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TS強化兵のファンタジーロボット戦記  作者: 相竹 空区


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第二十七話 素晴らしいストーリーではなくって?


「ねぇ狼ちゃん。今日は休んだら?」


 最近アリナは顔を合わせる度にこんな事を言う。

 咳き込むオレも悪いのだが、こちらが断るなんて分かりきっているだろうに毎度毎度……今だって朝一番にわかりきった事を言うアリナもしつこい。


「せっかく公都に戻っているんだから、ね?」

「……ッヴゥ」

「今日は……今日こそは休んで欲しい。少しで良いから。そうしたらもう言わないから」


 今日はやけに粘るな。

 こんな顔をするアリナを見たのは……444号が死んだ時以来だ。

 こうも弱々しく、縋るように頼まれては断りづらい。

 やむなく頷くと、アリナは心底ホッとした様子で胸を撫で下ろしている。


「うん、大丈夫だから。なんとかしてみせるからね!狼ちゃん」


 下がった眉から一転、力強いいつものアリナに。

 感情の忙しい人だ。

 颯爽と手を振って立ち去る姿の凛々しさ、頼もしさは何度も見てきたが、今日は一段と気力に満ち溢れているように見える。


「……ハァ」


 そんな人を騙したような形になったのは心苦しい。

 休む気などはなから無かった。

 何故なら今日が。

 今日こそが、オレの戦いの日。

 総督殺しの決行日。


 ラウラはかなり慎重にタイミングを窺っていた。

 オレがゴーレムに乗って護衛を強引に突破し、総督を殺す絶好の機会を求めて。

 それこそが今日、総督はヤドリギ計画を進める為に無防備になる。

 護衛が最小限になる僅かな隙が生まれるのだ。


 こんな乱暴な方法を用いつつもタイミングを探るのは、エルフの肥大化したプライドに傷を付ける為。

 そこで総督肝入りの計画なんてものは、またとない機会と言える。

 エルフが立案し、エルフが承認し、エルフの尊厳を懸けた計画。

 オレのような飼い犬に滅茶苦茶にされれば屈辱だろう。


 いよいよ借りを返す時だ。

 コートを羽織り、ポケットにはもう手が入らなくなった手袋。

 準備はこの程度で済んでしまう。

 仮に死んだとしても一緒に埋葬なりする私物はこれだけだ。

 これで十分。

 ラウラとの最後の待ち合わせ場所へと向かう。


 今日はいつも通りの城内のラウラの部屋で待ち合わせではなかった。

 目指すのは格納庫。

 ラウラの秘密の格納庫だ。

 賄賂や強請りによって作り出した存在しない(・・・・・)格納庫。

 とんでもない事をやる公女様だと思ったが、味方ならば頼もしい事この上ない。

 これが自分の国の公女というのはアレだろうけど。


「おはようございます、良い天気ですね。権力者を殺すには丁度良い日です」


 外の景色などまるで見えない、薄暗く埃っぽい格納庫の中でラウラは朗らかにそう言ってオレを迎えた。

 公女らしからぬ作業着を着て。


「この服ですか?貴女の為の機体を準備していましたの。ああ、ご心配なさらず。暇な時間が十年程ありましたので十分な勉強は済んでおりますから」


 頬を黒く汚して、手の中で工具を回しながらラウラは視線を格納庫に収められた唯一のゴーレムへ向けた。

 照明も全てがその一機へ向けられて、まるで世界に唯一存在するゴーレムのような特別感すら感じる。

 バレリーナのように細く繊細な四肢に、ドレスのような装甲を機体各所に配した青い機体。

 ショーウィンドウに飾られているような華やかな雰囲気がある。


「これはアルラウネ。本来はエルフの為のゴーレムなのですが……手回しいたしました。危ない橋を渡ったので今日失敗すれば貴女と運命を共にする事になりますわね」

「……ヴゥ」

「あら私とした事が。失敗から語るなんて不吉でしたか?ですがご安心を。機体性能に関しては抜群。私は私の仕事を果たしましたので、あとは貴女に掛かっているのですよ?」


 プレッシャーが凄いな……

 でも共犯者と言うからには運命共同体でもあった方が信頼出来る。

 ただ、ずっとニコニコと楽しそうに笑う神経はよく分からない。


「見てください。この極限まで細く、薄くした機体を。高速で敵を撹乱する事を目的としているのですが、被弾すればそれが致命になります」

「……」

「更には扱いの難しい兵装を二つも載せて、十全に扱える乗り手が居ない代物だとか」


 なんでオレがこれから乗ろうって機体の酷評するの?

