白い結婚式
ただでさえ神々しい美しさを放つゾーイ様の純白の花婿姿は、眼福を通り越して参列する者を卒倒させそうな勢いだった。
私も彼の美の圧力に必死で耐えた。
もう結婚式なんて金輪際したくない。
誓いのキスはするフリされるフリだけをしていれば良いと、前もってゾーイ様と打ち合わせした通りの進行になった。
それでもゾーイ様にベールを持ち上げられると、激しい緊張で凍りついた。
男性が怖いとか苦手という以前に、自分の顔に至近距離で近づけられるゾーイ様の美の破壊力に圧倒され戦慄した。
「目は閉じて下さい」
ゾーイ様は余裕だったのか、私のガチガチに固まっている様子に笑いを堪えていた。
そんな表情すらも美しい。
女嫌いと言いつつも、彼は私に対して終始紳士的だった。
美し過ぎる人はそれだけで怖いものなのだと、妙な汗をかきながらはじめて実感した。
女神の如く美しい男性ならば、ひょっとして大丈夫かもしれないという私の淡い期待と見込みは、瞬時に撃沈した。
ブーケトスをすると、長身で金髪碧眼の美麗な男性が待ち構えていたかのように受け取った。
「どうも」
その男性に一瞬ウインクをされたように思えた。
よく見るとその男性が纏っていたのは、ゾーイ様の花婿の衣装と全く同じデザイン、色違いの淡いグレーのものだった。
そして彼の左手の薬指には指輪が光っていた。
彼はブーケを握った手の指輪に恭しく口づけた。
私はハッとして、ああ、きっとこの方がゾーイ様の恋人なのだと理解した。
控え室にゾーイ様と二人きりになると、先程の男性がやって来て、入ってくるなり二人は抱擁とキスを交わした。
ゾーイ様と並ぶ姿は、同じように神々しいまでに美しい。
まるで彼らが対、お互いが半身であるかのように思えた。
私は自分の花嫁のベールを外し、その男性にそっと手渡すと、 彼は頬を上気させた。
「いいの? ありがとう、君って気が利くね」
ゾーイ様がその男性の頭にベールを乗せると、再び熱い口づけを交わした。
今日は、知らされてはいなかったが、どうやら彼らの秘密の結婚式の日でもあったのだ。
私は静かに控え室を出ていった。
親族での結婚祝賀の晩餐が終わり、ようやく新居へ着くと、私はゾーイ様の隣室に案内された。
部屋同士が中にある扉で繋がっていて、そこから往来できるようになっていた。
「あの、私がこの部屋で本当に良いのでしょうか?私は別室でも構いません」
「一応あなたは私の妻なのですから、ここをお使い下さい」
「で、でも···ここから出入りできてしまうのですよね?」
私は扉を指して言った。
「何か問題でも? お互いにここは通らない、お互いにこの扉は使用しなければ良いわけですよね」
「······その、お二人の生々しい···いえ、睦まじいご様子が窺えてしまいそうで、もう少しプライバシーが欲しいと思いまして」
「ぶははっ」
ゾーイ様の立っている後方から姿を現したのはシェリ様だった。
シェリ様はゾーイ様の再従兄弟で彼の数年来の恋人であり、本日から内縁の伴侶となった男性だ。
ゾーイ様同様、歩く美術品のような均整のとれた体躯と美貌で、ゾーイ様よりも頭半分ほど背が高い。
溜め息を漏らしてしまうほど絵になる二人だ。
「シェリ様がこの部屋をお使いになればよろしいのでは?」
「ハハッ、僕はゾーイと今夜から同じ部屋なんだよ」
「······そうだったのですか」
モンテルラン侯爵家、少なくともこの邸宅では、二人の仲は既に公然のものなのだろう。
家令や侍女らは二人の睦まじい様子に平然としているからだ。
そして今日晴れて二人は結ばれたということになる。
この国では同性婚は認められてはいないけれど、それでも彼らは伴侶になったのだ。
「ゾーイ様、シェリ様、ご結婚おめでとうございます」
令嬢式の丁寧な礼の姿勢を取りながら二人を祝福した。
二人は一瞬顔を見合せた。
「こちらこそこれからよろしく頼みます」
「君って良い子だね、気に入ったよ」
まさか二人の隣の部屋で暮らすことになるとは思ってもみなかった。
私はカムフラージュ要員なのだから、二人の邪魔にならないように、存在感を消しておとなしくしていよう。
「では、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
「ゆっくり休んでください」
二人が上機嫌で部屋を出て行くのを見守った。
できれば、自分は別の部屋にして欲しいと思いながら、部屋続きの扉の前に衝立を持って来て塞ぎ、更にそこに長椅子も動かして置いた。
やり過ぎかもしれないが、安眠するにはこれくらいはしておきたい。
こちらが鍵をかけたとしても、向こうから開けられてしまうのなら、鍵をかける意味がない。
初夜は行わないし、 ゾーイ様は私には指1本触れない······筈よね?
私は肌身離さず持ち歩いている、十字架型の短剣を握りしめながらベッドに横たわった。
一見は大きめのペンダントトップに見える仕込み剣だ。
この短剣は、子どもの頃に父を殺そうと思い手に入れたものだ。
殺せなくても、自分を守るための武器が欲しかった。
事情を知らない母方の祖母に、気に入ったからと必死にねだって買ってもらった。
剣が小振りだったので、これなら子どもの自分でも扱えると思ったからだ。
父の喉笛にこの剣を突き立てる妄想を何度も繰り返した。
自分が実際に使う前に父は呆気なく逝ってしまったけれど······。
それでもこれは今でも自分にとって御守りのようなものだった。
苦々しい記憶を少しだけ思い出し、鞘に装飾として施された柘榴石の滑らかな丸みを心が落ち着くまで指先で撫でた。




