第十話 氷の乙女の凱旋だ
うっかり投稿した気でいました
たったの六機のゴーレムが、何度となくエルフの侵攻を阻んできたリシルの厚壁を越え、それを打ち破った。
これは瞬く間に広まり基地内の何処を歩いていても兵士達の口から聞こえる内容だ。
それと同時にオレ達──首輪の強化兵に向けられるものも変化した。
首輪の、と言えばかつては忌み名だったが今では畏敬が入り混じる。
なにせ十年程破れなかった壁を、首輪の強化兵がやって来た途端に破れたのだ。
今も変わらず遠巻きにはされているが、それでも幾分マシというもの。
そこには確かにオレ達に対する一定の敬意が込められているのだから。
だからまあ、最近は悪くない。
基地の中を歩く自由はある程度、前よりもほんの少し得られた気がする。
別に前から禁止されてはいなかったのだが、無言の圧が立ち入りを拒んでいたのだ。
という訳でオレ達首輪の強化兵は許される範囲で、好きな場所を選んで余暇を過ごす。
とはいえやる事など無いから大抵の場合は虚空を眺めて過ごす者が殆どだ。
文字も分からず言葉も話せないとなれば同じ首輪の強化兵でもやる事がなく、冬の寒さを耐える動物のように一塊になっている姿をよく見かけた。
かくいうオレもする事なんて見つからない。
時間が余ればボーっとするか、疲れているから早めに寝るか。
楽しみらしい楽しみもない為、あまりにも暇な時はあてどもなく基地内を歩き回ってみたりする。
ただこれが意外と良い。
稀に思わぬ出会いがあったりするのだ。
お茶を淹れる兵士に会えば恐る恐る湯気の立ち上るコップを差し出され、酒を飲む兵士に会えばツマミを分けてもらえる。
歌う兵士の周りには楽しげな雰囲気が満ちていて、人目を逃れて物のやり取りをしている兵士を見つけると口封じにお菓子を渡される。
例えば今も、オレの前には人だかりが出来ている。
これはただ作戦行動の為に集合した整然としたものではなく、もう少し雑然としたもの。
さぁてどんな事をやっているのかな?
暇を持て余したオレは何見ても楽しめるぞ。
たまに親密な接触をしている兵士達に吠えてビビらせたりしてる。
「ゥー」
吠えるか?
吠えたらきっと道が開く。
「ん?おぉ!お嬢ちゃんか、丁度いい所に来たな」
人混みの中から団長が手招きしている。
XYZ全ての方向にデカいあの人はよく目立つ。
「ヴァ?」
「パレードさ。……何をやっているのか聞いたんだよな?」
手招きに従って近寄れば、大きな手に引き込まれて人混みの中へ。
オレよりも遥かに背の高い連中の人混みはスリル満点。
何かの拍子に蹴り飛ばされないか不安になるが、団長がその分厚い身体を差し込んでオレが通るゆとりを作り出す。
「通るよ通るよ!踏み潰されたくなきゃ退きなぁ!」
身体に同じく声もデカいから道はどんどん出来上がる。
いや、それ以外にも団長の顔を見て避ける人も居るようだ。
やはりあの人は何かと他人に世話を焼いて顔を覚えられているのかもしれない。
「ここなら小ちゃい背丈でもよく見えるだろう?」
そうなんだよな、ゴーレムは操縦出来るけどそれ以外の諸々では色々不便なのだ。
きっとまだ成長の余地があると信じたい……信じてる。
「無駄にデカい連中が屯してるからな、ちゃんと見て欲しいからには確保するのは最前列だ」
とはいえ団長に引き出された最前列から見えるのは……道。
道を挟んで反対側にも同じように集まった兵士達が見えるが、道には何もない。
「……ヴゥ」
「そんな怪訝な目で見るな。もう少ししたら来る」
何が来ると言うのか。
待つ分には暇だから良いけども。
そうこうして待つ事数分。
冬だし中々冷えはするのだが、それにも増して周囲の高まる熱が凄い。
特にそれは……遠く、基地の外側の方向から聞こえたエンジン音で一気に高まった。
「来るぞ……氷の乙女の凱旋だ」
遠くから車列がやって来る。
スピードを落としてゆっくりと人混みの間の道を走行する車には当然兵士が乗っている。
ここは軍事施設なのだから当然だ。
ここの人達はそんなに仲間意識が強かっただろうか?
