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第十九話 貴女と一緒に戦えて嬉しいわ


 近頃、食事の時間が憂鬱だ。

 プレート一つに料理を盛って、いつもの席に向かう。

 他の首輪の強化兵も席に着き始めて……それでもオレの周囲は埋まらない。

 他の何かに気を取られる事もなく味のしない食事を摂り終え席を立つ時、他にも空席がある事に気付く。

 翌日、その席を見ると変わらず空席。

 更に日付が進んでも、空席はそのまま。

 そこでようやく死んだのか、と気が付くのだ。


 いつからだろう?

 あの席の事に意識を払っていなかった。

 死んだ仲間の事にばかり目が行って生きている人達の事を見ていなかったように思える。

 ならばと食事時に周囲の様子を窺うと、以前とは違うあれこれが目に入る。

 身体から石が生えている子がちらほらと。

 オレ自身もそうなのだから皆同じようなタイミングでなったのだろう。

 

「──ッァア」


 苦しげに発された声に思わず振り返る。

 436号のそれによく似ていたのだが、当然そこに居るのは別人だ。

 だが彼と同じように喉を──石が生えた喉を押さえている。

 オレが知らないだけで436号も石によって発声が困難な状態になっており、それをずっと隠していたのではないか。

 今となっては確かめる方法はない、ただ後悔だけを生む思考をしてしまう。


 だがそんなものは考えても仕方ない事なので、オレは近頃よく走る。

 以前から汗を流そうと運動を習慣付けていたが、より走るようになった。

 後悔や悲しみで頭がいっぱいになりそうな時は無心になりたくて走る。

 そして走って体力を付けるのだ。

 もう二度とそんな目には遭いたくないが、また吹雪の中を歩く事になった時は前より運が悪いかもしれない。

 前回は偶然味方に見つけてもらわなければ助からなかった命だ。

 次は自分の力でも生き延びられるように身体を鍛えて日々を過ごす。


 そのように自由な時間は身体を鍛えて、それ以外はパトラの無茶振りのような任務をこなし続ける。

 身体も技術も着実に成長している実感が湧いていた。

 キランにはまだ遠くとも、絶望的な死地に放り込まれても機体の半壊で被害を留めて帰還する事は出来る。

 陥しかねている敵防御陣地への少数での攻撃、孤立した味方の救援、撤退までの時間稼ぎ……


 オレが勝利を重ねているうちに、指揮官殺しの猟犬なんて悪名はいつの間にかパトラの猟犬なんて異名に変わっていた。

 いや、これも悪名か。

 ともあれオレはパトラによって過酷な戦場に送られて、求められるままに敵を倒す。

 

 そんな単調で危険な毎日を過ごしているうちに、もう見渡す景色は冬の名残を僅かに残す程度には春になっていた。

 あの雪原を彷徨って歩いた日から考えれば随分と暖かくなったものだ。

 とはいえ、まだ手袋もコートも使っていられる程度の気候。

 ずっとこのままの暖かさでいて欲しいものだが、溶けた雪で道がぬかるむのを見ているとあまり長くは続かないようにも思える。


 春の足音が間近に聞こえるある日、格納庫に呼び出されたオレを出迎えたのは整備兵のお姉さんだった。


「よう、アンタ宛ての荷物を預かってる」

ヴァ?(荷物?)

