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第四話 貴様らを一端の兵士に仕立て上げてやる!


「──ッッ!?」


 痛みで睡眠から叩き起こされる。

 まだ夜の遅い時間なのだろう、オレ達の部屋は薄暗く静まり返っていた。

 そんな深夜に叫ぶ訳にもいかないと、必死に歯を食いしばって痛みに耐えるがそれでも声が漏れ出てしまう。

 この首輪のミュートモードをオレも任意で使えればいいのに。


「グッ……!ッ!ッ!」


 全身の骨が軋むような──実際軋んでいるのだろう痛み。

 派手な成長痛みたいなものだと思えば気は楽だが、実際問題骨が裂けては再生するを繰り返しているのだから冷や汗が止まらない。

 痛みに反応して涙も溢れて枕を濡らす。

 嗚咽が漏れるのをなんとかしようと枕を頼ろうとするが、硬直しきった腕を上手く動かせない。

 それでもなんとか顔を枕に押し当て荒く呼吸を繰り返して痛みが過ぎ去るのを待っていると、部屋の反対側で影が動いた。


「……?ウア?」


 ああ、444号が起きてしまった。

 彼女を起こしたくはなかったのだが、取り繕う余裕も無いこの状況ではどうしようもないだろう。

 寝ぼけ眼を擦って痛みに悶えるオレを見た444号は眠気が吹っ飛んだ様子で慌てて枕元までやって来た。


「ウア?アア?」


 眉尻を下げ、心配そうにこちらを見やる彼女の気遣いに感謝したいところだが、食いしばった口を開こうとすると歯がガチガチと打ち鳴らされてばかりで声が出てこない。

 そもそも出たところで言葉にはならないのだが。


「ッ!ウ、グァ」

「!クゥゥ……」


 ちょっと笑って安心させようと思ったのだが思いの外ヤバい顔していたらしい。

 444号はもう泣き出しそうな顔をして犬の鳴き声のような音を出している。

 しかしそんな弱々しい顔をしていた彼女は急に意を決した表情へと変わり、オレのベッドへ入り込んで来た。


「──フン〜ン〜ンン〜」


 そうしてオレの強張る手を、指を優しく握ってその一本一本を撫でながらハミングする。

 いつもの数え歌だ。

 彼女は時折……不安になった時などによくこれを歌う。

 夜中に啜り泣く声が聞こえて起きると、彼女の震えるハミングが聞こえてくる事があった。

 これはきっと、彼女が収容所にいた時に誰かにやってもらった事なのだろう。

 眠れない夜、不安な時に心を守る為の儀式のようなもの。

 

 オレ達は──少なくとも肉体的には──もう数え歌を歌うような歳ではないし、獣の唸りのような声では美しい歌は似合わないだろう。

 それでも、この時間がオレ達を癒してくれた。

 ただ唸るだけのケダモノではないんだと安心出来た。


ア、ウ……グ(ありがとう)


 礼を伝えたつもりだけど彼女には届いているのだろうか。

 ただ優しく微笑んで、オレの手を胸元に抱いて歌い続ける。


 ──うおデッカ……


◆◆◆


 身体的にはオレ達の身体は完成したらしい。

 挿し木を行われてからというもの、オレ達は定期的なメンテナンス(・・・・・・)以外には身体に手を加える事はなかった。

 メンテナンスとはつまり骨に埋め込んだ霊樹の枝が根を張り定着する手助けをする事、つまりぶっとい注射で栄養を打ち込む事。

 これもまた痛いのだが、何より痛いのは枝が根を伸ばし骨を掻き分ける事だろう。

 そうして骨と一体化し、オレ達は強化されるのだとか。


 強化をしてどうするのか?

 そもそも何が強化されたのか?

 そんな疑問の……一部に答えを得られる機会はすぐに訪れた。

 オレ達への教育が始まったのだ。

 

「今日から貴様らが何の為に産まれたのか、奉仕するべき対象について叩き込んでやろう」


 そう言って現れたのは乗馬に使うような鞭を手にしたエルフ。

 学校の教室のような部屋に連れて行かれて、黒板を前に授業を受けさせられた。

 受けさせられたとは言っても、正直オレはかなり意欲がある。

 何も分からず痛い思いをさせられるよりも知識を吸収する方が余程良い。

 

 と、最初は思っていたのだが。


「これが我らが祖国エルヴンランドの国章、こちらが国旗だ。貴様らは命を賭してこれを守り、これ以外を殲滅せよ」


 エルフは森や木を重要視しているようで、国章も国旗もそれらを取り込んだパターンをしていた。


「これらの形を覚えたまえ。立ち入り禁止、触るな、騒ぐな、だ」


 黒板に書かれた幾つかの……文字であろうものを見せられて、覚えさせられた。

 

