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第五話 これがお前の初めての勝利

五話でここまで話終わらせたいなー、と突発的に思ってしまったので二話分をギュッとしました

1万字に迫りました


 オレは賢いからわかるんだ。

 特に目標とか設定せずに毎日毎日体力の限界まで走らせる訳をな!

 走るのは……楽しい!


 ──ああいかん、あの鬼教官に毒されかけてた。

 多分、有無を言わさず走らされるのは命令への絶対服従を染み込ませる為だ。

 これから先、どんどん危険な事をやらされるハメになるからこそ、そこに恐怖のブレーキが掛かっては困るという事なのだろう。

 あのドッカンドッカン爆発に追い立てられるのも、戦場で身を竦ませずに走り続ける精神を作り上げる為。

 オレは子供達の中でも小さい方であり、当然歩幅も狭い。

 そうなると自然、最後尾に着く事になり……あの爆発を間近で味わい続けている。

 そんな目に遭い続けて、近頃のオレの肝っ玉といえば大したものだ。

 爆発で鍛えられたんだから、ただの人間に囲まれたってへっちゃらさ!

 少なくとも精神面は。


 あれからも何かと絡まれるようになってしまったオレ。

 あのデカいのは体格のデカさ、身体面ではやはり大したもので走る授業──今の所それしかやらされていないのだからこれ以外の言い方は無い──ではトップ層。

 対してオレは小柄でひ弱なのでワースト争いの常連。


 これが知能だとか記憶だとかのテストになるとオレがトップだ。

 前世の分の積み重ねによる下駄があるのだから多少は要領良く出来る。

 逆に産まれてからこのかた学びを奪われてきた彼らの方が少し、要領が悪い。

 これは仕方のない事だし、いずれ埋まってくる差でしかないだろう。

 だから現状オレが座学のトップである事を誇れるかと言われれば……悩む。

 誇るのも後ろめたく思うのも、どちらも失礼な気がしてしまうのだ。


 そんなこんなでオレが選んだのは現状維持でなあなあにして後は流れで。

 そんな感じの消極的な選ばない、という選択をした。

 これは熟考に熟考を重ねて……いない。

 なにせ朝起きたらそこから気を抜いたら鞭が飛ぶお勉強が始まり、その後は考える気力すらなくなるランニングだ。

 夜はクタクタであっという間に眠ってしまって、夜中に痛みで飛び起きる。


 正直毎日の生活を続ける事だけで精一杯なのだ。

 これ以上のタスクを抱える気力は無い。

 今の所何か大きな差し障りは無いし、なんなら444号がやたらとオレに張り付いて近付く連中を威嚇している。

 二人で居れば多少は安心だ。

 だから、取り敢えずはこれで良い。

 何か火種は燻り続けているし火薬が増量され続けているような危惧もあるが、出来る事が少ないのもまた事実。

 ここは学校のようであるが学校ではなく、オレ達は言葉を交わせない。


 だからまあ、良いだろう。

 良いと、思っていたのだが……


「グガァ!」

「ッ……」


 オレ達が自由に歩ける数少ない場所の中でも端の方、そんな場所に見知った人影が見えた。

 片方は何かと因縁を付けてくるいつものアイツ。

 そしてもう一人はアイツによく食事を奪われている小柄な少年だった。

 食事時以外で彼に絡んでいるのは珍しい。

 別にこの空間では何をパシらせる事も出来ない訳で、そうなると思い付くのは憂さ晴らしだろうか。

 こんな環境でよくやるものだと一周回って感心すらしてしまう、そんな有様を見てオレは取り敢えず割って入る。


アア……!(やめろ……!)