「パトラ司令官からのな」


 荷物と聞いた時は多少ワクワクしたものだが、送り主がわかった途端に嫌な予感がしてきた。


「カスみたいな女から送られて来たけど物は良いんだよ。ほら、これだ」


 お姉さんは腕を広げて背後を……格納庫の一角に直立するゴーレムを指し示す。

 深緑の見慣れた色に見慣れぬ形のゴーレムは、乗り慣れたケルッカよりもシュッとして見える。


「これはラヴィーニ。ノゥルのゴーレムの中でも性能が高く、一部の凄腕に割り当てられるような機体さ」

「ヴオォ……」

「あの騎士アリナもラヴィーニの改造機に乗ってるし、良い機体だよコイツは」


 そう言われると実力を認められたようで悪い気はしない。

 特に何より機体の性能というボトルネックの解消が出来たのは嬉しい事だ。

 これでまた一歩、キランに近付いた。


「コイツにはパワーがある、スピードもな。そして何よりノゥルが誇る激発兵装、パイルバンカーが搭載されているのさ!」


 ラヴィーニの左腕には大きな筒状装備が取り付けられている。

 杭の先端が突き出して厳しい。

 これで近距離での瞬間的な破壊力に関しては、あのフランベルジュに並べただろうか。


「元は硬い岩盤をブチ抜く為の道具だったんだ、ゴーレム程度は簡単に貫ける!それに機体自体の膂力も凄いからな!」

「──そして搭乗者に掛かる負荷もね」


 背後からアリナの声。

 格納庫に颯爽と現れて、背後には444号を連れている。

 いつも不敵な笑みを浮かべるような彼女は、オレを見据えて真剣な顔をしていた。


「強化兵にとっては機体性能の高さがそのまま交感時の負荷の大きさよ。ラヴィーニは私みたいに強化無しで乗る前提で開発されているから、強化兵への安全策なんて講じられてないわ」

「あの長耳がこの機体を宛てがった意味が分かったな」


 パトラから課せられる任務は次第に過酷になっている。

 それに着いて行けるようにという気遣い、そして長く苦しんで欲しいという嗜虐心。

 その現れがラヴィーニなのだろう。

 ……ところでアリナは何故ここに?

 

「でもね、この機体を与えられたなら貴女はエースよ!一騎当千!不撓不屈!そんな機体には武勇を示す紋章(エンブレム)が必要じゃない!?」

「これから448って描くつもりだけど──」

「エンブレムってそんなつまらない物じゃないわ!これ!これ使いなさい!」


 アリナは懐から紙を一枚取り出した。

 狼の横顔が描かれている。


「貴女にラヴィーニが与えられるって聞いてね、描いてきたの」

「おいおい良かったじゃないか。あの氷の乙女からエンブレムを貰ったんだぞお前!」


 嬉しい、嬉しいけどこれオレが選ぶ余地無い感じ……?


「貴女は犬とか色々呼ばれてるけど、きっと狼の方が似合うわ!よろしくね、狼ちゃん!」

「ゥアー!」


 アリナが大きく腕を広げて全力の抱擁をぶちかまして来た。

 何故か444号も加わって揉みくちゃだ。

 

「よし、アンタのラヴィーニは完璧に仕上げとく。楽しみにしとけよ」


 お姉さんは呆れた様子で仕事に取り掛かり、いよいよラヴィーニでの初めての実戦の日がやって来て──


「──私が描いたものと違うじゃない!」


 前哨基地にアリナの声が響く。

 オレのラヴィーニの前で憤懣やる方無し、といった様子だ。


「通りすがりのエルフが首輪と口輪を追加するように命じたんだとさ」

「そんなのもう別物じゃない!おじ様、今ここで描き直しましょうよ!」

「そんな暇も道具も無いんだよアリナ様」


 アリナが団長に食ってかかっている。

 まあ、確かに勇猛果敢な狼が、今では首輪に口輪にと着けられて……オレの現状だなコレ。


「ああ、ごめんなさい狼ちゃん……」


 アリナが優しく包み込むように、謝罪の抱擁を一つ。

 本当にスキンシップが多い人だなぁ。


「性能自体は変わらないんだ。しばらくはそれで我慢してくれお嬢ちゃん」

「アー」

「だめよ!もっと不満を示していかないと!」

「アー」

「それって純粋な肯定?それとも皮肉?」


 どっちだと思う?

 しいて言えばどっちでも良いが本音かな。

 無機質に448とだけ描かれるよりは、今の方が幾らかマシ。

 実際団長の言う通り性能が変わらないなら今の状態でも十分だ。


「お遊びはここまでだ。ブリーフィングを始めるぞ」

「はーい」


 さて、今回はアリナの隊と共同で事に当たる。

 自分で言うのもなんだが、オレは中々強い。

 パトラからは重要ではあるが他では困難な任務を任されるような評価具合。

 そしてアリナはどうかと言えば、強い……と聞く。

 少なくとも団長はそう言っている。

 だからどんなものかと気になっていたのだが。


「今回の作戦は……今回の作戦()少数での敵拠点への攻撃だ」


 わざわざ言い直す程度には辟易としている様子の団長が作戦に参加するメンバーを前に今回の決死行の説明を開始する。

 こういう時、アートマンはただ座ってお茶を飲んでいる。

 下手に出しゃばらない分は良いのだが……相手方の隊長(エルフ)が見えないのは奇妙だ。


「ん?お嬢ちゃんキョロキョロしてどうした?」

「あれでしょ、うちの隊に威張る担当のエルフが居ないから探してるんでしょ?」

アー(まさにそう)

「私達はアリナ隊。私が隊長、そしてエース。偉ぶるエルフは居ないけど頼りになる仲間が居る」


 ヒウムだけの部隊?