 そして何故そんなに楽しそうなのか。


「エルフすら乗りこなせず死蔵していた暴れ馬を貴女が乗りこなし、エルフの災厄となる。素晴らしいストーリーではなくって?」

アー(確かに)


 ラウラの意図が分かれば、これはなんとも痛快だ。

 問題はオレが乗りこなせるのかどうかだが、それは頑張る他にない。

 一体どんなゲテモノ兵器が搭載されているのやら……


「詳細をお聞きになりたいですか?例えばこのドレスのような華美な装甲──これは感応自在装甲。貴女の意のままに機体の各部へ速やかに動き、最小の装甲で最大の防御を実現致します。しかし戦闘中に装甲の位置にまで気が回るエルフはおらず、当機は死蔵されておりました」


 戦闘中に気を回さなければならない対象が増えるのは相当な負担だ。

 ましてそれが四肢を動かすような単純で直感的な動作でないなら尚更。


「そして背部には自在魔力砲塔──ワンド。貴女の意のままに空中を滑り、敵を全方位から貫く光を放ちます。しかし戦闘中に──」

ヴアヴァ(分かった分かった)

「ノゥル陥落の際にエルフ側に相当な乗り手が居まして、これはそのエルフしか扱えなかった機体だそうです。かつて私も報告書で何度も目にした機体です。アリナも勝てなかったと言っていました」

ヴア?(ならそのエルフは?)

「以前の乗り手の行方は追えませんでした。おそらく機密性の高い任務に就いたのかと。そのまま十年程倉庫に放置されていた物をこうしてノゥルの蒼に塗り直し、貴女の紋章(エンブレム)を配した……言うなればかつてノゥルを陥したエルフの英雄の機体を、今度はノゥルを取り戻す為に使う。私がこの機体を気に入っている理由の一つですわ」


 見慣れた口枷首輪の雁字搦めになった狼のエンブレム。

 これから飼い主に噛みつこうとしているのだから、これは中々当て付けがましい。


「エルフは思い知るでしょう。貴女に付けた枷こそが、自らを破滅させるものであったと。貴女の首輪が反逆の象徴となる事を……貴女の勝利を祈っています」


 ラウラに真っ直ぐ見つめられ、強い思いを託される。

 頷き返そうと──そう思った瞬間、サイレンが鳴り響いた。


『敵襲!公都内の複数の街区に武装したレジスタンスが侵入!』

 

 スピーカーからは慌しく指令が飛んで、混乱に陥っている様子がありありと伝わってくる。

 これもラウラの仕込みだろうか。

 

「私ではありません。これはレジスタンスと関わろうとせず、独立独歩を貫いた皺寄せでしょうか」

「……ヴゥ」

「そう気を落とさずに。むしろ撹乱された事で幾許か楽が出来るかも──」

『レジスタンス戦力の中にはゴーレムの姿も確認されている!』

「あら、これは良くないですわね」


 撹乱だけなら良いのだ。

 だが市街を越えてヤドリギの支配圏に入ってしまえば、そのまま総督にゴーレムを乗っ取られてしまう。


「……今日、総督が計画を実行に移さなければ、隙を見せなければ私達は終わりです。この機体を持ち出した事はあっという間に判明して二人とも処刑されるでしょう」

ヴア?(なら今やれば良い)

「今すぐ行ったとて総督の周囲は防御が固められています。総督は今、公都の地下にてヤドリギ計画の最後のひと押しをすべく準備を進めている最中。その周囲には当然、ゴーレムも控えているでしょう」


 それはオレが力押しして破れないものなのだろうか。

 ふと湧いた疑問を見透かしたように、ラウラが呆れた様子で溜め息を一つ。


「少数での攻撃が成功する前提として、それが情報や戦術での優位を獲得しているか或いは奇襲でなければなりません。今回ならば総督は自らが狙われる事を前提として防御を重ねているわけですから、私達は情報の優位である守りの薄い時間を狙いたいところですが……」


 ここまでしっかり反論されるとは思っていなかった。

 単純な思い付きでしかなかったのだが。


アー……(わかったよ……)

「なんとも奇妙な状況ですが、貴女が出撃して総督が計画を実行に移せるように手助けする他ありません。この段階ではまだ魔力を用いた兵装が総督を守っている。彼女が無防備となる最後の繊細な調整作業こそが我々の狙う隙なのですから」


 こちらとしては延期が出来ないのだから無理矢理にでもやるしかない。

 初っ端から予想外に掻き回されているが、思い返してみればいつも予想外に振り回されてばかりの人生だった。

 ならこれも今までと同じ事。

 なんとか乗り越えて、その先に向かうだけ。


「強化兵用の交感機器は取り付けておきました。エルフ用の高性能ゴーレムとの交感による負担は計り知れませんが……」


 問題ないさ。

 軽く手を振りゴーレムへ乗り込む。

 タラップの一段一段が栄光に向かうものなのか処刑台へ向かうものなのか、上がる毎に緊張が高まる。

 だがそれも開かれたハッチを潜り抜け、質の良いシートに座れば多少はマシになった。

 やけに座り心地が良いが、コクピットの中というのは安心出来るものだ。

 機器も全体的に洗練されて、明らかにオレ達よりも良い物を使っているなと一眼で分かる高級志向。

 そして何より……モニターが無い。

 ただカプセルのようにシートを取り囲む壁面があるだけ。


「……ヴア?」


 よく分からないが早く出撃しなければ。

 起動手順は慣れたもの。

 ケルッカも、ラヴィーニも、このアルラウネも変わらない。

 ただ始動した機関の唸り声はまるで違うので思わず身震いしてしまう。

 徐々に起き上がる巨獣の如き吠え声。

 高い音が多く含まれた歌唱のような音が響き、左眼も骨も魔力に反応して震えている。

 

