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TS強化兵のファンタジーロボット戦記  作者: 相竹 空区


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第二十二話 あとは頼んだ


 リシルが雪解けと共に仕掛けて来た大攻勢をオレ達はなんとか防ぎきった。


「見よ!我等がエルヴンランドの威光の前に卑きリシルの下郎共が逃げ帰った!」


 撤退するリシルの軍勢を見てエルフはそんな事を言うが、実際はオレ達兵士が命を賭けて戦ったから防げただけだ。

 冬にやって来た首輪の強化兵の子供達だって命を落とした。

 あの子達は初めての実戦が大規模な攻撃に対する防御だ。

 オレ達が配備された時は状況が比較的安定していたから、経験を積む事が出来たのだが……

 そんな経験も無しに戦場に放り込まれれば、命は容易く散ってゆく。

 目の前の一人でも多く助けようと足掻いてみても、視界に映らないより多くの命が消えるのだ。

 大勢の人が命を落とし、基地内は一層暗くなった。

 冬になれば敵の動きも多少は動きが鈍るだろうが、それまで耐える事すら少し危ういように思える。


 オレには戦況を見るような学は無いが、それでもパトラから下される命令の内容でなんとなくだが分かるのだ。

 何処を陥せ、そこを陥せ、以前はそんな内容だった。

 今は押されている場所に行って戦ってこい、とそれだけ。

 仮にオレが敵の拠点を陥したとしても、戦線にて突出したそれを維持する力が無いのだろうと察する事が出来る。

 その為に、オレの仕事は迫る敵を叩くだけ。

 まるで打ち寄せる波と戦っている気分になる。

 遥かに大きな相手に無駄な足掻きを続けているような、そんな気分。


 パトラ自身も余裕が無いように見える。

 露悪的な趣味に耽る時間が無くなったのは良いのだが、それが戦況の悪化と紐付いていると喜べない。


ヴァ(本、読んだよ)

「何?……ああ、文字ね。もうどうでも良い」


 自分でやれと言っておきながら、今ではどうでも良いと翻す。

 オレに識字能力を与えようという試みは、やはり趣味による比重が多いものだったのだろう。

 

「冬まで耐えれば……支援が来る」


 パトラが執務室で真面目に執務をしているのを初めて見たかもしれない。

 書類を前に頭を抱える姿は普段の高慢な様子とは打って変わって弱々しいもの。

 かと言って気遣おうとは思わない。

 この支援というのが去年は首輪の強化兵だったのだ。

 エルフ達はヒウムの血を使って戦争をしている。


◆◆◆


 近頃はランニングの最中に出会う人の顔が暗い。

 当然ではあるが、通りすがりに聞こえてくる会話の内容も、冬に向かいつつある色の少ない景色も共に気が滅入る。

 せっかく手袋とコートを使える季節だと言うのに。

 ただまあ、他ならぬオレ自身も暗い顔をしているんだろうけれど。


「よ、よう!」


 そんな中で気さくに明るく──表情以外は明るく声を掛けてくれたのは整備兵のお姉さん。

 そういえばここ数ヶ月ランニング中に会っていなかった。

 久しぶりに見た顔は、やはり疲れが溜まっているのだろう酷い隈が出来たもの。

 前線で消耗する兵士と兵器の分だけ、彼女の仕事も増えるのだろう。


「少し、すこーしだけ話さないか?」

「?アー」


 こんな誘い方は初めてだ。

 向こうもそれなりに緊張している様子だし、こちらまで緊張してしまう。

 促されるまま少し早足気味の彼女に着いて行く。


「近頃どうだ?……ああいや、大変だよな。ゴメン」


 お姉さんは明らかに空回っている会話……にすらなっていない言葉を溢し、気まずそうに頭を掻く。

 幾度かそんな行動を繰り返して、向かう先も定かじゃない。

 何がある方向でもないのだ。

 お姉さんなら格納庫かと思ったが、まるで違う……正反対の方向に向かっている。


ヴア?(何処行くの?)