 これは何とも驚きだ。

 今まで見て来た部隊は全て、エルフが劣等種を管理をするという形を重視していた。

 作戦立案においてもオレ達は肉壁で囮で……それがアリナは部隊を一つ任されているとは。


「貴女の居るその、アートマン隊?そこでゆったりしてる人も含めて十二人が今回、共に戦う仲間達よ」

「頼もしいとは言えない数だがパトラからはこれでやれ、と言われているんでな。目標は敵輸送隊、それが運んでいる物資の破壊だ」

「最近リシルは新型のゴーレムを前線に送ってるみたいなのよね。だからそれの運用に支障が出るようにって大規模な輸送隊の襲撃が企てられたってワケ」


 この大規模という言葉、とても嫌な予感がする。

 ただの車列襲撃に駆り出されるとは思えないのだ。

 あのパトラの考える事……ああ、想像は悪い方向に転がる。


「私の部隊とおじ様の部隊で──」

「ワタシの部隊だ!」

「……挟み撃ちにするわ!」

「一方向に固まっていたら纏めて吹き飛ばされかねないのでね」


 吹き飛ばされる?

 と、フワフワとした想像だけが膨らんだまま作戦開始の時刻は迫り、ゴーレムに乗り込み待ち伏せポイントまで走る。

 身を隠してぬかるんだ大地の先を睨み続ける事どれくらいか。

 地平線の向こうからやって来たものに思わず溜め息を吐いた。


ヴァァ……(またか……)

