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第十八話 自分を慈しむのも大事だ


「指揮官殺しの猟犬か……」


 近頃よく言われる言葉だ。

 アートマン隊に入ってからというもの、他の部隊と連携して任務に当たる事が多くなった。

 そうなると他の部隊の指揮官──エルフにこう言われるのだ。

 首輪の強化兵の悪名も勇名も全て背負ったような呼び名で。


「悪癖が無ければ優秀な猟犬だ」

「劣等の混血を殺した程度で調子に乗るなよ」


 これは作戦が終了したら吐き捨てられる言葉だ。

 遠回しな褒め言葉だと思っておくとストレスにならなくて良い。

 その他にも基地内をランニングしていたら聞こえてくる言葉や、食堂で聞こえてくる言葉などのバリエーションもあるが内容は大体同じもの。


「アレは不吉を運ぶぞ……」

「アートマンは長生きしないだろうな」


 前の部隊ではオレ一人が生き残った為、次もそうなるのではと囁かれている。

 実際パトラはオレに特に危険な任務を宛てがうから間違いでもない。

 付き合わされる人達からすれば堪ったものではないだろう。

 だがオレが選んだわけでもないのだから許して欲しい。

 いや、図らずに状況を悪い方向に転がすそれこそが不吉を運ぶというものか。

 

 最近のオレはそんな感じ。

 能力を評価され、それに比例して悪名高くもなる。

 過酷な戦場に送られて、操縦の腕が上がる。

 悪くないと思いたい。

 良い点を探そうと思えば探せるだろうし、戦場から基地へと帰ればホッと一息つけるのだから十分だ。

 今日もゴーレムに乗っての帰路でそう思うのだった。


『バカ野郎!こんな滅茶苦茶にぶち壊しやがってふざけてんのか!?』


 格納庫までガタガタと全体が軋み、揺れるゴーレムを辿り着かせる事が出来てオレはホッと一息、無線機から怒号。

 あとの仕事は整備兵のお姉さんにお任せだ。

 オレは歩行戦車の撃破で十分働いた。


『こんなのどこから手を付けりゃいいんだよ!』


 オレも脚の生えた戦車の大群を見た時はそう思ったよ。

 でも死ぬ気で頑張ればやれるもんだ。

 ハッチを開けてゴーレムから這い出せば、機体が放つ壊れかけの臭いが鼻を突く。

 オイルや焦げ臭さや色々だ。

 あまり長時間嗅いでいたいものではないのでお姉さんに見つからないようにそそくさと逃げ出して……襟首を掴まれた。


「なーんでコソコソしてんだぁ?」

ヴァー?(さぁー?)

「こっち来い!ボケが!」


 格納庫は彼女の庭だ、その目を誤魔化す事は出来なかった。

 襟首を掴んだままズルズルと引き摺られて……流石に力が強いなぁ。


「機体を見ろ!」


 そうしてゴーレムの前に立たされて顔は固定。

 なんだか先生に怒られている気分だ。

 

「どう思う」


 それは機体が泣いているとかそういった……?


「アンタの機体はアンタの身体も同然だ!中身のアンタが無事に見えても、全身ボロボロになって戦ってる事には変わりないんだよ!」


 つまりこれはオレを案じてくれているとかそういった──

 

「平気に思えてもアンタの心は、こんな装甲ボロボロフレームガタガタ左腕脱落オイル漏れ液漏れ漏電……腹たってきたなぁ!?」

ヴァア!?(感じじゃないの!?)


 お姉さんは精神の燃料効率が大変よろしいようで、一人でヒートアップして語気がどんどん荒くなるし内容もどんどんとっ散らかってゆくが……それでも不器用な優しさが見え隠れする。

 時折怒りの炎が燃え上がるから分かりにくいけど……


「最近のアンタの戦い方は目に余る!機体だけ見てるアタイがそう思うんだから長耳とクソ野郎以外はみんな心配に思う筈だ!」

ヴー?(そうか?)