「ん?どうした?寒いか?」

ヴー(いや違うって)


 お姉さんは割とオレの考えを酌み取ってくれる方なのだが。

 どうにも今日は調子が外れているようだ。


「ここいらなら……うん、ここで話そう」


 やがて辿り着いたのは人気の無い、何とも言えない基地の片隅。

 落ち着かない様子で、お姉さんはしきりに身体を揺らす。

 意を決して何かを言おうとしてるのは分かるのだが、それが中々訪れない。

 顔を強張らせて、何度も深く息を吐く。

 そうしてようやく震える唇を開いて──


「──アタイさ、レジスタンスの一員なんだ」

「ァ?」

「砦に機械の修理で入って情報を抜いてた。機械はまたすぐ壊れるように細工して、得た情報を他の仲間に渡してたんだ」


 確か、パトラが基地にそのような存在が潜り込んでいると聞いてはいた。

 あれはオレを揺さぶる為に示した情報だったし、その後には……パトラから続報は聞かされていない。

 つまりこれは、オレは餌として機能したという事か?

 まさか二年越しに達成するとは……


「アンタらの……キラン隊の情報を、流す手伝いもした」

「ッ!」


 思わず手が出て掴み掛かった。

 胸倉を掴み上げて……その先はどうしたら良いのか分からない。


「っぐ……リシルが興味を持つ情報は何でも送ってた……っ。そこに新型の強化兵と、その部隊に関する情報が含まれていた事に後になってから気が付いたんだっ」


 オレも……後から気が付いてばかりだ。

 この人が裏でこんな事をやっていた事も、失ったものの大切さにも気が付くのも遅い。

 

「アンタの仲間がみんな死んで、アンタも酷い姿で帰って来た時後悔したんだ……でもエルフの支配から逃れるにはこれしか無いと思った……っ」


 確かに悪いのはこんな選択を選ばなきゃ自由が得られない、酷い状況に追い込んだエルフだ。

 それは分かる。

 でもオレの心が飲み込めない。

 結局のところオレ達は誰かの選択の犠牲になっているばかりだ。

 オレ達に選ぶ自由なんて無かったのに。


「そして今日っ!もうすぐだ!リシルはこの基地に奇襲を仕掛けるんだ!だから、せめてアンタだけでも助け──」


 掴んだものを放り投げ、駆け出そうとした脚が重くなる。


「格納庫に司令部は真っ先に狙われる!ここなら砲撃は来ないから!ここでやり過ごしていれば──!」


 縋り付いたお姉さんは必死になってそんな事を言うが、オレだって必死だ。

 オレだけが安全に生き残る選択なんてごめんだ。

 そんな事で生き延びたって、オレは耐えられない。

 脚を振り払い、駆け出す。

 背後からは何やら声が聞こえるが気にしない。

 奇襲はすぐ……すぐっていつだ?

 カッとなって走り出したけど、お姉さんは連行するべきだったか。

 オレに状況を伝える能力は無いから、パトラの前まで連れて行くのが良い選択だ。

 あのままでは暴力を振るいそうで嫌だったから置いてきたけど。

 自分の思慮の浅さが嫌になる。

 引き返すか、まだあの場所に居るか?


 少しの逡巡で脚の動きを緩めると、その瞬間。

 轟音が空から降って、地上に落ちた。


 腹の底から揺らす衝撃、基地の中央に近い場所での立て続けの爆発。

 燃え上がる火も見える。

 格納庫はどうなった?