『来たぞ、陸走艦だ』


 機動要塞があるのだ、だからおかしくはない。

 ──履帯で走る戦艦などは。


『あの輸送艦隊の中心まで辿り着き、輸送艦を撃破する。周囲には護衛の戦艦。アレらは突入時と離脱時に脅威になるから主砲塔の破壊が望ましい』

『結局全部破壊しろという事でしょう?』

『出来るものならやってみやがれ。俺達のゴーレムにそんな大火力は無い。主砲が使えなければ良いんだ』


 無線で言葉が交わされる最中にも艦隊は徐々に……意外と速く近付いている。

 気付かれていなければ良いけど。


『そろそろだ。準備しろ』


 準備は殆ど出来ている。

 あとはスイッチを一つ弾けば……


「──ッグゥ!?」


 交感開始。

 チューブから魔力溶液が流れ込み、強烈なパンチを喰らったみたいに脳が揺れる。

 閉じていた視界が広がり色とりどりの光が見えて、心臓が膨れ上がったみたいに全身が拍動を開始した。


『大丈夫かお嬢ちゃん』

「ハァ……ハァ……ア、アー」


 機体が違うとこうも交感で得られる感覚も違うものかと驚く。

 一応テストで何度か乗りはしたが、それでも毎回驚いてしまう。

 パワーの違いで心臓が張り詰めて、流れるエネルギーの量で身体が熱くなる。

 ゴーレム側から送られる感覚の情報量が多過ぎて生身の身体が熱くなったように感じてしまう。


「フゥ……」


 襟元をばたつかせて風を送るが、身体は熱に浮かされたような状態。

 戦っていれば気にならないかもしれないから、早く時間が来て欲しいとすら思う。


『よし、三、二、一』


 ぐっと操縦桿を握る。

 力を込めて握り締め、その後少し緩めた程度がオレの落ち着く形。

 左手に合わせて緩めに握るとバランスが良いのだ。

 ペダルも足裏にしっかりと存在を感じる。


『──突撃!』

「ァァァ!!!」

『行け行け!ビビるなよぉ!』


 無線では戦意を高揚させる……裏返せば戦艦に挑む恐怖を和らげる為の言葉が飛び交っている。

 全機が陸走艦の横っ腹目掛けて走り出し、横並びだった速度に差が出始めた。

 団長達が乗るケルッカよりもオレの乗るラヴィーニの方が速いのだ。


『お嬢ちゃん、好きにやりな。うちの隊のエースはお前さんだからな、伸び伸びやってくれれば後の始末はこちらが受け持つ』


 なるほど。

 徐々にこちらを向く敵の主砲は怖いが、単騎で突出しても良いという事か。

 それは中々……魅力的だ。

 なにせさっきから身体が熱くて仕方がない。

 この新しい身体(ゴーレム)の全力を試したくて堪らないのだ。

 ならばここは一つお言葉に甘えるとしよう。


「──ヴアアア!」


 気合いの一声と共にラヴィーニの推力を全開に。

 シートに押し付けられる力も以前のケルッカとは段違い。

 強烈な息吹が背中から噴き出して、あっという間に隊列から飛び出した。

 艦の前後の主砲がこちらを向いたが問題無い。

 伝わる力強さがオレを確信させる。

 砲口から覗く奥深くの暗闇に灯った光、それを認識した時には機体が一瞬の爆発的な加速を終えて、砲の加害範囲の外に出ていた。


『よよよ、避けた!?見て避けた!?ワタシですら無理だぞ!』

『真似はするなよアートマン。俺達はもっと堅実に行く』


 オレが先行するのは背後に居る仲間の進行を手助けする意味もある。

 先んじて戦艦に取り付き大雑把に戦闘能力を奪えば、団長達は近付きやすいし残りを丁寧に刈り取るだろう。

 だからオレはとにかく大物を狙う。

 まずは一撃ぶちかましてくれた主砲、それ目掛けてゴーレムは跳躍準備。


(次弾装填急げ!)

(無理だ!速過ぎる!)


 眼が響いて敵の悲鳴じみた声が聞こえる。

 悪いが次を撃たせるつもりはない。


ヴアアァ!(跳べ!)


 ラヴィーニは跳躍力もやはり高い。

 飛翔には遠くとも容易く甲板に飛び乗って、正面には主砲塔。

 重々しく回転する金属製のこれに対してケルッカから使い続けているライフルでは火力不足だろう。

 だがラヴィーニには新兵装がある。

 左の操縦桿を押し込んで、砲塔にそれを押し当てる。

 杭の先端が滑りキリリと小さく音を立てて──炸裂が大気を揺らす。

 激発によって打ち出された杭は何層もの金属板を貫徹し内部構造へと破壊を浸透させる。

 杭の接触もその余波も装填機構にとっては大ダメージだろう。

 杭を引き抜き再装填すれば、目の前には回転を止めた砲塔が鎮座し大穴に破壊の余韻を湛えている。


『片方潰せたら俺達は随分楽に進める!残りは気にするな!』


 団長がそう言うのならオレは次に向かうとしよう。

 戦艦を飛び降り次なる獲物は目の前、ゴーレムが数機待ち構えていた。

 なるほど、味方への誤射を恐れてゴーレムに頼るしかなかったのだろう。

 それはこちらにとっては好都合、戦艦の相手をするより余程慣れている。

 ラヴィーニの機動力で撹乱し、射撃で確実に落としてゆく流れ作業。

 

(弾が当たらない……)

(だったら接近すれば──)


 時折近寄られるが、そんな時こそ左腕を振るう。

 ゴーレムの胸部目掛けて引き金を引けば、杭は容易く背中まで突き抜けた。

 引き抜く際には突き刺した時程の力は無いので強引に蹴り飛ばして再装填。

 やはりこれも流れ作業。

 目の前の一機ずつを被弾に気を付けて倒していって、次の艦へと乗り込んでゆく。


「……ヴア(そうだ)


 わざわざ砲塔を狙わなくても艦橋狙えばいいんじゃないか?

