第十二話 アンタは今、幸せを見つけられてるか?
「何の異常もありませんな」
んなバカな。
ダマスカスじゃあんだけ痛くて意識が朦朧として、しまいには気絶までしたのに異常が無いって事ある?
この医者ヤブじゃないか?
「だが実際異常は起きている。作戦中に気絶されては堪ったものではない」
「ヴァー!ヴァー!」
キランもそうだと言っています。
基地の診療所なんて定期的に行われる身体検査以外で来たくないってのに、わざわざ来たんだぞ!
「448号もそう言っているようだ」
「では、異常があったとして……ここの設備でそれは見つけられませんでした、と言い換えておきますか」
「ならばここ以外で調べれば異常が見つかるのか」
「ここ以外?行ったところで意味はないと思いますが」
「何故だ?」
キランは露骨にイラついている。
結論をさっさと言わないとこうなる男なのだ。
オレ達が喋れなくて良かったと心から思う。
そうじゃないといちいち詰められてオレ達のストレスは倍になっていた。
「強化兵に起こる異常、なんてものは殆どが魔石の発生に起因するものです。それを取り除く方法は無いし、外に連れ出してまで検査をするなど司令官が認めないかと思いますが」
確かに。
ゴーレムに乗って、魔力の影響を受け続ければ絶対に魔石は発生する。
オレ達はそういうものだ。
オレ達の耐用年数とは、体内に発生した魔石が主要臓器の機能に影響を及ぼし始めるまでの試算で出されている。
遅かれ早かれ、魔石はオレを死に追い込む。
なら、それの治療だとか言ってオレを連れ出すのは理由が少し弱いだろう。
それがある意味正常な、想定された状態への不可逆の変化なのだから。
「それと、キラン隊長……あまり強化兵に入れ込み過ぎない方がよろしいかと」
「何?」
「強化兵の代弁なんて……どう思われても仕方のない行為ですよ」
キランは露骨に不機嫌になった。
荒々しく部屋を出て、診療所も後にする。
オレは一応その後ろを着いて行くが、これが何だか懐かしい。
初出撃の後もこうして不機嫌なキランの背中を追いかけたものだが、半年に満たない程度の時間で随分と懐かしく感じる。
「448号お前は……いや、不調があれば言え。不具合の生じたパーツをゴーレムに組み込む訳にはいかん」
キランは怒っていたにしては比較的柔らかい声色で、振り返らずにそう言い切った。
はたして最初は何を言い淀んだのやら。
そして言い直した後も優しさのようなものが見え隠れしていた。
だからオレももう、キランが悪いヤツじゃないのは分かっている。
良いヤツかと言われれば悩むところだが、人ってそんな簡単に二分出来るものでもないしな。
「要塞の攻略は良い働きだった。また暫くは簡単な任務の連続になるだろう。休めるうちに身体を休めておけ」
キランは不意に立ち止まり、背を向けたままオレを労う。
流石に優し過ぎて不気味だぜキラン。
「以前、私は勝利を約束したな」
キランも同じ日の事を思い出していたのか。
確かにあの日、キランは命令に従えば勝たせてやるとか言っていた。
「勝利以外はくれてやれん、生存はお前自身で勝ち取れ」
それは……どういう意味だろうか。
戦いに勝てば、生き残れる以上の事を言っているのだろうか。
それ以上の、生存の権利の話をしているのか?
だとしたらそれは飼い主の手に噛み付く事の後押しにすら聞こえる。
「嵐が過ぎ去るのを待て。立ち向かうのではなく身を守り、生き延びる術を学べ、と……ふん、誰が言っていたのか」
キランの言葉に一瞬険しいものが混じって、鼻で笑いすぐさま霧散する。
「お前はどうだ448号。生き延びる術を身に付けているか?身を守る力があるか?それとも、立ち向かう勇気があるか」
俺に問い掛けているにしては些か投げやりで、自省的な言葉のように聞こえる。
オレのイメージのキランは全てに立ち向かうような姿をしているが、本人的にはそうでもないのだろうか。
キランは……寂しくはならないのだろうか。
エルフからは劣等と蔑まれ、ヒウムからはエルフと呼ばれる混血児。
どちらにも真の意味では属せず、異物として自らの力を示して立場を作り出す、そうせざるを得ない生き方。
以前はオレ達、首輪の強化兵だってどちらからも弾き出されていたが、力を示した事で認められてヒウムの側に受け入れられた。
ならキランはどうなるんだろう。
「……まだ陽が高い、軽く運動でもしろ。老廃物と共に魔力が微量排出されると聞く。自らの身体の調整も兵士の役割だ」
キランは背を向けたまま、顔を一度も見せないまま歩いて行った。
入れ込むなと言われて怒ったのだから、きっと図星だったんだろう。
あれに噛み付く事は出来ないな。
オレも絆されてるよ、キラン。
◆◆◆
助言通りに基地内をフラフラ歩き始めて何十分か。
雪が積もる真冬だと言うのに運動すると身体の芯から暖かい。
天気も良く、仕事も無い。
他人がせっせと労働に精を出している様を眺めながらする散歩は格別だなぁ!