 方角的にはまさに燃えているその方角なのだが。

 無事な機体もあるかもしれない。

 更に二回目、三回目の着弾が地面を揺らす最中に、敵襲を知らせるサイレンが基地内に響き渡った。


「敵襲!配置に付け!」

「この基地ってエルフの障壁に守られてるんじゃなかったか!?」

「知るかよ!俺らを守るのはゴーレムの装甲だけだ!」


 オレと同じようにゴーレム格納庫を目指す一団の後ろに着いて行き、慌ただしく人の流れが入り混じる基地を駆け抜ける。

 その間も砲撃は絶えず降り注ぎ、格納庫に近づく程衝撃を強く感じて冷や汗が止まらない。

 近くで建物が吹き飛び道が塞がれ、遠回りになりつつ格納庫を目指す集団は徐々に大きくなってゆく。

 そんな一団を横目に、エルフが基地内に等間隔で生えた木を前に何やら作業をしていた。


「第一から第三まで障壁展開の準備完了しました」

「よし、起動せよ」

「はっ!」


 エルフは木に向けて手をかざし、それに応じて枝が揺れる。

 揺れた枝から次々と木の葉が飛んで、空へと向かう。

 それが基地内のあちこちから舞い上がって……空に木の葉のドームが出来上がる。

 隙間の多いドームではあるが、これは魔法なのだろう。

 先程まで降り注いでいた砲撃はドームが受け止めて遥か上空でくぐもった爆発を響かせていた。

 兵士達の感嘆の声が聞こえる。


「十年前の戦争でこの障壁を破ろうとした事がある。びくともしなくて絶望したもんさ」

「今はそれに守られてるんだから複雑だな」

「守られているとは言っても砲撃のみだ。俺ならこの後はゴーレムで障壁の下を潜る」


 ならこれからはオレ達の仕事……とはいえ格納庫が狙われているのだからどれだけ戦えるのかも分からないが。

 上空で砲撃が防がれている間に格納庫へ駆ける。

 遠目に見ると火の手が上がっているものもあるが、無事なものも幾つか。

 オレの機体は無事だろうか?

 目的地を間近に脚を早めると、背後から爆発が聞こえた。

 そして空から木の葉と轟音が降り注ぎ──


「伏せろッ!」


 爆発、衝撃、暗転。


 全身を叩いた衝撃が意識を少し遠ざけた。

 耳には嫌な高音と痛み、視界は暗い。

 焦げ臭い臭いと覆い被さる何か。

 少しずつ、血の匂いがする。


「……無事、か?」


 覆い被さる何かは人か。

 女の声が聞こえる。


「ごめんな、ごめん……」


 やけに重い。

 腕を動かし覆い被さる人を動かそうとするが、オレの上に複数人が重なっているのか中々視界は開けない。

 苦戦しながら押し退けると、視界には燃え盛る火。

 格納庫が燃えている。

 周囲を見れば、残骸(・・)となった人もちらほらと。

 砲撃をそのまま受けてしまったのだろう。

 最後尾に居たオレは人の壁に助けられたという事か。

 不思議と現実感が無い。

 頭がまだハッキリしない。

 少し揺れている。


 揺れるままに周囲を眺めていると……見知った顔を見つけた。

 血を流して倒れる、整備兵のお姉さん。

 オレに覆い被さっていたのも、謝る声もこの人か。

 頭が急に覚めてきた。

 オレを追い掛けて来たのか?

 それで庇った?

 エルフの支配から逃れたくて他人を売ったのに、それで得られる自由を捨ててオレを庇った。

 そんな事をしたのは罪悪感からだろうか。

 オレが他人を見捨てて生きていけないと思ったように、この人もそう思ったのか。


 分からない。

 死んでしまっては聞いて確かめられない。

 ここで死んだら何の為に……


 いや、何の為に死んだかなんて他人に委ねるものじゃない。

 他人の死も、自分の生きる目的も、オレが納得出来る理由を作り出さなきゃいけないんだろう。

 またオレは他人の命によって生き延びた。

 ならオレは生きる事を続けなくてはならない。

 

 オレ達よりも先に格納庫に着いた人達が発進準備を進めている。

 燃える格納庫から一刻も早く無事な機体を出そうとしているのだ。

 オレも自分の機体の元へ急がなくては。

 緊張感に満ち、怒号の飛び交う道を行き格納庫へと飛び込むと熱が出迎えた。

 隣に着弾したらしく、格納庫は半壊といった様子ながらオレのラヴィーニは無事で……動いている?

 

