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第三話 これが貴女へと贈る私の祝福


 研究所にやって来てから半年くらいだろうか。

 それで分かったここでの暮らしの良い所は比較的マトモな部屋が与えられた事だろう。

 二人一部屋のベッドに洗面台にトイレが備え付けられた、刑務所のような部屋。

 とはいえこの部屋は中々良いものだ。

 オレ達はこの研究所の資産だから当然とも言えるが。


 だからこそ不要な健康リスクを犯す必要はなく、清潔な部屋に住む事が出来るようになった。

 以前居た収容所は──大人数を収容する前提から来るものでもあるが──意図的に生活レベルを落とされていた。

 劣等種に自分の立場を理解させる為。

 そのような意図が透けて見える点が多々あったのだ。

 

 さて、そんな研究所生活の始まりは起床のサイレンが告げてくれる。

 けたたましく頭に響く音だが、確実に起きられる音だ。


「ン〜ン〜」


 そしてオレの……オレ達の部屋では別の音も一日の始まりを告げる。

 チューニングの甘いラジオから聞こえるハミングのような音。

 それが共用の洗面台の前から聞こえてくるのだ。


ヴァー(おはよう)

「アー」


 この研究所にやって来た日から何かと縁のある彼女のもう聞き馴染みのある数え歌を聞き、おはようの挨拶を交わして洗面台の順番を待つ。

 彼女は起床の時間になるとすぐに起きて、顔を洗い目を覚ますのだ。

 短めの赤毛に丸みを帯びた横顔。

 こんな環境にあって優しさを持った彼女の心が映る険のない顔は見ていると癒される。

 他に見る顔は恐怖が張り付いているか、もしくは冷徹かの二択なのだ。


「……ヴァ」


 おっと思わず声が出てしまった。

 彼女も顔を洗うのを中断して不思議そうにこちらを見ている。

 おいおい気を付けろその服は胸元が緩いぞ。

 いやしかし肩口までが開いたこの服は着る人によっては扇情的に見えるのだろうが、オレ達が着ると痛々しく見えるか。

 鎖骨の上に彫られた管理番号……彼女の場合は444の数字が見える。

 ちなみにオレは448の数字が彫られている。

 間の3人は死んだ。

 実験の第一段階、霊薬の投与の繰り返しに耐えきれず半年の間に死んでしまった。

 

 だがそれを生き延びたオレ達が幸運とは言え無いだろう……オレ達は実験の第二段階で首輪を付けられた。

 それは概念的にエルフから逃げ出せないようにする首輪でもあるし、物理的に首に嵌った金属の輪でもあるのだ。

 この首輪はオレ達から声を奪った。

 命令を聞かせるだけのオレ達に言葉は必要ないらしい。

 それに文字もわからないオレ達は互いに協力して反旗を翻す事も出来なくなる為、やはり強力な枷として機能する。

 そんなものが、顔を見れば常に視界に入るのだ。

 思わず視線を向けてしまったが、慌てて首と手を振り何でもないと伝える。


グァ(気にしないで)


