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TS強化兵のファンタジーロボット戦記  作者: 相竹 空区


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第二十六話 来るべき勝利の日へ向けて


「ゴホッ……ゲホッゲホッゲホ……」


 咳が止まらない。

 余命だとか余計な事を聞いたせいで気が弱っている面も大いにあるが、それにしたって息が苦しさは誤魔化せないだろう。

 口を押さえた掌を何度も息が叩き、じっとりと湿って気持ち悪い。

 ここが洗面所で助かった。

 何分前かのオレの同じ隊の仲間達との談笑中に抜け出し洗面所へ駆け込む判断は正解だっただろう。

 あの場でゴホゴホやっていたら面倒だった。


「ゴホ……ッゥヴァァ」


 鏡に写る咳き込む美人は誰だろう?

 ……見るからに不健康なオレだ。

 左眼はとうに見えなくなって魔石の鮮やかさを瞳の奥に湛えている。

 さらには不健康な肌の白さが酷い隈を際立たせて、オレが鏡に写るこの人が咳き込んでいる様子を見たなら心配するだろう。

 でもようやく咳も治ってきた。

 呼吸するたび掠れた音が鳴っているが、咳が止まらないより幾分マシだ。


「ケホ──ッ」


 離した掌には唾液が沢山……かと思ったのだが。

 赤いものが混じっていると流石に驚く。

 思い出した言葉がある。

 魔石が見える場所に生えているうちは大丈夫、と。

 なら見えないところに魔石が生えたら?

 これをオレに話してくれた、あの名も知らぬ兵士は魔石病の進行で死んだ筈だ。

 そんな人々を大勢見送ってきた。

 固く冷たいコクピットで一瞬で死ぬか、魔石に蝕まれて長く苦しむか。

 どちらにせよオレが見送られる番が近づいているのだと実感出来る。

 

「ちょっと狼ちゃん?大丈夫?」


 聞こえて来たアリナの声で慌てて手の甲で口を拭って手を洗う。

 色々混ざった赤い汁は冷たい水が流してくれる。

 

「──ッグ、ヴア」

「……」


 苦し紛れの返答にアリナは黙ってオレの背後へ。

 そのまま抱き締められて、手が洗いにくい。


「私がどれだけの兵士を見送ってきたと思ってるの?隠せないから」


 オレが見送ってきた人達の様子から自分の状態を計れるのなら、より多くの人を見送ってきたアリナなら分かってしまうか。

 誤魔化す必要がないのは楽だが、気付かれてしまった事のやりにくさはある。

 特に湿っぽく抱き締められた時などは。


「なんとか……なんとか掛け合ってみるから、休まない?少しでもいいから休まないと……」


 休まないと死んでしまう?

 それで得られる僅かな猶予の引き延ばしの為にアリナの立場を悪くさせるのは忍びない。

 回された腕を慎重に解く。


「ほんっと意固地な狼ちゃん。もっと甘えたりしたらいいのに……」


 振り返ってアリナの顔を見れば、眼が潤んでいるのが分かった。

 罪悪感で胸が痛む。

 心配ないと、そう伝える事すら出来ないのはもどかしい。

 

「ラウラがお茶しない?って。私は外せない用事があるから行けないんだ。ゆっくりお茶して休んできなさい!」


 アリナは溢れかけた涙を抑え込むように、空回り気味に痛々しく笑う。

 痛々しいのはお互い様か。

 いや、元を辿ればオレが悪いんだけども。


「公女様のお誘いよ?行かないと不敬になるんだから!」


 ラウラの呼び出し、となれば総督暗殺計画に進展があったのか。

 五年は持つと言われたが、それでも血を吐くようなオレの現状を考えると早いに越した事はないだろう。

 表情に心配さを隠せないアリナに手を振り、洗面所を後にする。


「ケホ……」

「絶対に、死なせたりしないから」


 去り際に聞こえたアリナの声に、応えられそうにはなかった。


◆◆◆

 

 ラウラの部屋に入って真っ先に目に入ったのは本の山。

 分厚い本が塔のように積み上がり、開かれたままの本はテーブル椅子床と場所を選ばず置かれている。

 その中心で、ラウラは本を読んでいた。


「来てくださった事に感謝いたしますわ。私には進展を報告する義理がありますものね」


 義務ではなく義理と言うところにラウラらしさが出ている気がする。

 オレとしても機械的に義務をこなされるよりかは信頼出来る気がするので好ましい。

 仕事ぶりに関してもこうして本を広げて頭を使う姿が──パフォーマンスでなければ──見れたので安心だ。


「この本ですか?魔導工学……貴女であれば身近なのはゴーレムでしょうか?それに関する分野の専門書ですわ。こちらは魔法に関する古い文献。全て総督の計画について調べる為のものです」