「心まで鋼になるな!復讐だとかそういう気持ちは分かるけど……その、あー」


 急に気抜けして、お姉さんは困った様子で頭を掻く。

 オレはそんなにキリングマシーンに見えていただろうか。

 自分では戦い方だって大丈夫なラインを見定めて戦っていたつもりだけど……他人からすれば言葉を話せないオレ達の内心は分からないし不安に思うのだろう。

 言うほど自暴自棄でもないのだが。


「アタイが言えた義理でも──ああいや、その。自分を大切に……とかそういう話だ」

「ア、アー?」

「分かってくれたら嬉しいよ。アンタ自身じゃ変えられない事も多いだろうけどさ、自分を慈しむのも大事だ」


 思えばオレが無茶をした後始末はいつもこの人に押し付けていた。

 オレが機体を酷使する過酷な戦いを経た後には、この人の過酷な戦いが待っているのだろう。

 装甲で敵の攻撃をいなして最小限のダメージに抑えていても、それによって生じたダメージが何処まで波及しているのかをこの人は確かめなくてはいけない。


 ならちゃんと回避しないとな。

 キランは殆ど攻撃を受けずに戦っていた。

 オレもそうしないと。


「ゴーレムはなんとかしとくからさ、アンタは自分の心を完璧にしときな」

アー!(サンキュー!)


 お姉さんは初めて会った時から優しい。

 時折見せるエルフへの怒りから来る憐憫や連帯感によるものだろうか。

 こういう人が居ると、オレは一人じゃないと思える。

 オレが後ろ指を指されながら戦っている時も、この人が整備したゴーレムに乗っていると思うと心強い。

 他にも様々な時に一人ではないと思えるのだ。

 だからオレは大丈夫だ。

 

 格納庫から出て、日差しを浴びる。

 ただそれだけで生きている実感が湧くのだからオレは単純だ。

 幸せを感じる閾値が低いのかもしれない。

 でもそれで良いと思う。

 現状で満足する事もより多くの幸せを求める事も出来るのだからオレは中々お徳と言えよう。

 そう、例えば歩いていると見慣れた顔が見つけられた時には幸せになれるのだ。


「アアー!」


 向かいから赤毛を揺らして444号が手を振り駆けてくる。

 こちらも振り返し──おっと、左手でやると彼女は悲しそうにするのだ。

 こういう時は右手で行う。


「ンンー」


 444号は楽しげに駆け寄って、振っていたオレの手に指を絡ませ笑い出す。

 距離感が……近い!


「ン?」


 そのままぐいと引き寄せられて、背後から抱き締められる形に。

 手慣れてる!いつの間にこんな技術を手に入れたんだ!


ヴゥ?(なにゆえ?)