「では448号。この中のどれが立ち入り禁止だ?答えてみよ」


 この授業には文字が無い。

 板書の必要が無いのは前世の学生時代のオレが知ったら歓喜するかもしれないが、それでテストを受けさせられては敵わない。

 不正解を出せば鞭の一閃が飛んで来て叱責を受けるのだ。

 そうやって身体に刻み込まれるのはエルフにとって都合の良い内容。


 そんな授業を数日受けて意図が分かった。

 これはオレ達を兵器として使う為の授業という事だ。

 仮に敵に奪われたとしても言葉が話せず文字が分からないとなれば情報を漏らされる心配が要らない。

 それでもある程度は命令を理解して貰わなければ困ると、禁止事項だけは文字を図形として記憶させられているのだ。

 

 そもそもオレ達は極端に知識から遠ざけられている。

 この国の名前すら授業で初めて知ったくらいだ。

 肉体労働用の劣等種には知識は要らないのだろうが、ここで問題になったのは他の子供達。

 勉強をするという経験に乏しい子供達が初めて受ける授業で要領良く内容を記憶出来る訳がない。

 

「不正解だ453号!出来損ないは淘汰されるが、貴様はどうか!?」


 今日も先生からの鞭が飛ぶ。

 453号──よく食事を奪われていた気弱な少年が折檻を必死に耐えている。

 最初のうちこそあの横暴で大柄な少年は他人の失敗を笑っていたものだが、あの先生は少しでも不真面目な態度を見咎めると魔法を飛ばすのだ。

 恐怖で縛られたこの教室は緊張が張り詰めて大変に居心地が悪い。

 

 そして居心地が悪い原因はもう一つ……


「さて448号。貴様の価値を証明したまえ」


 教壇にオレを呼び寄せ、子供達の前に立たせる。

 そしていつもこう追い込むような言ってからテストを開始する嫌な奴なのだ、コイツは。

 ただまあ、問題はかなり単純だ。

 この国を示すもの──国旗や国章、国名など──を選んだり、命令を正しく理解出来ているかを試される。

 学んだ事を理解して覚えてればいいだけなのだ。

 問題の中には似たような選択肢が混ざるが、そもそもこれらを意味のあるものとして認識していれば単純。

 例えば『禁止』の文言を覚えていれば、意味の分からない文様の中に規則性を見出せる。

 

「アァー」

「ふむ、正解だ448号。貴様は劣等の中でも幾分マシなようだ」


 ああ、やめてくれ。

 オレも痛いのは嫌だから正解するが、そんな褒めたりすると余計な注目を集める。

 以前の食堂の件からあのデカいのにはやたらと目を付けられているんだ。

 それなのにこうして下手に目立ったせいで、今も面白くなさそうな顔をしてオレを睨んでいる。


「……グウガァ」


 なら適度に間違えれば、とも思ったのだがこの先生はそういった手抜きをアッサリ見抜くのだ。

 そして普通に間違えたよりも激しい叱責が飛ぶ。

 だったら真面目に答えるしかないじゃないか。

 オレはもう肩身の狭い思いで席に戻り残りの時間を過ごすしかない。


 最近のオレ達の日常はこんな感じ。

 昼は勉強、夜になると全身を痛みが襲う。

 ──そして時折因縁を付けられる。


「グアァ?」

「ガァ!ガァ!」


 デカいのが徒党を組んで絡んできた。

 言葉も通じないのに集団行動が出来るのは生物として備わった機能を感じる。

 ただまあ、そんなどうでもいい部分に注目するのはオレの悪い癖。

 囲まれて逃げ場がない状況で少し諦めモードに入ってるのかもしれない。

 客観視して現実逃避しても、別に何が変わる訳でもないのだが。


「ガァ!」

「ッ!」


 いってぇ!

 胸ド突きやがった!

 おっぱいだぞお前!

 触れるだけで痛いのによぉ……!


「グァ?ガアァ!」


 痛みで少し反抗的な目付きをしていたかもしれない。

 それが怒りを煽ってしまったようで、胸倉を掴まれ壁に追い込まれる。


ヴゥ……(やめろって……)

「グァ?グァッ!」


 服伸びるし胸見えるって!

 一応下着は着けてるけど……正直最初はそこそこ抵抗あったけど……与えられた物を身に付けるって点でそこそこハードル下がったけど……同じ物の大幅なサイズ違いを同室の444号が着けててビックリしたけど……!そんなオレのぺったんこが見えるんだけど!?


「グギギ……!」


 興味ない?

