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第5章 剣の記憶と試される力

悠真は、木剣を強く握り直した。


「もう少し、続けるか?」

レノンの目が鋭く光る。

相手の実力を測るような、じっとした視線が悠真に注がれていた。


「……ああ、やってみる」


悠真はそう言いながらも、内心では驚きを隠せなかった。

まるで、体の奥深くに眠っていた何かが目覚めたような感覚がある。

剣の重さ、構え、そして相手の動きを読む感覚――それはまるで、長年の鍛錬を積んできたかのような自然さだった。


(俺は……本当に剣を知らないはずなのに……)


だが、考えている暇はなかった。


「来るぞ!」


レノンが一気に踏み込んできた。

その動きは無駄がなく、地を蹴る瞬間にすでに次の動きを想定しているかのような洗練された動作だった。


「ッ……!」


悠真は反射的に身を翻し、木剣を横に払った。

しかし――レノンはその動きを予測していたかのように、体を沈め、悠真の剣を紙一重で避ける。


「甘い!」


一瞬の隙を突き、レノンの木剣が悠真の脇腹へ向かって振り下ろされた。


(ヤバい――!)


とっさに剣を持ち替え、間に合わせるように木剣を立てる。

「ガツン!」と鋭い音が響き、衝撃が腕を通じて全身に広がった。

悠真は後方に弾かれるように下がり、息を整えた。


「……防いだか」


レノンは口元にわずかに満足げな笑みを浮かべた。


「悪くないな。本当に初心者か?」


「俺も……分からない」


悠真は息を整えながら、ゆっくりと木剣を構え直した。

今の一撃は、リガルドの記憶がなければ絶対に防げなかっただろう。

そして、反撃の機会を探るように、悠真は足を動かしながらレノンの隙を探った。


レノンはすでに構え直し、悠真の動きをじっと見つめている。

「……次は、俺から行くぞ」


悠真は瞬間的に前に踏み込んだ。

木剣を大きく振りかぶるのではなく、リガルドの記憶が示した『最小限の動き』を意識する。


「――ッ!」


レノンの肩口へ向かって、鋭く木剣を突き出す。

しかし、レノンは悠真の剣先を寸前でかわし、逆に悠真の懐へと滑り込んできた。


(マズい――!)


悠真は慌てて横に転がり、間一髪でレノンの一撃を回避する。

地面の砂埃が舞い、二人の間の距離が再び開いた。


「なかなかいい勘してるな」

レノンは目を細め、悠真を値踏みするように見つめる。


「ただ剣を振るうだけの素人じゃない……だが、まだ“間合い”が掴めてないな」


「間合い……」


「そうだ。戦いは、力や速さだけじゃない。“どのタイミングで攻めるか”が重要だ」


悠真は木剣を握りながら、息を整えた。

戦いながら、リガルドの記憶が少しずつ鮮明になっていく。


――幼き日のリガルドも、こうして剣の稽古を積んでいた。

冷たい視線を向ける兄たちの前で、何度も何度も剣を振り、倒れ、それでも立ち上がってきた――。


「よし、今日はここまでにしておくか」

レノンが木剣を肩に担ぎながら、ふっと息を吐いた。


悠真も全身に流れる汗を拭いながら、ようやく剣を下ろす。

「……もっとやれる気がする」

そう言った悠真を見て、レノンは少し笑った。


「気持ちは分かるが、体を酷使しすぎると鈍る。まずは鍛錬のペースを掴め」

「……分かった」


悠真は木剣を握り直し、改めて実感した。


(俺は確かに、剣を握ることに慣れている。だが、それ以上に――)


自分の中に眠る“リガルド”という存在が、目覚めようとしている。

果たして、それが何を意味するのか――。


鍛錬を終えた悠真は、息を整えながら木剣を地面に突き立てた。

全身に心地よい疲労感が広がっているが、それ以上に、ある違和感が残っていた。


(さっきの戦い……何かが、おかしかった)


悠真は、ふと自分の手を見つめた。

剣を握った時の感覚が、異様に馴染んでいた。

それだけではない。レノンの動きに対し、ただの直感では説明できない“確信”のようなものがあった。


「……お前、気分はどうだ?」


レノンが木剣を肩に担ぎながら、悠真を見やる。

悠真は軽く息を整え、深く頷いた。


「変な話だけど……戦ってる間、妙に冷静だった気がする」


「ほう」


レノンは顎に手を当て、何かを考えるような素振りを見せた。


「確かにお前は動きが悪くなかった。剣の間合いを知らない素人が、あれほど防げるのは普通じゃない」


「……俺にも、よく分からないんだ」


悠真は拳を握りしめた。

剣を握るたびに、記憶の奥底から何かがせり上がってくる感覚がある。

それは単なる"リガルド"の記憶ではない。

まるで、自分の奥深くに潜んでいた力が、ゆっくりと目覚め始めているような……。


(……いや、これは……)


急に視界が揺れた。

熱でも出たのかと錯覚するほど、頭の奥がじわりと痺れる。


「……っ」


悠真は思わず目を押さえた。


「おい、どうした?」


レノンが気づき、悠真の肩に手をかける。


「いや……なんでもない。ただ、少し頭がくらっとして……」


そう言いながらも、悠真は明らかに"何か"を感じていた。

視界の端に、まるで歪んだ影のようなものがちらつく。

それは物理的なものではなく、まるでこの世界の奥に隠された“異質な何か”のようなものだった。


(これは……なんだ……?)


そう思った瞬間、悠真の意識の奥で、"声"が響いた。


――お前はまだ気づいていない。だが、お前の眼は、世界の"虚無"を映すものだ――


(誰だ……?)


幻聴か? それとも……。


悠真は再び目を開けた。

すると、一瞬だけ――レノンの体の周りに、黒くゆらめく"靄"のようなものが見えた。


(今の……何だ?)


だが、次の瞬間には、それは消えていた。


「……お前、本当に大丈夫か?」


レノンの声で、悠真は意識を引き戻した。

混乱を隠すように、首を振る。


「問題ない。……ちょっと、疲れただけだ」


「そうか……なら、休んでおけ」


レノンは疑念を抱きながらも、それ以上は追及せず、鍛錬を終えた。


悠真は深く息を吐きながら、改めて自分の両目を押さえた。


(今のは……本当に、何だったんだ?)


自分の中で、何かが目覚めようとしている。

その確信だけが、悠真の中に静かに広がっていった。


(続く)

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