「砦の方のエルフ宿舎、また暖房壊れたらしいぜ。ざまあみろってな!」
「もう直ったらしいぞ」
「はぁ!?こっちはいくら申請しても直してくれねぇのにか!?」
「厚着しろ厚着。あとは酒飲むか」
「飲みながら仕事していいなら飲むけどよぉ……昔は良かったぜ」
「いくら昔が良かったって言っても、流石に仕事中に酒飲んだらブッ飛ばされるだろ」
こうして散歩していると聞こえてくる世間話も楽しい。
パトラ司令官なんかが居る砦の方はエルフのお歴々の場所だから、入る機会は稀だ。
だから向こうの事が知れるのは少しワクワクする。
基地の中心部に近付く程、ファンタジーの気配が強くなり砦の中はもう城って感じの豪華さなのだ。
絵画に像に鎧にと、様々な美術品が飾られて……あれら全てがパトラ司令官の私物だと聞いた。
エルフの中でも偉い人らはこんな場所でも豪華な生活をして、オレ達は暖房すら満足に使えない。
格差がハッキリ現れているな、と他人事のように思う。
怒ったところでどうにも出来ないのだから。
「!──ッアァ」
のんびり歩いていると向こうから、見慣れた顔が近づいてくる。
辛そうに声を出して、曖昧な笑顔を浮かべた436号少年だ。
「アー!」
分かりやすいように腕を突き出し力強く手を振ると、436号は身体を竦ませ後ずさる。
……驚かせてしまったか。
「アヴァ」
今度は控えめに胸元で手を振ると、同じように向こうも返してくれた。
よし、コミュニケーション成功だな。
だがここからが難しいところ。
会話が出来る訳でもないオレ達がばったり会ったとして、挨拶の次は何をすべきか。
444号相手なら、向こうが勝手にオレの横に座って手を取り歌い出すので簡単なのだが。
「ヴァ……」
以前、436号に助けられた事を思い出した。
壁を破った時、スコーチ部隊のベルファイアと遭遇した時の事。
呆然として動けなかったオレを、436号は身を挺して助けてくれたのだ。
あれのお礼を伝えていないではないか。
「ウア!|ヴァウアウ《腕をスパーンやられてさ》、|アヴウ?《その時助けてくれたろ?》」
腕斬り、押し倒し、の身振り手振りで伝えようとしていると436号の顔がどんどん不安と困惑に満ちてゆくが、理解したようで436号はいつもの笑顔に変わった。
分かってくれたか。
なら後は礼だが……これは簡単だ。
「アヴ!」
「!?」
両手で相手の手を包み込み、強く振ってやれば気持ちは伝わるだろう。
ボディランゲージ最高だぜ!
いや、直接触れるのは別ジャンルか?
「ヴアー!」
顔が赤いぞ少年、風邪ひくなよ!
あれ、違うか?
……オレ今凄い勘違い男子量産ムーブしてた?
