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TS強化兵のファンタジーロボット戦記  作者: 相竹 空区


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第二十四話 会わせたい人が居るの


 駅でオレを出迎えたアリナはそのまま外へと連れ出して、表に停めた車まで組んだ肩を離さなかった。

 軍用車ではない、黒くてピカピカの車。

 軍用以外の物品を見る機会が無いので、これは何とも珍しく映る。


「会わせたい人が居るの。どうせ暇でしょ?」

アー(まあね)

「ほら!乗って乗って!」


 後部座席のドアを開いて乗り込んだアリナを追って、オレも乗り込む。

 軍用車の感覚で力強くドアを閉めたら車が揺れた。

 壊れてないよな?


「まずは服ね。お願い」

「かしこまりましたアリナお嬢様」


 壮年の運転手はゆっくりとハンドルを回し、揺れを極限まで減らした発進から運転を開始する。

 シートもゴーレムのコクピットとはまるで違って落ち着かない。

 揺れない、座り心地が良い乗り物が、逆に居心地が悪く感じてしまうのは我ながら育ちの悪さを感じる。


「そんなに緊張しなくても大丈夫、この車は私の物だから。貴女が私にそんなに気を遣った事があったかしら?」


 アリナは苦笑しながら強張った俺の肩を揉み、軽く揺さぶる。

 まあ確かにアリナ以上に車に気を遣っている感はあるが……

 

「あんな硬いシートに慣れちゃダメよ?私もコクピットが落ち着きはするけど、そうやって戦場から帰って来れなくなる人が大勢居るんだから」


 前世の記憶は遠くなり、今のオレを形作るのはここ十数年の比率が大きい。

 となればやはり、戦場での経験が強烈で……それ以外の生き方を出来るのだろうかとすら思ってしまう。

 窓越しに見る街並みはオレの感覚からすると異国情緒溢れる石造りの建物が建ち並ぶオシャレなもの。

 生活用品の販売店、飲食店、オレには読めない看板を掲げた店。

 屋台やワゴンの店もチラホラと。

 その街ではヒウムが暮らしている。

 意外な事に、街の中でヒウムは比較的に自由な生活を送れていた。

 仕事に家庭に娯楽に……普通の生活がそこにある。

 

 これは単純にエルフはヒウムの生活にある程度乗っかる形で存在しているから。

 ヒウムの工場で作られた食料品や衣料品を購入し、ヒウムの建てた家に住む。

 支配とは言っても比率に合わせて言うならば寄生だろうか。

 エルフは優雅に生活して、ヒウムは労働者。

 エルフの為の街を運営するパーツとしてヒウムは生かされている。


 支配が無くなったとして、オレはあのように働く事が出来るのだろうか。

 言葉を話せない文字も分からない。

 オレが常識だと思っているものが通用しないかもしれないのだ。

 仮に戦争が終わって平和が訪れたとしても、オレがあの中で生活している未来は想像するのが難しい。


「だから偶には人間性を取り戻さないとね。その点、服を着るのはとても重要。みんな同じ制服を着るなんて退屈じゃない?」

ヴゥ(オレは楽だよ)

「そうよね!オシャレしたいわよね!」


 こいつ意図的にオレの意思を無視してやがる……

 まあ、どうせやる事も無いし車に乗った時点で逃げられない。

 しばらくはこの座り心地が良くて居心地の悪い車でのドライブを楽しもう。


 眺める景色は徐々に変化する。

 統一された石造りの建物は変わらずに、より整然としだす。

 販売する物も高級さを感じさせる衣服や宝飾品など。

 車が停まったのもそんな店の前だった。

 ブティックだとか……呼び方の分からないオレには無縁の店。


「到着いたしました」

「ありがとね。荷物持ちとかはいいから、狼ちゃんと二人で行って来る」


 そう言ってアリナは車を降りたので、オレもそれを追って降車し目の前の店へ向かう。


「彼は傷痍軍人なの。脚が悪くてね、でも運転が上手いし物静かだから運転手として雇ってる」


 店に入るまでの僅かな距離で、アリナは背中越しにそんな事を言う。

 

「もし軍以外の居場所が必要になったら、こんな仕事もあるの」


 なんだ、オレを見透かしているのか?