 思い付いたなら即座に行動、艦橋目掛けてスクロールの魔法を叩き込む。

 これで頭を失ったも同然だ。


 更に次へ、次へと同じようにゴーレムを倒して、艦橋や砲塔を潰して進み……やがて砲の無い陸走艦と遭遇した。

 これこそが目当ての輸送艦だろう。

 前方の味方艦が停止した事で立ち往生し、ゴーレムを展開して抵抗を試みた。

 だが既に先客が居たようで、周囲にはゴーレムの──胸に大穴を開けたゴーレムが何機も直立している。

 パイルバンカーで倒した敵が胸に大穴を開ける事は分かる。

 だが倒したゴーレム全てが直立しているのは奇妙だ。

 胸に大穴を開けた立像の群れ……凍り付いたように動かない人型というのは不気味に見える。


 ああ、なるほど今気が付いた。

 これこそが氷の乙女という二つ名の由来か。

 敵ゴーレムを一撃で鮮やかに倒し、氷像のように動かない機体残骸を残す。

 アリナ本人のイメージから想像される果敢な戦闘スタイルが残すものがこの、急所を的確に撃ち抜かれたゴーレム群か。

 距離を遠くした場所からは戦闘音が聞こえてくるが、輸送艦の周囲は不気味な程静まり返っている。

 それが相まって直立不動のゴーレムは少し不気味だ。

 間を縫って輸送艦へと近付くと、船首の方角から戦闘音が近付いて来た。


(追え!追え!)

(こっちは四機だ!あの騎士を相手している訳じゃないんだから有利だろ!)


 リシルの赤銅色のゴーレム四機が深緑のゴーレム一機を追い掛けている。

 追われているのは味方機、肩には444の数字。

 誰が乗っているのか分かった瞬間、その機体は反転して射撃で一機落としてみせた。


(クソ!なんで弾当たってるのに倒せないんだよ!?)

(当たっているのはシールドだ!囲んで──もう一機居るぞ!)


 444号が戦っているのを初めて見たが、眺めているわけにもいかないだろう。

 狙って……トリガーを三回引く。

 少し間隔を置き、照準を滑らせながら。

 鋭い金属音が三度鳴り、二機が地に臥せ、一機が健在。

 最後の一発は狙いが甘かったようだ。


『ウアアア!』


 だが444号が追撃を仕掛けて残る敵は無し。

 軽く手を上げ挨拶すると、手を振り返してくれた。

 ゴーレムに乗っているとあまり可愛くはない。


『アアー!』


 だが無線からは聞き慣れた声が。

 なら後は二人でこの輸送艦を破壊すれば──


『ウアア!』


 444号の鋭い声が警告している。

 任務完了を目前に緩みかけた集中を再度研ぎ澄ませれば、船体の横に走った赤い線に注意が行く。

 一本走った線は直後に同じものが幾つも増えて、けたたましい破断音を響かせる。

 無数に走ったそれは剣閃──赤熱する刀身によって刻まれた跡。

 崩れ落ちる装甲の向こうから、脳裏に焼き付いて離れない赫灼の一振りが現れる。

 そしてその使い手、赤黒の機体を駆るスコーチ部隊のベルファイアが船に開けた穴から飛び降りオレ達の前へ。


ヴゥア!(下がれ!)

『ウゥア?』


 こういう時に意図が伝わらないのが困る。

 戦闘体勢に入ったオレに合わせるように、444号も構えていた。

 またベルファイアと巡り会えたのは嬉しい限りだが、背後に444号が居るとなれば話が変わってくる。

 早々に輸送艦だけ壊して逃げる……ベルファイアから目を離すのは怖い。

 ならばベルファイアを倒す……には自分の実力不足をまだ感じている。

 となれば今から行うのは時間稼ぎだ。

 少なくともアリナが近くに居る事は分かっている。

 そうでなくとも団長達がその内追いついてくる筈なので、今はこれが最善の選択。

 

 手始めに無駄だと分かりつつもライフルを撃ちまくる。

 当然のようにフランベルジュが迎撃して鉛玉は飛沫に変わった。

 分かっていた事だ。

 なにせ六機の弾幕でようやく機体が限界に近付くのだから、たかだか二機の射撃などは意味がない。

 であれば遠距離から不意に接近されるよりは近寄った方が良いだろう、444号を守る意味でも。


「ヴアアア!」


 それでやはり相手の間合いに入るには勇気が必要だ。

 射撃を続けながら突貫し、ベルファイアを釘付けに。

 向こうとしても接近戦が本領なのだから躊躇う事なく誘いに乗って来る。

 これでいい。

 ライフルは発射から着弾までのタイムラグが少ない方が避けられないだろう。

 それに今回はこちらにだって近距離での破壊力があるのだ。


 だからといって無闇に大技を狙わずに銃口で相手の動きを制しつつ、慎重に、慎重に立ち回る。

 時折射撃を織り交ぜて──刃や装甲に阻まれ甲高い音が響く。


(この動き──)


 ベルファイアの攻め手が途端に激しくなり、ラヴィーニの装甲に鋒が触れる。

 好意的に解釈するならギリギリで避けられていると言えるが、オレはベルファイアの剣速に完全には対応しきれていない。

 ケルッカより性能で上回るラヴィーニに乗ってなお、操縦技術によって差が開いている。

 パイルバンカーの一撃を叩き込む隙などまるで見つけられず悔しい限りだが、今はとにかく444号を無事に帰したい。

 ベルファイアとの距離が開くと射撃で援護してくれているので、味方が来るまでこの状態を維持し続ける……!