「ンン〜」


 まあ、444号が楽しそうならそれでいい。

 くっ付いてると暖かいし。

 背中からは暴力的で柔軟性の圧を感じるけど……


「!アアー!」


 444号が急にオレを抱き締める手の片方を外し、懐を探り始める。

 そうして取り出したのは缶──戦闘糧食のチョコレートが入った缶だ。

 彼女はそこから一欠片取り出してオレの口に突っ込む。


「ンググッ」


 もう少しあーん、とかワンクッション挟んで欲しいぜ……非難の目を向けようとしたが、頬が緩み切った笑顔をしていたのでどうでもよくなる。

 この子こそ、いつも楽しそうにしていて幸せを見つける能力が高いのかもしれない。

 オレも444号が楽しそうにしている様子を見ると幸せな気分になれるので、これは大変良い事だ。

 そして良い気分になると彼女は歌い出す。


「ンーンンー」


 ハミングに合わせて444号の指がオレの指をなぞる。

 右手の小指から、薬指、中指へ。

 そのまま左手へ移って……444号の両手が包み込む。


「……」


 ハミングを止めてオレの手を摩り、なぞり、握る。

 くすぐったいが、無言でやられるとどうにも拒否しづらい。

 444号はしばらくそのままオレの左手に触れ続けて……頬を寄せてピッタリとくっ付く。

 まるで大きな猫か犬のようだ。

 言葉を交わせない中で最大限に想いを伝えようとするとこれしかない。

 だから444号の想いは伝わっている。

 彼女はオレを心配をしてくれているのだろう。

 思い返してみると研究所にいた時から何かと心配されていて、彼女の優しさに救われた。

 こうやって手を重ねていると安心出来るのはもう刷り込みに近い気がするが、それだけの安心をここから得てきたのだ。


 これは失いたくない。

 オレの戦場に444号が居なくて良かった。

 他の人なら道連れにしていいとか、そんな事はないが彼女は危険からは離れて欲しいと思う。

 彼女には彼女の戦場があって、そこにも危険はあるのだろうけど。


「あら!可愛いのが寄り添ってるわね!」


 左の方から声が聞こえて顔を向ければ、弾けるような笑顔のアリナが居た。

 力一杯手を振って、444号は彼女に影響を受けたのかと思い至る。


「仲良しで良いじゃない、ちょっとスケッチさせて!」


 そう言うとアリナは懐から手帳を取り出しペンを走らせ始めた。

 果たしてどのように見えているのか、444号と二人して少し硬くなりながらあっちを向いてこっちを向いてと指示を飛ばすアリナの言われるがままにする。

 ペンは全く止まる事なく走り続けて……オレと目が合った瞬間にピタリ止まった。


「……?」


 オレと444号は首を傾げて、アリナすらも首を傾げて左右に動く。

 取り敢えずそれを目で追うが、アリナは一層訝しげにして距離を縮める。

 そうしてオレの目の前に立ち、顔を両手で挟み込む。


「顔と目線はそのまま。ペンが見えなくなったら言って」


 そうしてペンを左右に動かして……催眠術だろうか?


「アー?」

「貴女、左眼が殆ど見えてないんじゃない?」


 そんなバカな。

 と思って左瞼を閉じて、開いて。

 右も同じようにしてみると違いは明らかだった。

 アリナの言う通り半分近く見えていない。

 これは驚いた、と思うより先に身体を浮遊感が襲う。


「ッ!ウアアー!」

ヴァア!?(何!?)

「あっ!?ちょっと──診療所に行くつもりね!」

 

 444号が急にオレを担いでそのまま疾走。

 アリナは即座に彼女の意図を読み取ったようで併走している。

 オレはと言えば周囲の視線が恥ずかしい。

 そんな恥辱に満ちた搬送で診療所まで辿り着き、444号はオレを診てくれるように頼んでいるのだろう大声で何かを言っているしアリナは堂々としたもので今すぐ診れるか聞いている。

 これは何とも家族の暴走に巻き込まれて肩身が狭い子供の気分だ。

 

 とはいえ空きがあったようで即座に診察されて、三人並んで結果を聞くまでそう時間は掛からなかった。


「魔石によるものでしょう。以前キラン隊長が連れて来た時も左目の痛みを訴えている、との事でしたし」

「魔石は……どうにもならない?」

「はい。全く食い下がる劣等種の多い事……強化兵である以上はこれが想定された正常な状態です」

「っ……分かった。この子の眼は──」

「左はそのうち見えなくなるでしょう。右が残るかどうかは運次第です」


 おや、これは。

 久しぶりに自分の命の儚さを実感する。

 あの子達の分まで生きたいが、そもそもオレ自身の寿命なんてたかが知れているのだから分不相応な願いだったか。

 整備兵のお姉さんの言う通り、確かにゴーレムで無茶をする事でボロボロになっていた。

 だが極論……ゴーレムが動かせればオレは機能を果たしていると言える。

 

「ン……」


 444号が身を寄せて来た。

 腕を抱いて、初めて出会った時のトラックのように。

 そうだ、オレがただ戦うだけの存在でない事は彼女が示してくれる。

 暖かさや優しさを感じる心があるなら、オレはまだ戦えると思う。

 心にそういったものを詰め込みたい。

 それを全部守りたい。

 戦わなきゃならない、生き延びたい、守りたい。

 やりたい事は沢山あった方が心が豊かだ。

 今以上を求めない消極的なやりたい事だけど……いつかより良くなるかもしれないのだから、より長く生きる事を続けたい。


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