 背けた顔はどんな表情を浮かべているのやら。

 アリナはまだ、オレへ向ける視線が不意に酷く悲しそうなものになる。

 自分を責めるような、他にも同情や哀れみやら色々と混ぜたもの。

 

「でもゴーレムに比べたらスリルが足りないかもしれないわね」


 冗談めかしてウインクをして、アリナはいつも通り。

 そんなにコロコロ感情を動かして疲れないのだろうか。

 店の中に入ってアリナはよりウキウキだ。

 軽やかなステップで店の中を見回すと……上品な女性がアリナの元へやって来た。


「これはアリナ様、ご来店ありがとうございます。本日はどのようなお洋服をお探しですか?」

「話が早くて助かるわ!友達(・・)に会いに行くのに私とこの子の服が欲しいの」

「ご友人、なるほど。ドレスなどではなく?」

「マトモに見えたらそれで良いわ。戦場帰りの空気を漂わせる訳にもいかないから」


 おっと。

 オレはここ十数年、与えられた物を着ているばかりだったから場に合わせた服装について考えた事が無かった。

 この店でオレは浮いてるんじゃないか?

 全身が軍の支給品、そしてキランから貰ったコート。

 オシャレさ皆無の実用重視の服装は悪目立ちしてしまうだろう。

 周囲の様子を伺えば、オレを見て小声で何かを話している客が目に入る。

 

「かしこまりました。その他ご要望はございますか?」


 と、店員さんはオレにバッチリ視線を合わせて聞いてくるものだから困った。

 話せないし、きっと話せたとしても何も言えないだろう。

 オレはもう手をまごつかせるしかなかった。


「この子喋れないの。そうね、首元を隠せる何かをお願い──いえ、私も見るわ。狼ちゃん、ちょっと待っていて!貴女にピッタリの服を探してくるから!」

アー(なんでもいいや)


 オレには与えられた服を着る機能しかないよ。

 視界に入る中でも名前の分からない服が大半で、これの中から選べなんて言われたら早々にギブアップしてしまう。

 清潔で、高級感漂う店なんて前世含めてもオレには無縁だし落ち着かない。

 こういう時ってどうしたらいいの?

 ただ棒立ちし続けるのも恥ずかしいので、服を眺めている風を装って歩く。

 歩く足元をふと見ると、綺麗な床と汚いブーツ。

 歩き回るのも良くないのか……?

 ピタリと止まって顔を上げると、目の前にはエルフの女性。

 マズイ、早々に移動しなければ。


「……?」


 向こうも訝しげにこちらを見ている。

 因縁つけたいわけじゃないんだ。

 アリナに迷惑は掛けられない、早く離れよう──と思ったのだが。

 訝しげにこちらを見るその顔に、不思議な既視感があった。

 相手がエルフなら嫌な記憶と結びついて、見た時に浮かび上がる感情もそのようなものであるかと思うのだが。

 不思議とそんな気分にはならず、胸にはむしろ熱い何か……


「アー!」


 思わず指差してしまった。

 この人は研究所でオレ達に戦い方を教えてくれた教官だ!

 思いっきり声出してしまったからなんとかこれを伝えて敵意がある訳ではないと伝えないと……


「アー……ヴア!ゥヴァー!」

「……ああ、448号か」

アー!(そう!)

「もうこんなに大きくなったのか。短命種の成長は早いな」


 かつては見上げていた教官を今では見下ろしている。

 時間の経過を感じる変化だ。

 精神面だとオレはあの時からどう変わっているだろうか。


「ふむ、ノゥルの狼とはお前の事か……強いと聞いている」

アー(おかげさまで)

「お前が確かな勝利を重ね、一つの驕りが死を招く環境で練磨を続けた結果だ。誇るといい」


 なんともこそばゆい。

 ここ最近は賞賛の声を受ける事も多くなったが、それでも技術の基礎を学んだ人からの言葉は心をくすぐる。


ヴァー……アー?(その……何故ここに?)