 割って入るまでは良いが何も考えていなかった。

 今は間の悪いことに444号が側に居ない。

 居たとしても彼女を盾にする真似はしたくはないが、オレ一人では些か心許ない。

 実際問題オレはこの場で一番小柄なので居たところで誤差な気がするが。

 しかしそんな危惧を裏切るように、いつもの威圧的な唸り声は聞こえて来なかった。


「──」


 大柄なアイツは無言で、ただ立ち尽くしている。

 視線は虚に壁際まで追い詰めた少年を──見ているようで、心ここに在らずといった様子。

 何かがおかしい。

 こんな目が据わったヤツの前に居たくはないと、困惑している少年の手を掴んで走り出す。


「ッ!?」

アァ!(来い!)


 手を引っ張れども呆気に取られてもたつく脚では逃走は出来そうもない……と思ったのだが。

 アイツは依然として壁を見つめていた。

 不気味だ、早く離れよう。

 そう思って振り返らずに廊下を少し走って距離を取ると、不意にひび割れた大きな叫びが背後から聞こえてきた。


「ガアアアアッ!アアッ!?アアァ!」


 アイツが壁をひたすらに殴り始めた。

 意図が分からない。

 首輪が出せる限界の音量を出しているのではないか、拳を叩きつけた壁がどんどん凹んでいる。

 明確な異常。

 背後で起こる爆発よりも、何故か余程恐怖を感じて立ち竦む。

 

「ゥゥゥ……ウ……ッ!」


 拳に頭に脚にと壁をひたすら打ち続け、流石にここまでの大騒ぎとなればエルフも気が付く。

 研究員や警備兵が慌てた様子で駆けつけて、しかしそれでも壁への執拗な打撃を止める様子はなかった。

 

「今すぐその……施設への攻撃を止めろ!」

「無駄だ、言葉を理解出来る状態じゃない。魔法で無力化しろ、後の処置はこちらが」


 言葉が効かずとも、流石に魔法ともなれば効くのだろう。

 とはいえ、普段なら一発二発で簡単に無力化出来る魔法を今回は倍は撃ってようやく無力化に成功していた。

 これもまた異常だ。

 普段から暴力的なヤツではあるが、それとは明らかに違う制御不能の暴力がアイツを支配していた。

 それにすっかり当てられてしまったのだろう、オレ達の脚は完全に竦んでしまって動けずにいるとエルフに追い返されて、何が起きたのかを知る事は出来ないまま。


 結局その日はそのままいつも通りに過ごして、次の日にはアイツの姿を見かけた。

 食事の時は普段とは異なり離れた所で一人で食べて、その後も誰かに絡まず大人しくしているのだ。

 あんな荒々しい姿を見た後に、それとは正反対の静かな姿を見ると不気味さが増す。

 

 とはいえそれが数日続けば慣れ出して、日常が幾らか平穏になったとあればまあ……良いのか?

 実際のところアイツに何があったのかは分からないままだし、それよりも何よりも重要な事があるのだ。

 教官殿が遂に、走る以外の授業をしてくれたのだ!

 これは大きな変化と言えるだろう。

 体力作りのような内容は変わらずあるが、それ以外にも座学を行うようになった。

 その内容がオレにはとても重要。

 なにせその内容とは──


「今日から貴様らにはゴーレムについて学んでもらう!空っぽの頭なのだから全て叩き込んでおけ!」


 ゴーレム──人型兵器。

 オレ達強化兵はそれに搭乗する為にこんな目に遭っている事を以前聞いた。

 それ以来ずっと気になっていたのだ。

 どうせ碌なものではないのだろうが、こんな人生なのだから少しくらい楽しみを見出すべきだと思う。

 という訳でこの授業、オレは挙手して質問したいくらい前のめりで聴いていた。


「ゴーレムは戦争の花形……その装甲で砲火を耐え、機動力にて前線へと食い込み、火力を以て敵を殲滅する。ゴーレムの強さこそが!戦争の強さと言い換える事が出来るほどだ」


 教官殿の弁にはかなりの熱が籠っている。

 腕をぶん回して目を輝かせて、少し狂気的な熱を孕んでいるようにも見えた。


「しかし!いくらゴーレムが強くとも、その強さを引き出すのはパイロットの腕に掛かっている!ゴーレム内を巡る魔力の流れと交感し、自らの四肢と近しく操り鋼の肉体より周囲を感じる!これこそがゴーレムを駆る高揚!」


 これを聞いてオレは少しテンション上がる。

 他の子供達はどうかな?