 ああそう、でも拳が飛んで来そうで怖いんだけど……いや、別に殴れるくらいはエルフ連中に頻繁にやられてるし治るから良いけどさ。

 お好きにどうぞ、と軽く頬を差し出してみる。

 無抵抗だ。

 下手に歯向かって気を悪くされるよりもサンドバッグの方がまだマシ。

 結局テストで間違えて鞭を喰らうか、正答出して拳を喰らうかの違いなのだ。


 ただそれがより癪に触ったらしい。

 デカい奴は顔を真っ赤にして歯を擦り合わせて苛立ち始めた。

 余裕綽々に見えるよな、でも実際痛いのは覚悟決めないと怖いし……胸元見えるの恥ずかしいし……あと何言っても無駄だし。


 そんな諦念を抱いて時間が過ぎ去るのを待とうと思っていたその時、不意に響いた声がその場の全員の身を震わせた。


「そこまでだ!随分と活きのいい連中が揃っているようだな」


 軍服を着たエルフの女がこちらに向かって歩いてくる。

 胸を張り、一歩一歩が凛々しく正確な機械のような歩き方。

 体幹はブレず、まっすぐにオレ達を見据えて離さない。


「なるほど、これは兵としての心構えを叩き込む甲斐というものがありそうだ」


 先程まで威勢よくオレを詰めていた連中はすっかり意気消沈。

 流石にエルフ相手にも吠えてかかる程愚かではないようだ。


「来い!貴様らを一端の兵士に仕立て上げてやる!」


 そう言って、エルフの女はオレ達に有無も言わさず──言う権利も機能も無いが──この研究所の外、厳密に言えば敷地内だが屋外へと連れ出した。

 前世で見た学校のグラウンドを思わせる広々とした空間が広がって……その周囲を有刺鉄線付きの塀が囲む。

 そこには既に他の子供達も集まっており、普段は格子の嵌った窓越しに見る景色を直に見て感動している様子だ。


「総員、傾注!」

「教官殿、軍隊用語はこれから学ばせるところでして……」

「む、そうか。いいかお前達!傾注と言えば手足を揃え、こちらを見据えて耳を傾けろ!一言一句聞き漏らさずに頭に叩き込め!いいか!」


 先生まで居るじゃないか。

 つまりこれは新しい授業、教科って訳か。


「返事は!?」


 各々アーだのウーだの唸って応えるが、教官殿の反応は芳しくない。


「これはなんと言っているのだ」

「返事でしょう」

「聞き分ける術があるのか?」

「貴女が返事を求めたのだから、これは返事なのでは?」

「ううむ、参ったな……簡単な会話くらいは出来るかと思っていたのだが……」


 教官殿は困り顔でこちらを見る。

 エルフの表情としては中々見ない部類だ。

 オレ達の事をイマイチ把握していない事から考えても、彼女は研究所の外からやって来た人なのだろうか?


「あー……そうか、あーだ」

「は?」

「アーを肯定、ウーを否定とする。これくらいならば言い分けられるだろう?そこのデカいの、やってみろ」

「ガー、グー?」

「……まあ及第点か」


 頭を掻いて溜め息を吐いているが、本当にこのエルフは表情が豊かだ。

 オレ達が普段見るエルフといえば鉄面皮に侮蔑、あとは所長の不気味な笑顔くらいのもの。

 そこでエルフというのはそういうものだと思っていたが、エルフも案外良い人が居るのかも──


「いいか!これから貴様ら劣等種を兵士に作り変える!いくら身体を強化しようとも、貴様らは所詮取るにたらない劣等種でしかない!」


 そんな事なかったかも。


「その程度の貴様らを兵士に変えるのは精神性に他ならない!誇りを持って戦うのが戦士であり、貴様ら誇りを持たぬ劣等種がなるのが命令を受けて動く軍隊の中の兵士(パーツ)だ!」


 ここまでコテコテだと逆にテンション上がるな。

 今まで見てきたエルフとはまるで違う教官殿は中々に新鮮で面白い。

 エルフというのは大概顔が良いのだが、この教官殿もその例に漏れず美人だ。

 そんな人が凄んでいるのは中々……良い。


「まずは貴様らの惰弱な精神を練磨し、余計な事を考える脳から水分を搾り取ってやる!」

「それは医学的に見て正しい発言とは言えませんな」

「さあ走れ強化兵未満の劣等共!この演習場を体力の尽きるまで走り続けろ!」


 ……ただ走るだけ?

 目標は?

 何周したら終わりとかないの?


「返事は!?」

アー!(イエスマム!)


 各々慌てて習ったばかりの肯定、の返事をして駆け出す。

 滅茶苦茶だ。

 オレ達は兵士って事だから軍隊の教育を受けるんだろうけど、初っ端からこれはあまりにも不安になる!

 他のエルフとは種類の違う理不尽さを感じる!


「遅い!全力で走れ!」


 教官の叱責と共に魔法が飛ぶ。

 走るオレ達の最後列へと着弾したそれは、光と音と熱を激しく撒き散らして爆発する。

 本能的に縮こまってしまう大きな音に心臓が早鐘を打つ。

 まさか当てはしないよな……?


「死にたくなければ走れ!戦場でもチンタラ歩いて逃げるつもりか!?ならばここで死んでも変わらんだろう!」

「き、教官殿!?アレは我々が心血注いで開発した──」

「敵は待ってはくれないぞ!」


 本当に当てるつもりか!?

 本当の本当に!?


アァァァ!?(嘘だろ!?)


 全力で走るしかない!

 死にたくない!

 死にたくないんだよ!


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