第十一話 石になりたくなければとにかく手を動かせ
さっき書き上がった出来立てホヤホヤです
ゴーレムは発進準備完了、後は交感するだけというコクピットでは無線機から響く口論が喧しい。
『ではミスター・アートマン、貴方が殿を務めればよろしい』
『だからそれは怖いと──うおっほん!隊長ともあろうものが斯様な危険を冒すべきではないのだよキラン君!』
ミスター・アートマン。
かれこれ何時間もキランに突っかかってるエルフの小隊長。
今回の移動要塞ダマスカスの攻略にあたり、オレ達と協力する部隊指揮官だ。
『旦那方、もうそろそろダマスカスが予定ポイントに到達する。決めるなら早くしてくれないかね』
『良い事を言ったな団長君!さあキラン君、ワタシの有効な配置をさっさと決めたまえ!』
『……チッ』
『今舌打ちをしなかったかね!?』
『ノイズでは?ダマスカスが近付いていますから、魔力波が乱れているのでしょう』
今回の作戦では見知った顔も参加していた。
何かと世話を焼いて貰った団長。
彼は何故か部隊指揮官のエルフにすらそう呼ばれていて、上下関係がなんだか妙だ。
実際に作戦立案も指揮も団長がやるらしく、アートマンはお飾り隊長なんだとか。
キランが最大戦力というオレ達とは真逆だな。
などと考えているうちに遮るものの無い、雪に覆われた地平線が俄かに曇り出す。
モニター越しに分かるのだから、実際見たら相当なものだろう。
『来たな。ハンドラーより伝達、バンドッグ各機は速やかに交感開始せよ』
「アー!」
もう慣れたものだ。
針刺し、管刺し、スイッチオン。
流れ込む液体に自他の境界を曖昧にされて……視界に光が慌しく瞬く。
これで交感開始。
積もる雪も、遠くで舞い上がる地吹雪も良く感じ取れる交感日和だ。
『十分に接近し次第、飛び乗るぞ。乗った後はアートマン隊の工兵がゴーレムを用いて甲板のハッチを吹き飛ばし内部へ侵入する手筈だ』
『難しい事はワタシの部下に任せたまえ!キミ達は敵と戦っていればよい!』
アートマン隊のゴーレムを見れば、その殆どが破壊工作用の爆薬を背負っており、見るからに戦闘には不向きだ。
ならば明らかに戦闘に向いてなさそうなアートマンの機体はどうかと見てみれば、ドライアドなのはキランと共通だが装備が違う。
大きな機械を背負っており、これもまた動きの邪魔になる。
『殿は私が務める。先頭は448号、貴様が行け』
「アー」
もう分かってる。
オレはいっつも先頭の一番危険な場所が定位置だって。
そしてキランの銃口が背中に向けられてる。
もう今更逃げ出そうとか思わないけどさ……
逃げたところで魔力がなきゃ枝で内側から串刺しだし、そもそもキランから逃げ切れるとは思えない。
だからまあ、今回もキランは勝ちを逃さないのだろう。
『風が強くなり始めたな。出発の時間だ……アレは自身が放つ魔力によって感知性能が著しく低い筈だ。それにこの少数ならば感知網には掛かっていないだろう。向こうがこちらに気が付くのは主砲の間合いの内側に入り込んだタイミングだ』
移動要塞ダマスカス、その主砲こそがエルフを大いに苦しめているものらしい。
リシルへの侵攻を阻む巨大な矛、それを守る防衛火器。
移動する要塞とは随分と厄介らしく、こうしてたったの十二機に託すような作戦すらまかり通る。
はてさて件の移動要塞、巻き上がる雪ばかりが見えているが、そろそろ本体が見える頃だ。
モニターの方を調整し、倍率を高めて全貌を確認しようと思ったのだが。
『……大き過ぎないか?』
無線から誰かの内心が漏れた声が聞こえる。
これは確かに……規格外だ。
それはもはや移動する工場、都市、そのような印象を抱かせる。
遠く離れた位置から見ているからだろうが、その構造の高さよりも広さの方が目に付く。
形状としては蠍だろうか?
