第十四話 振り返るな、立ち止まるな。
「なんだ448号、手袋か?操縦中は外しておくように」
いつものオープンオペレーションルームも手袋があれば快適だ。
一人だけ暖かいのは申し訳ないが、贈られたのだから普段使いしないと。
「他は……素手か。防寒具は持っていないのか?ならば手配しておこう。ゴーレムが擱坐した際には雪原を徒歩で移動する事になる」
そんな目には遭いたくないものだが。
ともあれ貰えるものは貰っておこう。
物質の充足が心を豊かにするからな!
「さて、今回も簡単な任務だ。数多の戦果を上げた我々には容易い内容だが、油断の無い確実な働きを期待する」
やはりキランはいつも通りに銀髪は整えていて眼鏡には一縷の曇りもない。
作戦にもそれを期待しているのだろう。
ここ最近は任務中はオレのリハビリにだいぶ付き合わせてしまって、円滑とは言い難い状態だった。
痛みに動けなくなるのは致命的だと、だいぶフォローして貰ったからここで挽回したい。
「壁を破り、機動要塞を陥した事でエルヴンランドの前進を妨げるものは無くなった。だが敵は遅滞戦術を取った為、侵攻の歩みは遅々として進まないのが現状だ」
今更だけど、ひょっとしてオレ達は結構凄い事をやったのでは?
それこそ教科書に載るような。
「作戦目標はリシルの防衛拠点の一つ。先程述べたように敵はそう抵抗せずに撤退するだろう。我々という高脅威度の敵に対してはな」
自信たっぷり、いつものキランだ。
作戦もいつも通りに走って叩け。
結局オレ達はこれが一番良い。
強みを押し付ける戦い方こそ安定だ。
だからやらなきゃいけない事も、やる事もいつも通り。
「では各々作戦開始まで体調に気を付けるように。後程コートでも宿舎の方に届けさせておく」
手だけではなく身体も暖かいのは嬉しいねぇ。
操縦の時には邪魔になるだろうからどっかに仕舞っておけば良いし。
いやはやキランも随分デレてくれちゃって。
そのうち悩み相談なんてされちゃったりしてな!
オレはアーとしか返せないけど……
うん、これも日常だ。
今のオレ達には簡単な任務に休みには身体や心を温めたりして。
ずっと続いて欲しいと……欲張った事を願ってしまう日常。
それに異常が生じたのは、いつも通りの任務の最中。
『妙だな……』
無線機から聞こえるキランの訝しげな声にオレも同意したい。
作戦目標として伝えられていたリシルの防衛拠点は妙な事に無人だ。
雪の上にはタイヤの轍も人の足跡も残っているというのに、こうしてゴーレムで立ち入ってもまるで反応が無いなんてあり得るだろうか?
太陽をすっかり覆い隠す曇天も相まって不気味に見える。
『バンドッグ、警戒しろ。罠の可能性が高いが……罠の可能性があったので撤退しました、では納得しない方々から衣食住を得ているのでな』
キランが普段どんだけ嫌なヤツと接しているのか窺えるな……そりゃこの性格にもなる。
ともあれやる事は変わらない。
この拠点の中枢に到達し、帰れば良いのだ。
その道中に武力行使の有無があるだけで。
『放棄する理由もない。戦略的に見ても悪くはない立地の筈……罠だとしても何故この場所だった?』
どうせ返ってくる言葉もないのだからと、キランは無線に独り言を乗せる。
まあ、構わないけども。
ただ聞いているとオレも気になるだけだ。
そこまで大きい訳でもないが、小さい訳でもないこの基地。
そんなに酷く老朽化しているような事もなく、捨てるには惜しいように思える。
とはいえオレは戦術だの戦略だのは素人だから何も分からないが、ただ勿体無いように思える。
何が掛かるとも分からない罠の為にこんな、まだ使える基地を使うなんてコストに対してリターンが見合っていないような気がするのだ。
『そろそろ中枢に到達する。より一層の警戒を』
ゴーレムで一歩ずつ歩く音が周囲に響く。
聞こえるのは六機の駆動音だけで、他には何も聞こえない。
『到達。襲撃は無し、完全に無人なのか?』
途中でバカスカ撃たれる事も想定していたけど、それはどうやら杞憂に終わりそうだ。
となればこれは──
『ならば爆弾を仕掛けているな。総員全力で退避』
なんでトーンを変えずに平然とそんな事が言える!?
