王国闘技大会 前半
王都の裏路地、「赤月亭」と呼ばれる賭博場は、夜になると華やかな灯りを灯し、富と権力を求める者たちを招き入れていた。
テーブルの中央に広げられたカードを前に、ティムは軽やかな微笑みを浮かべていた。
「こんな…」彼の対戦相手である富豪商人は、顔を青ざめさせた。一晩で財産の半分を失ったのだ。
「運命の女神は気まぐれだからね、実に不思議なものだな」ティムは軽快に言った。「昨日の勝者が今日の敗者になる。逆もまた然り」
彼はその日の稼ぎを袋に詰めながら、周囲を見渡した。
赤月亭は王都で最も名高い賭博場だが、その真の目的は情報の取引だった。権力者の秘密、将来起こる政変の予兆、そして冒険者や商人たちがもたらす辺境の情報が、ここで密かに取引されていた。
ティムが今日ここに来たのも、ある情報を手に入れるためだった。
次に開催される「王国闘技大会」の情報だ。国王の誕生祭に合わせて開催されるその大会は、
王国で最も腕の立つ戦士たちと戦闘奴隷が集い、莫大な賞金と栄誉を競う一大イベントだった。優勝者には何でも1つ望みが叶えられるという、破格の条件である。
「やっと来たか」
薄暗い隅の席を見ると、ジュリアン司教補が座っていた。
「神の家の使者が賭博場にいるなんて、信者が聞いたらショックだろうね」ティムは冗談めかして言った。
「教会の使命として来ているだけだ」ジュリアンは苦々しい表情で答えた。「王国闘技大会について調査している。今年は何か変だ。何らかしらの思惑があるのだろう」
「それで私を呼んだんだね」ティムは椅子に腰掛けた。「何かわかったことは?」
「大会を仕切るのはアルベルト王子だ。それと最強闘志であるドノヴァンの家族が収容されている場所の実態も…」
ジュリアンは一枚の羊皮紙をティムに渡した。
「これは酷い…」ティムは青ざめた。「この事実を彼は知らないのか」
「恐らくな」ジュリアンは声を潜めた。「さらに、今年は特別な参加者がいる。異世界から召喚された勇者、ローランドだ」
「勇者が闘技大会に?」ティムは驚いた。「彼は魔族を討伐するために召喚されたはずだが」
「そうだ。だが最近、戻ってきた。討伐遠征への参加も渋っているらしい」
ティムは考え込んだ。「勇者、第一王子、そして魔族か…」
「我々はこの状況を調査し、必要なら介入すべきだ」ジュリアンは真剣な表情で言った。
「介入?」ティムはカードを器用に指の間で踊らせながら笑った。「私が大会に参加すればいいんじゃないか?賭けに関しては、この世界でも前世でも私の右に出る者はいない」
「無謀だ」ジュリアンは眉をひそめた。「あの大会は命がけだぞ。負けた者は財産だけでなく、命さえ失うことがある」
「人生とは賭けだよ、神父さん」ティムは軽快に立ち上がった。
—-
大会まであと二日。ティムは参加登録のため、王宮の外郭にある登録所を訪れていた。そこには既に多くの戦士たちが列を成していた。
「最後の枠は埋まった」管理人は冷たく告げた。「次の大会まで待つしかない」
「それは残念だ」ティムは肩をすくめた。
登録所を出た彼は、偶然にも一人の若い男性とぶつかった。
「すまない」相手は謝った。
その顔を見たティムは驚いた。異世界から召喚された勇者、ローランドだった。想像していたよりも若く、その目には悩みの色が浮かんでいた。
「いや、こちらこそ」ティムは軽く会釈した。「もしやあなたは勇者ローランド様では?」
「そうだが、君は?」
「ティムだ。ただの戦士さ」彼は自己紹介した。「大会に参加するのか?」
「ああ」ローランドは躊躇いながら答えた。「だが本意ではない。国民に勇者という存在を知らしめるため、と言われている」
ティムは興味深そうに聞いていた。「それで大会に参加するのか?」
「魔族討伐に出かけないなら、せめて士気を高揚させよ、というご命令だ」
「なるほど」ティムは考え込んだ。「さすが勇者殿」
二人の会話は、近くを通りかかった兵士の一団によって中断された。その先頭には、傷だらけの顔を持つ厳つい男がいた。
グレイソンは二人を見て立ち止まった。「ローランド、こんなところで何をしている?訓練の時間だぞ」
「わかった」ローランドはうなずいた。
グレイソンはティムを疑わしげに見た。「お前は?」
「ただの通りすがりです」ティムは無邪気に笑った。
グレイソンは不満そうに唸ったが、部隊を率いて去っていった。
「お目付け役さ」ローランドは告げた。「不自由なもんだろ」
「よく知らない他人と話したい、そんな日もあるさ」ティムは微笑んだ。「私も大会に参加する。もし何かあれば助け合おう」
「君も?だが枠は埋まったはずだ」
「戦士には常に裏口がある」ティムはウィンクした。「それに、私も知りたいことがある」
ローランドは一瞬躊躇ったが、やがて頷いた。
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二人が別れた後、ティムはジュリアンとの待ち合わせ場所に向かった。
「勇者に会った」ティムは報告した。「疲れていたな。魔族討伐に嫌気がさしたんだろう」
「あるいは心境の変化か」ジュリアンは警告した。「どちらにせよ、闘技大会で人となりがわかる。アイリス様も彼を自陣に引き込みたいと考えている」
「アイリス様?」ティムは驚いた。
「そう見ている。アイリス様は特に人間と魔族の関係改善に熱心だ」
「なるほど、パズルのピースが揃い始めたね」ティムは微笑んだ。「明日、私は大会の裏口から忍び込む。そこで何が起きるか見てみよう」
「そこで捕まって終了、なんて間抜けなオチだけはつけるなよ」ジュリアンは溜息をついた。
「おいおい、見くびってもらっちゃ困る」ティムは笑った。