 みんな困惑してら。

 そりゃそうか。


「しかし!これは劣等種には出来ぬ事だ。魔力を操る術を持たぬ劣等共ではゴーレムは棺桶に等しい……だが!」


 教官が教壇を強打する。

 空気が震え、驚きで身体が跳ねた。


「エルフの叡智の賜物である強化兵となり、ゴーレムを流れる魔力を身体へと引き込んだ劣等種はエルフには及ばずとも交感能力を得る……そして貴様らはその中でも更に高い交感能力を与えられた新型強化兵!身体の各所に埋め込まれた霊樹の枝は魔力と結び付き、ゴーレムを自らの手脚のように操る事が出来るだろう!」


 ここまでは以前聞いた事があった内容だ。

 最初の霊薬投与を受けた後、研究員らが話しているのを聞いた。


「そして骨と一体化した霊樹は戦闘の過酷な負荷にも耐える強靭さを与え、脳に新たな知覚を与える!分かるか!?貴様らはゴーレムの性能を最大限に引き出す為に調整されたパーツ……貴様らの生はゴーレムの中にこそ在る!」


 ここは、初めて聞いた。

 四肢と胸部に埋め込まれた霊樹が夜な夜な根を伸ばしているのは分かっていたが、それが脳に影響する?

 脊椎を登って脳を絡めとる触手を想像して背筋が寒くなる。

 今も気付かないだけで何か変化が起きているのではないか、以前と比べて考え方は変わっただろうか……そんな事を考えていると、最近そんな変化を見た事を思い出した。


 横目で教室の中を見回す。

 もはや見慣れた大きな身体はすぐに視界に入って、やはり大人しくしている見慣れない様子が見て取れる。

 アイツに何が起きたのか。

 それは分からずとも、どうやっても拭いきれない不安が心に落とされた。

 あの変貌は個人に依る問題ではなくて、オレ達強化兵全体が持つリスクなんじゃないか?


 オレもいつか、あんな風になってしまう可能性が……

 

「──ッ!」


 慌てて負のループに陥った思考を断ち切る。

 これ以上は考えても仕方のない事だし、今上の空なのはよろしくない。

 教官はもうずっと熱弁を振るって自分の世界に入り込んで陶酔している。

 とはいえ聞かない訳にいかず、不安を呼ぶ思考を押し潰すように頭にゴーレムを讃える言葉を詰め込み続けた。


 だがしかし、どうしても……どうしても拭えないのだ。

 それからずっと、寝ても覚めても何日経ってもあの考えがそこに在る。

 触手を伸ばして、いつかオレを乗っ取るみたいに……



◆◆◆


 オレ達が受ける教育の内容は日に日に高度になっている。

 これまでが人を作る教育なのだとしたら、今は兵士を作る教育だ。

 戦場での動き方、ものの見方、そういった事柄。

 とはいえオレ達はゴーレムを動かして敵を殺す、以外の機能を有する予定が無い。

 命令をそのまま実行する事が可能ならばそれで良く、自己判断は求められないのだ。

 だからまあ、そこまで難しくもない。


 難しいものは別に在るのだ。

 それがゴーレムに関する教育。

 起動の仕方や動かし方は当然習うが、それ以外にも擱坐した際の対処法やら応急修理の方法などを叩き込まれる。

 そこから一歩進んだ戦い方も教えられて……それでも中々乗る機会は訪れなかった。

 それについて教官殿は真剣にこう言っていた。

 

「戦場では一秒たりとも無駄にするな。ゴーレムとの交感で寿命を擦り減らすお前達ならば尚の事、な。訓練であろうとも油断、慢心、気の緩みの一切を捨てて無駄に削る寿命を抑えるんだ」


