第八話 特筆すべき戦功を上げる機会を贈るわ
「ヴアァ……」
本当に疲れた……
肉体的にはそうでもないのだが、精神的に疲れた。
ゴーレムで、胴体だけとはいえゴーレムを運ぶのは中々に気を遣う。
人が乗っているのだから楽に運べる形が最適だとは言えない訳で。
かと言って気を遣い過ぎてこちらの機体に負荷が掛かるのも避けたいとなれば中々大変だ。
『オイオイオイオイ!何盛大にぶち壊して来てんだ!?』
『直しておけ整備兵。胴の損害は最低限だ』
『クソッタレ!……この切断痕テメェらのエーテライトブレードじゃねぇか!』
キランは既に無線を切ったのだろうか。
無線からは暫くの間整備兵のお姉さんの罵詈雑言が、オレがゴーレムを格納庫に戻す時まで聞こえていた。
『マジで最悪だ……残りの四機は無事なのか!?』
「アアー!」
オレが無事に帰れたのは機体がマトモに動いてくれたおかげだろう。
実際戦うのはオレ達だけど、ゴーレムの整備をしてくれる人達が居ないと戦えないからな。
高飛車も悪くはないけど、オレは感謝が出来る美少女でいたいね。
「アァ」
ケルッカ君にも感謝だな。
交感を解除するとやけに重い自分の身体に気が付いた。
疲れ知らずの鋼の身体が戦闘の負荷を和らげてくれたのだろう。
体内から魔力溶液をしっかり抜いて、残る不快感を引き摺りコクピットとから這い出れば、やはり夕陽が眩しく感じた。
しかしそんな達成感を楽しむ時間はあっという間に終わりを告げる。
「448号だな!?来い!」
兵士がオレを呼んでいる。
オレは悪さしてないよな……?
不安と共にゴーレムを降りて兵士の案内に従えば、砦の前でキランと合流した。
「448号を──」
「ご苦労、ここまでで良い。448号は私に続け。行儀良くしていればそれで十分だ」
キランは相手の話を遮りオレを連れて砦の中を進む。
普段の……先程の任務中の余裕たっぷりの振る舞いとは少し乖離があるように思える。
歩調も早く、オレは着いて行くのが少し大変だ。
少し駆け足で砦の中を進む。
内部は案外綺麗なもので、むしろ城のような豪華さすら所々に感じる程だ。
甲冑や絵画が飾られた廊下を歩いてすれ違うのは殆どがエルフ。
砦の外でもエルフを見るが、彼らよりも階級が高いエルフ達だ。
そんな彼らはこちらを見ると露骨に嫌な顔をする。
それは泥だらけで屋内に入って来た奴を見るような、咳エチケットを気にせずエッホエッホ咳き込む奴を見るような、そんな感じ。
だがオレは実際綺麗だ。
にも関わらずそんな顔をされて、通りすがりに陰口を叩くのすら聞こえる。
「何故こんな所に……」
「分を弁えない愚かな劣等が」
ああ嫌だ嫌だ。
こうなるとキランの早歩きがありがたいね。
あっという間に目的地に着いたようで、扉の前でキランは身嗜みを整える。
そしてオレを見て、眉を顰める。
「野良ではないのだから、もう少しなんとかならないか」
「ヴー」
キランは息を整え扉へノック。
「キラ──」
「入りなさい」
キランの奴さっき自分がやった事やられてやんの。
出鼻を挫かれ形勢不利か?