ハサミが掘削機、尾が長大な砲となった履帯で動く蠍のような構造物。
それが移動要塞ダマスカスだった。
『アレは巨体を動かす為に世界でも類を見ない大規模魔力炉を備えている。それが余波として放つ魔力だけで搭乗する劣等種の命が脅かされる程にな。我々はそれを燃焼剤とする」
『爆弾はその魔力炉に仕掛けなきゃなんねぇ。要塞は居住区以外はゴーレムサイズで出来ているらしいからルート以外はなんとかなる』
『そのルートに関しては──』
キランと団長が解説をして、一切出て来なかったアートマンへと視線が向いた。
ゴーレム越しなのに、何故か得意げにしているような気配がする。
『ワタシに任せたまえ!』
『手段はある。後は実際に侵入してから考える事としよう……作戦開始だ』
背を押す風に従い順番にゴーレムを走らせる。
隊列を組み、向かう先からいつ砲撃が飛んでくるかと肝を冷やしながら。
機体が放つ魔力を感知される事はないのだとか。
ならば視認されないか、という不安に寄り添うように追い風は更に強くなる。
追い風は広い雪原を力強く吹き抜ける。
誰も踏みしめていない雪を撫で、雪が風に乗る。
中々綺麗な光景じゃないか。
そう思ったのも束の間。
あっという間に視界の全てが真っ白になった。
地吹雪というやつらしい。
これに合わせて移動して、見られないように進むのが作戦だ。
距離はどんどん縮まってゆく……筈だ。
何も見えないけど方向自体は間違っていない、と思う。
見えないのは不安だ。
『おぉ!大地は我々に味方をしている!』
『そろそろ到達するぞ。砲台は発見し次第潰せ』
無線から聞こえる声にはノイズが混ざり始めた。
遠くから得体の知れない怪物のいななきのような、奇妙な音が聞こえる。
おそらくダマスカスの駆動音なのだろうが、見えない事は不安を煽って仕方がない。
ノイズ混じりの無線に怪物のいななき、まるでホラー映画じゃないか。
だがしかし視界全てを埋め尽くす白の向こうで、大きな影が見え始めた。
ダマスカスは近い。
『速やかに甲板まで駆け上る。落ちたとしても助けは来ないぞ』
近いからだろうか、無線に混じるノイズはドンドン多くなる。
しかし近付いた事でダマスカスの側面、その細かな起伏が見えてきた。
砲台、ラジエーター、用途の分からない機器が飛び出して足場にするには十分だ。
ライフルを構え、砲台へ射撃を行いながら足場を経由し登ってゆく。
危なげなく、着実に進行して甲板まで半分というところでけたたましくサイレンが響き渡った。
『こちらの存在が露見した。448号、スピードを上げろ。甲板で待ち伏せされては手間だ』
手間、で済むのだから驚きだ。
とはいえオレ達も随分慣れた。
戦いも、登る事も。
半分上がって残りの半分はスピードを一層早めて登り切る。
後ろに着いたアートマン隊は少し遅れているが、先に登って掃除をすればよいだろう。
そんな事を考えて甲板へと飛び出すと、地吹雪で埋まった視界は晴れて雲海でも航行しているような景色が広がっている。
他に特筆すべき点は何も無い。
待ち構えるゴーレムすら、居ない。
『妙だな……各員警戒。アートマン隊の到達を待て』
甲板は砲塔にハッチにと戦闘態勢ならば動いていても良いだろうものが動いていない。
人の気配もまるでなく、幽霊船にでも乗り込んだみたいだ。
ダマスカスの駆動音とサイレンが不気味にこだまする。
『ふぅー……中々のスリルだった。しかしワタシは優雅にやりたいのだが』
アートマンの気の抜けるような声はノイズ越しでも緊張を削いでくる。
良し悪しあるが……存在しないものへの不安を募らせるより余程良い。
『では行こうじゃないか諸君!早く帰りたいのだ!ワタシはこのドワーフ製の機械が嫌いなのでな!』
『実際に戦うのは俺達なんだがねぇ……まあ、担ぐ対象は軽い方がいいのか』
アートマン隊も続々と甲板に上がり、侵入に適した位置を探して走行していると最後尾のキランが不意に停止した。
何かと思いオレ達も立ち止まって振り返ると、キランはゴーレムの頭を四方に動かし何かを感じ取ろうとしているように見える。
『どうしたキラン隊長。何か発見したのか?』
『──指揮は団長、と言ったな。貴様に任せる』
『キラン君!?なにを言っているのかね!?』
『敵がこちらを見ている。この焼け付くような魔力の感覚……覚えがあるぞ』
やがてキランは一点を見据える。