 そこには何か、優しさのようなものがあった気がする。

 勘違いかもしれないが、それでも心の火になった。


 かくしてオレ達は最後の仕上げに入る事になり、一つ手術を受けた。

 腕と腹にポートを作り、ゴーレムを流れる魔力溶液を体内に引き込む用意だ。

 これは特に痛みの大きなものではないが、見た目に現れるので多少気になる。


 まあすぐに慣れるだろうと思いつつ、オレ達は訓練用ゴーレムに乗り込んだ。

 普段はやたらと走らされる広い演習場に、巨大な濃緑の人型が三つ。

 角張ったシルエットに盾を備えたそれに乗り込んで、習った通りに起動手順を開始する。

 パチ、パチとスイッチを弾き、レバーを上げ下げ。

 水晶板(モニター)が点灯して暗いコクピットの明暗がハッキリする。

 モニターと計器をチェックして、息を吸う。


「──スゥ」


 硬いシートの肩辺りからチューブを取り出す。

 先端には太い針。

 それを二の腕のポートへゆっくり差し込み、息を吐く。

 シートの腰の辺りからもチューブを取り出して腹のポートと接続すれば準備は完了。


 最後に起動するのはオレ自身。

 スイッチを弾けばチューブから魔力溶液が流れてくる。

 紫色の斑らが輝く液体は見るからに体内に入れて良いものではないが、それでもやらざるを得ないのだ。

 溶液が針の先まで到達しても少しの間は何も変わらず。


「──?」


 何か手順が間違っていただろうかと計器を見ようとした時、視界が煌めいた。

 ギラギラ、キラキラと色とりどりの光が瞬いて、他の感覚も次々と激しい主張を始める。

 思わず目を瞑っても耳を塞いでも止まず、やがて治った時には……身体の感覚が妙な事になっていた。


 身体が二重に存在する。

 硬いシートに預けた身体と、地に膝を突く身体。

 柔らかい肌と鋼鉄の装甲。

 これが交感かと……少し震える。

 今まで体験した事のない感覚に対する恐れと、高揚。

 教官がああも熱を上げる訳も分かる。

 力強く唸る心臓(エンジン)オレ(ゴーレム)の胸の中で全身に力を送り、万能感に近い熱を湛えているのだ。


『素晴らしい感覚だろう448号』


 無線から教官の声が聞こえる。

 いや、無線からなのかオレの頭の中なのかの境界が曖昧だ。


『動かし方は教えた通りだ。負担は大きいが手放しでも交感によって操作が出来るから、取り敢えず歩かせてみろ』


 一応習った通りに操縦桿やペダルを操作してゴーレムを立ち上がらせて、歩かせる。

 滑らかに脚を運んで、力強く一歩を踏み締める。

 その動作だけで心が躍る。


『良いぞ448号!初めての交感で一番難しいのが歩行だ。生身とゴーレムの感覚を混同させて転ぶ連中は多いんだが──』


 不意に大きな衝突音が聞こえた。

 音の発信源を見てみると教官の言葉通りに転んだゴーレムが一機、演習場に横たわっている。


『こればかりは数をこなすしかないが……ふむ、筋が良いのは別メニューにするか』


 無線からそう聞こえた後、遠くで教官が順番待ちの子供達へと向けて何やら話して行動を促していた。

 それが何かは分からないが、教官の前へと勢いよく飛び出した人物をモニター越しに見つけて思わず声が出る。


「ヴゥ……」


 いつものアイツ、近頃はやけに静かなアイツが意欲的になっている。

 はたしてアイツは授業で挙手するタイプだっただろうか?