オレは……他の全員もアクセルベタ踏みで来た道を一直線に引き返す。
その動きが察知されたのだろう、直後に背後から衝撃と音が叩きつけられる。
『振り返るな、立ち止まるな。私の背を追って、ただ進め』
キランが先頭に躍り出て、いつぞやのようにライフルで先んじて爆弾を起爆する事で退路を確保する。
だがそれはそれとして、盛大に爆発が前後左右から襲いくるのだ。
衝撃がコクピットを揺らし光がゴーレムの視覚に刺さる。
装甲が焼け、様々な破片が突き刺さる。
煤や建物の粉塵が降り掛かり汚れながら敵の罠を突破し……呼吸も忘れるような思いをして爆発の包囲網を抜け出した。
「ヴア……」
『全機無事か。では戦闘体勢』
まだ何かあるのか!?
正直これで随分と精神的な疲れが溜まったのだが。
流石のキラン機も薄汚れた状態で、爆発炎上するリシルの防衛拠点を睨んだまま。
まだあそこに何かあるのだろうか?
『我々の大きな動きには、決まってヤツの姿があったな──』
燃え盛る建物、揺らぐ景色の向こう側。
鮮烈な炎の赤を背負ってアレは居る。
最初に遭遇した時も同じような現れ方をしていたか。
赤黒の機体、スコーチ部隊の篝火は。
『さて……これは我々を狙った罠か?情報が漏れ、拠点一つを犠牲に排除を狙ったのだとしたら──』
ああ、こんな状況だってのにキランはいつも通りの余裕たっぷり。
『──光栄な事だ。それだけの評価をリシルはしているのだろうからな』
壁に要塞にと暴れ過ぎただろうか。
出る杭は打たれると言うし、リシルからすれば小隊で戦略規模の目標を落とすオレ達は鬱陶しくて堪らないだろう。
だからって拠点に満杯の爆弾に、精鋭のゴーレムが一機か。
『だが些か過小評価が過ぎるな。たかが二機のゴーレムが相手とは』
──二機?
そう疑問を抱いた次の瞬間には遠くの山間から閃光が飛来し地面に突き刺さる。
雪から地面までを区別なく深々と融解させる熱の奔流。
つい一瞬前までキランが居ると思い込んでいた場所に。
『狙撃か?エルフ相手に射撃で挑もうとはな』
キランの位置を把握したその瞬間には既に一発。
魔力式ライフルから放たれた光弾はもはやその位置を把握出来ない程の距離を一気に駆け抜けて……遠くで爆発が見えた。
『狙撃……火花か。狙撃の達人と聞いたが大した事はないな』
つまり今のもスコーチ部隊?
ベルファイアと同じ強者を相手にこんなに容易く、相手の土俵で勝ってみせたという事か。
全く我等が隊長殿は恐ろしい。
恐ろしい程に頼もしい。
『ハンドラーよりバンドッグ各機へ。敵は目前のスコーチ部隊所属、ベルファイア。周囲は包囲されているだろう、逃げ場はヤツを倒した先にある』
キランは以前スコーチ部隊の二機を同時に相手して時間稼ぎに成功している。
それに今さっき一機倒したのだ。
オレ達だってあの時よりも強くなっているのだから。
『行くぞ、我が猟犬達』
「アー!」
六機が一斉に展開して多方向から撃ちまくる。
ベルファイアの機体はなによりもあの、数多のケーブルと接続した赫灼とするフランベルジュだろう。
他の武装は目立たない。
オレ達のようにライフルを持つ訳でもなく、アートマンのように砲を担ぐ訳でもない。
ならば接近を許さず射撃の雨を浴びせればよいと、そう思ったのだが。
『交感も無しに銃弾を斬り払うか……』
キランも流石に戦慄している。
オレも同じ思いだ。
ベルファイアはフランベルジュを振り回し、周囲に赤い飛沫──溶断された弾丸を振り撒いている。
あの機体は、きっと剣以外必要無いのだろう。
乗り手の技量が卓越している為に。
『気を付けろ!あの機体の機動力は脅威だ!絶えずヤツを包囲し動きを制限し続けろ!』
言われなくても分かってる!
分かってるけど──速過ぎる!