ダマスカス上部の様々な構造物に遮られて何も見えはしないが、キランだけはそこに居る存在を見ているのだろう。
その確信を持った睨みにあちらも隠れてはいられないと悟ったのか、それは姿を表す。
ゴーレム……赤黒の機体が二機。
『すすす、スコーチ部隊!ワタシは逃げたい!アレは対エルフ部隊!しかもアレは篝火と余燼ではないか!?エルフ殺しの狂人だ!』
『キラン隊長?俺に指揮を預けたのは……』
『アレはどちらも手練れだ、貴様らでは敵わん。私が相手をしている間に任務の遂行を』
『了解した。行くぞアートマンの旦那』
『逃げるのか!?』
『あの辺りのハッチを吹き飛ばして侵入する』
『ならばさっさとやりたまえ!早く逃げ込みたい!』
ゴーレムをワチャワチャさせて急かす様は中々に滑稽だが、正直オレも早く砦の中に入りたい。
以前ベルファイアに呆気なくやられた時の記憶は新しい。
だからだろうか、身体が少し竦む。
また訳も分からぬ間に斬り伏せられるのではないかと思うと冷や汗が止まらない。
『爆弾設置完了』
『よし、起爆』
オレが恐怖と緊張に固まっている内に団長は人を使ってさっさとハッチを吹き飛ばす。
固く閉ざされた金属の扉が容易く開き、ゴーレムが楽々通れる通路がオレ達を迎えている。
『迅速に片付けよう。流石にキラン隊長に長時間の負担を強いる訳にもいかないからな』
先行するのはオレ達だ。
そもそも破壊工作をするアートマン隊を守る事こそオレ達の役割。
通路を進めば防衛設備やリシルのゴーレムが飛び出して、行手を阻むが問題無い。
オレ達は強い。
それこそスコーチ部隊のような飛び抜けた強者でもなければ戦闘は軽くこなすもの。
即座に撃破し、目指す魔力炉への道行を淀み無いものにする。
『……凄いな』
アートマン隊の兵士の漏れた声が聞こえる。
『これが首輪の強化兵か!ワタシの隊にも欲しいものだな!』
『反応速度が良い、動きに迷いが無い、手際は……もっと良くなる余地がある』
褒めとダメ出しに尻がソワソワする。
どちらもされた事のないものだ。
合否しか伝えられていないから、どの科目がどれだけ点数を取ったのか分からない状態がずっと続いていた。
それがいざ褒められるとなると……落ち着かない。
『アートマンの旦那。魔力炉の位置はアンタの感覚で探すんだ。方向は合っているのか?』
『うむ、間違いなくこちらだ。少し下方向から力強い魔力の波動を感じる』
『少し下……了解した。射程に入ったら教えてくれ』
その先の道のりも大して問題は起きない。
敵が出るからオレ達がサクサク倒して、その度に舌を巻き何やら褒めてくれるから浮き足立つ。
やる気勢も普段よりもやる気みたいだ。
『ここまでで何機倒した?』
『数えてるとでも?両手両脚で数えられない数字は沢山って呼んでますが、それでよければ』
『二十、いやお前は十七だっか?……あの壁を破り、今回は要塞を陥す。そこに目が行きがちだがゴーレムを雑兵のように蹴散らすあの強さこそが驚異的だ』
『ものの数は問題にはならないと。それが量産ってのはまぁ、エルフは考える事が凄えや』
『ああ、だがそれくらいならアリナも出来る』
『出た出た、教え子が可愛くて仕方ないらしい』
あの人、そんなに強かったのか。
英雄だとか呼ばれるくらいだから余程強いのだろうと思っていたけど、あの人も高みにあるという事か。
『アリナにしろスコーチ部隊にしろ強化せずともエルフと渡り合う強者は存在しうる。それを考えれば過酷な選別をしてまで強化兵を作り出す利点とはなんだ?』
『だから作り出せるのが利点でしょう』
『作り出す必要なんてないのかもしれない。エルフも、俺達も知らない強者が眠っていて、正しく運用出来ていないんじゃないか?』
これを聞くのは少しハラハラする。
他ならぬエルフのアートマンがそこに居るというのに構わずこんな話を続けるとは、どれだけの強心臓なのやら。
何も言わないという事は大して気にしていないのかもしれないが。
『エルフのやり方は使い捨てがまかり通るのがよろしくない。俺達が見るエルフすら霊樹に住むお偉いさんの意向に従う労働階級。戦場を知らず、遠大過ぎる時間感覚で物事を決める連中に使い潰される存在だよ』
『──団長君』
やばい、アートマンが声を上げた。
彼の自尊心を傷付けるような発言、エルフ批判に行ったのはやはり不味かったか?
