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第十六話 今日から貴女の飼い主はわたくし


 目が覚めて、最初に目にした無機質な天井に不快感を覚える。

 研究所で手術を受けた時を思い出し、点滴を打たれている事にも気が付いて不快感が補強された。

 頭が上手く回らないが、ここは基地の診療所だろうか。


「おや、目覚めたか」


 ふらりと現れベッドサイドの椅子に座った団長の、恰幅の良いシルエットは不思議と安心感を覚える。

 暖かそうだからだろうか。


「どうやって帰って来たか覚えているか?」


 靄がかかったような思考が徐々に回り出し、記憶の糸を手繰り始める。

 ゴーレムに乗って帰ろうとしたのだ。

 だが途中で停止してしまった為に乗り捨てて、味方が居るであろう方向に向かってひたすら歩き始めた。

 霊樹の枝が魔力を求めて少しずつ骨を軋ませる痛みに耐えながら。

 痛みが襲い来る間隔が徐々に狭まる事に恐怖して……それでも歩き続けた先で光に照らされた事を覚えている。


「危うい状態だったんだぞお嬢ちゃん。命が助かった分で納得してくれ」


 納得とは何か。

 疑問に思って身を捩ると、右腕が動かない。

 そして同時にガチャリと金属音。

 手錠が嵌められ、ベッドに繋がれている。


「お嬢ちゃんは今、指揮官殺しの疑いで拘束されている。キランの拳銃を持っていただろう?」


 ああ、捨てておくべきだったのか。

 弾が入っていないから使えるものではなかったのだが、お守りのように思えてしまってどうしても手放せなかった。

 

「オジサンはやったと思っていないさ。だからまあ、今は身体を休ませなさい」


 実にその通りだ。

 全身が痛い。

 雪の中を歩き通して筋肉痛だろうか。

 痛みが反響しまくる身体を更に捩って楽な体勢を探していると、左腕は拘束されていない事に気が付いた。


「──?」


 足りない。

 包帯が巻かれた左手には突出が三つ。

 親指、人差し指、中指。


「……凍傷が酷くてな。手袋をしていなければもっと酷い事になっていたそうだ」


 なるほど。

 他人事のように思える。

 それに、生きているのなら問題ないとすら思える。

 オレがまた生きているのなら、ゴーレムを操縦出来るのなら全てが些事だ。

 オレはまだ、生きる力を失っていない。


「それじゃ、オジサンは行くぜ。今はとにかく身体を休めて、それから十分悩めばいいさ」


 団長は懐から取り出した何かをベッドサイドのテーブルに置き、軽く手を振り去っていった。

 果たしてあれは何か。

 唯一自由な左手で手繰り寄せようとするが……思いの外難しい。

 指の事もあるが、そもそも包帯が巻かれて動かしづらい。


「ヴゥ……」


 早速不便を感じてストレスだ。

 ようやく持ち上げたと思ったら、転がしてしまい床へと落とす。

 あれでは手錠で拘束されたオレじゃ取れないだろう。

 諦めようと手を戻そうとすると、テーブルにはまだ何かが置かれているようだ。

 リハビリ気分で手繰り寄せるか……


 と、悪戦苦闘する事しばらく。

 それ幾つか積み上がっていたようで、ようやく一つを取り上げられたのだ。

 かなり満足。

 勝ち得た物、という感覚すらある。


「ウゥ?」


 おや、444号じゃないか。

 遠慮がちにやって来た彼女はベッドの周囲を見回し、困惑している。

 それも当然。

 ベッドの周りにはオレが手にする戦闘糧食のチョコレート……これと同じ缶が幾つも転がっている筈だ。

 去り際に一つずつ置いていったとして、団長は随分と頻繁に見舞いに来てくれたらしい。

 それを手元の一つを残して全部転がしたのだから444号も困惑するだろう。

 

アー?(食べる?)

「ッ!」


 チョコを差し出してみたのだが。

 444号は顔を青くしている。

 ああそうか、手か。

 444号は躊躇いながら包帯の巻かれた手を両手で包み込み、ゆっくりベッドへ戻す。

 かなり気を遣わせてしまったかな。

 俯き顔を背けた彼女の顔はよく見えないが、肩が震えている気がする。

 左腕に巻かれた包帯に水滴が落ちているように見える。


「ア──」


 何か声を掛けようとか、背中をさすろうかと思って右手を伸ばすが手錠に阻まれガシャリと音が鳴った。

 444号はそちらへと視線を向けて……覆い被さるようにして抱き締めてくる。

 

 強く抱きしめられて少し苦しい。

 苦しいけれど、安心出来る。

 雪の冷たさが記憶に新しい中で、人肌はやけに熱く感じてくすぐったい。

 

「ウゥゥゥ!」


 ノイズ混じりの泣き声が耳元で発されるのは中々辛い。

 耳が痛いし、首輪同士が触れ合うと細かな振動が伝わって来てオレまで泣いているような気分になる。

 重い左腕を持ち上げて444号の背中をさすって、軽く叩く。

 トントンと、安心させる穏やかなリズムで。

 しばらくはそうしていた。

 泣き止むまでは。

 オレも、溢れてくるものを落ち着く時間が欲しかった。


◆◆◆


 身体はほぼ治ったと言っていい。

 医者の話によると新型強化兵は傷の治りが早いのだとか。

 果たしてこれはありがたい事なのか、釈然としない思いを抱えつつオレが兵士に両脇を挟まれてやって来たのは砦の中。

 基地司令の執務室だった。


「ご苦労。下がっていいわ」

「はっ!」


 いつも通りのパトラ司令官と、以前よりも豪華さを増した執務室。

 大きな机には書類よりも美術品の方が多く見受けられる。

 真面目に仕事をしているのだろうかと、そう思えども口に出す者は居ないのだろう。

 この基地は彼女の王国なのだ。


「わたくしに感謝しなさい448号」

ヴァ……?(何故……?)

