漆黒の夜
その日の夜、私はゾーイの部屋でシェリと三人で川の字にベッドへ横たわった。
私が真ん中にされた。
今でも男性は怖い。
それでもゾーイとシェリは、この二年で馴れてしまったのか、以前ほどには怖いとは感じなくなっている。
二人は男色で、女性には手を出さないと思い込まされていたこともある。
男性を恋愛の対象にする男性は、必ずしも女性不信や女性嫌いとは限らない。
私のように男性が怖いから、だから恋愛の対象が即女性に向かうほど、単純なものではないと思っている。
性的なものが苦手ならば、男女に関係なく避けるように感じるからだ。
女性がダメだからすぐに男性に行く人、男性がダメだからすぐに女性にとなる人の感覚は私には理解できない。
そんなに簡単に恋愛の対象の性別を変更できるものなのか?
それは単なる代用にすぎないのでは?
代用として利用しているだけ。
女の代用、男の代用に利用しているだけの対象への本物の愛があるのだろうか?
否定はしないけれど、私はそこがわからない。
私はいくら男性が嫌だからといって、女性に恋愛感情を持つことは無い。
先天的なもの以外は、とても曖昧なもの、不確かで個人差があるものではないのだろうか。
愛ではないのに愛と思い込む、愛ではないのに愛だと誤魔化す、それも深い闇のような気がする。
そもそも私は真正の同性を愛する人達を知らないわけで、ゾーイ達すら演技だったのだから、すべて想像の域を出ない。
ゾーイ達が言う通り、白い結婚でもいいのならば、このまま修道女にはならなくても良いとすら思えてしまっている。
こんな予想外の展開になるなんて。
白い結婚を逸脱するのは私にはまだまだ怖すぎる。
きっと相当時間がかかる。
克服するには、一生かかってしまうかもしれない。
それでも、人は変われるのだと今は信じている。
今夜も明かりはもちろんつけたままだ。
「アニー、俺も君と同じなんだよ」
「······なんとなくそうじゃないかなと思っていました」
私の予想が当たってしまった。でもこれは当たらない方が良い部類のものだ。
「七歳の時、夜寝ていたら突然複数の女性がやって来て、いいようにオモチャにされたんだ。その中には母もいた」
辛い体験を聞くのは、胸が痛む。
「······お母様は今どうされているのですか?」
「その後すぐに離縁されて、余罪もあったから投獄されている。今の母は後妻だ」
「ゾーイはね、性的な悪戯だけじゃなくて、髪に火をつけられたり、暴力も受けたんだよ、それで夜が怖くて眠れなくなった」
あまりの鬼畜の所業に全身が粟立った。
狂っているとしか思えない。
「俺が廃人のようだったから、同い年のシェリがずっと家でも学園でも傍にいて面倒を見てくれたんだ」
「ゾーイは部屋を明るくしていないと眠れないから、僕はアイマスクをするようになった。ゾーイのアイマスクは、夜の暗さを克服するためのトレーニング用だよ」
「······耳栓はどうして?」
私は聞いてしまったことをすぐに後悔した。
「夜になると時々自分の髪と肌が焼ける音を思い出すんだ」
ゾーイは、耳の後ろにある火傷の痕を見せた。
逃げまどいながら花瓶の水を自分でかけて火を消したのだという。
「母を含む女達はそれを嗤って見ていた」
普段は髪に隠れて見えないけれど、こんな傷痕があったなんて。
彼はどれだけ凄惨な体験をしてきたのだろう。
私は涙が溢れるのを抑え切れなかった。
「ごめんなさい、辛い体験を思い出させてしまって···」
辛いなんて言葉ではまるで足りやしない。
「君だってどんなに嫌な経験をしてきたか」
「···私は、これでいつか父を殺そうと思っていたのです」
私は柘榴石の装飾のある仕込み剣を抜いて見せた。
「それ、寝ている時にずっと握っていたね」
シェリが言った。
「御守りのようなものです。でも父は勝手に倒れて死んでしまいました」
「まさか、自分で殺したかった?」
「できれば」
ジェイファンには悪いけれど、今でもそう思う。
病死なんかでは軽すぎるという悔しさがあった。
あの時父が死んでいなかったら、自分もドリスのように誰かを憎んで攻撃して傷つけてしまっていたかもしれない。
「はははっ、君は本当に勇敢だね」
シェリは笑いを漏らした。
「あと、知らなかったからとはいえ、ごめんね。夜におどかして怖かっただろ?」
「···それはもういいですよ」
元侍女からゆすりを受けた時も、私の毅然とした対応に「惚れたよ、あれは痺れた!」とシェリはベタ褒めだった。
「アニーみたいな子がゾーイの傍には必要だよ。君がいてくれたら、僕もお役御免だ」
「シェリには本当に長い間世話になった。俺に縛り付けて自由を奪ってすまなかった」
「おお!ついにお別れ宣言か、よしっ!」
シェリはベッドから勢いよく抜け出すと、ドアの前で振り向いた。
「まあ、後は二人でよろしくやりなよ。アニー、今夜はゾーイの添い寝をしてやってくれ。大丈夫、まだ君には当分手を出すことはないから」
そう言うなり彼は部屋を出て行ってしまった。
「は?! えっ?待って、シェリ!」
私はとてつもなく焦った。
今夜、動く美術品と自分一人で添い寝をするなんて。
「アニー、これからも白い結婚でいいから、俺の傍にてくれ」
「······わかりました。これからも白い結婚でお願いいたします」
「本当に?」
ゾーイの声に喜悦が混じっていた。
アイマスクを額へずらした姿の美しさに息を飲んだ。
美しさというよりも、これを世間では色気と呼ぶのだろうか?
「ゾーイが眠るまでは隣にいます」
「ありがとう、おやすみ」
「おやすみなさい」
ゾーイが寝息を立てるまで見守るつもりだった私は、アイマスクもせずに朝までしっかり熟睡してしまったのを、シェリに起こされて知ることになるのだった。




