第九話 存分に喰らい尽くせ、我が猟犬達よ
トラブルは起こるもの。
特に最も起きてほしくないタイミングで。
あまり悲観的になり過ぎるような考え方はしたくないが、それでもそんな予期が最悪のトラブルを最悪手前に抑え込む事が出来るかもしれない。
……とまぁそんな事を、オレは前哨基地にて考えていた。
オレ達はここから敵の最前線へと向かう段取りになっている。
ここが最後の休む地点。
あとは一声掛けられたならゴーレムに乗って壁をブチ破る仕事へ向かわなきゃならない。
ああ、憂鬱だねぇ。
「どうしたお嬢ちゃん。作戦前に随分余裕そうじゃないか」
労働の辛さを胸にぼうっとしていると団長に声を掛けられた。
寒空の下にあって、彼の脂肪は断熱材になるのだろうか。
「アアゥ」
「何を言っているのやら。オジサンには分からんよ」
適当な箱の上に座るオレの横で団長も箱へと寄り掛かる。
流石に座るのは荷重の問題がありそうか?
「詠唱封じなのかもしれんが、わざわざヒウムの喉を潰す必要があったのかね……」
「ィウ?」
「ヒウムさ、劣等種じゃなくて俺達はヒウム。彼らをエルフと呼ぶように、我々は自身をヒウムと呼ぶ。これはエルフが教えてくれない事だ」
キランも口を滑らせていた事があったっけ。
ヒウム……それがオレ達の名前なのか。
だがエルフが教えないという事は……少なくともオレが知るべきではないんだろうな。
「オジサンはそんな感じのイケナイ事を沢山知ってる。エルフに言わせれば危険思想ってやつをな」
「ウヴァ……」
「ああ、君はやはり会話のしがいがある。他の子達は少し……意思が薄弱だからね。明確な反応を返してくれる君はちょっかいの掛けがいがあるというものさ」
勘弁してくれ。
それでオレも処罰されたらたまったもんじゃないぜオジサン。
「嫌だったか?だが君はもう知ってしまった。知識は毒だ……それも一度飲めば更に飲みたくなるような、たちの悪いところがある」
ならそれを無理矢理飲ませるとはオジサンは悪いヤツだな……
「他にも毒はある……コレをやろう」
そう言ってオジサンはポケットから取り出した缶をオレに手渡す。
オレの手に大きな手を重ねて、しっかり握るように促して。
「チョコだ。一度甘さを知るとオジサンみたいな身体になっちまう」
大きく硬い手は脂肪の厚みも感じるものだ。
オレの細くて柔な手とはまるで違う。
「戦闘糧食だから美味さに関しちゃ本物には劣るが……お前さんらには支給されてないだろ?」
しかし……手なんか触れてしまって、このオジサンはオレが怖くないのだろうか?
他の劣等種、もといヒウムは遠巻きにするものだが。
「忘れるなよ。俺達はこの大地を生きる人間だ、戦争の為の消耗品なんかじゃない」
この人はオレを人間扱いしているらしい。
……自分で言ってて悲しくなった。
もうすっかり劣等種だの実験体だの新型だの駄犬だの首輪だのと呼ばれ慣れてしまったみたいだ。
だから何というか……その、情けない事に視界が滲み出した。
「たまには甘い物を食べて、人間である事を思い出すんだ。それにコイツは食うと目が覚める」
俯いて恥ずかしい姿を見せないようにしたかったのだが、見抜かれていたのか頭を力強い手に撫で回される。
父親とはこんな感じだったか。
「大事に食いな。大変な仕事前と大変だった仕事の後は特に甘く感じる」
頭を軽く叩く感触の後、足音が離れてゆく。
涙はあまり流したくない。
寒いから顔面冷えるし。
それに自分がそんな環境に居ると思い知らされるから、辛くとも泣きたくはない。
だから暫くの間、我慢した。
涙を奥に押さえ込もうと、缶を握りしめて深呼吸。
缶は不思議と暖かい。
オレの体温とは違う温もりがある。
それでまた少し、我慢の時間が長くなる。
「ゥウ?」
顔が冷えてヒリつき始めた頃、聞き慣れた声に顔を上げた。
……顔を上げたのは失敗だったかもしれない。
「ゥ!」
444号だ。
彼女は飛ぶように駆けて来て、オレの横にピッタリと座る。
そしてオレの顔をガッシリと両手で掴んで目を見るのだ。
恥ずかしいからやめて欲しいです……
「ウゥア?」
赤毛の奥から心配そうな瞳が覗く。
そしてそれが急に近づいて……抱きしめられた。
胸元に抱き止めて頭を撫でるなんて、泣いてる子供をあやすみたいで恥ずかしい。
だが伝わる温もりは悪くない。
悪くないのだが……
「ウググググッ」
加減を学べ加減を!
