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第一話 今日からお前の名前は448号になる

某映像作品に触発されて書きました


 そこそこの人生をそこそこに生きて、そこそこの所で死んでしまった。

 ごく一般的な日本人男性としてそこそこの……上を見れば幾らでも羨む対象が見つかる人生だ。

 悪い点も良い点も沢山挙げられる生涯の最も誇れる点は、死ぬ時は他人を巻き込まなかった事くらいだ。

 とはいえ隣人付き合いもない独身男性の死体の片付けをする方々には申し訳なく思う。


 はたしてそんな前世の業が影響したのだろうか。

 オレは今、死体を必死こいて運ぶハメになっていた。


「グウゥ……ッ」


 獣のような唸り声を上げて運ぶのは、オレより遥かに大きな大人の死体。

 そう、オレより大きい。

 なにせ今世のオレは栄養不足の女の子だ。

 大の大人、それも脱力し切った死体などを運ぶのは中々に骨が折れる。

 不可能と言ってもいいだろう。


「グアア!」


 気合いの一声を上げて、鋼鉄の洞穴──コクピットから死体を引き抜き放り投げる。

 十メートル近い巨大な人形の胸部から放物線を描いてオレの芦毛みたいな濁った雪原へと真っ逆様の前任者を横目に、凍える風から逃れようとコクピットへ滑り込む。


「アア……」


 砲弾も多少は防げるハッチを固く閉ざしてやれば多少マシだ。

 硬いシートに油の匂い。

 ここで死んだ人が居るって事実にさえ目を瞑れば居心地も悪くない。


「ゥグググ」


 いや、やっぱり寒いな歯がカチカチなってら。

 やはりヒーターを付けよう。

 コクピットに数多ある計器はどれも沈黙している。

 とはいえ立ち上げ作業など慣れたものだ。


「────」


 機械声帯を震わせて鼻歌混じりにパチパチとスイッチを弾き、幾つかのレバーを動かしてやれば山が息を吹き返したように機関が力強く唸りを上げる。

 ああ──


「アア──」


 やっぱり最高だ。

 巨大な鋼の巨人に積まれたエンジンは魔力によって駆動する。

 魔力はこの世界に存在する無形のエネルギーであり大気中から生物の体内、無機物にも宿るもの。

 それを使って鼓動するエンジンの響きは魔力を揺らす。

 オレの体内でぶつかった二つの波紋が重なり合って、揺籠のような心地良さを生み出している。


「ゥ……ウ……」


 ああだんだん眠くなってきた。

 歩き通しで疲れたし、ようやく辿り着いた暖かい場所なんだ。

 少しくらい、眠るのも良いだろ……?



◆◆◆


 日本で死んで、異世界に転生した。

 それはこちらで産まれてから直ぐに分かった事だ。

 耳の長い人々がオレ達、耳の長くない人達を支配している光景は赤子であっても見る事があった。

 そしてその支配に使われる鞭が、前世には存在しなかった不可思議なものだったからだ。


 魔法。

 この世界にはそれがあり、耳の長い人達はそれを扱い他者を支配する。

 成長して歩き回れるようになるとそれを象徴する折檻の光景を目にする事があった。

 光の球がひとりでに何度もみすぼらしい服の人を打ち据えて、耳の長い人はそれを無表情に見下しているのだ。


 そんな光景を眺めていると大人に慌てて連れて行かれた。

 まだこの世界、あるいは国の言葉があまり分からなかったがどうやらあの耳の長い人達はオレ達劣等種を支配するエルフであり、あの折檻を受けている人は反抗的な態度を取ったのだとか。


 そしてこの大人、別にオレの親でもない。

 ただ大人、と呼んでいた人だ。

 彼に名前は無い。

 オレにも名前は無かった。

 オレが産まれたこの場所はなんらかの収容所であり、そこで飼われている劣等種らには番号が振られている。

 そんな家畜のような人々の世話役のような事をしていたのがこの大人だった。


「いいか、嵐が過ぎ去るのを待つんだ。立ち向かうのではなく身を守り、生き延びる術を学びなさい」


 口癖のように、何度もそのように言い含めていた彼は気が付いたら居なくなっていた。

 この収容所ではままある事だ。

 大人は不意に居なくなる。

 子供は……ある程度成長すると居なくなる者が。

 

「今年は豊作だな」


 普段見るのとは別の服装──軍服のエルフがオレ達子供を並べてそう言って、並べた端から顎を掴み上げて顔をじっくりと眺めてゆく。

 そんな様を横目に見て、自分の順番を待つのは処刑の順番待ちのようで気が気ではない。


「ハズレだ、ハズレ、ハズレ……収穫量が多いだけで品質が基準に達していないではないか」

「も、申し訳ございません……!」


 普段は偉ぶっているエルフが軍服のエルフには平心平頭なのは内心良い気分だ。

 若干和らいだ心に釘を刺すように、オレの番がやって来た。


「コイツだ。連れて行け」


 そう言った軍服のエルフは顎で人を使ってオレをトラックへと詰め込んだ。

 収容所の無機質な建物程度しかオレの生活には無かった為に、この世界の科学技術の程度を量れる対象と出会えたのも初めての事だったのだが、そんな好奇心を満たす余裕などあるはずもなく。

