008 旅先のワナ
アンジーは姿を消して付いて来てくれている。
綺麗な娘が姿を消すのはもったいないが、目立ってしょうがないからな。
輝くから夜だとなおさらだ。
『寂しい所ですね、もっと賑やかな所に行きましょうか?』
「いいんだ、ちょっと考えがあってな」
サトウキビの事もあるんだが、滅びた国のその後が気にかかる。
街としては大きい方だが道は荒れ、家並みは木造で古くて痛み補修を繰り返しているらしく継ぎはぎになっているのが貧しさを感じるが、道にゴミが捨てられていることはないので荒んではいない。
貧しくはあるが国としての機能は、さほど問題なさそうだ。
取りあえず酒場に行ってみるかと進むと、明かりが見えてくる。
道に数人がいて話しているが、その一人の娘が寄って来た。
「お客さん、宿屋を探してる?」
短めの髪をした小柄な娘が愛想よく言う。
「泊まりじゃないんだ、酒場をな」
「じゃあそっちへ案内するよ、旅の人?」
「ああ」
腕を引いて路地へ入ると小さいながらも明るく賑やかな店がある。
中は思ったより広く20畳ほどだろうか、壁際のテーブル席へ案内される。
「軽めの酒とつまみを貰えるかな、適当でいいよ」
「は~~~い」
店内に客は3人、地元の人らしいのが端の方に座っていて静かに飲んでいる。
店主とおかみらしき二人が手早く料理準備をし、さっきの娘が酒を出す。
5分ほどで運ばれてきたのは白くやや濁った酒と、煮物と木の実だろうか。
どちらも良い匂いだ。
『お待ちください、それには毒が入っています!』
アンジーの声が急に聞こえた が、他の人には聞こえていないようだ。
「毒?」
小さな声で聞いたが大丈夫か?
『私達の会話は気付かれません、 毒と言っても体調が悪くなる程度ですが、食べない方が良いですよ』
毒を入れるとは何の為だろう? 強盗?誘拐か?
『多分、介抱して別料金を請求するのではと、悪い噂が広がらない程度に』
「なるほど、収入を増やす為か」
法外な料金を請求するよりはましなのか? しかしどうするかな。
あえて罠にはまってみるか?
『では毒を浄化しましょう、気分が悪い振りだけで済みます』
「それはいいな、そうしてくれるか?」
浄化後、酒を飲みながらつまみを食べていると、店主達がこちらを伺っているのを感じるが気付かぬふりをする。
10分ほど経ったがもういいかな?
「すまんが気分が悪くなってきたんでもう帰るよ、勘定はここに置くから」
立ち上がるとふらついた(振りをする)
「おっと」
「あ、お客さん危ないですから休んで行かれては?」
店主から声がかかり、すぐに娘が体を支えに走って来る。
「ささ、こちらへどうぞ」
これでいいかな?
『引っかかった振り、お上手ですよ』
娘に腕を引かれて奥の部屋に通され、長椅子に寝かされた。
「今、水を持ってきますから」
部屋から出て行って自分ひとりになった。
「さーて、どうしてやろうか?」
『軽い罪ですので、お手柔らかに・・・』
「わかってるよ、ほどほどで」
すぐに水を持ってきてくれ、それをだるそうに飲みぐったりと横たわる。
「う~~ん、悪酔いしたかな? 疲れがたまっていたのか」
などと言ってつらそうな振りをすると店主とおかみがやってきた。
「こりゃ医者を呼ばなきゃならんな、お客さん金はあるかい?」
「でもあんた、お医者は高いよ、いいかね?」
「ああ、少しは持ち合わせがあるから」
懐から金貨を出すと3人とも驚いて見た。
「じゃあ、俺っちが呼んでくるからな、待ってろすぐだ!」
金を持って店を飛び出していった。
あの店主、なかなか芝居が上手いな・・ 慣れていると見た。
しかし夜なのに医者が来るのかね? どうせ偽者だろうけどな。
5分ほどで戻ってくると初老の痩せた男を連れて来た。
「やれやれワシは寝ようと思ったのに、強引に連れてきおって・・往診料も貰うぞ」
こいつもうまいな、まったく 劇団並みだ。
もっともらしく診察の振りをしてから眉間にしわを寄せて首を振った。
「これは・・ここらの風土病にかかっとるな、金貨がもう一枚あればいい薬を使えるがあるかな? なければ時間はかかるが別な薬をだな」
「あるから頼む」
すぐ金貨を出すと目の色が変わった・・・全員が、だ。
「それなら大丈夫だ! 明日には治るぞ」
いそいそとカバンを開けて大事そうに小瓶を取り出した。
「こいつを飲めばたちどころに回復だ、さあ飲みなさい!」
『それはただの香草汁ですね、無害ですが薬効は有りません』
アンジーがすぐに教えてくれる。
当然彼らには聞こえていない。
なるほどね、張り倒してやろうかと思ったが、考えが変わった。
腰の剣を素早く抜いて医者の首筋に当てた。
「私をだますとはいい度胸だ、皆首をはねてやろうか?」
全員を睨みつけてやった・・・こちらもいい芝居ができればいいが。