これじゃ抱擁じゃなくてホールドだよ!
「ア?ウア?」
444号はオロオロと困惑した様子だ。
力の加減が難しいんだろうな。
きっと暴力沙汰起こした他の子も自分の力を分かっていなかったんだろう。
意図せずに相手を傷つけてしまったなんて、きっとどっちも辛くなる。
実際444号も悲しそうな顔をしているものな。
仕方ない、ここは一つ大人として慰め方を伝授してやるか。
「ア!ヴア!」
「──ング!?」
缶を開けてチョコをひと欠け444号の口に放り込む。
面食らった彼女も口の中にジワリと広がる甘さに恍惚とし始めた。
やめなさい、そんな顔するの。
「ンー!ンー!」
喜んでる喜んでる。
子供は笑顔が一番だぜ。
という訳でオレもひと欠け食べてみる。
オレも今は子供だからな、笑顔にさせて貰おうじゃないか。
「ン?ン?」
444号がめっちゃ顔を見てくる。
オレちゃんと笑えてる?
「ン〜ンン〜」
多分笑えてる。
444号は楽しげに歌い出したから、きっと些細な幸せの共有が出来たのだろう。
良かった。
今はただそれだけが胸にある。
不安はなくて、ただ口の中に広がる甘さと444号の笑顔と歌と握った手の温もりがある。
この子は不思議とオレに元気をくれるのだ。
研究所でもそうだった、これからもそうだったら嬉しい。
だから次にチョコを食べる時も彼女と一緒がいい。
缶にチョコはまだ残っている。
「アア」
444号にチョコの缶を握らせる。
失くさないようにしっかりと。
「448号、時間だ」
キランが呼んでいる。
もうそんな時間だったか。
名残惜しいが行かなくてはいけないのだ。
444号の手を離して箱を飛び降りる。
軽く手を振り駆け出してキランの元へ。
オレが彼女の為に出来る事は、少し前を歩く事だろうか。
少し先に朝食を手に入れ、チョコを手に入れ、戦場へ向かう。
444号はオレ達が壁の防御能力を奪った後に突入する主力の側に入るのだろうから、やはりオレが先に居る。
だから気を張らなければ。
オレ達は誰よりも戦場の先にいるのだから。
◆◆◆
前言撤回。
オレは誰よりも戦場の先にいる。
『448号、聞こえなかったか?貴様が先頭だ』
ゴーレム用の塹壕に身を潜めている突入秒読み段階でこんな事を言うのだからキランというヤツはやっぱり嫌いだ。
『いいか、全速力で駆け抜ける。少しでも速度を緩めればその瞬間に死ぬ。予定通りの行動を取らなければその瞬間に死ぬ。そして敵前逃亡は──』
キランのゴーレム、ドライアドがなにやら大きなライフルをガチャリと構える。
『私が最後尾から貴様らを撃つ』
その新しいライフルの最初の仕事は部下を脅す事か……
そして当然のようにお前は比較的安全な最後尾なのな。
『作戦開始のタイミングになれば陽動が火砲の注意を引き付ける。その隙に距離を縮めるぞ』
ああ嫌だ。
普段からそうだが、今回は特に嫌だ。
何が嫌って自分の命を握られているのが怖い。
オレ達が壁に辿り着くまでの道のりには地雷が山程ある。
それをキランは撃ち抜いて、安全なルートを作るのだとか。
キランが撃ち損ねた時には地雷でドカンだ。
それじゃなくとも自分で頑張らなくてはならないというのに、大前提としてキランの腕前に完全に寄り掛かる事になる。
『機体のコンディションは問題ないな?最終確認をしておけ』
実はこれ、三回目の最終確認だ。
キランも人間らしいところがあるとほっこり出来そうなものだが、今に関しては冷徹な狙撃マシーンであって欲しい。
まあ仕方がない。
オレも不安なので計器を見る。
……問題無し!