 あの変貌以降は尚更そう思うが、アイツはどうやらゴーレムに乗り込むようだ。


『448号、お前は筋が良い。お前は理解していないかもしれないが研究員によると数値がそうらしい』


 無線から教官殿の意外な言葉が聞こえてきた。

 こんな……直球で褒められるのは本当に、本当に久しぶりだ。


『そして何より私の勘が、お前は優れたゴーレム乗りになると告げている』


 ああ良くない。

 こんなに褒められてしまったらゴーレムに乗りたくなってしまう。

 これが優先順位で生存よりも高くなってしまいそうだ。

 ここが誰にも見られないコクピットの中で良かった。

 耳まで熱くなっているのを感じる……褒められてこんなに嬉しいなんて思わないだろ。


「ゥゥ」


 顔を覆うと熱さを感じる。

 どうせ誰にも言ってるんでしょ!

 そう思う事で平静を装おうとするが、少し浮つく。


『そこで模擬戦をやる事にした』


 なんて?


『習うより慣れろと言うし、勢いに乗る事が実戦では重要だ』


 こんなに早く裏切られるとは思わなかった!

 つまり今から何かと因縁とある奴とゴーレムに乗ってド突き合うって事でしょ?

 そんなのどうやったって面倒だよ!


『双方準備はいいな?よし、それでは模擬戦だ。武装は機体備え付けの斧と盾のみ、勝負が着いたらこちらで止める。それまで及び腰になるなよ?』


 マジかよ……マジかよ!

 心の準備が出来ていない!

 さっきまで初めての交感と褒められで有頂天だったのに!

 いつの間にか演習場にはオレとアイツの一騎打ちの状況が出来上がり、双方のゴーレムの静かな唸りが緊張を高めていた。


 心臓が早鐘を打ち出して視野が狭まる。

 逆にゴーレム側からの感覚が鮮明になり、敵の姿がよく見えた。


『武器を構えろ』


 腰部から手斧を取り出し、盾と共に構えて備える。

 相手方も同じように構えて……時を待つ。


『では──始め!』


 ペダルを一気に踏み込む。

 先程の歩行とは違う力強い一歩が大地を打って、ゴーレムが加速する。

 走る事は成功だ。

 まずはこのまま勢いに乗せて攻撃を仕掛けてみる。


「ァァア!」


 自分を奮い立たせる叫びと共に、ゴーレムの腕を振るう。

 斧の一撃は盾に防がれたものの、その衝撃でヤツは後退った。

 とにかく攻め続けて優位を譲らない……!


「ゥヴァ!」


 我ながら獣のような叫びだとは思うが、なりふり構っていられない。

 斧を何度も叩きつけ、それだけでは足りないと盾でも殴る。

 何度も何度も叩きつけて、その度に聞こえるけたたましい金属音が不思議と身体を揺らして心地良い。

 だがそんなふうに調子に乗る事を教官殿は戒めていたじゃないか。

 オレの連撃を盾で受け続けて、アイツは反撃の隙を伺っていたのだ。


「ッガ!?」


 盾ごと押し込む体当たりをまともに喰らってしまった。

 やらかした、と思った時には既に遅く、後退る程度では済まず大きくバランスを崩してたたらを踏む。

 そんな隙を……オレだって逃しはしないだろう。

 モニターに映った迫る機影に息を呑み、バランスを取ろうとレバーにペダルに動かしまくるが時間が足りず。

 斧の強烈な一撃を盾に受けて膝を突く。


「ッ……ヴァア!」


 だがまだ止められていない。

 まだ模擬戦は続いている。

 戦わなくては。


 飛び掛かり振り下ろす斧の一撃が見える。

 喰らえば終了、実戦ならば死。

 迫る危険を前に時間が引き延ばされたような感覚を覚え……その間に手脚を動かす。

 盾を前に、防ぐのではなく添えるように。

 勢いを殺さず、そのまま流す。

 力の流れる方向をオレではなく、それを越えた地面になるように手助けをする。


「──ヴァアッ!」


 衝撃が地面を叩く。

 咄嗟に、背負い投げるようにゴーレムを地面に叩きつけ、それが成功したのだ。

 あとはトドメにとコクピットの収まるゴーレムの胸部を斧で叩き、離れた場所の教官殿を見る。


『うむ、勝負アリ。448号の勝ちだ』


 ドッと疲れが出てくる。

 反撃を喰らった時は肝が冷えた。

 二度とあんな事は経験したくないとは思うが、これの何倍も大変な事を何度も経験する……それが現実味を帯びてしまって気が重くなる。


『これがお前の初めての勝利。噛み締めろ448号、この味を知ったお前はもっと強くなれる』


 だからそういう口元が緩んじゃうような事言うのやめろって!