 オレの後の順番だった子供達も何人か詰め込まれ、頑丈な扉を閉されれば外の景色も見えない檻の中での移動が始まった。


「怖いね……」


 そう言ってオレの腕を抱きしめて震えている女の子は10年程度の収容所人生で何度か見かけた事がある子だ。

 とはいえ無邪気に遊ぶとも無縁の収容所生活、ましてオレは外見は女の子でも中身は大人だ。

 遠巻きに眺める程度の付き合いしかないその子へ何をして良いのかも分からず、取り敢えず安心させようと背中を撫でる事しか出来なかった。


 はたしてオレ達は収穫されて次に向かうのは加工場。

 後に分かった事なのだが、あの収容所から収穫された人間はおおよそ三つの使い道がある。

 一つ目は労働力。

 大人の大半は危険な作業に従事する事になる。

 二つ目は兵力。

 エルフというのは繁殖能力が高くなく、他国との戦争で人口が大きく減ってしまうと回復するまでに大きな時間が掛かってまうのだ。

 その点で劣等種と呼ばれるオレ達はエルフに優っていると言えるだろう。

 そして三つ目。

 繁殖力に優れる、比較的に自分達に近しい存在。

 そんな対象が居るのならば行える事がある。

 人体実験だ。


 そんな訳でオレ達は収容所の次は研究所へと運ばれて行った。

 冷たく硬い床に座り込み、ただエンジンの音や車の揺れを感じる時間は退屈なもの。

 しかし、それに多少の刺激をくれたのはオレの腕に絡み付いている女の子だった。


「いーち、にーい、さーん、ふふふ……」


 オレの指を撫で回し、小声で本数を数える遊びをしている赤毛の彼女は何が楽しいのだろうか?

 娯楽の少ない収容所暮らしで見つけた遊びなんてものは道具の要らないこの程度なのかもしれない。


「しぃーい、ご」


 どうやらこれは数え歌のようで、拙いリズムに乗っている彼女を邪魔するのは忍びない。

 オレはただ黙って手を貸しておこう。

 そう決めて何度も親指と小指を往復する様子を眺めていると、不意に彼女がこちらを向いた。


「たのしい、ね?」


 楽しいか?

 子供の感性はよく分からん……

 取り敢えず曖昧に笑みを浮かべておく。

 見ろ、これが大人の処世術だ。


「ふふふっ」


 笑ってら。

 良いように受け取ったらしい。


 そんなこんなで揺られる事、おそらく数時間。

 オレは見事にやらかした。


「出ちゃった、ね」


 んな事分かってるわい。

 股の間を流れる暖かい液体の事を指しているのだろうが、出ちゃってるオレ自身が一番出ちゃったって思ってる。

 子供の未発達の括約筋と長時間の冷たい床に座ってのドライブが見事に膀胱へのクリーンヒットになった。

 大人の精神には耐え難い屈辱だ。

 周りの子供達も恐怖に震えていたのが、今ではオレをちょっと遠巻きにしている。

 檻の中は狭いから、これでいっそ快適だ。

 そんな内心の強がりを知ってか知らずか、数え歌の彼女は優しく手を握ってくれた。


「だいじょぶ、だよ」


 何がなのか。

 手を握り続けてくれてはいるが色々困る。

 臭いとか諸々。

 あと漏らした事を子供に慰められるのはやはり恥ずかしい。

 そんな恥辱に満ちたドライブが終わったのは漏らしたものが体温を奪い始めた頃。

 扉を開けたエルフが顔を顰めていたからやっぱり臭いは充満していたらしい。

 ごめんな同郷の子供達……自分の臭いは気付かないって言うだろ?


 そうして連れてこられた研究所。

 幸か不幸か到着早々に着替えさせられ、そのまま検査を受ける事となった。

 とはいえその内容の大半はよく分からないもの。

 身長体重はやはりどんな世界でも測るのにあの形の器具になるのだろう、しかしそれ以外は怪しげな水晶玉越しに見つめられたり苦い薬を幾つも飲まされたりだ。

 言われるがままに頑張って何本も飲んだら思いっきり胃の中身をぶち撒けてしまい、更にはそれが虹色に発光していたのだから驚いてしまう。

 魔力がどうこうと言っていたからそれを調べる試験薬的な物だったのかもしれない。


「合格だ。今日からお前の名前は448号になる。良かったな劣等種らしい良い名前が付いて」


 別に虹色のゲロを吐く才能を買われた訳ではない。

 それは分かるが一体オレは何に合格したと言うのだろうか。

 そんな疑問を解決するように、来た時よりも幾らか減った子供達の前にエルフが現れた。

 研究員達から敬意を向けられているその人物は白衣を纏った枯れ枝、といった印象を抱かせる老婆。

 こちらの世界で老人を見たのは初めての事だった。

 なにせ劣等種はそこまで生かしておく価値が無いし、エルフは大抵若い──少なくとも見た目に関しては。

 だがそのエルフは大樹のように時を重ねており……魔女のような怪しげな雰囲気を漂わせてこう言った。


「おめでとう。貴方達はエルフの祝福を受けるのですよ、強化兵のひこばえ達」

 

 これから起こる全てが祝福ではない事をその時のオレは察していたし、後に振り返ってみてもやはり祝福などではないと断言できる。

 では何かと問われればソレは──たぶん運命や宿命と呼ばれるものだと思う。


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