 オレ達が出来るコミュニケーションは吠え方を変える事、そしてボディーランゲージだ。

 多少大袈裟にやるくらいがいい。

 伝わりやすいし美少女なら絵にもなるからな。

 そんな美少女も毎朝の手入れが欠かせない。

 ちょうど444号も洗顔が終わったみたいだからオレも眠気覚ましがてら顔を洗おうか。


 朝の支度を済ませたなら次に向かうのは食堂だ。

 警備が目を光らせている以外は案外悪くない場所だと言える。

 清潔でそこそこの広さがある、それだけで収容所よりはマシだ。

 そして何より娯楽の無い環境だからこそ、毎日の食事は身体だけでなく精神にとっても栄養になる。

 常に怯えている実験体の子供達も食事の時間には年相応のはしゃぐ面が垣間見えるのだ。

 まあ、はしゃぎ過ぎると折檻を喰らうのだが。


 列になって食事の盛られたトレーを受け取り、思い思いの席に着いて食事を摂る。

 席を選べるというのはこの場所での数少ない自由だ。

 気に食わない奴からは離れて、仲の良い友人と食卓を共にする事が出来る。

 ちなみにオレはいつも444号と一緒に食べている。

 何かと縁があるし、彼女はオレによく引っ付いてくるのだ。

 不意に口を拭かれたりするので、漏らしたあの日から格下認定されている説が濃厚だ。

 まあ彼女はそれで精神の安定を保っているようだし、ここはひとつオレが大人になってお人形になってやるのが良いだろう。

 既に固まった関係があれば、嫌な奴も寄ってこないし。


 とはいえ皆一様に怯えているこの環境で、他人に嫌な思いをさせるようなゆとりを持った気概のある奴は少ない。

 一応居る事は居るのだ。

 そんな奴が。


「ゥグア」

「ッ……」


 小声で唸り、小柄な少年を脅し付ける大柄な少年。

 そうしてプレートから食事を奪って頬張る光景は典型的な搾取の様だ。

 体格で勝てず、悪知恵でも勝てない。

 どうせ話せないのだから、アイツに食事を取られたと騒がれても構わないと大きな方は思っているのだろう。

 ガーガー唸ってエルフに助けを求めても返ってくるのは冷徹な視線、言葉……それでも縋り付こうものなら魔法が飛んでくる。

 実際小柄な方はそれを一度やっているので、尚更怯えて動けずにいるのだ。


 なんだか言葉を使えなくなって、より獣みたいだ。

 オレ達はもう少しまともな存在じゃないか?

 首輪を付けられたとはいえ、ここまで落ちぶれてしまってはエルフの連中が劣等と見下す裏付けになるようで気に食わない。

 ここはひとつ、大人としてスマートな解決を──

 と思ったその時。


「アァーッ!」


 隣に座っていた筈の444号が大柄な少年へと詰め寄っていた。

 何してるんだあの子は。


「ウアー!アァー!」

「……?ガァ!」


 ううん、不毛だ。

 本人は喋っているつもりなのだろうが客観的には吠えあっているだけ。

 埒の明かない状況に大柄な奴は苛立ちを募らせて、そのうち手が出てもおかしくないだろう。

 そんなどうにもならない口喧嘩……もはや威嚇を見てはいられない。

 ここは一つ華麗に仲裁してやるか──


「|グアァー!《碌な事にならないからやめろ!》」

「ガァ?」


 ふふっ、デカいのめっちゃガンつけてくる。

 うん知ってた。

 だってオレ444号よりちっちゃいもの、体格のデカさを武器にしてる奴相手に喧嘩の仲裁するには力不足だわ。


「何を騒いでいる!」


 だが騒ぎを大きくしたのは効果的だったようだ。

 エルフに見つかったとあれば大人しくせざるを得ない。

 抑止力のアウトソーシングにより見事解決……とはいかないのは分かっている。

 騒ぎを起こしたオレ達を取り囲むように、エルフの警備が警棒を手に集まって来た。

 ああ良くない、諍いは収まったけど暴力はより近くなってしまった気がする。


「どうやら躾が足りないようだな。安心しろ、お前達は霊薬の効果で怪我が早く治るんだ。多少骨が折れても問題ない」


 ああ、こんな形で自分に投与されたものの正体を知る事になるとは思わなかった。

 出来れば体験せずにいたいものだが、初体験は今日になりそうだ。

 

「獣は痛みがないと覚えないだろう。しっかりと刻み付けてやる……!」


 エルフ達が警棒を振りかぶる。

 魔法を抜きにしても大人と子供なのだから抵抗のしようもない。

 だがそれでも、せめてもの抵抗がしたかった。


ガァ!(危ない!)