 だって急に褒められると嬉しくなっちゃうからな。

 

『さあゴーレムを戻せ。無事に帰還するまでが兵の役目だ』

 

 機体を回して歩かせる。

 帰りの足取りは幾らか慣れて軽かった。


 慣れは然程の精神への負荷を掛けずに何かを出来る、という事。

 そうなれば無意識少しずつ手を抜いて、慣れた事だからと気の緩みに繋がる。

 ──オレは急に背後から襲い掛かった脅威に気が付かなかった。


「ッグァ!?」


 衝撃のままに肺の空気を吐き出して喘ぐ。

 ゴーレムがうつ伏せに倒れ込みガタガタと揺れたかと思ったら、すぐさま大きな衝撃が再び襲った。


『!?何をしている!勝負は付いた!今すぐゴーレムを停止しろ!』


 無線越しに教官の声が聞こえる。

 切り忘れだろうか。

 しかしそれを掻き消すように何度も何度も衝撃と轟音がコクピットに伝う。

 状況を確かめようとゴーレムの頭を動かせば、オレのゴーレムを踏み付けにするゴーレムが見えた。

 そのまま何度も斧を振り下ろし、ゴーレムの装甲は破断しコクピットにまで被害が拡大──オレは死ぬだろう。

 

 アイツそんなにオレの事が嫌いだったのかよ……


『緊急停止!早く切れ!』

『り、了解!』


 無線越しにそんなやり取りが聞こえてから程なくして攻撃の手は止んだ。

 交感によって被害が何処まで広がっていたのかは分かる、分かってしまう。

 あと少し遅ければコクピットまで刃が届いていたと肌感覚で理解している。

 死が、背のすぐ近くに迫っていた。

 それが堪らなく恐ろしい。

 身体が震えだすのを止められなかった。

 呼吸が浅く早くなり、破壊されたゴーレムから流れ出てゆく魔力溶液に自分の体温を感じる。


『448号!ハッチを開けろ!』


 身体が冷えてゆく恐怖の中で教官の声が聞こえた。

 我ながら笑ってしまうが、命令されると先程まで動かなかった身体が動いているのだ。

 パネルを操作しハッチを開けると、太陽の光がコクピットに差し込んだ。


「よし、命令を聞けるのは良い兵士だ」


 そう言って教官はオレの頭を乱暴に撫でて、計器をチェックしながらオレをコクピットから外した。

 交感が絶たれた時にやけに身体が重くなり、教官に抱えられながら外へ出る。

 ゴーレム越しではない日差しはやけに眩しい。


「初陣の──死の恐怖をこんなに早く体験出来たのは幸運だぞ448号」

ヴァ……(嬉しくねぇ……)


 全くもって嬉しくないってのに不思議と達成感はある。

 安堵を教官の言葉がすり替えただけかもしれないが、なんにせよオレは乗り切ったのだ。

 教官に支えられながらゴーレムから離れると、程なくして破損した部位から煙が上がるのが見えた。

 やはり危ないところだったのだろう。


 さて、そんな事をしでかした野郎の顔を拝んでやろうか。

 そう思って強制停止されたゴーレムを見るが、ハッチはまだ空いていない。

 ゴーレムの周囲には距離を取って研究員や警備兵が集まり、なにやら話し合いをしているようだ。

 何があったんだろう。


「やはり、ただ力を与えられただけの獣は危険すぎる。故の無い力では戦士にはなれん」


 教官は吐き捨てるようにそう言って、脚を早める。

 しかしオレの脚は言う事を聞かずにもつれてしまって体勢を崩す。


「おっと……交感の度にこうなっていては兵士にはなれんぞ?」

「ゥゥ……」


 教官に支えられているから完全に転ばすにはすんだが、そもそもアンタがペース乱さなければ転けなかったからな!