後ろの方にいるから万が一発砲なんてされたら大勢に当たってしまう。
『酔った……ここは魔力の流れが激しくて頭がグルグルするのだが……』
『戦闘ではアテにしていないので移動だけやってくれれば良いんですよ。それで魔力炉は?』
『近い……揺れるぅ!』
『なら道はここいらで開通させよう旦那、最後の仕事だ』
『ぅうぷ……』
道とは何か、何をするつもりなのか、一切分からないままアートマン機が先頭に立ち巨大な通路に向かって構える。
腰を低く、背中に載せた巨大な機械──大口径砲を展開してガチリ、ガチリと噛み合う音が響く。
『砲身展開。基部接続完了』
不意に聞こえた声は誰のものかと思ったが、それはどうやらアートマン。
至って真面目に、冷静にオペレーションを行なっていた。
『魔力循環開始── 旋条魔導紋起動。仮想砲身生成完了』
アートマン機が展開する砲に光が灯る。
光の全てが細かな紋様、魔法の起動術式だ。
見ただけでは到底分からない、精緻な彫刻はエルフの高級機にしか使われないと聞いた。
オレ達が流れ弾などを当てて万が一にでも破壊してはならないと口酸っぱく言われたものだ。
『魔力充填──完了。うむ、我が輝き!奥義!とくと見よ!』
砲口から溢れる光が通路を青く照らす。
ただ蓄えられたエネルギーで周囲が暗くなったかのように錯覚する程の眩さだ。
これを放ったらどうなるのか、期待で思わず生唾を飲み込む。
『──発射!』
青い輝きが、通路を満たす。
主たるものは砲から放たれたもの。
余波だけで温度が一気に跳ね上がり、ゴーレムに乗っていなければそれだけで焼け死ぬだろうと想像出来る。
ならばそれが直撃したのなら、ドワーフが鍛えた鋼で出来た床であろうと容易く溶かして突き進む。
勢いは止まらず何回層も突き抜けて、要塞内に熱風吹き荒れる吹き抜けを生成した。
『やはりとんでもないな。この一発芸の為だけに司令官に飼われているだけの事はある』
『司令官はワタシの審美眼を買われているのだが!?』
『行くぞ──っ』
吹き抜けを見下ろした団長が立ち止まり、ゴーレムで顔を覆うような仕草をする。
不思議に思ってオレも近付くと、ゴーレムの装甲に熱さのようなものを感じた。
『今の砲撃はしっかり魔力炉までの直通ルートを開けたらしい。とんでもない量の魔力が噴き出しているぞ』
計器を見れば、空間の魔力量が高まっているのが分かる。
ゴーレムには良い空間かもしれない。
『魔力が多いとトラブルが起きやすくなる。手早く済ませるぞ』
『迷信ですよ、それ』
吹き抜けを一階ずつ、階段を降りるように降りてゆく。
当然ながら道中敵が出て来る訳だが、ライフルで撃ち抜き進む。
鎧袖一触と言って良いだろう。
ただ、敵の多さが残弾を不安にさせる。
『そろそろ到着だ。作業が円滑に進むように防衛を頼む』
「アー!」
辿り着いた目当ての場所は巨大な扉。
扉があるだけの広い空間。
堅固な封鎖機構を備えた扉はゴーレムサイズよりも尚大きい。
側にある開閉装置から、この機構は侵入を防ぐのではなく、封じ込めを行う為に存在する事が推測出来る。
だが……それは既に開いている。
開きかけなのか閉じかけなのか、半ばで止まった扉から高濃度の魔力が漏れ出している事が肌で分かる。
『何故既に……?』