「!?」


 444号は他人の為に危険を顧みずに声を上げた良い子だ。

 そんな彼女が不当な罰を受けるのは納得出来なかった。

 出来なかったから、庇った。


「ゥグ……ッ」


 彼女を押し退け、警棒の振り下ろされる軌道上に割り込んで代わりに殴打を受けようと思った……のだが。

 オレより背の高い444号の肩を狙った一撃は、オレならば頭を打つ事になってしまった。

 頭蓋を揺らす嫌な感覚と音が、あまり良いとは思えない結果を想起させる。

 視界が歪んでぐるりと回った事から考えるに、平衡感覚が無くなったのだろうか?

 やけに客観的に自分の状態を把握しているのが少し面白い。


「ァア!ァア!」


 444号の声が聞こえる。

 オレを抱き起こしているようだ。


「クソッ!面倒事を増やしやがって!」


 殴っておいてそれは無いんじゃないか?

 まったく、エルフというのは自己中心的すぎやしないか?

 ただまあ、普段偉ぶってる奴が焦ってるのは気分が良い。

 躾の為に多少の暴力は許されていても、オレ達は研究所の資産だから流石に頭を殴るのはマズイって事なんだろう。


 さてオレはこれからどうなるんだろうか?

 このまま放置とかはないよな?

 そんな不安を募らせていると、凶兆ばかりを知らせてくる老婆の声が聞こえてきた。


「あらあら。随分とやんちゃな子供達だこと」


 不思議と安心感のある声が、むしろ不気味に聞こえる。

 大樹のような包容力と慈愛を宿した声が嫌に耳朶へと染み入るのだ。


「し、所長!これは──」

「不測の事態は起こるものよ。重要なのはどのように取り返すか」


 数人の部下を引き連れて現れた所長はオレ達の前にしゃがみ込み、手を伸ばす。

 444号は警戒する獣のように唸っているが所長は気にしていないようで、オレの顔に触れながら何やら見ている。


「あら……眼球が」


 眼球が何?

 えっ?視界が歪んでるのって物理的に歪んでたの?

 

「この程度なら……そうですね、挿し木を早めてしまえばよいでしょう。準備を」


 背後の部下に指示を飛ばしているが、挿し木とやらは猛烈に嫌な予感がする。

 おそらくそれは実験の第三段階……霊薬の投与、首輪の装着に次ぐ何か。

 一番目は痛かった、二番目は後に引く影響が大きい。

 なら次は?

 そんな不安に駆られていると、不意に身体を浮遊感が襲う。


「連れて行って」

「ウアァッ!」


 444号の声が聞こえる。

 彼女から引き離されたのだろう、ぐったりと動けないままだが歪んだ天井が動いているのが見えた。

 そうして運ばれているうちに、見慣れた景色も視界に入る。

 霊薬の投与に何度も通らされた廊下を通り、服を剥ぎ取られて手術台に寝かされた。


「今回は私が挿し木を施しましょう」

「所長自ら……!勉強させていただきます」


 何やら感動しているエルフの声が聞こえるが、これははたして良い事なのか悪い事なのか。

 ただ無駄に不安な時間を過ごす必要がなかったのは幸いで、良いところを見せようと張り切っていたのか周囲が慌しく動いたと思ったら、あっという間に準備が整ったようだった。


「さて、聞こえますか448号。貴女にこれから施すのは挿し木、と私が名付けた術式です」


 医者が治療法を説明するのと変わらない筈なのだが、死刑の宣告をされているような気分になる。

 手脚は手枷によって大の字に固定されている為、耳を塞ぐことすら出来やしない。


「我々エルフの繁栄を表す霊樹──その若木の枝がここにあります」


 そう言って所長はわざわざオレの視界に白い細枝を入れてきた。

 挿し木という名称も、こうして枝を見せられた事のどちらも猛烈に嫌な予感を抱かせる。


「エルフの故郷、領土にはこの霊樹を植えるのです。とても、とても神聖なものなのですよ?」


 周囲で聞こえるカチャカチャという金属音はなんなのか。

 あれはメスとかそういった類の金属じゃないのか?