 何冊も積み上がった山を指差し、しかしラウラは手元の本から視線を逸らさない。


「しかし他ならぬエルフが出来ると言っているのですから、これは私を慰める為の調べ物ですわね」


 溜め息を一つ、分厚い本を重々しく閉じてラウラは疲れを滲ませた顔をこちらに向ける。

 オレほどではないにしろ、化粧で隠しきれない隈が出来ていた。


「ただ奇妙な点も幾つかありまして。例えばこのヤドリギ計画……効果は確かにあるのでしょうが、その分の資源をもっと単純な方法に注ぎ込むのでは駄目なのでしょうか?」


 苦笑気味にそう言うラウラの気持ちも分かる。

 オレはこうして生き延びているが、正直これは例外だ。

 他人から見たら分からないだろうが、オレは元から判断能力が備わっている。

 前世の分の下駄を履いた状態で比べても意味は無く、それ以外の強化兵の子供達は目まぐるしく状況が変わる戦場で命を散らせていった。

 それ以外でもそもそも戦場まで辿り着ける割合すら低いというのにこれに資源を費やす意味が分からないと、ラウラはそう言っているのだろう。


「そも、新型の強化兵自体が費用対効果の低いもの。わざわざそれを経由して結果を求める理由を総督は劣等種を救う事であると説明していましたわね。それに固執するならそれこそが付け入る隙にもなる」


 非合理を受け入れて、それでも計画を押し通すのは何故か。

 それを考えるよりも如何にして不完全さを孕んだ計画を崩すのかを考えた方が建設的だろう。

 あの自分が正しいと信じて疑わない言葉を理解するより余程良い。


「周囲のゴーレムを支配下に置く……無力化するのならば、戦場で動く兵器はそれ以外。エルフが不得手とする数を揃える必要がある砲や戦車です」


 ゴーレムは強い。

 戦車を超える機動力、しかし火力はおおよそ据え置き。

 それが敵を蹴散らす様子を敵味方どちらの立場でも見てきた。

 そんなゴーレムの中でも特に強いのがエルフの乗るゴーレム。

 機体の基礎性能からまるで違うそれは戦場では頂点に位置する存在だ。

 どんなに操縦が巧かろうと、埋め難い性能差を作り出せるのがエルフのゴーレム。

 そもそも高い交感能力によって操縦技術もある程度備わったエルフはゴーレムの優れた使い手だ。


 だがしかし、そのエルフという点が弱点にもなる。

 エルフはどうしたって他種族に比べて数が少ない。

 出生率が低く、成長も遅い。

 つまり兵士の数を揃えられない。

 それ故にエルフ国家は兵器兵士の質以外の点では他国に劣るのだ。

 そのため数を揃えようと占領地の住民を兵士として使うような事もする。


「ならばこのゴーレムの支配には例外としてエルフの乗るゴーレムがあるのではと、そう思い至りましたの。実際、劣等種からゴーレムを取り上げると言っていましたものね」


 現在エルヴンランドがリシルに押されているのは、リシルが新型のゴーレムを配備した事で拮抗が崩れた為。

 兵器の大規模生産とそれを扱う大勢の兵士。

 エルフが不得手とする点をリシルは得手とする。

 占領地の住民なんて元から士気の低い兵士達を強化兵にしてまで戦わせていたのに、その兵士一人当たりに割り当てられるリソースの多さでリシルに負けては勝ち目など無い。

 それを覆す為に自分達だけがゴーレムを使える状況を作りたいのだろう。


「さらには当日、何らかの儀式……計画の要となる装置?構造体?の初回起動の際には総督一人で専門的な作業を行い、他のエルフは一定範囲外へ出なければならない、とか。これは私の諜報活動による成果です。私は自らの成果を堂々と誇りますわ」


 したり顔のラウラは胸を張る。

 いったいどのように集めた情報なのやら……


「なんでも周囲のゴーレムや強化兵を支配下に置く過程で、エルフのゴーレムの高魔力反応が妨げになるのだそうです。その為に総督の少数精鋭の護衛のみが守りに着くと。つまりはこれを突破すれば良い訳ですわね。単純な形にしてみました。いかがでしょうか?」