「貴女に掛けられたキラン殺害の容疑はわたくしが晴らした」


 余計に何故、は強まるのだが。

 パトラ司令官がそんな事をする理由が分からない。


「だって貴女達は仲が良かったものねぇ。キランは明らかに情が移っていたし、貴女達も飼い主に尻尾を振っていた。手を噛むような真似はしないと思ったの」


 よく見ているというか、いっそ気色の悪さを感じる。


「だからわたくしの一声でお咎めなし。感謝しなさい」

「……アー」

「ふふっ!その嫌々言う感じ!キランそっくりねぇ……!」


 パトラは勝手に盛り上がっている。

 口の端をニヤニヤと吊り上げて、ネットリと纏わりつくような視線をオレに向ける。


「貴女の命を救ってあげたのはわたくし。今日から貴女の飼い主はわたくし。分かった?」

アー(拒否権なんて無いだろ)

「良い子ね。これからわたくしの命令には絶対に従う事。まずは最初の命令を下すわ」


 パトラは机を立ち、コツコツと足音を鳴らしながらオレの周りを一周する。

 品定めするようにじっくりと見て……背後から抱き付く。

 444号とそう変わらない筈なのに、とても嫌な感じがした。


「ねえ、どうして貴女のお仲間(・・・)が死んだのか知りたい?」

「ッ!」

「わたくしは知っているの。あの任務は敵の用意した罠だった」


 キランもあの時そのように言っていた。

 オレ達を狙った罠だと。

 そして情報が漏れたのではないかとも。


「この基地にはね、裏切り者がいるの。リシルへ情報を流した悪い狼も」


 耳元で囁く声の甘ったるく粘着質なところが妙に心を逆撫でる。

 しまいにはパトラの舌が耳を這い、ナメクジが襲って来たような怖気が走って歯を食いしばった。

 

「だから、わたくしの猟犬は狼を見つけてワンワン吠えて教えるの。いい?」

「ッ……アー」

「返事が出来る良い子は好き。わたくしだってキランは好きだったのよ?だから情報を流した犯人は見つけたい」


 オレの腹や胸を這うパトラの手は蛇のようで落ち着かない。

 心臓を握られているような、締め付ける緊張感がある。

 

「キランは追い詰めると良い表情(かお)をしたの。だからわたくしだったら死なせるような事はしなかった」


 罠に嵌めるのも生かさず殺さずで苦しめるのも、どちらも大概だろう。

 まるで自分の方がより良い選択肢だったかのような、そんな言い方には憤りを覚える。


「貴女も良いわ。この言い方をしたらキランだったらチクリと言い返したもの。貴女はそうやってイヤな顔をするのね」


 至近距離から顔を見つめて、パトラは瞳を爛々と輝かせて笑う。

 呑み込まれそうな、嫌な眼だ。


「でもつまらないから不満だったら唸りなさい。良いわね?」

「ヴゥ」

「よく出来ました。では貴女はわたくしの部隊の一つに入ってもらうわ」


 どうせ唸ったところで喜ぶだけで、翻意するような事はないのだろう。

 この人はやはり苦手──いや、嫌いだ。


「わたくしの持つ、見せしめ部隊の一つ。団長と呼ばれている劣等種は知っているでしょ?彼が居る部隊よ」


 それならば知っている。

 あのアートマンが隊長の部隊とは機動要塞で一緒になった。

 割と良い雰囲気の部隊だった筈だ。

 案外悪くないかもしれない。


「あの団長は……旧ノゥル公国でゴーレム戦闘の精鋭を集めた集団──騎士団の長をやっていた男よ」


 騎士と聞けば思い出すのはアリナの事だ。

 他ならぬ団長が彼女の事を最後の騎士と呼んでいた。

 ならば彼自身は騎士ではないのだろうか。


「そしてこの基地に潜り込んだ裏切り者、ノゥルの復興を狙うレジスタンスは旧ノゥル公国軍人によって構成されている……言いたい事が分かる?」


 団長が情報をリシルへ流した……?

 あり得ないと断じたいが、分からない。

 オレはあの人の事を全く知らない。

 ただ親切にされただけで……親切以外の何も知らない。

 植え付けられた疑念の種には、ただ親切な人なんて情報は栄養になってしまう。

 彼はオレを騙そうとしていたんじゃないか?

 オレも……何か利用されて、みんなが死ぬ原因になったんじゃないか?


「良い表情(かお)ね……貴女は同じ部隊で彼やその周辺を監視して、怪しげな様子があったら知らせなさい」

「ァ、アー……」


 声が震える。

 パトラだってオレに嘘を言って操ろうとしている可能性があるのだ。

 何が信じられて何が信じられないのか判断が出来ない。

 

「良い子ね448号……わたくしの可愛い猟犬」


 オレの顎を撫でる手は、首を絞めるよりも余程苦しめる。

 人を玩具みたいに扱うこの女はどうにも受け入れ難い。

 だが、これがオレの新しい飼い主なんだろう。

 キランの次の、新たな……


ありがたい事に評価や感想やブックマークなどを頂いておりまして、とても励みになっています。

毎日早く次の話が書きたいと、前のめりになりなこの16日間は書くのがとても楽しい状態です。

完結までこのまま走り抜ける気持ちで、来年もベタ踏みで頑張りますよー!

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