 こちらが重たい身体を動かして身体を起こしていると、ゴーレムの方も動きがあったようだ。

 ゴーレムに膝を突かせ、ハッチを開けて中からぐったりとしたパイロットを回収する。

 オレと同じようにアイツも精根使い果たしたようで、支えられながら歩いていた。


 ……?

 支えられてはいるけれど、何かがおかしい。

 アイツはオレよりも一歩はしっかりとしているが、そもそも歩く気がないような感じだ。

 両腕を二人がかりで支えて促してようやく少しずつ歩いているようで、俯き両腕を抱く姿は寒さに震えるようにも見える。


「どうした448号」

ゥヴァ(アレは……)


 地面を見据えているようで、何処も見ていないようなあの目。

 充血して……充血し過ぎじゃないか?

 白目はどんどん赤くなっている。

 血涙まで流し始めて明らかに異常だ!


アァ!(アイツ何かが変だ!)

「まったく……おい448号、模擬戦はあくまで模擬戦。その結果を人間関係に持ち込むな」


 違うって!

 言葉が話せないとやっぱり不便だ!

 アイツの異常に誰も気付いていないのか!?

 血涙もどんどん流れて滴って、身体も大きく震わせて……少し大きくなってる?

 横と縦に伸びた気がする。

 そう思った時にはアイツの脇を支える研究員も気付いたようで、顔を窺い後ずさっていた。


 ──次の瞬間。


「グガアァアアアァァアア!?」


 断末魔の叫びと共に、アイツは大柄な身体をより大きく……膨れ上がらせた。

 服の限界、皮膚の限界を超えて膨張し、破裂。

 血と肉の赤を撒き散らして間には白が見える。

 

「……ッ!」


 見てしまった。

 見てしまった。

 破裂の瞬間、放射状に吹き飛ぶ様をそのままにしたような形のソレを。

 白いのは最初骨かと思ったのだ。

 だがソレは捻くれている。

 骨にしては複雑だし人体よりも大きく広がって……木のように演習場の真ん中に生えている。


 周囲に人体の内容物を混ぜた強烈な臭気を撒き散らし、人体の断片を葉のように垂れ下げ生やした木。

 苦痛に歪む見慣れた顔が、木の頂上に成っていた。


「──ォェ」


 ゴポリと体内で音がして、抑える間もなく胃の中身を全て吐き出す。

 口の中に満ちる胃酸の味も鼻を抜ける吐瀉物の臭いもオレの中から出てきたもの。

 あの()と同じ、人体由来のもの。


「何が起きた……!?」


 教官の狼狽える声が聞こえる。

 続いて研究員達の怒号や子供達の悲鳴も。

 

「クソ!適合失敗か!」

「ゴーレムに乗せるのは早かったのではないか!?」

「今霊樹の異常活性が出るならいつ乗せても同じ結果になっていた!」

「そもそもコイツは安定度のスコアが低かっただろう!何故そのまま乗せた!?」

「鎮静剤の継続投与は行なっていたさ!」

「チッ……万一の場合、最終的な責任はあの教官に──」


 ああ、ああ理解した。

 あれはオレ達に埋め込まれた霊樹のせいなのか。

 つまりオレも何かが違えばああなっていて、これから何かが起こればああなる可能性があるのか。


「何が新型だ……突然破裂する不具合なんて堪ったものではない!……おい448号!大丈夫か?448号!救護班!こちらへ!」


 悲鳴も怒号もうるさ過ぎる。

 嫌な事を考えたくない。

 オレは疲れた。

 もう寝たい。


 ゴーレムに乗るのは、楽しかったのに。


次回予告!

448号戦場へ!

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