今回特に重要な脚周りは整備兵のお姉さんもかなり念入りにチェックしていたから問題は起きないだろう。
普段は酷使しない背部魔力パルスジェットも良好。
通常時は若干下方に向けて噴射する、推進の補助に使う装備を今回は全開で吹かして突入する予定だ。
スリルは満点だろう。
オールグリーンを確認したタイミングを見計らったように、遠くから砲声が聞こえ始めた。
連続して何度も大気と地面を揺らし緊張も高まる。
『準備は出来ているな?」
「アー!」
『グァァ!』
『ギギァ!』
『ガア!』
『……ッアァ』
鳴き声すらも中々個性的じゃないか我らがチーメイトは。
『よし──行け行け行け!』
キランの合図に従いペダルを踏み込む。
先頭はオレだ。
塹壕を駆け抜けスロープを上がり正面に聳える壁へと向かって全速全開。
まだまだ距離があるのだが……それにしても大きな壁だ。
全面土ではあるが、それがかえって地形と同じ圧を感じる。
山に向かって戦いを挑むような無謀を感じる突撃に冷や汗が止まらない。
『私が合図するまで魔法障壁発生装置は使うな。アレは消耗が激しい』
オレ達のゴーレムの左肩に取り付けられた装備は砲弾を防ぐ。
防ぐから早くその内側に入りたいのだが!
『突入した後は十分で片を付ける。所詮我々は捨て駒だ、作戦の成否は問わず時間になれば主力は突入するだろう』
それ初耳なんだが!?
今そんな事言う!?
『だが奴等の思惑通りに事を進めてやる必要もない。存分に喰らい尽くせ、我が猟犬達よ』
ああまったく!
やはりキランは嫌なヤツだ!
退路を断って活路を見出させて、更には背中を押しやがる!
『さて、そろそろ敵砲塔の旋回が完了する……ヴェール展開』
「アー!」
ゴーレムの左肩から装置が突き出し、半透明の膜を前方に作り出す。
これがヴェール。
見た目だけなら頼りないが、魔法の力は容易く揺るぎはしない。
有効とは言えない距離から届いた銃撃にも膜はびくともせず、小口径の砲弾ならば表面に波紋を残す程度で防ぎきる。
前方に頼もしい光の膜、後方にはジェットが放出する鮮烈な魔力の光を残して五機は進む。
キランは狙撃の邪魔だからとヴェールは装備しても使わないつもりらしい。
『そろそろ地雷原だ。近くで爆発が起きても速度を落とすな、私が地雷を起爆したルートに従い走行せよ』
嫌な時間が来た。
後方でドライアドがライフルを構えたのを感じる。
銃口に光が灯り、炸裂。
光弾が尾を残して飛翔して地面に着弾……激しく土を巻き上げて爆発。
埋設された地雷が盛大に吹き飛んだ。
『あちらへ進め448号』
誘導灯にしては派手すぎるが分かりやすさは格別だ。
交感によってゴーレムのすぐそばを掠める光弾やら巻き上がる土やら何かの破片やらを肌感覚で味わうが、怯まず進もうと腹を括る。
「ヴアアァ!」
叫べば多少は恐怖も紛れるものだ。
勇猛果敢に突き進む自分を装って一瞬ごとに訪れる死線を越える、越える。
幾つもの銃口砲口を向けられて、その全てを増幅した知覚が感じ取って迫る危機に胸が締め上げられて……
ただ、不思議と口元が緩む。
本能的な防御反応だろうか。
過剰なまでに分泌されたアドレナリンが、唸るエンジンがオレを高揚させて堪らない。
『バンドッグ各機、警戒しろ。敵の魔法が来るぞ』
壁へと目をやれば、大きな機械がこちらに鋒を向けているのが分かる。
あれが魔法の杖なのだろう。
それも巨人サイズで機械仕掛けの。
『ヴェールはあの規模の魔法を受ければオーバーヒートする。回避しろ。方向は指示する』
機械の周囲に光り輝く魔法陣が展開された。
刻一刻と模様を変えて、動きを止めれば準備は完了。
魔法陣の光が強くなり──
『右だ』
直前までオレ達が居た地点を雷撃が打つ。
蛇のようにのたうつ稲光が通り過ぎ、耳の中に嫌な高音を残す。
当たれば死んでいたと、そう思わせるには十分な迫力だった。
『指示通りに動けているな。そのまま集中を維持しろ』
ジリジリと空気を焼く光弾が絶え間なくゴーレムを通り越し、前方からは赤い光が投射される。
『魔法が来るが気にするな。精度の低い賑やかしだ』
光は炎だ。
幾つもの火球がオレ達へ向けて投じられているのだ。
だがキランの指示通り固く歯を食いしばって、操縦桿を握り締めて耐える。
『嵐が過ぎ去るのを待て。無駄に立ち向かうよりも過ぎ去るのを待ち、力を温存する』
実際キランの言う通り、火球は一つも直撃せずに近くへ落ちて周囲に炎を撒き散らすだけ。
ゴーレムの装甲は焼かれた程度じゃびくともしない。
冷静沈着で極めて正確。
やはりアイツは大したものだ。
『壁は目前だ。跳躍の準備を』
もうそんなに進んでいたのか?