「これを今から貴女の四肢と胸部に挿し込みます。骨をドリルで穿孔した後、枝を入れて発根させる予定です」


 エルフの一人がオレの首輪に手を伸ばし何やら弄る。

 更には頭を固定して猿轡を噛ませて、明らかに何か……おかしな事が始まろうとしているのが分かってしまう。


「ですがこの霊樹の枝を定着させる過程は積み重ねた知見により、麻酔を使うと失敗に終わる可能性が高まると明らかになったのです」


 ……何?

 つまり、つまりオレはこれから麻酔を使わずにメスを入れられた上に骨を削られて──


「何故か、を究明するのは手間が掛かりそうでしたので麻酔を使わずに挿し木を行う方法を見つけました。どうか、どうか耐え抜いてください」


 耐える?堪える?

 そんな事出来るのか絶対に痛いだろメスで肉を切るって事で骨まで削るなんて


「これが貴女へと贈る私の祝福。劣等種をエルフの霊樹で救ってみせましょう」


 肉を圧し分けるメスの痛みが襲う。

 止めようがない苦痛の嵐。

 身体の中でのたうつ痛みを逃がそうと口から逃がそうと喉を震わせようとするが……出ない。

 無慈悲に自らの身体が切り開かれる音を掻き消す叫びがまるで出てこない。

 ただ猿轡へと強く叩きつけられる荒い吐息のみが口から飛び出して、目を開いても閉じても視界がチカチカする。

 骨を削る小刻みな振動が骨を伝って頭蓋の中を反響して逃れられない。

 

「やはり首輪に発声の制御機能を付けたのは正解でしょう?吠えられないと最低限のコミュニケーションにも影響がでますものね、煩い時はこうして切ればいいのですから」

「ええ、ですが言葉を没収するのなら舌を切ればよいのでは?」

「それでは支配と従属の証としては不十分なのですよ。目に見え、触れる事が出来る形で存在しなければこの子達劣等種は理解が難しい」


 ゴリゴリ、ゴリゴリとドリルが押し当てられて身体の中へ入り込む感触が気持ち悪い。

 痛みも気持ち悪さも否応なしに感覚の全てに叩きつけられて気が狂いそうになる!


「それにこの挿し木も新型強化兵へと付けた枷の一つ。定期的な魔力の吸収がなければ枝は身を裂きひとりでに伸びて魔力を求めるでしょう。この子達は生きる為には我々に恭順しなくてはならない」

「なるほど反抗する劣等種には森の罰が下るのですね……!」


 何が罰だそんなものがあるならお前達こそ死んでいる筈だ。

 分からない、何故こんな目に遭っている?

 強化兵だかなんだか知らないが何故?

 何も分からないんだ聞きたいし伝えたいのに。


「穿孔は終わりましたか?」

「はい、いつでも挿し木を始められます」

「では始めましょう。448号?」


 エルフの老婆がこちらを見ている。

 まるで産まれ出た赤子を祝福する産婆のように優しく微笑み、険しく見つめて淡々と言葉を紡ぐ。


「これからが本番です。痛みは貴女を変えるでしょうか?ですが恐れる必要はありません。痛みは過程であり……祝福はその後に訪れて貴女を抱擁するでしょう」


 頬にしわがれた手が触れる。

 オレの肉を割いて骨を削る悪魔のような手の筈なのに、苦痛が支配する全感覚の中に入ってきた人肌は涙が溢れるほど安心出来た。


「祝福を受けた貴女は新たな骨で立ち上がり、全く新しい感覚を手に入れる。劣等種として生きていては想像も出来ないような素晴らしい新生を迎える準備をしてください」


 新生なんて要らない。

 ただ生きたい。

 苦痛も消えて欲しい。

 

「では彼女を祝福しましょう」


思い付きとその場の勢いで書いてるので完成次第投稿している状態です

のんびり読んでいただけると嬉しいです

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