004 5分間って意外に長い
目の前に砂時計が現れた。
『それでは5分間、存分に戦ってください』
アンジーの声と共に砂時計がひっくり返され、砂が落ち始める。
目の前にいるのは逞しい鹿のような胴と足に狼のような頭、背中には蛇が数十匹
触手のように蠢いて不気味な事おびただしい。
これが魔物か、何という生き物か・・きめら? 妖怪の類なのか ああもう。
見ていると獣が口を開けた・が、牙が多く、二重? 三重? しかも伸びた?
しかも顎がさらに開いて・・何だあれは?! 猪でも飲めそうなほど開く!
サメか大蛇のような口になった。
「何だあれは! 反則だろ?! 化け物ではないか? あんなのと戦えと?」
『はい、魔物ですのであれは化け物ですね』
優し気な声で『化け物ですね』じゃないだろ!
物凄く気色悪いわ!!
剣士になりたいと思ったことはあるが、化け物退治がしたいわけじゃないのだ。
「あんなのを本当に斬れるのか? 勇者になった気がしないのだが、本当か?!」
『勇者の技は使えますが、心がついていってないようですね? 』
むむ・・・ 確かに、怖気づいているな、我ながら。
そう思うと目の前にある剣に目が行った。
鉄と違う深みのある輝きが、吸い込まれそうに落ち着きを誘う。
何度見ても見事な出来の、正に名刀中の名刀、これを持って怖気づくとは・・・・
腰が引けているのに気付いて背筋を伸ばし、深呼吸をする。
中段に構える、これは基本中の基本だが相手の気配が変わって警戒している。
体をやや縮め、回り込もうとするがそちらへ動くと下がる。
『あと4分ですよ』
声が聞こえたがそんなに要らないだろう、相手は1匹なのだ。
そう思った瞬間すぐ目の前に来ていた。
飛びかかってきたのかと思ったが、違う、自分が飛び込んでいた。
魔物は既に横切りで真っ二つになって、首と胴体が離れている。
次の瞬間には胴体が左右に分かれた。
自分の腕が見えなかったが、二度振っていたようだ。
3分割された体が地に落ちる。
これが勇者の剣技なのか、自分のやったことなど子供の初歩程度だな。
風切り音がまだ耳に残っている。
汗がどっと出て来た。
剣を振ると血?体液? が飛び散る、立派な剣が穢れたようで気が引ける。
『その剣は自然と浄化されます』
アンジーが言うと、汚れが霧のようになって消えていく・・ これは便利だ!
さすがは神の物、穢れた物を鞘に納めるのは嫌だしな。
『魔物はまだいますけど、やりますか? あと3匹は控えてます』
時間はあるな、砂が半分以上残っている。
「よし、やろう!」
先ほどより大きなのと、別の種で牛並みの体のを2頭、滅多切りにした。
まだいるらしかったが気配で逃げて行ったのでほっておいた。
「今日はこれまでにしておくか、寝不足はまずいし」
『あ、その件ですが言ってませんでしたね、元の体は寝てるので大丈夫ですよ』
「元の体? 寝ているとは?」
『今のは神から授かった仮の体ですから元の体は今寝ています、ぐっすりと』
「なるほど、では昼は鍛冶師で夜は勇者として思う存分暴れられるか」
1日5分とはいえ実際剣を振るのは一瞬だろう、達人はそれで勝負が決するよな?
つまり節約すれば十分なはずだ。
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目が覚めると、既に明るくなっている。
寝床の中、非常に寝心地の良い布団にくるまっていたが、夢ではなかったよな?
『夢ではありませんよ、おはようございます 勇者様』
「おお、アンジーか お早う」
姿は見えないが声は聞こえている。
「アンジーは天使だから姿は見えないのかな?」
『天から話しておりますので、そこからは見えませんが本当は見えるんですよ、神様の許可があればそちらへ行けますから』
その時コンコンとノックの音がした。
「シスター・アリシアです、お目覚めでしょうか? ムライ様」
シスターが朝食を持ってきてくれた。
外国のご飯だとパンやスープだと事前にアンジーが教えてくれていたので驚かない。
少し多めだし、スープには豆や肉が入っているので良い食事だとわかる。
元の暮らしの倍はあるだろう。
やはり優遇されている。
「わざわざ持ってきてくれてすまないな」
「いいえ、神の御客人ですから当然の事です、それよりどなたかと話してました?」
「ああ、アンジー、 天使様とな」
「天使様ですか?! それはお邪魔をいたしましてすみません!」
「いいんだ、朝のあいさつ程度だから、 それより今日から鍛冶を始めるつもりだ」
「はい、それでは助手に言っておきます」
「助手? 私の助手・・かな?」
「シスター仲間に鍛冶士の子が居りますので、その者がお手伝いを」
女子ができるかなとは思うが、助手がいるのはありがたい。
鍛冶場にいると、その子が連れられてやってきた。
「おはようございます、元気に行きまっしょい!」
「こらルアン! 失礼ですよ、ご挨拶は静かに礼儀正しく!」
元気だが小さい子だ、鍛冶は体力いるんだが大丈夫だろうか?
「私、体力は自信あります! 小さい時から鍛冶を手伝ってますから」
今でも小さいけど・・・ まあいいか、それなら。