「分かるかお嬢ちゃん。ここに居るのは全員ヒウムだ」
「アー」
「これは分からないだろうがな、全員ノゥル公国の軍人だったのさ」
「ヴァ?」
「これは俺達、元ノゥル公国軍人を慰めるパレードさ。我等が英雄の凱旋を喜ぶ機会を情け深いエルフ様が用意してくださったワケだ」
後半部分の言い様のなんと刺々しい事。
明確に禍根が残っているのが窺えるが、だからこそ息抜きをさせようという魂胆だろうか。
「見ろあのトラックだ!肩車するか?」
「ヴゥー!」
遠くからやって来たトラックは至って普通の軍用トラック。
荷物が沢山積めて、パワフルなエンジン音が離れていてもよく聞こえる。
果たしてそんなものに見る価値があるだろうか?
見る価値は、荷台に乗っていた。
「ノゥル公国の最後の騎士、アリナ様だ」
兵士達が熱い視線を向けるのは荷台から身を乗り出して、異名からは想像出来ないような寒さを吹き飛ばすように朗らかな笑顔で手を振るヒウムの姿。
ウェーブがかった髪はオーロラのように風に靡き、トラックでなければ騎士らしく馬に乗るのも似合うだろう。
軍人というよりも、映画スターのような弾けるような華やかさが印象的な女性だ。
映画スターなんて生で見た事ないけれども。
「アリナ様は公女殿下のご学友でな、まだ十代の時に祖国と友人の危機だと奮起してゴーレムに乗ったんだ。戦後は殿下の助命と引き換えに戦い続けている、友誼に厚い真の騎士さ」
手を振るアリナがこっちを見た。
こっちというより団長をか。
やはりこのオジサンは顔が物理的以外にも広い。
「ヴ?」
「今はこんなもんでもオジサンは昔はそりゃもうカッコよくてな、今じゃすっかり追い抜かれちまったがアリナ様にゴーレムの扱い方を教えたのは俺さ」
得意げに言ってみせる団長だが、何故かアリナを見るその瞳には、不思議と憂いが見て取れる。
「だがそれが良かったのかは……今となっては分からんなぁ」
アリナは輝いている。
泥だらけの道に五月蝿い軍用トラックのパレードであっても、それでもなお彼女の放つ輝きは兵士を魅了する。
だがこの輝きはエルフの為に使われる。
祖国をエルフに奪われた兵士達が、エルフの為に戦う意欲を取り戻す為に。
そう考えれば複雑な心持ちになるのも分かる。
プラスに転じる事のない、ただ失わない為の戦いを何年も何年も続けるアリナは一体どんな思いなのだろう。
凱旋する英雄の姿を取る彼女の姿からは計り知れないけれど。
「ヴ……?」
そんな手を振る彼女が不意に、荷台の下に手を伸ばした。
何かを取り出すのだろうか、そう思った次の瞬間にはその人が引っ張り出されて……
「アヴァ!」
「ん?首輪の強化兵か。お嬢ちゃんの友達かい?」
444号は困惑した様子で周囲を恐る恐る見回す。
手を振るようにアリナに促され、控えめに手を振って恥ずかしそうにしている。
「アァー!アヴァー!」
車列が通り過ぎる前にファンサが欲しくてここぞとばかりに声を上げる。
周りの兵士はギョッとしてるが構うものか。
と、思ったのだが。
444号もこちらを見つけて何やら指差し話している。
何を伝えたいのか分からずアリナは困惑しているが、444号に向かって頷くとトラックを飛び降りた。
パレードを中断させる騒ぎが起こしたかった訳ではない!