「?……こちらの話か?」

「アー!」

「研究所での任務は終わった。今は……詳細は言えんが次の任務前の休暇だな」


 教官は休暇に服を見るような人だったのか。

 軍服を着ているイメージしかないから余暇の人間らしさみたいなものが想像出来ないな。


「お前もそうだろう?与えられた時間で休息を取る事も兵士の勤めだ。励めよ448号」


 颯爽と、教官は去っていった。

 オレが買い物の邪魔をしたんじゃないといいけど。


「狼ちゃん!幾つか良い感じのを見繕ったから!着てみて〜」


 オレの買い物はこれからだったな……


◆◆◆


 外見に違わず、公都の中心たる城は荘厳で煌びやかな内装をしている。

 思い出すのはパトラのコレクションが並ぶ廊下だが、それよりも遥かに品が良い。

 ギラギラとしたものが所狭しと並ぶ下品さとは無縁の、オレとしては空間が広くて落ち着かない廊下をアリナと歩く。

 先導する案内人に従って、慣れない質の良い服を身に纏って。


「緊張し過ぎ……」

「ゥ、ヴァー」


 名前もよく分からない服を着て、ブーツじゃない靴を履く。

 スカートは断固として拒否したから安心したが、それにしたって落ち着かない。

 首輪にはもう慣れたが、その上から巻いたスカーフがまた窮屈なのだ。

 アリナの呆れ半分みたいな宥め方に緊張たっぷりの反応を返すと、余計に困った顔をされるのでオレはもう明確な粗相をしなければそれで良いだろうと、自分の為にハードルを下げた。

 

「こちらでお待ちください」

「ありがとね」


 案内された扉をアリナは慣れた様子で気軽に開けて、部屋の中も勝手知ったる我が家のように縦断して真っ直ぐにソファーへ。

 豪華なカーペット、高い本棚、壁に掛けられたのはエルヴンランドの国旗だが……部屋の片隅にはノゥルの国旗らしきものも目に入る。


「ほら、こっちこっち」


 座ったソファーの隣を叩き、オレを招くアリナは部屋の主かと見紛う程の寛ぎっぷりだ。

 オレは部屋の真ん中を歩く事すら憚られるのでそそくさと端の方を伝ってアリナの隣へ座る。

 落ち着かないので少し詰め気味に。


「もう分かってるでしょ?会わせたい私の友達……ノゥルの公女様なの」

アー(だろうね)

「流石に分かるか……あの子は私の親友なの。貴女の話をしてたら自分も話してみたいって言うから」


 それで引き合わされるオレの気持ちにもなってくれ。

 マナーなんて何も分からんぞ。


「だからそんなに固くならないの!相手は私と親友やってるような人間なんだから!」

「──そのチャーミングな悪癖を自覚しているのなら、直す努力をしてみてはいかが?」


 扉を開け放ち、穏やかな微笑を浮かべた女性が近付いて来る。

 彼女こそこの部屋の主なのだろう、そしてその気品が感じられた。


「はじめまして。そうですわね……ええ、私の事はアリナの友達のただのラウラと思っていただければ結構です」

「これこそ民に寄り添うお転婆公女殿下の振る舞いよねー」

「そしてアリナ、貴女にお仕事のようですよ。いってらっしゃい」

「はぁ!?帰って来たばっかりなのに!?」

「それだけ戦況が芳しくないのでしょう。氷の乙女の力が求められていますよ」

「あぁ、もう……狼ちゃん、私行ってくるから!」


 アリナはそそくさと部屋から出て行ってしまって……オレと公女殿下の二人きり。

 友達の友達と二人きり、そして相手は立場のある人。

 二重の気まずさが襲いかかる!


