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扉を開けて

「アニエス、何かあったのですか?」


ゾーイ様まで聞いてきた。

私へのシェリ様の悪戯は「何か」に入らないのだろうか?


「···そんなに私、雰囲気が変わったでしょうか?」

「内側から輝くような美しさですね」


女神の彫刻のような美形に真顔でそのようなことを言われる日が来ようとは。


もしかして、これは幻聴だったりしないのだろうか。


人は心境の変化で外見も変わることもあるのだろうか? それは私の母のように。


だとしたらそれは嬉しいことではある。


「長年の憑き物が取れたような、スッキリした気分だからかもしれません」

満面の笑みを返すと、ゾーイ様はそっと視線を外した。

「プッ、君って照れないんだね。ゾーイの方が照れているよね?」

「えっ?!」


ゾーイ様がなぜ照れるの?


「ゾーイが女の子を褒めるなんて、なかなかないよ」

「それならば、光栄です」

悪い気分ではなかったけれど、特別感情のこもらない返事をした。


「ぶはっ、本当に君は淡々としているよね」


だからシェリ様は驚いた私を見たがるのだろうか。


「シェリ様の歓迎の悪戯も毎日ご苦労様です」


突然ゾーイ様がデザートを口に運んでいた手を止めた。


「まさか、まだやっていたのか!?」

「御存知ではなかったのですか?」

「すまない、気がつかなかった。シェリ、度が過ぎるぞ、もういい加減やめろ」


ゾーイ様はなぜ知らないのだろうか?シェリ様とは同じベッドで寝ているのよね?

それだけ熟睡されているということなのか。

私の悲鳴に気がつかないほど。


ゾーイ様が本当に知らなかっただけなのならば、彼は私を見捨てたわけではなかったということになるのだろうか。


そうだとしたら、ほんの少し安堵した。


これでシェリ様もやめてくれるならばありがたいのだけれど。


自分の楽しいことを最優先にする人は、なかなかやめないものだ。

それが相手には迷惑だとか、悪趣味なものだったとしても。



昼間に良いことがあった余韻なのか、寝付けなかった。

眠くなるまでベッドに潜りながら、読みかけの本を読んでいた。

ふと視線を上げると、まだ二人は起きているのか、隣の部屋へ続く扉の隙間から明かりが漏れていた。


深夜になってもまだ明かりはついていた。


何か急ぎの仕事でもしているのだろうか。


飲み物でもお持ちしましょうかと尋ねるために、引き戸になっている扉をそっと開けてみた。


そういえば、私はゾーイ様の部屋に入るのはこれが初めてだった。


扉を開けてしまった後で、二人の生々しい場面に遭遇する可能性をすっかり忘れていたことに気がつき、焦った。


部屋は静まり返っていた。


煌々と明かりのつく部屋で二人は寝入っていた。

大きな作りのベッドは男性が二人並んで寝てもまだまだスペースが余っている。

なぜなのかわからないが、二人とも漆黒のアイマスクをしていた。


その姿に少しドキリとしてしまった。


明かりを消そうと手を伸ばすと、腕を捕まれた。

アイマスクを額にずらしたシェリ様だった。


美形はこんな姿でも様になるものなのだ。


「も、申し訳ありません、部屋の明かりが漏れていたので」

「消す必要はないよ。僕らはいつもつけっぱなしでいいのさ。この方が眠れるんだ」

「余計なことをしてすみません」

「···いいよ、おやすみ」


シェリ様は欠伸をしながら、漆黒のアイマスクを元に戻すと布団の中に深々と潜った。


「おやすみなさい」



翌朝、ゾーイ様にも昨夜のことを詫びた。


「なんと、アニーが夜這いに来たんだぜ」

「そんなことは絶対にしませんから!」


ゾーイ様は熟睡で全く気がつかなかったようだ。

寝る時はアイマスクと耳栓をしていることをゾーイ様が明かした。


それで私の渾身の「ギャアア」という悲鳴すら届かなかったのかと納得した。


「なぜ明かりをつけたままなのですか?」


アイマスクをするくらいならば、消したらいいのではないか。


「僕らと同じベッドで寝てくれたら教えてあげるよ」

「永遠になぞのままで結構です」

「ええー、知りたくないの?」

「はい」

「なにそれ、ちょっと冷たくない?」

「別にいいじゃないですか」


「フッ、君達はいいコンビだね」


食後の紅茶を飲みながら、ゾーイ様が私とシェリ様のやり取りを楽しげに聞いている。


そういえば、シェリ様が衝立越しに見えた時も、積み上げた家具に座っていた時も、確か部屋の明かりがついていた。

あの時はわざと私を起こすためにつけていたのかと思っていた。


ゾーイ様かシェリ様にも、私のような何らかの負の体験があるのではないか、そんな気がなんとなくしている。


それは今はそっとして置く他はない。


彼らが自ら話せるようになるまでは。


私は二人にシンパシーを感じ、友愛の情が芽生えたのを実感した。


伴侶や恋人にはなれなくても、話相手として善き友人ぐらいにはなれたらいいと思う。



ゾーイ様はいつの間にか、私をシェリ様のようにアニーと呼んでくれるようになり、あなたではなくて君と言うようにもなった。


ゾーイ様は私がゾーイと呼ぶまで返事をせず、シェリ様も同様にしたので、仕方なく緊張しながらゾーイ、シェリと呼ぶと二人は満足げに微笑んだ。


頻度はかなり減ったが、シェリ様の悪戯は続いた。

彼は私が忘れた頃に、油断しているのを狙って仕掛けてくる。


それすら楽しむ余裕が私の方にもでき上がりつつある。


そして一年が去った。

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