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裏切り

ドリスは実家に戻ってからすぐに離婚し、子どもを亡くしたばかりの赤毛で緑の瞳の某男爵へ息子を養子に出した。


それから半年後、ノーム侯爵家の嫡男と再婚し次期侯爵夫人となった。


離婚してからドリスは人が変わったようになってしまい、手紙を送ってもなしのつぶてで、私を遠ざけるようになった。


華々しく行われた結婚式へも、結婚後のお茶会にも私は招待されず、事実上の絶縁状態になった。


愛する夫に裏切られ、深い傷を負った彼女は、それでも人生をやり直そうと必死なのだと思い、彼女の選択を尊重し、幸せを祈るしかない。


ドリスは私を含む過去を全部捨ててしまいたい、忘れてしまいたいのではないか。


かつての母がそうであったように。


私と会わないことが、彼女の精神的な保護になるならば、それを受け入れるしかないのだろう。




「アニエス様」

久しぶりにジェイファンがやって来た。


「良くない知らせじゃないのよね?」

ジェイを見ると母に何かあったのかとすぐに勘ぐってしまう。


「残念ながら、今回は悪い知らせでございます」


ジェイファンは何通かの手紙を見せた。


「脅迫状です」

「何に対する脅迫なの?」

「旦那様がアニエス様にしていたこと、お嬢様が知っていたのに放置したことを世間にばらすと······」

「なっ···、誰がそんなことを!」

「オトゥール家の元侍女です」

「お母様をゆするつもりなのね」


せっかくお母様がここまで幸せになったというのに。

なぜ今になってこんなことを蒸し返そうとするのか。


世間にばらされてしまえば、ギース伯爵家だけではなく、ゾーイ様も巻き込んでしまう。


「お母様はどうしているの?」

「私のところで止めていて、お嬢様にはまだ知らせておりません」

「ありがとう。······当分そうしてちょうだい。お義父様にもまだ伏せていて欲しいの。これは私がなんとかするわ」

「どうなさるのです?」

「ゾーイ様に全て話すわ」



いつかはゾーイ様に話す時が来るのではないか、そんな気がしていた。


でもこのような展開で話すことになるのは予想していなかった。


私は私の過去からはもう逃げない。


今はもう大人で、対抗する力も持っている。

自分もお母様も、今度こそ私が守ってみせる。


ゾーイ様に話すと決めたその日、脅迫状を送りつけて来た元侍女がモンテルラン侯爵邸へやって来た。


ギース伯爵家から反応が無いので、今度は直接私をゆするつもりで来たのだろう。


それならそれで、丁度いい。



私はゾーイ様を呼び、招かざる来客への対応に同席してもらうように頼んだ。


事前に事情は説明し、私の作戦に協力してもらえることになっていた。


多分姿は見えないけれど、シェリ様もどこかで聞き耳を立てている筈だ。


これは私とお母様の過去の闇を晴らすチャンスだ。



私の記憶にある姿よりもだいぶ老いた侍女が、人払いした部屋へ通された。

その途端、儀礼的挨拶もせずにいきなり口火を切った。


「アニエス様は随分良いご身分なのですね。父親の慰みもの、父親のおもちゃだったくせに!」


この人は、なんて無作法なのだろう。


ゾーイ様も露骨に不快感を露にしている。


「父親とは?」

「私の亡くなった父です。神官をしていました。その父に、私は子どもの頃から父が亡くなる直前まで、性的な悪戯を受けていました」


ゾーイ様はわざとらしく私に聞いてきた。


「それで、この人がなぜ今そんなことを我が家にわざわざ言いに来るんだい?」

「はじめにギース伯爵をゆすろうとしたようですが、反応がないので、こちらにいらしたようですわ」

「何でギース伯爵をゆする必要が?」


老いた元侍女が応えた。


「奥様は旦那様のしていることを知っていて見ぬふりをしたのです。アニエス様の母親なのに。しかも自分はさっさと再婚までして。旦那様の喪中から次の相手を物色していたのですよ!」


この元侍女は、オトゥール子爵家のまわし者なのだろうかと一瞬思えた。

父の親族の、母に対する嫌悪を代弁しているように感じたからだ。

でも、姪であり孫である私までゆする意図がわからない。


「それはおかしいね。ギース夫人を責めることができるのは、アニ―、君しかいない筈だ。なのになぜこの人が騒いでいるんだい?これは筋違いというものだろう」


「その通りですわ。父と母を責め訴えることができるのは、この私だけです。それなのになぜ被害者の私がゆすられなければならないのでしょう? こんな理不尽は許せません!」


「まったくだ。ギース伯爵家と我が侯爵家をゆすろうなんて大罪もいいところだ」


ここまで私の作戦通りにほぼ進んだ。ゾーイ様もなかなかの役者だ。

私は怯んだ脅迫者のトドメを刺すことにした。


「ねえ、あなた、母の罪や責任を問うならば、それはあなたも同じよね?」

「なっ、なんですって!?」

侍女は狼狽えた。


「侍女なのに主の家族を助けないのはおかしいわ。あなたこそ、知っていたのに黙認して私を助けもしなかったのでは?母だって追いつめられていたのに、主の妻すらも助けないなんて、職務の放棄と怠慢でしかないわ。当時の賃金の返却と、私と母への慰謝料を払っていただけるかしら? 私が訴えたら、あなたも法廷に立たされるのよ」

「それに加えて、伯爵と侯爵をゆすった罪も背負うことになる。そうなったら、この脅迫はそちらに旨味は全くない。元主を脅迫する侍女なんぞ、今後誰も雇おうとはしないだろな」


「あなたは知らないようだけど、母とジェイファンは私を助けてくれていたわ」


父の死にジェイファンが関与したことを侍女に感ずかれていなくて良かった。


「そっ、そんな···!」

「母を脅そうなんて、最初から見当違いなのよ」

はじめから私を脅しに来ても、同じように対応したと思う。

ジェイから真相を知らされた後で助かった。


元侍女はワナワナと震えている。


「わ、私は人に頼まれただけなのです。助けてください、こんなことは本当はしたくなかったのです!」


「へえ、一体誰に頼まれたと言うんだい?」


ゾーイ様のような美形が怒気を孕んで睨みつけると凄い迫力だ。


侍女は震え上がった。


しばらく逡巡した後に元侍女は白状した。


「次期···ノーム侯爵夫人です」

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