第六話 ようこそ駄犬諸君
前回のあとがきは忘れてください
また二話分を詰め込む事になりそうだったので…
オレ達新型強化兵の最終調整が終わった。
要求される戦闘技能の課程を修了し、おおよそ兵士と呼べる水準にまで達したのだ。
これには所長も大層喜んでいた。
「素晴らしい!貴方達がこうして完成したのは大変喜ばしい事です!あとは魔石病による耐用期間の終了を迎えてくれれば良いのですが」
それはつまり内外問わず身体中に石が出来て内臓機能にも影響が出て苦しみながら死ぬという事。
限界まで命を擦り減らして戦って、苦しみに満ちた死を迎える。
それこそが新型強化兵の理想の形なのだとか。
そんな人生は嫌だと、そう思う連中は多い。
あの日……目の前で酷い死に方をする同類を見てしまえば当然とも言えるだろう。
これはもう子供だとか大人だとか関係なく恐怖を抱くもの。
あの凄惨な光景が子供達をキツく殴り付け、本能に刻まれた生存への欲求を呼び覚ました。
だがオレ達は適切な機能を有するべき強化兵だ。
訓練を拒否したり、恐怖に震える子供達は研究員から何かを渡されていた。
渡された何かは人を焚き付ける何かがあるようで、少し経つと意欲的に訓練に参加しているのだ。
それが何かは……色々と想像出来るが、可能な限り近寄らない方が良いのは確かだろう。
そんな人間性を犠牲にする製造工程を経て、遂に完成したオレ達は出荷される。
この研究所にやってきた時と同じように集められて、所長を前に整列し話を聞く。
整列、傾注なんてもう慣れたものだ。
「さあ新型強化兵として皆さんが向かうのはエルヴンランド北西、旧ノゥル公国。西方に国境を接するリシル王国との戦線に投入されます」
よく分からないけどそこに行って戦えば良いんだろ?
拒否権もないのに態々オレ達に説明するのは何故なんだろう。
「あぁ……!皆さんに植えた種が芽吹き、若葉が萌えているのが見えます!劣等種という劣悪な土壌にあっても、霊樹の祝福は実るのですね!」
所長は深々と刻まれた皺をより深くして、笑う。
老婆は少女のように屈託のない笑みで、瞳を輝かせて自身の作品を眺めて恍惚としている。
「我々、万物の霊長たるエルフが大地に蔓延る劣等種を救いましょう。この選ばれし十五人を手始めとして」
新型強化兵として完成したのは十五人。
連れて来られた時の人数のおおよそ半分以下だ。
自画自賛する研究員達の言を聞くに、これでも良い方だったらしい。
なにせオレ達より前の実験体は誰一人として完成しなかったのだから。
そんな苦節の末に完成したオレ達は盛大に送り出され……る訳がない。
来た時よりはマシなトラックに詰め込まれて、そのまま暫く揺られる事に。
「ン〜ア?」
トラックの隅に座っていると、隣にやって来た444号がお腹を撫でてきた。
揶揄ってるなコイツ……
「ヴア!」
ニヤニヤしてやがる……
これはもう弁明すればする程墓穴を掘るやつだな。
生暖かいのは視線だけで十分だ。
パンツを濡らすつもりはないぜ。
◆◆◆
長時間の移動は本当に疲れる。
快適とは無縁の環境だと尚の事。
トラックで運ばれたオレ達は途中で列車に乗り換え、貨物車両のような外から鍵が掛けられた貨車にて移動を続けた。
駅でトイレに行かせて貰えたのは不幸中の幸いだろう。
なにせオレ達の車両は隙間風が入ってくるものだから中々に冷えたのだ。
目的地に近づく程に冷えてゆき、到着して最初に見たのは雪がチラホラと見えるホーム。
そしてそこからまたトラックで……と中々大変だったのだ。
そうこうして苦労して向かったのがオレ達の職場。
リシル王国との戦線を支えるエルヴンランドの基地だった。
「到着だ。あとは案内に従え。所属部隊の通知がある」
トラックから放り出されて次は寒空の下。
オレ達は兵隊に囲まれて案内を待つ。
行き交うトラック、歩哨の銃。
警備の塔にサーチライト。
あまり魔法を感じない光景だ。
これが初めての塀の外だというのに何もワクワクしないじゃないか。
正直がっかりする。
外に対する期待や想像は膨らんでいたが、こんなもんなのかと現実を知ってしまった感じだ。
「新しい強化兵か。来い、司令がお待ちだ」
施設の外の人達、こっちも現実を知った感じ。
当然ではあるが外には良い人が居る……などと楽観的な事を考えていた訳ではないけれど、それでも中々厳しものがある。