赫い光跡を残して移動するあの機体を追い掛けるだけで精一杯だ。
機体の基礎スペックがあまりにもかけ離れているせいで何も……
『チッ……私が前に出る!隙を見て援護しろ!』
キランは接近戦も巧い。
恐らくベルファイアは先にオレ達を落としたい筈だが、キランがピタリと張り付いて離れないのだ。
離れようとすればオレ達の射撃が襲い、キランは再び張り付いて。
この繰り返しの中でキランはベルファイアに互角で渡り合っているように見える。
光刃の出力がフランベルジュに劣るようで鍔迫り合いになると押しきられるが、そんな時は身体を捻ってライフルで相手を牽制するのだ。
キランのあの、容易く狙撃の返報を行う射撃の腕だ。
爪先でライフルをかち上げで強引に銃口を向ければベルファイアも大袈裟に回避して隙を晒す。
『──掛かれ』
合図があったとなれば猟犬としては牙を剥かざるをえない。
魔力砲塔も駆使した弾幕を一気に浴びせ掛ける。
「ヴァア!」
銃身が焼け付くほどに撃ちまくり、薬莢が雪を溶かす。
スクロールが盛大に魔法を解放して眩しい程だ。
弾丸も魔力もゴーレムを破壊するには十二分な量。
だが、だと言うのに!
『この程度でやられはせんか。だが……』
フランベルジュが奔る。
迫るものをただひたすらに斬る、斬る、斬る、斬る。
致命のものから斬り払い、それ以外は装甲と機体捌きで抑え込む。
ベルファイアの機体は人型をしているが、人のそれとは可動域が違う。
剣術をより優れた身体で扱ったなら、という疑問の答えが目の前にある。
さながら蛸のように──いや、篝火のように揺らめいて剣を振るうのだ。
機体の各部から熱を放って周囲の景色を歪ませながら。
『これで良い。あとは──』
キランは歩を進めた。
お前が狙っているものが分かるぞ。
いくらベルファイアの動きが異様であろうとも、限界はある。
それがオーバーヒートなのか、ガス欠なのか、パーツの摩耗なのか……どれにしろ機体には限界があるのだから。
キランはそこに弾丸を撃ち込むつもりだろう。
だからオレ達はスクロールを撃ち切りライフルは弾倉を何度も交換して撃ち続けて──
『射撃止め。私が出る』
ベルファイアはまだ動いているが疑う余地は無い。
他ならぬキランの判断なのだから。
『ふん、強者には違いないが相手が悪かったな』
キランが射撃を一発、二発。
ベルファイアは斬り払ってみせるが機体の動きがぎこちない。
続く三発目も弾くが、構え直すのに明確な遅れがあった。
キランは隙を逃さない。
急接近してフランベルジュに光刃を叩き込み、無防備になった胸部へライフルを突き付ける。
銃口に光が灯り赤黒の装甲へと反射して──
「アア──!」
キラン機の右腕を閃光が抜ける。
ライフルを保持する手首と肘に分たれて、発射寸前の閃光は霧散した。
「ヴァア!?」
遠方の山間で爆発が起こる。
きっとアレはキランのカウンターを喰らったスパークルだろう。
一度の爆発で死なず、破損した機体で無理をして二発目を撃った無茶があの爆発か。
これでもう横槍の心配は無い、あとは!
『──ッ!魔法障壁発生装置展開!ヤツを押し込め!』
既にベルファイアが動き始めている。
剣を振り上げ、銃を失ったキランを狙うが蹴りの一発が距離を取った。
ぎこちなくバランスを取る動きが徐々に滑らかになるその過程を阻止しようと機体前方に半透明の膜を形成し、五機が突撃する。
ベルファイアへと、全方位から。
キランの蹴撃を喰らって怯んだ隙へと差し込んだ拘束は見事に成功。
赤黒の装甲と触れ合った障壁がバチバチと音を立ているが、それこそが強く押し付けられた証左。
いくらスペックで劣ろうと、五機の出力で押し込めば身動きは取れないだろう。
『よくやった。トドメは私が……!』
オレ達の機体の肩に乗り、キラン機が左腕のエーテライトブレードを構える。
迸る光刃の鋒をゴーレムの胸部──コクピットのベルファイアへと向けて──
左目の痛み。
刺す痛みが……眼球が震える。
(荒れ狂う野火が来る)
男の声が聞こえる。
音ではない何か、空気ではない何かを媒介したような、奇妙な……
(システム起動。魔力炉、オーバーロード)
光刃が赤黒の装甲を泡立たせたその瞬間、視界が光に包まれた。
何かが起きたと理解は出来る。
だが感覚が無い。
視界は塗り潰されて、聴覚は嫌な高音のみを捉えている。
身体は……上を向いている?
「ガ……ァ」
かろうじて肺に空気を取り込めた。
そこから重力に逆らい徐々に胸を押し上げる。
呼吸は出来ている……視界は?
