023 夢の世界
「あれはな、夢の世界へ行ける薬なんだよ」
そんな話から唐突に始まって、突拍子のないことが続いていく。
「夢ったって、普通の夢なんかじゃねえぞ、体感は有るし見た事もないような不思議な物が色々出てくるんだ! 月の向こうまで飛ぶ船だとか海の底へ行ける服だとか、太陽を吹き飛ばせる武器だとかな」
そんな、勇者でも無理な話が次々に出てくるが、なんだかただの夢と思えない。
「皆が想像したこともないような綺麗な物や、複雑な道具が出てくんだぞ! あれが自分の夢とは思えないってすごい評判でな、俺も使いたいぐらいだ!!」
薬の売人が使うわけにはいかんだろうが、気持ちはわかる。
そんなものが有るならさぞ魅力的だろう、破滅的でもあるがな。
「この薬は近年出来たんだがな、どんどん値上がりしてるしこの国の奴らは知らねえんだ、貧しい国どころかここには宝の山があるってのにな」
興奮したように話し、目の色が変わって来る。
それほど金になるなら、奴隷などオマケと言うのも頷けるか。
しかしそんなものが有るとは・・ いったい誰が作ったのか。
「そして、どこに運ばれるのだ」
「そ・・・・・ それは・・・・・・」
急に言葉が淀んだのがよほどの相手と見える。
「お前達の責任にならなければいいのだろう? 薬を届けた後なら問題有るまい。 向こうで偶然見つけた事にすればよい、そうだな?」
「それなら・・まあ、そうか」
渋い顔ながら納得したらしく、顔つきが緩くなった。
「隣の国、シルベルグ王国の辺境伯でな、ゴールディ氏の所だ・・・・ 」
「ほう、貴族か、それはそれは」
「あんたがどうするかは自由だが、あそこには凄腕がそろってる。 一人で行くのはどれほど強かろうが無謀だぞ」
青い顔をしてそう言うからには本当なのだろう、貴族ならそれなりに兵を揃えるか。
「たとえ捕まろうが俺達の事は言わんでくれよ」
「わかっている、預けた娘の事もあるしな、それを言っても良いことが無い」
シルベルグ王国の辺境貴族か、どんな人物かと兵力を調べんといかんな。
それは後の事として・・・だな。
「では、預けたあの娘の様子を見ておくか、いいな?」
「あいつか、もう寝ていると思うがな・まあいいか」
渋い顔で腰を上げて家を出る。
外は暗いが月が出ているので足元は十分見えるし、辺りも徐々に見えてきた。
「ん? 起きてるのかあいつ」
すぐ先の小さな家に明かりがついているのが見える。
そこのドアに男が手を掛けた。
「お~い、俺だ、 開けるぞ」
ゆっくりとドアを引くと二人の娘がテーブルをはさんで座っていた。
「二人とも起きてたのか、客人だ」
後ろを指さして言うが、客人というより邪魔者と言いたげな顔だがと思う。
あの娘は無気力そうだが血色は良く見える。
もう一人は少しひねたような機嫌の悪そうな顔つきだ。
「あんたかい、この子が眠れないようだったから茶を飲んでたんだ」
「あ~~、こいつはな村の娘で両親は病気と事故で死んでな、そいつと歳が近いから世話役にしたんだ、話が合うかなと思ってな」
しかしその娘は渋い顔だ。
「でも話しかけてもろくにしゃべらないんだよ、ぼうっとしてさ」
「そうか・・」
顔を近づけても反応が鈍く、焦点の合わない眼でこちらを見るだけだ。
「まあいい、血色が良くなってるし、乱暴されてる様子もないからな、上等だ」
「乱暴なんてしてないよ!、 仲間と同じに扱えって言われたし・・・」
二人は不満そうではあるが言いつけを守っているのはわかった。
懐から小さめの袋を取り出して、中身を確認すると少し割れたかな?
「お土産がある、二人には少ないかな? 気にいったらまた持って来よう」
「おみやげ?」
差し出すと村娘が受け取って中身を見た。
「サトウキビで作った菓子だ、甘いぞ、お茶受けにいいから二人で食べろ」
「サトウキビ? うまいの?」
村娘が少しかじり、もう一つを差し出す。
「ほら、あんたも食べな、騎士さんがあんたに持ってきてくれたよ」
娘は少し反応して菓子を持って食べ始めた。
「じゃあな、しばらくしたらまた来る・・達者でな」
軽く手を振って家を出ようとすると、村娘が驚いたように言った。
「あ、あんた・・・」
振り返るとあの子が菓子を齧りながら一筋の涙を流していた。
黙ってゆっくりと噛みしめるように、食べながら泣いている。
床にぽつりぽつりと涙を落としながら、ゆっくりと噛み続けて。
村娘がポカンと見つめているのを最後に、その家を後にした。
貧しいとは、いろいろ思うところがあるのだ。
自分にも心当たりがあるし、さんざん見聞きした事でもある。
カシラは黙ってついて来ている。
「言いつけを守っているようだから、褒美をやろう」
カシラに金貨を1枚渡す、が、あまり嬉しくなさそうだ。
「黙って従っていればお前達に損は無い、その内もっと良いことがあるぞ」
「そうかよ、だといいな」
渋い顔を見ながら姿を消し、村を後にする。
*********
そうだ、辺境伯の事をアンジーが知っているだろうか?
『呼びました?』
相変わらず早く声が聞こえた。 すぐ察してくれるのがありがたい。
色々聞きたいことがあるのだ。
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