「448号!来ると思っていたぞ!団長が無事な機体を掻っ攫って先に出て行ったんだ!追ってくれ!」


 ラヴィーニの開け放たれたハッチから、同じ隊の仲間が顔を出す。

 砲撃の被害を受けたゴーレムのパイロットがラヴィーニを立ち上げてくれたようだ。

 再びコクピットに引っ込んで、ゴーレムの掌を差し出して乗るよう促す。

 掌のゴツゴツと不安定な上に乗って持ち上げられると、そのままハッチの前へ。


「よし!気を付けろよ!」

「アー!」


 拳を軽く打ち合わせて、交代でコクピットへ滑り込む。

 今度はこちらが慎重に手を地面に運び、見送られる。

 これであとは戦うだけ。

 腕と腹にチューブを繋げて交感開始。

 流れ込む液体にも慣れたものだ。

 最初は異物感に苛まれたものだが、今となってはこちらの方がしっくりきている。

 自分の中の雑然としたものが整理され、正しく配置されるような感覚。

 見えない左眼はゴーレムと交感してる最中だけは色とりどりの景色を見せてくれる。

 通常の視界とはまるで異なるが、それが魔力を捉えている事は理解した。

 オレの身体はやはりゴーレムに乗る事に向いている。


『──繰り返す!無事な兵器を掻き集めて防衛に当たれ!』


 無線機から大雑把な命令が飛んできた。

 防衛と言ってもこれは中々厳しいだろう。

 空を見上げれば、頼もしく砲撃を防いでいた障壁はどんどんと崩れ落ちている。

 それ以外にも基地のあちこちで火の手が上がり、外縁部では敵と接触しているらしく爆発が見えた。

 この基地にどれだけゴーレムが残っているのかは分からないが、抵抗力の殆どを既に奪われているのではないだろうか。

 つまり命じられた防衛とは、偉いエルフの方々を避難させる時間稼ぎなのだろう。

 

 とはいえ選択の余地は無い。

 味方の機体も次々と基地外縁に向かっている。

 それらと共にゴーレムを走らせれば、敵の姿が目に入った。

 赤銅色のゴーレムが基地の制圧を目指して整然と並んでやって来る。

 

『どう思う?』

『何がだ』

『敵はピカピカの新型、こっちはビンテージ』

『どうもこうもない。正面から撃たれるか背中から撃たれるか選ぶだけだ』


 集まった味方の数は少ない。

 敵に質でも数でも負けている。

 やらなきゃいけないからやるだけだ。

 やむなしに戦闘を開始する。

 撃って、撃たれてゴーレムが倒れてゆく。

 弾丸が飛び交い、当然ながら徐々に押されて見慣れた基地が戦場に。

 しかし構造物が立ち並ぶ複雑な環境が足並みを少しばかり乱すのに役立って、喰らい付く隙になる。


『凄いなあのラヴィーニ。どんどん敵を倒してる』

『あれは……パトラの猟犬だ。滅茶苦茶な戦場に送られ続けて生き延びた猛者だよ』


 オレが先陣を切って敵に突っ込めば、それに感化されて味方も後に続く。

 銃弾が装甲を掠めて着弾したあの場所は手袋を貰った場所だ。

 杭を撃ち込み胸に大穴を開けたゴーレムが倒れ込んだのは食堂。

 何度も通った道をゴーレムで疾走し、人では出せない速度で駆け抜ける。

 そうやってなんとか、なんとか敵を倒し続けて記憶に残る場所に鉄屑を転がす。


『一人であの数を……十年早く産まれてくれれば……』

『それならただの少女だろ。アレは寿命と引き換えの強化で得た強さだ』


 果たしてこの人生が普通だったらオレはどう過ごしていたのだろう。

 収容所では目を付けられないように無口だったし首輪で話せないからこの状態だが、一人称は私にでもなっていただろうか。

 所作も違ったものになっていたかも。

 だが実際はオレはゴーレムのパーツとしての機能以外を求められていなかったし、大切な思い出はこの基地で作られた。

 空薬莢が転がるこの場所が、オレの守りたい場所だったのかもしれない。


(速い!囲んで──)

(クソ!またやられた!ここに人を集め──)

(機体性能にそう差は無い筈だろ!?)


 そう考えると聞こえてくる敵の断末魔の叫びは思い出には似つかわしくない。

 崩れて燃える景色と悲鳴が、記憶を上書きしてゆく。

 

『448号!聞こえるか448号!』

『アー』

『生きていたか!団長がベルファイアと交戦を開始した!そっちに行ってくれ!』


 指示されるままに移動を開始。

 団長の元へ急ぐ。

 不思議と頭は冷え切っている。

 もっと恐怖や怒りの感情が湧いてくるものかと思うのだが。

 何故かずっと、機械的に戦えている。

 心臓の鼓動は一定のペース、呼吸の乱れも無い。

 ……これは慣れか?