目を開いて眼球を動かしていると、この感覚がゴーレムのものである事に気が付いた。
カメラが焼けて、それが徐々に回復しつつある。
オレの身体は無事だ。
だがゴーレムが強い衝撃を受けたのだろう。
何故かと思い機体を起こせば、原因はそこに立っていた。
「ヴァア……!」
ヤツは未だ健在。
それどころかやけに調子が良さそうだ……機体のあちこちからエネルギーを迸らせて、まるで燃えているみたいだ。
爆発付きのパワーアップ形態だろうか。
みんなは無事か……?
『ッアア!』
436号の声が聞こえてすぐ、斧を手にケルッカが一機ベルファイアに襲い掛かった。
436号一人にやらせる訳にはいかない。
スクロールはもう弾切れだが、ライフルには最後の弾倉が刺さっている。
「ガアアッー!」
射撃をしながら突撃。
弾はもう底を尽き掛けているのだが、とにかく囲んで殴るしか選択肢は無いだろう。
キランはどうした!?
(無謀な突撃……死線を目前に躊躇わぬとは好いな)
また痛みと声に襲われる。
これは今まで経験したどの感覚とも違って……精神が大きく揺さぶれ、集中が削がれて鬱陶しい。
いつの間にか更に三機が戦闘に加わって、キランは何処だ!?
『ギィガガガ!』
斧を手に、一人飛び込んだ。
他よりも目立つように力強く飛び込んだ。
一瞬、赫が奔った。
ゴーレムから溶鉄が溢れる。
血のように、流れ出す。
ゴーレムに袈裟に一周走った赤熱した跡はフランベルジュが斬り付けた跡だ。
パイロットの確実な死を告げる、跡。
「ッアアアアアァァ!」
ベルファイアへと向けて全力でゴーレムを向かわせ吶喊するが、脳裏には今死んだ仲間の事が浮かんでしまう。
あの子は初日にキランに歯向かうような血の気の多い子だった。
でも誰よりも果敢に敵に挑み、注意を惹きつけてオレ達を守ろうとする勇気があって……
『ガァ!』
目の前で閃光が弾けた。
これは装甲との擦過で生じた火花?
死んだあの子の事を想ってしまった間に、ケルッカが盾を構えてオレの前に居た。
ベルファイアとの距離はまだある筈なのに……いや違う!
「……ァア」
ベルファイアの機体、肩の辺りで装甲が動いた。
剣だけでは戦えないと、オレ達を認めたという事か。
こちらも、お前を殺さないとならなくなった。
健在は四機。
キランは……ようやく見つけた。
爆発で吹き飛んだ廃墟上にドライアドが横たわっている。
あの爆発の時、オレ達が展開したヴェールが砲身のようになって指向性を持たせてしまったのだろう。
恐らくキランは気絶中、機体もオレ達のケルッカよりもダメージを負っているようだ。
今はとにかく、この四機でキランが目覚めるまでの時間を稼がないと。
「ヴァア!」
と、思っても。
卓越した技量が、圧倒的な機体のスペック差が!
一人、一人と命を奪ってゆく。
あの子は食事の時、いつも口の周りを汚すからオレがよく拭いていた。
あの子はオレに、あの暖かい手袋を嵌めてくれた。
なのに、死んでゆく。
剣の一振りが、装甲の隙間から放たれた鉄杭が容赦なく命を奪う。
片手間みたいに殺されてゆく。
残るのはオレと436号。
バターのように斬られてまるで意味のない盾の面積を削られながら徐々に後退し続けて、気が付いたら崖際まで追い込まれていた。
崖の高さは……かなり。
落ちて逃げたとして下に流れる川は命取りだろう。
ならば、立ち向かうしかない。
『──ァア』
436号も多分やる気だ。
だから、やるしかない。
これ以上失わない為にも。
「ヴアアアア!」
436号はもう弾切れだ。
オレもライフルに数発。
これを活かすには──接近だ。
脳裏にはキランの戦い方。
身体はそれをトレースする。
キランは銃を槍のように……長物のように扱って相手を牽制する。
まずはこれだ。
(動きが変わった──あのエルフの体捌きか)
頭の中の声が聞こえる。
いや、これはベルファイアの声か。
理屈は知らないが、そうだ。
キランの動きだと思うのならば、同様に脅威として扱え。
オレがお前を追い込むんだ、他の誰かじゃない。
「ッ!ァァ!」
攻める時は大胆に攻めないと。
緩急を付けて、相手が慣れないようにして……時に不意を突く。
銃口をとにかく相手に向け続ける。
撃たなくとも相手は警戒せざるを得ないのだから。
これで縫い付け、盾による殴打も織り交ぜれば436号は戦いやすくなるだろう。
だから、こちらに注意を向けて欲しい。
436号に鋒が、ゴーレムの視線が向く度に心臓が跳ね上がる。
見たくない。
もう見たくないんだ。
「ゥウ……アアァアッ!」
もっと前に、もっと前に。
オレは脅威だ。
だからオレだけを見ろ。
盾を振るって──腕を落とされる。
関節を狙った射撃は──装甲を傾けていなされる。
何発撃っても届かない。
しまいにはライフルを断ち切られ……素早く斧に持ち変えれば!