 実に単純で分かりやすい。

 単純過ぎてオレが近付いたら支配下に置かれるリスクすら省いている。


「貴女の心配事は分かりますとも。防御に関しては少し思い付きがありますの。貴女には負担を強いる事になりますが……」


 構わない。

 多分そこがオレの死に場所だ。

 ここに力を注ぐ事こそ何よりも重要だろう。

 オレの命はこれに使う。

 

「今更でしたね、その力強い瞳を見れば覚悟は伝わります」

──ッヴァア(どんな計画でもやるさ)

「今日は一段と物静かだと思っていましたが、発声しづらそうですね?そのような姿を見ると良心が痛みます」


 止めるでもなく、送り出す前提で話すなんて本当に良い共犯者だ。

 オレが絶対にやり遂げたいと思っている事を理解しているのだろう。


「しかし、なんとも執念深いと言えばよいのでしょうか……貴女を作り出す程の、エルフの戦争への意欲は」


 確かにそうだ。

 結果としてオレのような反抗する機を窺う飼い犬を生み出してしまっているのだから手に負えない。

 戦争をする為にエルフは些か強引な手段を使い過ぎる。

 占領地の住民を兵士にするなんて丸く収まる訳がない。

 霊樹を植える為の領土の拡大にしたって乱暴過ぎるこの戦争で、エルフは何をしたいのだろうか。


「エルフが戦争を始めた理由を知らないのですか?単純ですよ、復讐です」


 オレの心を読んだかのように、ラウラは疑問に答える。

 当然の事のようにそう言うが、エルフが復讐とは想像がつかない。

 復讐されるのなら納得なのだが。


「かつてエルフは魔法という特殊な技能を持つ事に加えて見目麗しく、その血が老化を防ぐと噂された事で奴隷として扱われました。おおよそ千年前の事でしょうか?この辺りに存在した帝国がエルフ狩りを積極的に行っていたようです」


 千年……となれば世界はよりファンタジー然として、剣や弓で戦争をしていた頃だろうか。

 それならば案外エルフもヒウムもそう差が無かったのかもしれない。

 ゴーレムがエルフの強みを引き出すまでは。


「今エルフを動かす古老達こそ、この時自らや家族が奴隷として辛酸を舐め尊厳を奪われた者達。代わりに今度はヒウムから尊厳を奪おうとしているわけですわね」


 オレの首輪の意味が、今ようやく分かった。

 これはエルフによる復讐の象徴だ。

 かつて奴隷として首輪を嵌められた屈辱を晴らす為、オレ達にこの首輪を嵌めて言葉まで奪った。

 自分達が受けた仕打ちを徹底的にやり返そうと、尊厳を奪い去ってヒウムを獣に貶めようとしているのだろう。

 この首輪にはエルフの千年の怨嗟が籠っている。

 オレの十七年分の怒りも。


「ただ……その帝国というのは遥か昔に滅びたもの。内乱により帝国は分裂し、そこから誕生した国から独立したのがノゥル公国。雄大な歴史を感じますが、エルフからすれば近年の事なのでしょうね」

「……?」

「つまりかつての帝国の後継は既にこの地から消え去り、屈辱を晴らす相手を失ったエルフは矛先をかつて帝国があった地へと向けたのです」


 ノゥル公国からすればとばっちりにも程がある。

 千年の昔に存在した国の咎を背負わなければならないとは……エルフの価値観は分からん。


「エルフは元来土地に根付くもの。その地に住まうのだから私達は帝国の後継という認識なのでしょう。だからこそ、一度エルフの霊樹が根を張ったノゥルを取り戻す事が私達の勝利になる」


 エルフの顔に泥を塗る。

 その為にしては危険で盛大な企てだ。

 でもこれで良い筈だ。

 オレの残り時間で全てを変える事は出来なくても、目の前の問題を解決する事は出来る。

 この土地からエルフを追い出せば、世界は多少はマシになる……と思いたい。

 だからこれに命を使う。

 オレの人生はここに向かって進んでいたんだ。


「では来るべき勝利の日へ向けて……乾杯はお茶にはなりますが、いかがですか?」


 ラウラはティーポットを指し示す。

 これならオレも香りが楽しめるだろう。

 ティーカップに琥珀色のお茶を注いで、軽く打ち合わせる。


「マナー違反もこんな計画の前には些細なものですね」


 クスクスと笑うラウラはまるで少女のようで、正常に大人になる過程を戦争に奪われたのだと思うと悲しくなった。

 いたって普通の幸せを、この人達に返す事がオレの役目だ。

 怨嗟と戦争が生み出したオレの役目。


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