やばいな、急に恥ずかしくなってきた。
「探検か?顔赤いぞ?風邪ひくなよ?」
顔の熱さを振り切ろうと歩いていると、聞き慣れた声に脚を止めた。
今日も変わらず機械油を拭った跡が頬に残る整備士のお姉さんだ。
あとやっぱり顔は赤かったんだな。
「こんな所で会うなんて珍しいじゃないか。恩寵の木を見に来たのかい?」
何も考えずに歩いていたらから、ここがどこかなんて気にしていなかった。
そう思って周囲を見回せば輝く木々が立ち並ぶ光景が目に入る。
この場所は基地の中でも中心部に近い為、エルフがよく通るからあまり近付かないのだが。
景色自体は中々良い。
「アタイはポンプの修理さ。知ってるか?恩寵の木は周囲から集めた魔力を凝集して液体に変えるんだが、土地によって質が違うんだとさ」
木々の根元に溜まった液体がそれだろう。
魔力を集めたこの液体、落ちたら石になってしまうかも。
いやしかし、何故ゴーレム整備のお姉さんがここに?
「|ヴァー?《仕事押し付けられたの?》」
「んー?アタイはゴーレムだけじゃなくて、色々整備すんのさ。魔力機械全般なんとかなる。だから砦の方に行って偉いさんの為にボイラー直したりとかな」
さっき話に聞いた壊れた暖房直したのもお姉さんかもしれない。
技術があると就職に強いなぁ。
「アンタも機械弄りしないか?楽しいぞ」
「ヴゥ……」
「言葉が通じなくても黙々と仕事やってれば良いからさ、楽だよ」
そりゃ良さそうだ。
寡黙で腕の確かな職人なんてカッコいいからな、かなり良さげだ。
「アァ」
「お?割と前向きか?……アタイ元はさ、列車のエンジンを作りたかったんだ」
オレの頭をクシャクシャと撫でて、お姉さんはポツリと呟く。
話さないオレは良い話し相手……もとい聞き相手になれるだろうか。
いつもゴーレムの整備でお世話になっているし、話す事で楽になるなら幾らでも聞くんだけども。
「アタイの故郷は辺鄙な所にあって、災害なんて起きたら医薬品が足りなくなるし冬は毎年切り詰めないと物資が持たない場所だった。でもさ、鉄路が通った事で生活が良くなったんだ!」
お姉さんの言葉には希望が満ちていた。
この世界の事をオレはよく知らないし、彼女がどんな苦労を重ねてきたのかも分からない。
それでも鉄路が希望の象徴だった事が想像出来るくらいに、声には力強く暖かいものが篭っていた。
「列車が運んでくる色んな物から故郷の外を知れて、アタイもこれを作りたいって、そして夢を届けたいって思った……んだけどなぁ」
篭っていたものが苦笑いで霧散して、溜め息が熱を冷ましきってしまう。
鉄路に抱く希望を語る少女は肩を落として落胆する大人に変わってしまった。
この世界では夢を抱き続けるのも難しい。
夢に見るいつかは来ないのだ。
「今じゃ戦争の為のアレコレさ。他人の故郷に夢じゃなくて兵器を送って──」
そこでハッとした表情に変わり、更には目まぐるしくコロコロと表情が違うものへと変化する。
賑やかな人だな。
「っああ!ごめん、アンタに聞かせる話じゃなかった!別にアンタが悪いって話じゃなくてな!?」
ああそうか、オレがまさに送られる兵器であり他人の故郷を奪う存在なのか。
……深く考えた事がなかった。
考える必要もあまりないのではなかろうか。
仕方ない、と言えば安易な逃げに聞こえるが、オレ達に選択肢は無いのだ。
戦うしかないと、生き残る事を選んだのだから仕方ないと……思考はそれ以上進まない。
考えようと思っても考える力が生まれない。
「アァー」
顔を青くするお姉さんの肩を優しく叩けば、少しは気が楽になったようでルーレットのような表情の変化は治った。
「その……選べないものだってあるよな。誰しも限られた条件でやってるんだ、その中で幸せを見つけないとって。うん、わかってるんだけどさ」
表情は一つ、真剣なものに落ち着いた。
声も強張っていて、聞く側としては身構える。
「代償が必要だとしても、今以上を求めて選ぶ選択肢だってある。アンタは今、幸せを見つけられてるか?」
オレはどうだろう。
今は……上向いている。
最悪から少し這い上がって安定している状態だ。
今より悪い状態を知っているから、これが続いて欲しいとすら思う。
有能な指揮官、頼りになる仲間が居て、悪くないじゃないかこれは。
だからオレが望むのは……ただ生きていたい。
その程度で十分かもしれないんだ。
日常話は書くのがかなり楽しかったです。
なので次回もそんな感じだと思います。
いっつも張り詰めててもアレですからね。