そんな人も居ない事もないのだろうが、少なくともこの基地にやって来て向けられる視線は悉く悪いものだ。
時には悪意の小言も聞こえてくる。
「また役立たずが来たのか……今度はどんな芸が出来るのやら」
「聞いたぞ、態々霊樹の枝を使ってやったんだとか。クソッ……霊樹の麓に住めるエルフすら限られてるってのに劣等種風情に……」
エルフの嫌悪や怒りが向けられて、なんとも居心地が悪い。
思い返してみればここまで明確な負の感情を向けられる事が収容所でも研究所でもなかった。
ただ道具として見られてばかりだったから、いっそ新鮮にすら思えるが楽しめるかは別問題。
やはり気分の良いものではない。
「なんだ?新入りか?」
そんな見世物行列を先導するエルフが、何者かに話しかけられた。
歩みも止まり、先頭を覗き見れば戦闘服を着た恰幅の良い男──耳の丸い劣等種の男がエルフに話しかけているではないか。
「そうだ。せいぜい同族の面倒を見て厄介事を減らしてくれよ団長殿」
「はいよ、仰せのままに」
嫌味を込めて放ったエルフの言葉に、団長と呼ばれた劣等種は態とらしく礼をして去っていった。
これはかなり……唖然としてしまう。
劣等種がエルフとこんなまともに会話するところなんて初めて見た。
オレ達は収容所の家畜か研究所の実験体としての扱いしか受けていなかったから、そもそも会話が成立した事がなかったのだ。
話し掛ければ殴られて、首輪を嵌められてからは話し掛ける為の言葉を持たなかった。
同じ劣等種でも扱いの差があるのだろうか。
そのような事を考えていると、それを示すような言葉を聞いた。
「おい見ろよアレ、エルフ連中がまた気味悪いモンを作りやがった」
「強化兵だけどエルフに近いって聞いたぞ……特別扱いで俺達劣等種とは格が違うってか」
この言葉は案内される道すがら聞こえて来て、声の主を見てまたしても驚いた。
それはオレ達と同じ劣等種からの言葉だったのだ。
彼等は戦闘服を着て、エルフらと同じように兵士の職務に就いている。
エルフと同じように私語を叩いて、エルフと同じようにオレ達へ嫌悪の眼差しと言葉を向けるのだ。
周囲を見回せばエルフと同じくらい……いや、それ以上に劣等種の数が多い。
外にこんな数の劣等種が居るとは思ってもいなかった。
そして、その彼らにこんな悪意を向けられるとも。
「立ち止まるな。行くぞ」
そう促されてようやく歩き始める事が出来るくらいには、ショックだった。
あの研究所で過ごした日々を思えば、オレは新型強化兵の子供達に仲間意識を持っている。
共に乗り越えて、生き残った仲間だと。
だがそれは劣等種全体に拡大出来るものではなかったらしい。
彼らから見ればオレ達はエルフに近く、エルフからは劣等種と蔑まれる。
どちらからもそのように思われて、オレ達はどうしたらいい?
そんな内心をまるで気にせず歩き続ける隊列は徐々に基地の中心部へと向かう。
中央の司令部には古い砦をそのまま使っているようで距離が離れていても立派な姿がよく見える。
そんな砦が近づくにつれ、周囲の景色も変わり始めた。
木が、多くなり始めたのだ。
「よぉーし!良いぞ!汲み上げ開始!」
「汲み上げ開始ィ!」
そんな声が聞こえて来たのでそちらを見れば、木の根元で何やら作業をしているではないか。
暖かな光を幹から葉から放つ木々が立ち並び、そのどれもが根元に泉を湛えているのだ。
青白い液体が静かに波打つ様子はゲームの回復ポイントを思い出す。
とはいえそんな液体を轟々と唸る機械のポンプで汲み上げていたのなら神秘的な風情が台無しだが。
「なんだ恩寵の木がそんなに珍しいか」
オレ達が全員その光景に圧倒されていた様子を見て、エルフが蔑む内心を隠さない。
普通に解説してくれればそれで良いんだけど。
「あれこそ我等エルフが大地の恵みを受ける選ばれし存在である証左。大地より魔力を集め、純粋なる雫を湛える霊樹のひとつ。賤しくも劣等種共は恩寵の木の猿真似をし神聖なる木を貶めようとしているが、これこそが唯一エルフのみが授かった大地の恩寵よ」
……つまりあれがゴーレムを動かす燃料なのだろうか。
あの液体の輝きはゴーレムとの交感の際に身体に流れ込む液体のそれに似ている。
あれも植物由来と考えれば少しはマシか?
