前が真っ暗になって
――
気づいたら知らない場所にいた。
「危ねえっ!!」
「えっ?!」
腕をつかまれた私は男性の怒声に驚きながら振り返るとそこには赤毛のウルフカットされた男がいた。目は釣り目で頬には薄い傷跡がついている。薄汚れた服で少し怒ったような顔をしながら私の腕を引っ張って走り出す。
状況がまったく分からない私は「ちょっと!!放しなさいよ!」と叫ぶが「馬鹿野郎こんなところでそんなかっこで棒立ちしてたら奴隷商人に売り飛ばされるんのがおちだ!どこのお嬢さんか知らんけど今は黙ってろ!悪いようにはしねえから!!」と怒鳴り返されて口を閉じた。
よく見るとどこかの路地裏で治安はかなり悪そう。後ろから怪しげな服を着た男達が私達を追っかけてきている。しかもみんな日本人に見えない。ヨーロッパ……?みたいな中世的な顔してる。私の近所いつからこんなインターナショナルに……。てかこんな治安悪い場所だった?
いろいろな考えが頭の中を駆け巡ったところで大通りに出た。
その大通りには大きな女性の象が立っている噴水があった。周りにいる人と比較すると思いのほか顔が平たい感じで愛嬌ある顔で日本人のような顔をしている。ローブのようなものを着て何かの棒を上へ掲げていてテレビで見たアメリカの自由の女神っぽいポーズをしている。
「ここまでくればあいつらも諦めるだろ」
赤毛の男は私の腕を放し呼吸を整える。私はそんな彼の行動も目に入らないくらい目の前の象をじっと見つめた。
「ねえ…あれって誰」
心臓がありえないほど動いてるのを感じながら彼の方を見る。この時周りの音がすごい静かで私の意識は彼の口が開いた言葉を聞くために集中していた。
「あれって、知らねえのか?5年前だっけ、突如現れて魔物の邪気をたちまち消し去った聖女ミヤ様だよ。」
息が止まった。