 失う事に慣れてしまって、その予兆を感じ取ったから平静になる。

 これではまるで諦めているみたいだ。

 この基地は陥ちる、団長は死ぬ。

 心のどこかでそう思っているから感情が湧いてこない。

 そうなんだとしたらオレはもう生きているのか死んでいるのか分からない。


『──聞こえているか、お嬢ちゃん』


 無線機から団長の声が聞こえる。

 内心の焦りを押し込めて、落ち着き払ったように装った声だ。

 状況が良くないのだと察してしまう。


アー(聞こえているよ)

『よし……俺はこれから時間を稼ぐ。勝つ為じゃない、負け方を選ぶ為にだ』


 確固たる意思が込められた後ろ向きな言葉はもう、避けられない死を受け入れてしまっているようだ。


『俺は何人もの部下に生かされてきた。生き恥を晒したとは思わない。死んでいった彼らに背中を押された事を誇りに思っているからな』


 オレはどうだろう。

 こんな姿を見てみんなはどう思うかな。

 背中を押された事をオレは誇りに思えるだろうか。


『だが、それでも死に場所というものがある。他人に命を託す場所、俺は今この場所だ』


 目指す先で大きな爆発が起きた。

 無線にノイズが入り、団長が死力を尽くして戦っている事が分かる。

 聞こえる声も、荒々しく苦しげなものに。


『俺の背後に居る兵士達、お嬢ちゃんもそうだ。俺の命は皆が継いでくれる。あとは頼んだ』


 言い遺す事がなくなったのだろう、声から力が抜けて深々と息を吐く音が聞こえる。

 そのまま魂まで吐き出してしまうのではないかと思うような長く深い溜め息。


『そして出来れば……あまりにも荒唐無稽に思えるかもしれないが、どうか幸せな死に場所を見つけてくれ。家族に囲まれ、多くの幸せを抱えて安らかに人生を全うする。そんな終わり方を』


 数多の瓦礫を飛び越えて、指定された地点にようやく辿り着いた。

 周囲は他よりも酷い破壊の跡が刻まれて、爆発が作り出したクレーターや敵味方の区別がつかないようなゴーレムの残骸が転がっている。

 破壊の跡が残るばかりで戦闘音は遠く聞こえて嫌に静かだ。

 だがそれらを踏み越えた先、瓦礫を越えた先から戦闘音が聞こえる。

 機体を急かせばその先へ……焼け焦げた地面の上で戦う二機のゴーレムを視界に捉えた。


『──すまないなぁ。良いものを何も遺してやれない大人ばかりで』


 そして袈裟に両断されるケルッカを。

 団長は確実に死んだろう。

 地面に転がる残骸を前に、揺らめく高エネルギーを纏った赤黒の機体がこちらに視線を向けている。

 ベルファイアが、こちらを見ている。

 

 どうする?

 戦うか、逃げるか。

 仇だと思う気持ちはある。

 でも恐ろしさもある。

 どうしたら良いのか、分からない。

 分からないけど、不思議と前へ進んでいた。

 考えるよりも先に身体が動いてしまったのなら、納得出来る理由を後付けしてやればいい。

 そうだな……時間稼ぎだ。

 団長がそうしたように、ベルファイアが先に進めば多くの味方がやられてしまう。

 ならばオレが食い止めようか。

 託されたんだ。

 背中を押されたんだ。

 それに相応しい命の使い方をしなければ。


(──来るか)


 ベルファイアが剣を構える。

 相変わらずあのフランベルジュは赫い輝きを放つ。

 防御が意味をなさない、必殺の一振り。

 こちらにだって必殺はある。

 パイルバンカーの一撃は間違いなく装甲を貫き甚大な破壊を齎すだろう。

 でも、当てられるか?