(活殺自在の間合い。拙いが、再び見えようとは)


 倒すのは無理だ。

 オレじゃまだ競り合う事すら出来ない。

 徐々に押されて機体に赤熱する傷が増えてゆく。

 だが、それでもまだ死んでいない、機体は十全に動いている。

 時間稼ぎに徹するだけの力を手に入れた!

 まるで敵わず436号に庇われた時から進歩して、多少は相手の動きが見えるようになっている。

 あと少し、あと少しと命を引き延ばして活路を見出す。

 大丈夫だ、前とは違う……だから震えを止めろオレ!


「フゥー……ヴゥ……」


 機体に熱が溜まって、身体の呼吸が荒くなる。

 機体を流れる魔力が、オレの中を巡る。

 緊張と共に高揚が胸を満たす。

 オレは今、かつてない程にゴーレムとリズムが合っている。

 心臓の鼓動や呼吸の間隔がゴーレムとピタリと噛み合い、齟齬なくどちらの感覚も把握出来た。

 あと少し、半歩前に踏み出せばより強く、より高くに行ける気がする。

 少しだけ貪欲に勝利を求めれば、その為の力を手にする事が出来る予感があるのだ。


 もどかしい。

 自分の中の高揚する部分ではそれを求めているのに、冷静な部分が444号を守れと叫ぶ。

 熱くなりすぎないように踏み止まって、文字通りの身を削る感覚に焦燥感を煽られる。

 頼むから早く来てくれ。

 オレが焦って馬鹿な事をやらかす前に。


『──楽しそうな事してんじゃない!』

 

 無線からアリナの声が聞こえて心からホッとした。

 接近戦を行うオレとベルファイアに突如掛かった影が増援だと分かって即座に後方へ飛び退く。

 その判断は正解だった。

 距離を取ればそれが目に入る。

 輸送艦の甲板から飛び出した大きな影。

 騎士アリナに相応しい蒼い乗機。

 オレと同じラヴィーニを改造し、下半身に二組の脚を取り付けた機体。

 四つ脚が馬のように、そして手にする得物は馬上槍(ランス)

 ゴーレムの全長に近しい巨大な得物の先端をベルファイアに向け、アリナは宙を駆け下りる。


『先ずは一撃!』


 ランスの先端──砲口に火が灯る。

 高エネルギーが蓄えられていると一目で分かったその直後、熱線が地面に突き刺さった。

 ベルファイアは回避したが、沸き立つ大地が当たればどうなるかを語っている。

 

『二の矢は十分!』


 アリナはラヴィーニが背負った大きなコンテナを展開した。

 内部から機構が、発射機構が現れベルファイアへ魔法の弾幕を浴びせ掛け──回避され、切り払われる。


『ダメ押しの三撃目ッ!』


 四つ脚が力強く大地を滑り、構えるのは左腕のパイルバンカー。

 激発と共に杭は打ち出され、赤黒の装甲が包むコクピットへ……刺さる前にフランベルジュが添えられた。

 軌道は僅かにズレて、有効打にはならず。


(防衛は絶望的。退かねばならぬか。口惜しい……噂に聞く首輪の兵と死合たかったのだが)


 だが機体の肩口を抉る傷を負わせた一撃は脅威と認識するのに十分だったのか、ベルファイアは即座に退却を選んだ。

 もはや輸送艦の破壊は時間の問題だろうから、退いてくれるのならありがたい。


『二人ともよく頑張ったわね。お疲れ!』

『アァー!』

「ヴァ……」


 確かに頑張った。

 緊張が急に解けて一気に疲れが襲って来る。

 硬いシートに身を預け、深く息を吐けばそのまま眠る事すら出来そうだった。


『仲間を守るって凄い事よ。貴女と一緒に戦えて嬉しいわ、狼ちゃん』


 今度は上手く出来て良かったよ。

 本当に……守れて良かった。

 

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