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第5話 平和な日々



 師匠と剣を交え始めて、幾分か経つ。そんな時間で、勝敗なんてつくわけないと思うだろう。それは私だって思っていた。だけども現実は非情で、珈琲よりも苦いのだ。


「……うぅ、負けました……」


 剣を交えたのは良いのだが、そこから怒涛の展開だった。魔法と言いたいくらいの剣技により、私は剣を弾き飛ばされ、為す術なく負けた。核に剣を突き付けられたときの心情なんて、師匠は知る由もないだろう。


「お前から魔法を取ると、まるで相手にならんな」


「師匠は手加減というものを知らないんだよ。ちょっとくらい勝たせてくれてもいいじゃんか」


 そんなことを言っても、師匠は魔法の才能は認めてくれているのは知ってるもんね。剣の技量はイマイチなのも知ってるけど。


「勝負の全てにおいて、手加減というのは一切してはならない。それは相手に失礼というものだ」


「そうなんだ。どうもありがとう?」


 なんて返せばいいのか分からないが、戦う者同士、敬意を持たなければならない、ということらしい。よく分からないが。


「とはいえ、お前には修行が足りてなかったらしい。全く、世話の焼ける弟子だ」


「……師匠は、もう魔王だ。私を相手にするよりも、国民の事を気にかけた方がいい」


「さあ、それはどうだろうな。魔王というのは、常に欲深くあらねばならない。どちらも取るのが、俺という魔族だ」


 これが最後の修行だと思っていたが、違ったみたい。まだ私の事を鍛えてくれるのかと思うと、とてもありがたい。修行は辛くとも、師匠との時間を過ごせるだけでも嬉しいのが本音だ。


 それから私たちはしばらく修行を続け、数時間後に解散した。なんだか今日の修行は、いつもの数倍厳しかった気がする。



♦♦♦



 アサナシアの最初の命令は、人間の国についての簡単な調査だった。沢山ある国の中から、特に力を持っている国を選び、それを階席の皆にそれぞれ振り分けられるということ。勿論、階席以外の者もこの仕事に参加してもらっている。


「……エーリモス国か。どれどれ」


 私は召喚魔法を使い、魔物を召喚する。そしてその魔物にエーリモス国まで行ってきてもらった。いわゆる伝書鳩のようなものだ。

 実は魔王様がいた頃から、人間界には魔族のスパイがいる。今何処にいるかはわからないが、私の部下が知っているので、問題は無い。


「ふむふむ、へえ。歴史がある国なんだ」


 エーリモス国とは、神聖パンゴズミア帝国の宗主国らしく、主に褐色肌の人間が住まう地域らしい。

 私は報告書に目を通す。

 簡単に言えば、神聖パンゴズミア帝国に縋らないと崩壊してしまうような経済体制であり、輸出入もほとんど頼りっぱなしというとんでもない依存をしてしまっている国らしい。

 エーリモス国は200年の歴史を誇る、国の中でも高齢の国であるとか。

 エーリモス国歴21年のある時、魔族を生贄として神に捧げるならば、なんでも願いを叶えるという信託が降りた。だが魔族が現れなくなり、生贄を捧げられなくなった人間達は、ついに同族までも生贄にした。それに怒った神は二度と願いを叶えなくなり、涼しかった気候も今では灼熱と化しているらしい。なんだか、背中がぞわっとするような国だ。

 書類をじっと見ていると、コンコンとお上品に扉を叩く音がした。


「お疲れ様です、フォティノース様。イウースリでございます。」


「ありがとうイウースリ。そういえば、国民達は大丈夫? 何か困り事があったら、いつでも言ってね」


「ありがとうございます。ですがご安心ください。民達はいつものように住む場所や食料、衣服までも自分たちで作っています。魔王城から少し遠いですが、ご案内しましょうか?」


「うん。じゃあ行ってみようかな」


 私はメイドのイウースリと一緒に、城下町を見てみることにした。

 丁度報告書もつまらないなと感じていたところだし、気分転換するのも良いだろう。

 私はあつあつの紅茶を一気飲みしてから、執務室のベランダに出る。そこから飛んで移動しよう、という魂胆である。


♦♦♦



「おぉ! フォティノース様だ! みんな! フォティノース様がいらっしゃったぞ!!」


「フォティノース様ー!」


 みんなからの熱い歓声に照れつつも、無視をするのもどうかと思って手を振っといた。


「フォティノース様、人気ですね」


「まあ一応領主っていうか、階席だからっていうか……」


 結構照れるなこれ。


 星が輝く半月の夜、活気に溢れた魔族の村。家庭があり、友人がいて、未来がある。平和な日々がいつまで続きますようにと、私は心の底から願った。


「フォティノース様、お腹は減っていますでしょうか!」


「フォティノース様、お風呂はご存知でしょうか! 人間達の文化であり、入ると心も体も温まるというものすごい魔法で──!」


「フォティノース様! 是非この宿の特別部屋を──!」


「フォティノース様! 実は──!」


 うわあ、歓迎されすぎている。

 どれもこれも楽しそうなものばかりだが、生憎お腹は減ってないしお風呂も既に体験済みなので遠慮しておこう。


「悪いけど、今日は私抜きで楽しんで! それより私は、みんなのいつもの姿を見たいんだ」


「そ、そういうことでしたら……」


 集まっていた人だかりは一瞬にして散らばっていった。それはそれで寂しいのだが、彼らの普通の暮らしを見せてもらおう。


「いらっしゃい! 今なら新鮮な人肉が売ってるよ!」


「こっちは美味しい茶葉だよ! いかがですかー!」


 うん、私はこれを見たかった。

 真の幸福とは、なんだかんだいつもの変わらないのことを言うのだろう。魔族の寿命は長いとしても、いつ死ぬか分からないこの世の中。私はここのみんなを、絶対に守ってやろうと誓った。


 けれど、現実はチョコレートよりも甘くはないらしい。

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