「さあ行くぞ、司令は気難しい方なんだ……おっとこれは司令に言うなよ?ああ、貴様らは喋れなかったな。なら安心か」
何がおかしいのかクツクツと笑っていやがる。
気分悪いぜ……
ともかく。
向けられる悪意を除けば、外の景色は中々良かった。
基地の外側は前世の映画で見たような景色でがっかりしたものだが、中心に近付くにつれて魔法の気配が濃くなってゆく。
あの恩寵の木以外にも用途の知れない多様な木々が生えており、それが兵器然としているのだから面白い。
これがエルフの軍隊かと中々に心が躍る。
とはいえこれが観光ではなく、勤務初日に見る職場だと考えると憂鬱だ。
そんな職場見学ツアーも終わりを迎え、砦の中へと入り開けた場所に並ばされる。
習った通りに整列し、上官を待つ姿勢だ。
待機の時間はそう掛からずに、程なくして一人のエルフが現れた。
軍服を着た少女──少なくとも見た目はそのような若さのエルフ。
少女の活発さを表情に浮かべ、金の巻き髪を風に靡かせてオレ達の前に立つ。
「ふーん。これだけ?」
「はい、通達された通りに新型強化兵十五体です」
「少ないわね。ねえそこの貴方、貴方強化兵部隊の指揮官でしょ?名前は確か、えーと」
「は!私は──」
「聞いてない。貴方にはわたくしのお古を上げるから、この新しいおもちゃは貰うわ」
エルフ同士でも上下関係があるのは当たり前だが、ここまで傍若無人な振る舞いをしているのを見るのは中々熱くなる……!
惜しむらくは、この人がオレ達の上司って事だ。
「しかし通達では──!」
「現場判断よ。貴方はこの基地に居ながら、この基地を統べる、このパトラ司令官の判断に逆らうのかしら?」
「ッ……了解しました」
苦虫を噛み締めたような表情で従うエルフを見るのは痛快だ!
問題は我田引水の例になりそうな司令官がこっちを見た事。
「物分かりの良い犬は好きよ。貴方達みたいな首輪付きの犬っころもね。あとは好きにして、わたくしの時間は貴重だから」
そう言ってパトラ司令官は去っていった。
思うままに他人から奪い、満足したら去るとは今まで会った事のあるエルフとはまた違う傲慢さだ。
願わくば彼女と関わらないようにしたいと、そう願う。
その、願い自体は叶った。
司令官への挨拶の後、オレ達は配属される各部隊へと分けられたのだ。
本来ならばあの辛酸を舐めたエルフの指揮官の元に配属される筈だった強化兵、その中に444号が居た。
そしてオレは別の部隊。
「ンー?」
彼女と目が合うと、軽く笑ってくれた。
思い返してみれば研究所へと運ばれるトラックから彼女とはずっと一緒だった。
同室で、それ以外の時間も側に居た。
離れるのはなんとなく寂しい。
こちらも軽く手を振り返してみると、向こうも振って……エルフに連れられて離れてゆく最後まで名残惜しそうに振っていた。
あの司令官の能力の程は分からないが、人格の事を考えると444号が心配だ。
心配ではあるが、今は自分の事を考えるべきだろう。
何せ──
「ゥグア……」
「…………」
「ァァギギギッ」
うちの部隊の強化兵五名、内三名が研究所で何かを投与された少し……虚ろな面々なのだ。
他の隊を軽く見ると明らかにバランスが悪いのが見て取れた。
我々の指揮官は明らかに、押し付けられている。
ただ残るもう一人は見知った顔だ、本当に良かった。
気弱そうに眉を下げて力無く笑う少年、胸には436の数字が。
「アー!」
「ッ──ァア」
首輪を抑えて、少し力を込めてようやく出て来た掠れ声。
機械声帯を通した時点で声から滑らかさは失われているが、彼はそれにしたって辛そうに声を出す。
以前から……食事を奪われては声を上げられずにいた彼ではあるが、それにしたって物理的に声が出しづらいのはどういう事だろう?
「馴れ合いは結構だが、もう少し毅然とする事はできないのか?」
オレの心配を追いやるように声が掛かる。
もう慣れたもので、一糸乱れぬ整列を即座に組んで続く言葉を待つ。
身体に染み付いた奴隷根性だ。
「最低限の躾はされているようだな。続きはこちらでやらなければならないか……」
オレ達六人の前に立つのはエルフの男。
まるでマネキンのように丁寧に整えた軍服に、ピタリと揃えた銀の前髪。
眼鏡の奥には伶俐さと冷徹さを感じさせる瞳が覗いている。
「ようこそ駄犬諸君。私が君達の指揮官、キランだ」
この男がオレ達を死地へと導く存在。
微塵も瑕疵を許さないような、そんな神経質さが見て取れる外見とそう違わないだろう中身。
ああ嫌になる。
またしてもエルフ然としたエルフと関わらなければいけないのか。
研究所にいた時はこれ以上悪くなるとは思っていなかったが、今はあれからどう変わっただろう?
ともかくこれがオレの強化兵ライフ初日。
学校を卒業して新たな環境に向かう時に似た不安と期待が入り混じり、新しく入った職場の人間関係が悪かった時に似た憂鬱感を足した心持ちだ。
良いにせよ悪いにせよ、これも新たな出会いと言えるだろう。
少なくとも塀の外には出れたのだ。
これから良い事も沢山あると……あるよね?
とても不安になるが、あると願う事にした。