第1話
人って何回絶望するんだろう。
これ以上絶望することってないよねって思って生きてきたけどさすがにこれはないよね。
異世界召喚とかって漫画とか小説の中の話じゃなかったの?
目の前に広がる見たこともない景色を見ながら私、名木野 優月は乾いた笑いをした。
―――
「お母さんー!お弁当まだー?」
玄関の前で母を呼ぶ妹の美夜の声を耳にしながらバッグに荷物をつめた。
教科書、ペンケース、コスメポーチ、とほかになんか必要なものあったっけ。
大丈夫かな。
キッチンにある弁同箱を二つ持ち玄関に向かう。
「どうせキッチンにあるんだから自分で持ってきたらいいでしょ」
ため息をつきながらピンクの弁当箱を差し出した。
「えへへ。だってめんどくさいんだもーん」
憎めない顔で笑う妹にあきれながらも靴を履いた。
「優月ありがとうね。お母さんもうちょっとしたら仕事でないといけないから美夜の事よろしくね」
廊下の端からひょいと顔を出して片手を顔の前に出しながら母は謝っていた。
「お母さんもお仕事頑張ってね。行ってきまーす!」
「行ってきまーす!」
「いってらっしゃい」
母のお見送りの声を背に姉妹で家を出た。
「お姉ちゃん知ってる?最近異世界召喚って流行ってるんだよ?いきなり知らない場所に召喚されちゃって苦労とかなんかすんだけど最後は王子様とハッピーエンドなの!」
「何そのご都合主義展開。あれでしょ、当て馬キャラとかいて主人公がモテたりするんでしょ」
「そうそう!そんで主人公は実は聖女でさ~」
「はいはい。てか今日はバイトで帰り遅くなるから夕飯美夜一人でなんとかできる?」
「ええー。もーお姉ちゃんまで仕事なのー?しょうがないなあ。夕飯作って待ってるよ!」
「どうせレトルトカレーくらいしか作れないでしょ」
「あははっ。バレたー?」
他愛ない会話をしながら学校へ向かう。美夜は高校1年生の16歳。私は大学2年生の19歳。
あんまり勉強が得意な方ではなくて中の上くらいをキープしてる私は大学をこのまま続けるか専門職に就こうか悩んでいる。
友人に紹介された工業事務所でバイトをしていてこのまま真面目に続ければ正社員としても雇用してもらえる話が出ている。
本当は大学ちゃんと卒業することも考えたけど最近の母は口には出さないが仕事をしすぎている。私と美夜を学校に行かせるために頑張ってくれてるのは分かるんだけどそろそろ肩の荷おろさせてあげたいな。
―――
「名木野さん!病院から電話です!お母様が――」
「交通事故ですか?母は助かるんですか?――」
「5時4分、ご臨終です――」
「お葬式の準備とか優月ちゃん大丈夫?叔父さんが手伝うよ。いろいろ手続きとかね、大人の手借りたいでしょ――」
「明美も娘二人残して死ぬなんて。後悔しかないだろうね。優月はでかくなり過ぎだが美夜は年頃でいいな。うちにおくか――」
「お姉ちゃん私お姉ちゃんと離れたくない。あの叔父さんなんか気持ち悪い――」
「妹は私が責任を持って面倒見ます!あなた達の手なんて借りません。帰ってください!――」
「私を正社員にしてください!大学は辞めます!ここで働かせてください――」
「お姉ちゃん私高校行ってていいのかな?私もバイトとか始めようか?――」
「大丈夫!美夜は私が守るから!お姉ちゃんに任せなさい――」
「お姉ちゃん今日結果発表なんだけど怖い。どうしよう。受かってなかったら――」
「もしもしお姉ちゃん?受かってたよ!!私受かってたよ――」
―――
母親の事故死から、いろいろな事が起きても美夜のために頑張って生きてきた。
仕事も順調に進んで美夜の大学受験も応援して、合格したら一緒にパーティーしようと約束していたのに。
合格の連絡をもらったその日、美夜はいなくなった。
警察にも届けを出して、美夜の友達や聞ける人には話を聞いて、あちこち探した。
でも忽然と、そう忽然といなくなった。存在事消えるみたいに。