壁は大き過ぎて距離感が掴みにくい。
そしてそんなものを越えられるのか?
いや、今更疑問を抱く必要はない。
『タイミングは指示する──3』
ゴーレムの膝を曲げ、ピストンが沈み込む。
『2』
また魔法陣が煌めくのが見える。
『1』
雷が、空へと枝を伸ばして──
『跳べ』
「──ッアアァ!」
地面を全力で踏み込みジェットを噴かせば強烈なGが身体を襲う。
そうして向かうのは雷が行手を遮る突入コース。
最後の足掻きに点ではなく面での制圧を選んだのだろう。
少しでも歩みを止めようとしたその策、果たしてどうか。
ヴェールと雷が接触して激しい明滅と揺らぎが生じる。
だが、それだけ。
ヴェールは保っている。
視界は雷光で埋め尽くされているが、身体にあるのは焼ける痛みではなく浮遊感。
つまりこれは、跳躍軌道の頂点に到達したという事。
嵐を突き抜け役目を終えたヴェールが剥がれ落ちる。
『ハンドラーよりバンドッグ各機へ。暴れたまえ』
回復した視界には壁の向こうの景色が映る。
砲台へと伸びるケーブルや弾薬庫。
何度もエルフを追い返してきた無敵の壁の裏側だ。
「ヴアァウ!」
狙うべき対象は幾らでも見つかる。
視界の全てが破壊対象。
ならばと右肩の新装備を起動する。
それは砲ではあるが砲ではない。
何かと問われれば杖が近く、厳密には巻物。
魔力砲塔はいわば弾帯の代わりに魔法を封じ込めた巻物を装填したチェーンガンだ。
工場で大量生産する際に魔力を予め込めておいて、起動段階でそれを解放する。
キランが賭けで勝ち取ったオレ達でも使える魔法。
それを今、解き放つ。
視界の右側で光が激しく迸った。
炎の大矢が幾本も撃ち下ろされて、オレ達と共に降下する。
ゴーレムの着地より先に着弾した大矢は弾薬庫に突き刺さり、派手な爆発でもって歓迎の花火を上げた。
『敵は多いが、敵からすれば味方が多過ぎる場所だ。上手く撹乱して立ち回れ』
行動開始。
先程まではいわば前哨戦。
オレ達にとっての本番とはここで行う破壊活動だ。
後から来る味方の為に敵の防衛能力を叩き潰す。
キランは早々に単機で駆けて、オレ達五機は連携して敵を討つ。
背を向けた砲塔、何らかの防衛施設、弾薬庫、格納庫……とにかく目に映るものに鉛弾と魔法を撃ち込む。
派手に暴れてご機嫌なチームメイトの叫びが無線に乗っている。
しかしそれだけ目立てば敵も手は打つだろう。
爆発と炎上の鮮烈な赤の向こうから、赤銅色のゴーレムが迎撃に現れた。
勢いに乗ったオレ達に敵はない。
「アアァ!」
『ヴオ!ヴオ!』
ゴーレムを一機二機と着実に落とし、確実に戦果が積み上がる。
戦いの中で一体となったオレ達は言葉が無くとも意思が統一されて、群れとしての戦いが出来るようになりつつあった。
一人が牽制一人が突っ込む。
一人が守って一人が追い立てる。
そして最後に一人が仕留める。
良い感じだ。
良い感じだというのに、視界の端で煌めくものが目に入る。
オレ達が狙って、撃って牽制するその間にキランは二射して二つを撃ち抜く。
オレ達が防御を選ぶその間にキランは一歩の脚運びで敵を斬り伏せる。
キランの一歩は致命の一歩。
次の敵をその確実な殺傷範囲に収める死刑宣告。
一挙手一投足の全てに意味がある。
ゴーレムとはパーツの全てが敵を追い詰める武器なのだと、格の違いを思い知る。
アイツは目の前の敵と戦っているんじゃない、戦場を支配しているんだ。
悔しいと、そう思った。