「そう緊張なさらずに。別に取って食おうというわけではないのですから」

アー(そうは言っても)……」

「でしょうね。ですからまずは改めての自己紹介から……ノゥル公国の公女。唯一残った王統。ラウラです」


 以前、団長から聞いた話によるとアリナは友人である公女の──ラウラの助命の為にエルフに恭順し、十年戦っているのだとか。

 ラウラは首の皮一枚繋がっている、といった状況だ。

 アリナが何か一つでもミスをしたのなら、ラウラは一歩絞首台に近付く。

 それで生かされている状況は双方にとって途轍もない重圧だろう。

 エルフからすれば便利に使える兵力でありノゥルの象徴的な英雄を従えて、更にはお飾りの公女でかつての公国民を慰撫出来るのだから一石二鳥なのだろうが。


「今、お飾りの公女だと思いましたね?」


 いかん、バレたか。

 少し失礼な考えだった──

 

「バレた、失礼だったな……と」


 なんだ?考えている事が分かるのか?


「考えている事が分かるのか?ですか?ええ、分かりますとも。私には特別な力があるんです」


 読心?

 魔法があるのだからそんな力があっても不思議ではない?

 もしそうならオレの言葉が伝わる──


「ふふっ、冗談です」


 ……なんだって?


「冗談ですよ。私が自己紹介するとみなさんお飾りの公女だと思うので。少し揶揄うのが趣味なんです。他にも他人の考えている事を当ててみたりだとか」


 少し前のめりになりかけていたが、拍子抜けして脱力する。

 ああ、確かにこの人はアリナの友達だろう。

 そんな感じがする。


「あまり自由がないものですから、つい。ごめんなさい」


 考えてみれば可哀想な話でもある。

 彼女の存在がかつての公国民の心を逆撫でするかもしれないのだから、扱いは慎重に……厳格に閉じ込める方向に向かうだろう。

 本人の望む望まざるを無視して。


「だからアリナがよく話す狼ちゃんの事がとても気になったんです。彼女は社交的で友達も多く、人の良いところを見つけて褒める。褒めていた……友人達の多くが戦争で命を落とす前は」


 生きていれば出会いも別れもあるだろうが、その中で戦いがあったのなら別れの方が多くなるだろう。

 アリナはきっと、生き延びた分だけ多く見送ってきた。


「だから彼女が友人と認めた貴女の事が気になった。448号さん」


 ラウラの視線がオレを貫く。

 優しげな瞳だ。

 にも関わらず、その圧が、オレの全てを見透かすような視線が、身動きをとる事を躊躇わせる。

 蛇に睨まれた蛙のような、強大な何かを前にしたような感覚。


「勝手ながら貴女の経歴を拝見致しましたの。幾つかの、貴女に関する数少ない資料を」


 そんなものが……いや、あるか。

 オレが作られた(・・・・)兵器なら、その説明書くらいは存在するだろう。

 

「場所を秘匿された研究所にて、非道な強化を施された貴女の過去を私は知りました。さぞお辛い経験だった事でしょう」


 少なくともオレにはラウラの本心から思い遣る意思が感じられる。

 だが、それだけではない事も分かる。

 本題はこの後なのだと。


「ところで時事にはご興味がありまして?いえ、これは必要ない……申し訳ありません。全く話さない相手とどのように会話(・・)をすれば良いのか掴みきれず」


 色々と頭を回しているのだろう。

 顎に手を当てて考える仕草にすら品があるように見える。

 ただ、この考え事がどうにも胸騒ぎがするのだ。

 何かとんでもない事が起こる前兆のような、経験から導き出された直感がそう告げている。


「エルヴンランド、ノゥル地域の総督が近々変わります。リシルに大きく押されている事を理由とした交代です。そして新たな総督がやって来る……」


 確かにここのところリシル相手に負け続き、相手の勢いを削ぐ事しか出来ずに根本的な解決が出来ないとなればエルフの首も飛ぶのだろう。


「貴女も知っている方ですよ。あの、人を兵器に変える悍ましき研究所……その所長を務めていたエルフの老女です」


 おそらくオレは今、とても険しい表情をしている。

 とても、とても嫌な感情が心の底から湧き出ているのを感じて不快だ。

 それは恐怖や怒りや憎しみや……オレを縛るもの。


「彼女は戦況を一変しうる策、を携えて総督へ就任するのだとか。そこで一つ、ご提案を──」


 ラウラは穏やかな笑み……その取り繕った仮面を取り払い、本心からの鋭い不敵な笑みを浮かべる。


「共に、総督殺しを企ててみませんか?」


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