 そこに少しの不安が残る。

 徐々に近付く彼我の距離が、互いの必殺を叩き込むまでのカウントダウンのように感じて、心臓が早鐘を打つ。

 勝負は僅かな時間で終わるだろうと、そんな予感がする。

 互いに必殺を交え、最後まで立っていた方が勝者……生存者。


「アァ……」


 緊張を吐き出すように、低く唸る。

 首輪が震えてこそばゆい。

 手汗で操縦桿のグリップがズレる。

 そんな些細な事が妙に主張を強めるのだ。

 問題ないだろうか、何かを忘れていたりはしないだろうかと無性に不安が強くなる。

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせて鋼の脚の歩みを止めない。


 あとほんの何歩かで互いの間合いが交わる。

 銃撃は弾かれてしまう、当てるには避けられない状況を作らなければ。

 つまり接近。

 相手の間合いに飛び込む事。


「──ッ!」


 機体を一気に加速させる。

 瞬間的に最高速度に到達し、掛かるGが機体(身体)を軋ませた。

 射撃と共に距離を詰め、狙うはパイルバンカーの一撃。

 ベルファイアの剣捌きは速く、巧い。

 致命以外は装甲で受け止め、剣は常に迎撃に振るわれる位置にある。

 アレを動かしたい。

 剣の間合いに半歩踏み込んだ位置から射撃を繰り返す。

 機体を左右に揺さぶり、サスペンションが悲鳴を上げる。

 

「ゥアアア!」


 剣の防御が僅かにズレたその隙に左腕を差し込む。

 激発機構は駆動して、轟音を響かせ杭が撃ち出された。

 

(気が急いたか)

 

 杭の先端が赤黒の装甲に触れるより先に赫灼とした輝きが添えられる。

 撃ち出された杭の迎撃。

 以前アリナ相手にもやっていたではないか。

 焦り過ぎた、焦りすぎた!

 慌てて左腕を引き戻すが杭の先端がバターのように溶断されてゆく。

 スパリと落とされ、軌道が変わり、赤黒の装甲の胸部に多少の凹みを作り出す。

 到底致命ではない打撃だ。

 取り返さなくては!


「アァアア!」


 至近距離からの射撃を繰り返し、ライフルを斬り飛ばされる。

 ならばとパイルバンカーの炸薬の再装填が終わるまでの時間を稼ごうと徒手での戦いを挑もうとして──


「ッガァ!?」


 視界が回る。

 平衡感覚が崩されて、それが弄ぶように足払いを掛けられたのだと気が付いた時にはゴーレムは伏せていた。

 せめて仰向けなら──素早く体勢を変えて──やられる?

 一瞬で負けが脳裏をよぎった。

 身体(機体)を捩って見上げれば、数瞬後には突き下ろす刃が見える。

 なら、最速で、反撃するには──!


「ヴアアアアッ!」


 パイルバンカーを起動する。

 鋭利な先端を斬り落とされた杭は地面を押して、機体を押し上げた。

 瞬間的に反転し、なおも運動エネルギーは機体を弾く。

 回転をそのまま無手で叩き込めば──


「ッ!」

(苦し紛れのダートでは止まらぬか)


 赤黒の装甲の隙間から飛び出した短杭がラヴィーニに突き刺さる。

 突き刺さるが、それだけ。

 こちらの右腕はより深く、パイルバンカーの一撃が凹ませた装甲の歪んだ一点に突き刺さり……コクピットを潰した。


(篝火は夜明けと共に消えるさだめ……見事也)


 その言葉と共に、赤黒の機体は停止した。

 赤熱する刃は徐々に熱を失って、めり込ませた拳を引き抜けば自ずと倒れ伏す。

 ベルファイアに、勝った。

 仲間達を殺した、あの恐ろしい存在を。

 オレは恐怖を克服したのか?

 

松明(トーチ)隊長、聞こえますか)

(珍しいじゃないか火花(スパークル)。君の方から僕に話し掛けてくるなんて)


 眼が女と男の声を捉えて震える。

 これは通信……スコーチ部隊のものか。


魔力波探知機(レーダー)がベルファイアのパターンを捉えられなくなりました。死んだのかと)

(ベルファイアが?うん、そうか。彼は満足してから死んだかな?)

(さあ?私は忙しいので、機体の回収はそちらでお願いします)

(僕も戦友の亡骸を持ち帰りたいのは山々だけど──っとぉ!氷の乙女とのダンスで忙しい!噴火(イラプション)に引き継いでくれ!)


 まだスコーチ部隊が居るのか?