『うぷ……早く終わらせる事は出来んのか……?』
『妙だが……よし、元から開け放って要塞内に魔力を流す予定だ。始めるぞ。作業時間は限界まで切り詰めろ、高濃度の魔力はコクピットまで届いて魔石病を進行させる。石になりたくなければとにかく手を動かせ』
半開きの扉が開放される。
徐々に溢れる魔力の量が増えて濃度が増して……扉が完全に開放された時には計器は完全に振り切ってしまっていた。
無線はノイズが多くなり、通信は気を抜けば聞き逃してしまいそうだ。
『防衛開始だ。時間を稼げればそれだけで良い』
団長が開始を告げて程なくして、無数のゴーレムが傾れ込む。
ゴーレムが走り回るのに十分かつ、魔力炉の修理用の資材が積み上げられて遮蔽もある。
となれば戦闘は先程までの出会い頭に撃ち合うような慌ただしいものとは変わって楽になりそうなものなのだが。
攻勢がやけに激しい。
『作業の進展は!?』
『まだ掛かるぜ団長!』
弾丸砲弾魔法が飛び交う戦場の激しさは次第に増してゆく。
最初は勢いよくゴーレムを縦横無尽に走らせて戦っていたオレ達も、遮蔽に隠れながらの射撃戦へと移行していた。
『だだ、団長君!このままでは弾も魔力も尽きるのではないかね!?』
『魔力は溢れているんですから余裕でしょう。弾は──怪しいか』
オレのライフルは最後の弾倉を装填している。
先頭を走っていたから撃つ機会が多かったのが響いて来たか。
だが、それにしても……光が眩しい。
先程から視界をずっと魔力の光がチラついているのだ。
これが見えているのはゴーレムの不具合かと思っているのだが、どうにも判然としない。
高濃度の魔力に晒さられてゴーレムが故障した。
具体的な構造などに詳しくなくとも納得出来そうな原因だが、光はやけに頭を刺す。
正確に言えば左目か。
左目から光が差し込んだような感覚、痛みが止まらない。
コクピット内が刺々しいまでに輝いて見える。
『っ!おい、大丈夫かお嬢ちゃん』
答えたいのは山々なのだが痛みは次第に増している。
視界に光がどんどん増えて、魔力の流れが視認出来る。
ゴーレムとの交感時に見える光、それがあちこちに見える。
目を押さえても、開けても閉じても光は見える。
光が流れて、流れて──
「ッ……?」
痛みを齎す光の瞬きに、目を凝らす。
光は一定の流れにそって動いている。
魔力炉がある、その部屋へ向かう流れが。
「ゥーヴァ?」
『何だ?大丈夫そうか?』
駄目だ通じない。
この光が魔力だとして……さっきの団長の言葉からすると魔力が部屋に戻っていくのはおかしい事になる。
キランは魔力を燃焼剤にすると言っていたし、団長もこの扉を開放する事で要塞内に魔力を流そうとしていた。
胸騒ぎがする。
「|ヴァー!ウヴァ!《何か!何かがおかしいんだ!》」
『な、なんだ?弾が無いのか?俺も分けるだけの残りが無いんだが……』
「ガァ!」
意思の疎通が出来なくてこんなにもどかしく思った事はない!
一つを疑えば連鎖的に疑いは強くなる。
何故表の防御はスコーチ部隊だけだったんだ?
階層をブチ抜いた侵入方法を選びはしたが、それにしたって楽にここまで辿りつけた。
今こうして激しい抵抗に遭っているが、これはむしろオレ達を抑え付けようとする動きじゃないのか?