「アア……ァア……!」
まだ、まだやれる事がある。
斧でもまだ──
『──ッグアア!』
不意に機体が揺れる。
視界にはケルッカの後ろ姿。
輝く飛沫が飛んでいる。
斬られた?
庇われた?
溶断された跡は背部までは届いていない。
まだ生きている可能性がある。
正面装甲を軽く斬られただけかもしれない。
確かめるより先に、ベルファイアの蹴りが436号を崖下へと突き落とす。
助けに行かないと。
早く目の前のコイツを倒して、一刻も早く。
機体の基礎スペックが違うのは分かっている。
でも、一瞬届けばいいんだ。
この一瞬だけヤツに一撃届けたい。
斧を振るう。
なるべく早く、ゴーレムの関節全てを駆動させて一撃を。
「ヴアアアア!」
赫が溢れて雪を溶かす。
溶鉄が流れ、滑った上半身が勢いのまま崖から転がり落ちそうになり、残った右腕で踏み止まる。
こんなに激しくゴーレムを損傷したのは初めてだった。
下半身が失われて、断面から何かが垂れ流されているのを感じて怖気がする。
だが、上手く行った。
斧は確かに……フランベルジュに接続されたケーブルの大多数を切断した。
急速に輝きを失うフランベルジュを見て、ベルファイアが動揺しているのが分かる。
オレじゃ倒せなかった。
でも、これで良い。
あとは……
『──残ったのはお前だけか448号。そこで待て、なんとかしてみよう』
キランがやってくれる。
右腕を失い全身破損してボロボロのゴーレムで、キランはベルファイアと相対する。
ベルファイアは輝きを失った剣を何度か握り直して……刀身の半ばまで、再び剣を赤熱させた。
『さて、マトモに動いてはくれない機体でどこまでやれるか』
双方機体から異音を響かせながら切り結ぶ。
ベルファイアの剣撃は速い。
だがキランはその一手先を読む。
機体の状態はベルファイアの方が良い。
だがキランは腕前でそれを覆している。
キランは強い。
常に先を読み、相手の出鼻を挫いて自分のペースで事を進める。
オレ達が五機で掛かっても有効な一撃を加えられなかった赤黒の機体に次々と傷を付けている。
赤熱するフランベルジュの熱の届かない半ばに一撃加えて断ち切って、相手のリーチを半減させる。
キランは強い!
強い筈なのに。
『如何なる困難であろうとも、悉く打ち破れねば私は私に失望する』
キランの腕前ですら補いきれない程に、機体の損傷は拡大している。
ベルファイアの剣の間合いは半分まで減じているのに、キランの機体は果敢に攻める事も間合いの外まで退く事すらももう出来そうにない。
関節という関節から火花が散って、動きもぎこちなく異音を轟かせながら剣を振るう。
『だが、これでは思い上がりも甚だしい』
キランの機体に何本も傷が走り、追い込まれている事が明確に分かってしまう。
オレにもっと力があれば……
『機体さえ──いや、それもまた辿れば私の実力不足か』
息を吐き、諦めの言葉を口にした刹那。
刃が奔る。
切り裂かれて崩れた金属塊が雪の上に落ち、崖から転がり落ちてゆく。
その中にはキランの乗るドライアドと、フランベルジュを握った赤黒の両腕も。
(見事也、エルフの強者よ)
支える脚を失ったキラン機は崖下へと落ち、ベルファイアは両腕を失ったゴーレムをオレへと向ける。
赤黒の装甲がスライドし、鉄杭の先端が鈍く光った。
オレの機体はもう戦う能力を持たない。
ギリギリ残った右腕が、かろうじて崖から転落するのを阻止しているだけ。
這い上がる力すら無い。
「ッ……アア!」
ならば活路は一つだけ。
地面に食い込ませた腕を外して重力に任せる。
決心した直後に先程までコクピットがあった場所──ゴーレムの頭部を鉄杭が貫く。
頭が砕ける感覚はこんなものか。
ゴーレムが破損し過ぎた。
血を失うように、ゴーレムは魔力を失って死に近づいている。
その感覚に引っ張られるように……
落下の最中で、オレは意識を手放した。