 オレの機体はもうボロボロだ……武装はダメになって、右手は乱暴に殴り付けたせいで指があちこちを向いてしまっている。

 これ以上の戦闘は難しい、いち早くこの場を去らなくては。


「──フゥ」


 息を吐くと少し緊張が解けて、身体一気に重く感じる。

 硬いシートに押し付けられて、倦怠感が押し寄せて来た。

 でも、まだ休めない。

 生き延びないと。


◆◆◆

 

 エルフから撤退の許可が出されたのは壊滅的な打撃を受けて、組織的に動く能力を喪失した頃だった。

 それぞれが敵から逃れようと東に走る。

 オレもベルファイアの戦闘後も酷使した機体で、行った事の無い基地の東側へと針路を定めて遁走していた。

 鉛色の空、僅かに大地を覆う雪、切り立った岩山。

 どれも気が滅入る要素だ。

 あても無いのに曲がりくねった道を行き、不安と戦って先を目指す。

 この辺りも敵の支配下に落ちるだろう。

 早く逃げないと。


「そこのゴーレム!止まれ!」


 オレの逃走を阻む一団が道の先に居る。

 幌付きのトラック2台と、しっかりとした造りの屋根付き車両。

 共にエルヴンランドのものだ。

 声の主もエルフだし、トラックの中など他に見える人影も大体エルフだ。


「車両が轍に嵌って立ち往生した!慎重に、くれぐれも慎重に救助せよ!」


 轍に嵌る?

 トラックの中には随分な重量物を積んでいるらしい。

 ゴーレムの無事な左手をトラックの下部に差し込んで、軽く持ち上げ──


「あら、448号。生きてたのね」


 車両から見慣れた姿──パトラが金髪を靡かせて現れた。

 いつも通りの姿もこうして見下ろすと少し不思議だ。


「それ、わたくしのコレクションなの。揺らさないようにして」

「分かったか劣等種!そのトラックに積んである品々は貴様の命よりも価値があるのだぞ!」


 トラックはタイヤを空転させている。もう少しタイヤが噛む位置に移してやれば良いのだろう。


「ねえ、他には居ないのかしら?はあ……まったく役に立たない護衛ばっかり」


 じきにここはリシルの支配領域となる。

 

「おい!何をしているか!力加減が出来んのかこの──」


 なら、ここで何か起きたのかを知る者はいない。


「448号!手を離しなさい!そのトラックには繊細な物が積んであるの!」


 生きていれば良い事があると言うが、これの事だろうか。


「ひぃ!?」


 ゴーレムの握力にトラックは容易くひしゃげて折れ曲がる。

 ゴーレムの脚でトラックを踏みつければスリッパのように平らになる。

 ゴーレムの膂力ならトラックを球形に圧し固める事が出来る。


「やめなさい!わたくしがそれを集めるのに──いやっ!」


 あれだけ高慢なエルフもゴーレムを前にすれば簡単に潰れて弾ける。

 ぷちぷち、プチプチと赤いものを溢すのだ。


「劣等種風情が──」

「エルフに逆らって貴様ら劣等種が生きてい──」


 耳障りな言葉を発する前に叩き潰す。

 こんな連中を逃す為にみんなは命を落としたのか?

 こんなに容易く潰える命なら、何故価値に違いがあるのだろうか。

 残りはいないか首を回せば魔力の反応がトラックの陰に見えた。


「ひっ……何故──」


 目撃者を逃すわけにはいかない。

 これは魔が刺した、と言うべきだろうか。

 とはいえ始めたからには残らず潰す必要がある。

 一人ずつ始末して、最後にパトラを掌の上に。


「や、やめなさい448号……わたくしなら、貴女に良い生活を送らせてあげられるっ!そうよ!わたくしが貴女を買い上げて、それで──」


 岩壁に向けてパトラを投擲。

 四肢を振り乱しながら飛翔する人型は、程なくして赤いシミへと変わった。

 かつての美貌は見る影もない。

 

「……アァ」


 溜め息が出る。

 疲れか、達成感か。

 どちらでもないな。

 ヤツらの惨い死に様を見れば溜飲が下がるかと思っていた。

 実際はどうだ?

 ヤツらにされた惨い仕打ちや歪んだ精神が、オレにまで染み付いたようで酷く不快だ。

 ゴーレム越しに感じた人の潰れる感触が生身の手にこびりついたようで気持ち悪い。

 ……ああ、嫌気が差す。


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― 新着の感想 ―
どう考えてもビターエンドしか考えられないのに、先が気になって読んでます。 どうか、少しでも幸せな未来が待っていますように……。 それと、ようやくエルフに一矢報いれましたね!ザマァミロ!
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