「ねぇ、貴女でしょ?ウチの子犬ちゃんのお友達って」
「ゥウ?」
「あの子、貰ったチョコを見せてくれてね。とっても嬉しそうだったわ」
「チョコ?おいおいお嬢ちゃん……」
やべ、二次利用がバレた。
「あら、元はおじ様のチョコだったの?」
「渡した時点でこの子の物。どうしようが自由さ」
「だって?後ろめたく思ったりしなくていいのよ?」
「ゥゥ……」
しかし444号、あのチョコを見せたのか。
この人の事を結構信頼してるのかな。
「ありがとね。あの子と仲良くしてくれて……ううん、違うか。私があの子と仲良くさせて貰ってるわ」
アリナはそう言ってオレの頭を撫でる。
撫でた途端に顔を顰める。
シラミでも着いてたか?
「貴女の髪ボサボサじゃない!ダメよ女の子なんだから!ほらこれ──私のお古だけど使って!」
アリナはポケットから櫛を取り出してオレに握らせる。
滑らかで柔らかさのある手。
掌には操縦桿を握り続けて硬くなった部分もある不思議な手がオレの手を包む。
何か、とても、気恥ずかしい。
「お礼だと思って!あと──」
視界が急に真っ暗になる。
あと顔面に柔らかな感触と良い香り。
ハグされてるな、これ。
「かーわいい!またね!」
ハグされたな!これ!?
「親しまれる訳が分かるだろう?」
親しみって言うか……勘違いというか。
豊満だったな。
快活なお姉さん、良いな。
オレも将来はああなっても良いかもしれん。
「ンンー!」
おや、444号が力一杯手を振っている。
そういえばいつの間にやら彼女の赤毛はサラサラだ。
……オレよりも444号の方が快活お姉さんに近いかもな。
◆◆◆
せっかく櫛を貰ったのだから、毎日暇があれば髪を梳かすようになった。
元より暇なので、丁寧に丁寧に梳かす。
そうしていると、ボッサボサで膨れ上がっていた芦毛が……長毛種の野犬くらいにはなった。
元の髪が傷んでいるから仕方ない。
そうして髪を梳かしていると、キランがやって来た。
格納庫のオペレーションルーム……もといスペース集合だけ伝えて暫く放って置かれていたのだ。
髪を梳かすのが捗るというもの。
「なんだ、身嗜みを整えるだけの社会性がようやく備わったのか?」
「ウヴァ」
「さて、次の任務について説明しよう」
今回は地図も小道具も無し。
キランはその身一つでオレ達の前に立つ。
「以前の──そう、我々の活躍により停滞していた戦線はようやく動き出した」
キランは一部を強調して話す。
壁破りで広まった首輪の強化兵の活躍について、キランは強化兵ばかりが取り沙汰されて自身の評価がされていない事を大変気にしているのだ。
「リシル側へと押し上げた戦線だが、また新たな壁が立ちはだかったようだ」
まあ、当然だろう。
向こうだって必死に防ごうとする訳だから、大きな壁は幾つだって作り上げる。
はてさて今度はどんな壁かな?
「南部のドワーフ連合からリシルへ供与された機動要塞、ダマスカス。戦場を移動しながら前線へ火力を提供するかの要塞が要害となっているようでな、これを排除しろと」
要塞を……一小隊で?
「安心しろ。今回は六機だけではない……小隊が一つ作戦に加わった」
「ヴゥ?」
「手練れの集まりではある。小隊長は性格に難があるが作戦行動中に妨害行為をしてくる程の大物じゃない」
おいおいキランが性格について難があるなんて言うって事は相当なもんだぜこれは。
「大人数で行っても蹴散らされるだけだ。十二機で侵入し、速やかに要塞を破壊する。以上だ」
作戦かなそれ。
突っ込んで、後は流れで。
これ以外の作戦をやった事がないんだが?
……やった事ないから、これ以外の作戦を与えられないのか。
卵が先か鶏が先か。
まあ複雑な連携を求められる作戦なんて意思の疎通が出来ないオレ達には不可能だけどな!