「ゥゥア!」
団長のゴーレムまで攻撃を防ぎながら移動して、肩を掴む。
『な、なんだ──!?』
揺さぶり、この空間と魔力炉がある部屋を指差して……伝われ!
『!?……?っ!工兵!魔力炉の様子は!』
『何──んだ?ま、時間──うだ!どん、け破──作を警戒して──』
音声は途切れ途切れで殆ど聞こえない。
扉を開けた時にもここまで酷くは無かったし、何よりも……団長との無線は比較的明瞭だ。
『アートマン!魔力酔いは醒めたんじゃないか!?』
『少しは楽になったとも……』
『連中、魔力炉に魔力を集めて自爆するつもりかもしれん!放っておいても爆発するなら撤退するぞ!』
『な、何?だがね、しっかりと任務を──』
『俺は指揮権をキランから渡されている!』
団長は切羽詰まった様子で魔力炉の破壊に当たっていた兵を呼び戻し、徐々に弱まる攻撃に自身の推測に確信を持ち始めているようだった。
『開けた穴から離脱する!』
『わ、ワタシが最初だ!』
アートマンが真っ先にゴーレムを飛ばして階層を踏み越えてゆく。
最早順番は問わないと、団長はゴーレムで早く行けと合図をしている。
『どうしたお嬢ちゃん!?早く行くぞ!』
行きたいのは山々だが頭の痛みが酷くなっている。
左目が重たいような気がして、シートに深く座って体重を預けても虚脱した肉体に異様な光を捉える視覚が熱を刺す。
『ッ!魔力の影響か?動けるな?動かないと死ぬぞ』
分かってる。
分かってるけど身体が重くて……
いや、身体は動かさなくても交感でゴーレムは動くのか。
『よし!そうだ!そのままあの穴から外を目指す!着いて来い!』
ゴーレムも様子がおかしい気がする。
頭が痺れて上手く考えられない。
でも、行かなきゃ。
『急げ!全開だ!』
魔力のパルスが背中で迸る。
シートに押し付けられる生身の感覚が気持ち悪い。
『ッ!不味いぞ起爆した!アートマン!甲板までの直通路を開けろォ!』
『わ、分かったぁ!』
轟音が聞こえる。
遠くから迫って来る。
『よし、よし……!あと少し!』
『ワタシは脱出したぞぉ!』
アートマンは脱出したらしい。
オレは……今どの辺りだ?
『あと三階層!』
そんなに進んでいたのか。
頭が痛いし休みたい。
『そのままだ!そのまま全速を維持するだけで良い!』
脚の裏に熱さを感じる。
足首、脛、膝と熱は這い上がって──
『よぉし!全員無事だ!』
地面に叩きつけられる衝撃でハッとする。
朦朧としていた意識が急に叩き戻された感じだ。
『要塞は破壊!キランは何処に居る!?』
『隊長、を付けるべきだな』
最早聞き馴染んだ嫌味な声が明瞭に聞こえる。
……あいつあのスコーチ部隊を同時に二機相手にして生き延びてるのか。
『キラン君!死んだとばかり思っていたが!それで?スコーチ部隊の連中は倒したのかね!?』
『残念ながら逃げられました』
『なんだそうなのか』
『二機を相手にしたのですから時間稼ぎ以上を期待しないで頂きたい』
時間稼ぎでも大奮闘じゃないか?
オレは何も出来ずにゴーレムの腕を持っていかれたけど……
『それで、448号は珍しく機体を中破か』
『何か異変が起きて意識が朦朧としているみたいだ。逃げる途中で何度もゴーレムが制御不能に陥っていた』
「──ァ」
もう大丈夫だと声を出そうと思ったが口が動かない。
身体も全く動かない。
操縦桿を握って強張っていた手が徐々に緩んでズルリと落ちる。
瞼も……徐々に落ちてゆく。
全ての動作の制御が全く利かない。
ただただ冷静に今、自分がヤバいという事を理解させられるのは恐ろしい。
何が起こってるのかも分からず、意思が……暗闇に落ちる。
次回はすこしホッコリエピソードでもやる予定です