促されるままに開けた扉の向こうはとても豪華な執務室。
金銀様々な華美な装飾によく分からない置き物やら絵画やらがズラリ。
しかしそれらを差し置いて最も目立つのが机に向かって何やら書類を見ているパトラ司令官だろう。
「来なさい」
「はっ」
所狭しと美術品が置かれた大きな執務机の前に呼び寄せられたオレ達は、パトラ司令官の睥睨を受ける。
沈黙の中、居心地の悪い時間が少し続いた後にキランが口を開いた。
「貴女の時間は貴重なのでは?」
「ほんっと生意気な奴ね」
アウェーな状況でもこの調子のキランに少し安心する。
無言のプレッシャーが霧散して、僅かに息を吐く余裕が生まれた。
「報告が上がったわ。貴方、部下を斬ったそうね」
「その報告は重要な内容を省きすぎているようだ。私が斬ったのはゴーレムの、四肢です」
「変わらないわ。ゴーレムのパーツを意図して損壊したのだから」
「やむを得ない状況でした。448号に確認するのがよろしいかと。仮に私が何を言い含めていようとも、強化兵はより階級が高い方に従うよう教育されていますから」
二人の視線がこちらに向いた。
勘弁してくれ、舌鋒の鋭さには自信が無い。
「448号?貴女はどう思う?このキランの言う通り、味方ゴーレムの破壊はやむを得ない状況だったのかしら?」
はい、と答えれば矛先が向くのは強化兵。
子供達に累が及ぶのは避けたいが……嘘を吐く事のマイナスも大きいように思える。
キランを庇いたい訳ではないが、この嘘が残す禍根の事を考えると……
「アー」
「あー、は肯定ね。ふーん……貴女はやむを得ない状況だったと言いたいのね?」
「アー」
「へぇ、そう……」
パトラ司令官は何故か含みのある言い方をする。
横をチラリと覗き見れば、キランも鉄面皮の下で感情が蠢いているように見えた。
何か、やらかしたか。
「強化兵にね、自らの判断は必要ないの。やはり貴女は問題アリね」
やらかした。
他の子供達なら判断なんて出来ないから困った顔をしたと思う。
もしくは誘導されて肯定否定を引き出されるか。
そしてやはり、とは……オレはそんなに問題児だろうか。
「キラン……貴方もそんな頑なな態度だから、こうして陥れようとする人が現れるのよ?」
「有能故に嫉妬を受ける事は私の瑕疵でしょうか?」
「その自分の能力を鼻に掛けた言動、行動。軍も貴方を問題アリ、と評しているわ」
「軍ではなく貴女がでしょう司令官。私に与えた強化兵達はどれも問題アリだ」
癖者揃いだとは思っていたが、まさかオレもその一人だとは思わなかった。
というか研究所時点でそう思われていたんだな……よく見てら。
「なによ?古老に貴女の作った強化兵は敵味方の区別が付かない失敗作です、とでも言えと?」
「それが貴女の仕事だ、輝かしき司令官殿」
キランは司令官相手でも一歩も引かない。
オレ達への態度も司令官への態度も変わらないならいっそ気持ちが良い。
人を選んで態度をコロコロ変えるような人間ではないのだろう、このキランという男は。
「ハッ!だとしたら与えられた兵を使うのが貴方の仕事よキラン。良かったわねお似合いじゃない。どうせ貴方は前の強化兵みたいに今回も簡単に使い潰すのでしょうし」
「それも貴女の行いだ。私の小隊を使い潰すように運用して、それでも毎回私は戦果を上げるから、こうして新型強化兵を任されている」
「そうやって評価を上げたところで、貴方は本国に行く事なんて出来ないわよ?」
キランとパトラ司令官の視線が交錯して、まるで火花が飛び散るようだ。
階級を気にせず噛み付くキラン自身も狂犬のようで、問題アリの連中を押し付けられた理由も分かる。
「ならば誰もが無視出来ぬ戦果を上げるまで」
「ちょっと──!」
キランは踵を返して執務室を後にする。
扉を力強く開け放って、振り返る事なく。
「来い!448号!」
扉の向こうから声が聞こえる。
行って良いのか?
パトラ司令官を見れば、シッシと手を振って退室を促された。
駆け足退室、扉は丁寧に閉めてキランを追い掛ける。
「あのヒウム気触れが……!」
荒々しい脚運びに着いて行くのも大変だ。
キランはブツブツとなにか呪詛のようなものを呟いて、砦を歩く。
近くに居るとオレに矛先が向きそうで嫌なのだが、この道も分からない砦を一人で歩く方がよっぽど嫌だったのでキランに着いて行く。
ただブツブツ何か言ってるエルフと劣等種の組み合わせは目立つようで、すれ違う人達はギョッとしていた。
「448号、貴様も死にたくはないだろう」
「アー」
「ならば私の言う事を聞け。この地で最も強い存在が私だ。その私に着いてくれば勝利は確実だと保証しよう」
「アゥ」
「信じていないのか?お前以前の強化兵は私の命令を無視した事で敵にやられた。生き残ったのは私自身に従った私のみだ」
本当か?
お前が撃ったんじゃなくて?
「ふん、今は信じずともいずれ分かる」
オレの怪訝な表情を見てキランは諦めた。
しかしなんと言えば良いのか、オレ達の間には奇妙な連帯感のようなものが生まれた気がする。
同じ問題アリ、の仲間であるという共感かな?
