顔合わせ
私は正式な婚約を決める前に、ゾーイ様との二人だけの顔合わせに赴き、確認とお願いをした。
彼が本当に男色であるのか、私とは同衾しなくて良いということを確約したかったからだ。
私は子どもをもうける以前に、男性との性的な関係を持つことはできない。
父とのことが原因だ。
そんなことはただただ嫌悪と恐怖でしかなく、なんとしてでも回避しなければならないからだ。
想像しただけで嘔吐してしまいそうだ。
そのようなことを一切しなくても良い条件でなければ嫁ぐことは無理なのだ。
「お初にお目にかかります、アニエス·ギースと申します」
「ゾーイ·モンテルランです、どうぞよろしく」
ゾーイ様は私の令嬢としては不躾過ぎる質問に面食らってはいたが、不快ではなさそうだった。
「率直に聞いてもらえるのは、こちらも助かります」
「答えにくいことを答えてくださりありがとうございます」
数年後に離縁してもらい、修道院に入りたいのだということも伝えると、「それはギース伯爵から聞いて承知しています」と回答を受けた。
「修道女になるために、できれば純潔のままでいたいのですが」
「私は女性を愛せないので、あなたには指1本触れません」
私はそれが聞けて何よりもほっとした。
「勝手を申し上げまして、誠に申し訳ありません」
「それはお互い様です」
彼は美麗な微笑を浮かべた。
「あなたはギース伯爵夫人にはあまり似てらっしゃらないのですね」
「はい、髪色だけは受け継ぎましたが、後は母方の祖母に似たようです」
私の蒼い瞳は母方の親戚に多く、母の緑色の瞳はお祖父様譲りだ。
歩く美術品という異名の通り、ゾーイ様はどこか近寄り難い雰囲気を纏っていた。
容姿だけでなく、声も所作や佇まいも全てにおいて美しかった。
異性に興味のない私(女性が恋愛の対象ということではない)ですら、まるで神話の物語から抜け出したような美丈夫に見惚れて、うっかり呼吸をするのも忘れてしまうほどだった。
抜けるような白い肌、絹糸のような繊細な銀色の髪、引き込まれてしまいそうな紺碧の瞳とその造形が彼を絶世の美青年に仕立て上げていた。
彼ならば男性すら魅了してしまうのはうなずける。
白い結婚とはいえ、このような圧倒的な美の存在と暮らすこと、その彼の隣に自分が立つことになるのだと思うと気おくれしてしまう。
彼との親密な関係を求められていないことは私にとっては大きな安心だ。
ゾーイ様のような方と恋愛関係を強要される方が地獄のように思えるから。
彼が愛する同性の恋人も、このように美しい人なのだろうか?
これ程までに神に祝福された光の中の人、その神々しい人を日々目にすることになるのだ。
私がそこにいるのは、さぞ場違いではあるだろうけれど、五年契約の役割はちゃんと果たそうと決意した。
この婚約が噂でなく事実だと広まると、学園の生徒から「なぜあなたがゾーイ様と!」「どうしてあなたなのよ!」という不満と非難の声と視線が向けられるようになった。
寮の部屋にまで、婚約に抗議する手紙、婚約破棄をするよう脅す手紙が毎日届くようになった。
ゾーイ様がここまで凄まじい人気とは思わなかったが、自分がこんな形で悪目立ちすること、予期せぬ脚光を浴びるのは面倒で仕方がない。
「父同士が親戚なので」
という理由だけを、うるさい方々には回答した。
ゾーイ様狙いの令嬢達を黙らせるには、それが一番効果的だと判断したからだ。
私の母の再婚を知らない令嬢達は、私が学園入学当初のオトゥール子爵令嬢だと思い込んでおり、ギース伯爵令嬢だと知らない面々が多かった。
周囲にとっての私は、ドリスの金魚のフンの取るに足らない令嬢でしかなかったのだから、驚くのは無理も無いのかもしれない。
貴族は遠縁も含めて親戚との婚姻を繰り返し家門を維持するものだ。
王族や高位の貴族は尚更だ。
親戚同士の婚姻は、いかに因習だとしても他家が口を挟むことはできない。
熱烈な恋愛結婚よりも、家同士の政略的婚姻の方がはるかに重いのだ。
もっとも私は、血縁ではないので近親婚のリスクもなく、親戚同士の婚姻としてはより安全な結婚相手ということになる。
私の容姿や家格は否定できても、 ゾーイ様と私が親戚であるという事実までを否定できなかった令嬢達は、もう何も言っては来なくなった。
嫡男ではない26歳のゾーイ様は彼の亡き曾祖母の所領と邸宅を譲り受け、文官として出仕している。
最低限の社交にとどめ、高位貴族としてはひっそりと暮らしているらしい。
ゾーイ様が気難しいというわけではなく、彼に群がる女性達とは一線を引いた生活をするために、華美な暮らしを避けて、半ば隠遁生活をしているというところが、私はほんの少しだけ好感とシンパシーを感じた。
ひっそりと目立たない生活
それは私には願ったり叶ったりの、これ以上得難いものはなかったから。
嫁ぐ支度を整えた私は、ギース伯爵家から、義父と母と異母弟に送り出され、私はゾーイ·モンテルラン侯爵令息のもとへ嫁いだ。