 こんな物と繋がったらどうなってしまうのか……シートの横の本来は存在しない強化兵用の交感機器からチューブを引き出す。

 右腕、左腹。

 カチリとポートと接続されて、ボタンを弾けば交感開始。

 流れ込む魔力溶液がアルラウネの感覚を強烈に伝えてくる。


「──ッ!?」


 頭に強烈な一撃を貰ったような、そんな感覚。

 生身の身体が押し流されるような激しく鮮やかな感覚が意識すら押し流そうとして──


「ッゲホ!ゴホッ!ゴホ……」

 

 咳き込んで正気を取り戻す。

 服の太腿部分には赤い染みが幾つも出来て、血を吐いたのだと分かる他……今も点々と滴る赤がある。

 

「ケホ、ケホ……」


 肺が空気を押し出して風船みたいに縮む感覚を頼りに身体を動かす。

 苦しいが、意識を飛ばさないようにしたいなら苦痛が良く効く。

 手の甲で鼻血を拭い、シートに身体を預けて荒く呼吸を繰り返していると無線機からラウラの声が。


『こちらは貴女が総督の殺害に成功する前提で動きます。レジスタンスの参加は予想外でしたが、あれらの力を利用して公都を取り戻します。貴女が地下から戻ってくる頃にはノゥル公国の空が広がっているでしょう』

……ッヴアァ(……了解)

『苦しそうですね?大丈夫だと踏んで交感時のリスクについては話さなかったのですが、大丈夫なようで何よりです』


 これで大丈夫の範疇って事はやっぱり意識を手放していたら死んでいたんじゃないか?

 事前に聞いていたらビビっていただろうから結果的には良かったのかもしれないけども……


『無線を傍受したところ、レジスタンス戦力はゴーレムを公都の中心部へ向けているのだとか。このタイミングです、狙いは総督なのかもしれません』


 公都を取り戻しエルフを追い出すつもりだろうか。

 オレ達にはそれを積極的に妨害する意図は無いのだが、それでも少しばかりの衝突がある。

 

『ですが私達程は情報を得ていない筈。やはり総督殺しは貴女の手で行わなければ』


 やはりラウラも同じ意見。

 オレ達はオレ達の計画で進める事で得られるものがある。

 総督がやり方に拘り、それで得られるものがあるようにオレ達だって自らの手で勝ち取るべきものがあるのだ。

 

『扉を開きます。準備を』


 モニターの無いコクピットの壁面を睨むと、それに反応したかのように壁面が揺らぐ。

 揺らいで、色を滲ませて……壁面全てが外の景色を映し出す。

 脚元も、シート越しの背後を見ても全方位が見える。

 交感で得られるゴーレムの感覚と齟齬無く周囲を捉えられるコクピットの視界……そもそも交感で周囲の景色が見えるのだから意味があるのだろうか?

 エルフの拘りに首を傾げていると、サイレンが鳴り響き格納庫の扉が重々しく稼働する。

 隙間から太陽の光を差し込ませ、徐々に照らされる範囲も増えてゆく。

 機体を扉の前に回そうとして……操縦桿が慣れた物とは違う事に気が付いた。

 半球型の機器が左右に一つづつ。

 トラックボールのような物だろうかと手を当てると、置いた指に合わせて形を変える。


「……」


 エイリアンの技術に触れた気分だ。

 エルフの無駄な拘りを感じつつ、それでも動かし方はそう変わらないのだから大した物だと思う。

 いちいち仰々しくて、でも確かな性能。

 ふとキランの事を思い出した。

 あいつもこんな景色を見ながらゴーレムに乗っていたのか。


「──フゥ」


 少し、感慨深い。

 生き延びる為にあいつの戦い方を真似て、いつの間にか自分の戦い方になっていた。

 それだけじゃない。

 オレより先に死んだ人達の言葉や想いがここまで背中を押してくれた。

 やる事はいつも同じ、目の前の敵を倒すだけ。

 でも今回は誰の命令を受けた訳でもなく、オレの意思でこれをやると決めた。


『発進は貴女のタイミングでどうぞ……健闘と無事のご帰還を祈っておりますわ』


 今回の目標は総督、その命。

 目的はこれ以上自由を奪わせない為。

 

「──ァア」


 何かを伝えようと思っても、やはり首輪がそれを阻む。

 でも流石に慣れてはきたさ。

 想いを伝える方法は言葉以外に幾らでもあって……怒りを伝える方法だってある。

 これで誰かの怒りを代弁しようとは思わないけれど、オレをここに立たせたのは多くの人の怒りだろう。

 ならオレはそこに焚べられる薪の最後の一つだ。

 上手い事やってみせるさ。


 行こう、これが最後の戦いになるように。


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