ただそんな人間関係の進展に水を差すように、すれ違ったエルフの声が聞こえて来た。
「同じ劣等同士で馴れ合いか?」
常に一定だったキランの歩幅が少し乱れた。
危うくキランの背中にぶつかりそうになったので、少し抗議の声を上げる。
「ヴゥ」
オレの抗議が届いたのか、キランは再び歩きだす。
殆ど走るような、そんなスピードで。
「まだ居たのか、あの混血……」
「淫婦の子だ、アレも流れる血の力を使ったのだろうよ」
どんどんとすれ違うエルフ達。
その殆どが悪意を向けて、居心地が悪い。
ただこれは、どうやらオレに向けられたものではないらしい。
この砦に入った時から悪意を向けられていたのは、キランだったのか?
◆◆◆
ほんっとうに居心地が悪い。
この基地にやって来て二ヶ月くらいか。
ここでの生活にも慣れて楽しみを見出す余裕も出て来る頃だ。
例えば食事。
食堂の隅でオレ達新型強化兵が集まって食べていると、陰口を叩かれる。
来た当初は得体の知れない存在に対する恐れであったものが、今では実害のある存在への怒りが籠っている。
「なんなんだよアイツら普通にメシを食いやがって……!仲間を撃っておいてよぉ……!」
「やめとけ、ブン殴られて医務室送りになった奴も居るんだ」
オレ達の部隊で起きた事が、他の部隊でも起きたらしい。
ただその部隊の隊長はキラン程は強くなく、死にはしなかったものの負傷したとか。
それ以外にも複数の部隊で動いた時に味方を撃ったり、基地内での暴力沙汰など。
新型強化兵はとにかく問題を起こしまくっているらしい。
「うちの部隊にも首輪のヤツが来たが……何を考えてるのか分からねぇ」
「普通のガキみたいな顔して、撃破したゴーレムをずっと殴り続けてたらしいぞ……」
とにかくオレ達、首輪の強化兵は悪名が高まりまくっている。
だが何をされるか分かったものではない為、積極的な嫌がらせなどは受けていない。
せいぜい拒否程度の消極的なものだ。
そんな今日この頃、オレ達の部隊はそう困る事がなかった。
あれ以来、キランに歯向かうような恐れ知らずは現れず。
そして目立った被害も無く。
戦果だけが着実に積み上げられているのだ。
これはひとえにキランが有能、の一言に尽きる。
最初の出撃と同じようにキランは常にオレ達とは少し離れた位置から指示を飛ばすが、必要とあれば前へ出るくらいの柔軟性は持ち合わせている。
そうして前へ出れば場は整えられて、オレ達は上手い事敵を叩く事が出来るのだ。
キランは強い、有能だ。
何を言うにしても圧をかけて来るし、何をしても得意げで実際キランのお陰で上手くいくから文句の付けようもないし、なんか良い匂いするところはムカつくが、それでもキランはオレ達の指揮官として良い手綱の握り方をしていた。
しかし、だからだろうか。
他の部隊では問題を起こしている首輪の強化兵を上手く扱うキランは良くも悪くも注目を集める。
その中にはあの日キランへ向けられていた言葉のような、蔑む意図が大いに含まれていた。
──同じ劣等同士。
キランを称する時によく聞く言葉だ。
オレもそこまで察しが悪い方ではないから分かる。
キランはエルフと劣等種の混血だ。
それがエルフとして軍隊に属し、戦果を上げるからどちらからも疎まれる。
なんとも奇遇な事にオレ達も同じだ。
だからキランもオレ達に心を開いて……なんて事はない。
キランが親睦を深めるプレゼントの代わりに持って来るのは大概任務。
一緒にお出掛けは任務。
今回は砦の中へとオレを連れて行ってくれた訳だが。
「キラン。わたくしに感謝しなさい。特筆すべき戦功を上げる機会を贈るわ」
パトラ司令官はそんな事を言って机に広げた地図を叩く。
ここはオペレーションルーム。
オレ達がガレージの隅で使うような粗末なものではなく、しっかりとしたエルフのお歴々が集まる場所だ。
「リシルの厚壁を崩す。これはこの十年ずっと狙い続けてきたけれど、年々困難になっていた目標」
パトラ司令官は地図上に並べられた赤い棒──作戦目標を表すそれを指し示す。
「土壁と言えども積み重ね続ければ地層と大差ないわ。それに砲台を備え付ければ我々の攻撃を押し返す能力すら有する」
「ですがそれも今回で終わりでしょう!愚かなリシルの劣等魔法によって築いた防御陣地など一夜の幻」
「それを陥せなかったのが貴方方だ」
まーたキランはそんな挑発的な事を言う。
言うもんだから得意げだったエルフの方々の気に障ったみたいだ。
でも我らがハンドラー殿は至って平然と、実にエルフらしい態度で言い放つ。
「エルヴンランドの為、我が力を以って仇敵を討ち果たしましょう」
◆◆◆
あんな調子の良い事を言っちゃって、キランは何か策があるのかと思いきや部屋を出るなり急いで駆け出した。
そうして駆け回る事数日。
作戦開始を目前に控えた時になってようやく姿を見せたキランはオレ達を格納庫の片隅の開放感のあるオペレーションルームへと集めたのだ。
砦の中は快適だったな……
「駄犬諸君、此度の作戦についての説明を行う」
キランはそう言うと埃まみれで色褪せた地図に何やらガチャガチャ喧しい小物を放り出す。
そうして地図上にスプーンを並べて一本の線を描く。
これを集める為に方々駆けずり回っていた訳じゃないよな?
