表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

告白

「もしかして、お母様に何かあったの?」

「いいえ、アニエス様のご様子を見て来るよう仰せつかりました」

「お母様が?」

「左様です」


母が私を心配してくれているとは、にわかには信じられなかったが、それが嘘であっても今は嬉しかった。


ジェイファンは巨漢であったが、優しく暖かい性質をしているのを昔から知っていた。


私が父に瀆されていた時も、唯一気づかってくれた人物だったが、男性が怖くなってしまってから、彼を遠ざけて来てしまっていた。


「アニエス様、大丈夫でございますか?」

「大丈夫よ」

「アニエス様の大丈夫は、昔から嘘が多うございますな」

ジェイファンは破顔した。


睡蓮の浮かぶ池の中にある四阿に二人きりにしてもらい、私は自分が置かれている現状をジェイファンに語った。


その間中、私は十字架型の隠し剣を握りしめていた。


「あなたに話して楽になったわ。聞いてくれてありがとう。でも、お母様には心配をかけたくないから黙っていてね」

「アニエス様······」

「ジェイ、お願いよ、お母様に父のことを思い出させたくないの」


ジェイファンはしばし沈黙した後、唐突に切り出した。


「アニエス様、6年前、旦那様を殺したのはこの私なのです」


ジェイファンは絶句している私にさらに告げた。


「旦那様の愚行に気がつき、なんとかアニエス様をお救いせねばと思っておりました。アニエス様がその隠し剣を入手されてから、早くしなければと一層焦りました」

「······私がお父様を殺してしまうと思ったの?」

「いえ、返り討ちに合う可能性もありましたから、かえってアニエス様とお嬢様のお立場を危うくすると思いました」


私は自分が失敗した時のことまでは想像を全くしていなかった。

お母様にまで影響することをすっかり失念していた。

当時はまだ子どもだったとはいえ、自分の浅慮さに気がつき愕然とした。



当時父は心臓を患っていたらしい。

医者から処方されていた薬をジェイファンが別のものにすり替えたのだという。


「時間はかかりましたが、病死に見えるようにしようと思ったのです。早くにお助けできなかったことをどうかお許し下さい」


父が病死ではなかったことに私はショックを受けた。

しかも私を助けるためにジェイファンが手を汚していたのだ。


「······お母様は知っているの?」

「いいえ。誰かに指示されたのではなく、私の一存でしたことです」

「······私のためにごめんなさい」

「あなたが悪いのではなく、旦那様が悪いのですよ。私は後悔していません。罪はあの世で償います。ですからアニエス様、どうかお幸せなって下さいませ」

「そんな、あなたにばかり罪を···」


ジェイファンは私の言わんとすることを遮った。


「いいのです。私の幸せはアニエス様やお嬢様が幸せになられることなのです」


ジェイファンは母のことをまだお嬢様と呼んでいる。

忠義に篤い彼は母のためならばどんなことでも厭わないのだろう。


それから、母は父に健康茶と称して催眠作用のあるお茶を飲ませ、父の足止めをしていたことを彼は明かした。


私が成長するにつれて、父が瀆しにやってくる頻度が減って来ていたのはそのせいだったのかもしれない。


母は母なりに私を助けようとしてくれていたのだ。


「ジェイファン、私と母を救ってくれてありがとう。私は本当にもう大丈夫だから。お母様にもそうちゃんと伝えてね」


ありがとうなどという言葉では到底足りない。


私はやはり修道女になろう。


自分の穢れを浄め、父の鎮魂とジェイファンの罪を少しでも浄めることができるようにこの身を捧げて祈ろう。


私は見捨てられたのではなかったことを知って心底救われた。


私を自身が罪を背負ってまで助けようとしてくれた人がいたのだ。


これ以上の果報者はいない。


私は既に愛されていて、幸せだったことを思い知った。


気がつけなかっただけで、とっくの昔から光に包まれ、私は守られていたのだ。


『愛よりも深く、私は私を愛す』


あの言葉に出会う前から、ずっとそうだったのだ。




その日の夕食の席につくと、シェリ様が私を見るなり言った。


「どうしたの? 君、なんか突然いい顔になったよね!?」

「当然ですわ」

困惑しているシェリ様に、私はとびきりの笑顔を返した。


私は自分の闇を、瀆されてしまった自分自身をもう怖れなくて良いのだ。


心の飢えが満たされても、それでもやっぱりお腹は空く。


二人に仕事の無い日は、三人で食事を揃って取ることになっている。


私は機嫌よく、ゾーイ様が席に着くのを待った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