あの華麗な戦いぶりは見ていると心が躍る。
あんな風になってみたいと思ってしまう。
こんなに憧れてしまうのはきっと、あれが純粋だからだ。
キランをキランたらしめる、あの気高く高慢な振る舞いを裏打ちする唯一のもの。
誰に何と言われようとも跳ね除ける強さ。
道を切り開く強さ。
それが欲しいと、そう思った。
作戦開始より九分オーバー。
おおよそ目標は達成。
地雷を除けば味方は楽に壁のこちら側に来られるだろう。
「フゥ……?」
破壊の限りを尽くしたその跡、黒煙が立ち上り炎が噴き上げる廃墟の向こう側。
何かが見えた。
ゆらり、ゆらりと揺れて……徐々に輪郭をはっきりさせたそれは人型。
赤黒のゴーレムが一機、こちらを見ていた。
「──ッ!」
本能だろうか。
瞬間的にマズイ、と感じた。
感じた次の瞬間には炎の向こうから人型は消えて──目の前に居る。
『448号ッ!』
喉からひゅうと息が漏れるより先にヴェールと盾を構えていた。
構えたはずの防御がない。
『下がれ448号!』
唐突に衝撃が襲い、後方に弾き飛ばされる。
頭が回って分からない。
何故か436の数字が書かれたゴーレムがオレに覆い被さっている。
『良いぞ436号!そのまま下がれ!貴様らではこれの相手は無理だッ!』
珍しくキランが切羽詰まった声を上げている。
『──ふぅ、後学の為に教えてやろう。あの赤黒のゴーレムはリシルの精鋭、エルフの大敵……スコーチ部隊のもの』
赤黒の機体はゆっくりとキランと対峙する。
手には剣──赤熱し、波打つ刃のフランベルジュ。
無数のケーブルが接続されて、高エネルギーを湛えたそれは目に強く焼き付く。
そして、その側には深緑の腕が落ちていた。
……あの一瞬で防御ごとゴーレムの腕を斬り落とされたのか。
『その紋章……スコーチ部隊の近接戦闘の妙手、篝火か』
赤黒のゴーレムには篝火のエンブレムが施されている。
卓越した強者の証か。
『悪いが相手をするには時間が足りない』
キランの乗るドライアドの背から、空へと向けて一直線に光が伸びる。
空へ向かって打ち上がり、やがて弾けて光を放つ。
あれは突入のタイミングを知らせる信号か。
強者同士の戦いは見れないのかと、衝撃に揺れる頭でそんな事を考えていると……ベルファイアが動いた。
ドライアドとの間に数度光が瞬いて、次の瞬間には飛び退き去ってゆく。
地面には無数の溶断痕が残っていた。
『堪え性がない狂人め……』
ドライアドがエーテライトブレードの光を納め、キランは毒づく。
『バンドッグ、無事か?』
「アー」
ホッと一息つけそうだ。
あのベルファイアは殿だったのだろう、周囲を見ればリシルは既に撤退したようで静かなものだ、
壁の向こうから聞こえる音は大きくなるが、味方の到着ならば心も安らぐ。
『仕事は終わりだ。あとは味方に任せて帰投する』
ああ良かった。
強者と遭遇というトラブルがあったものの、無事に終わったなら何よりだ……
『帰ったら存分に休め……いや、帰るまでは気を抜くなと言っておこう。気絶などしないように』
少し落ちかけていた瞼が開いた。
ああもう分かったよ、帰るまでが任務だものな。
ただ帰ったら存分に休んで……そうだな。
チョコが食べたい。
チョコとは言っていますが、じゃがトマ的な厳密なアレコレは考えずに雰囲気でお楽しみくださいね。
あとTSした事により反動で精神的な男らしさに傾いたTSっ娘がどうにもならなくて涙を流す瞬間良いよね……