「これが今回攻略するリシルが築いた防衛陣地。南北に伸びる要塞線だ」
一言で表すなら、長い。
相当の大規模な防衛陣地だろう。
地図を見れば地形に沿って曲がりくねりつつ伸びている事が分かる。
後の事は分からん。
オレ達はやれと言われた事をやるしか能がないんだ。
「この全てが壁だ。一定間隔で砲台、要塞が組み込まれており──」
キランはスプーン掬う部分を指差す。
「近付く全てを撃ち砕く」
攻略無理では?
「そして壁の前には地雷が敷設されており──」
スプーンの前にボルトを散らす。
何を借りてきてるんだお前は。
「砲台がなくとも近付く事すら困難だ」
ただひたすら無理な理由を述べてはいるものの、やると言ったのだから、この有能な男は攻略法を見つけたのだろう。
「喜べ駄犬諸君、魔法を使わせてやろう」
「オイオイオイオイ!なんか他所の部隊から装備が届けられてるぞ!」
整備兵のお姉さんが困惑半分、喜色半分といった様子でやって来た。
ニヤケ面が隠せてないぜ。
「魔法障壁発生装置が五機分、魔力砲塔が二機分。数は合っているか?」
「ああ!あれ組み込むのか!?」
「そうだ。速やかに取り掛かるように」
お姉さんはウッキウキで駆け出そうとして、急停止。
振り返って言いづらそうに口を開く。
「あと伝言──これはアタシの言葉じゃなくて伝言そのままだぜ?──貴様の死後、楽土への扉が永久に閉ざされんことを、だとさ」
「楽土への入場券も賭けで勝ち取るさ。ああ、それと──」
こいつサラッとゴーレム用の装備を賭けで手に入れたって言わなかった?
駆け回ってたのはそういう事かよ。
コイツとんだギャンブラーだぜ。
「スクロールは436号と448号の機体へ」
おや、オレは中々評価されているんじゃないか?
二つしかない装備の片方を俺に、だなんて。
「これらの魔法により敵の守りを突破する。ヴェールの魔法障壁は敵の物理砲撃を防ぎ、魔法は……避けろ」
だが地雷原があるなら避けるゆとりなんてあるとは思えないけども。
「地雷原に関しては私が何とかしてみよう。地雷といえども作動に魔力を使っている。それを感知して狙撃する。貴様らは安全となったルートを全速力で進め」
キランの指が地図上を滑り、ボルトを弾いてスプーンに到達。
「そして壁だが……決して取り付くな」
過去一強くキランは言い含めている。
これが最も重要だぞ、と強調して。
「この壁自体に魔法の罠が仕掛けられており、土が棘に変わってゴーレムを刺し貫く事例が過去に何度かあった。故にこの壁は──飛び越える」
指がトンっと地図を叩いてスプーンの向こう側へ。
攻略完了だ。
「そして壁の内側から主要な防衛設備を破壊し、味方主力部隊が入り込む隙を作り出す。ここまでで我々の任務は終了だ」
なんだ簡単そうじゃないか!
などとは到底思えない。
実際の地雷はボルト程簡単には処理できないだろうし、壁はスプーンよりも強大だ。
正直ゴーレムに載せる装備が充実したところで何が変わるとも思えないのだが。
「理解したな?質問は受け付けない。では私は作戦の準備があるのでな」
残念な事にオレ達に拒否権は無い。
チームメイトの様子を見ると、目が合った436号は相変わらず曖昧に笑っているし、やる気勢は今はオフモードだ。
……今度こそ生き残れるか怪しいなコレ。