第38話 まるでお前たちは
「よ。フォティ。やっと起きたか。んじゃ、俺は仕事だから」
そう言って出て行ったヘルメス。
全く素性が知れない彼に、なんだか興味が湧いてきた私。
おっといけない。私には重要な任務があるんだった。
明日の夜中の3時頃、私は示された場所に赴く予定だ。
今はまだ朝なので、運動でもして時間を有効に使おう。
「……ん? 誰か来た」
とんとん、とノックされた扉に気が付き、私はその扉を開けてみる。
すると前には誰もいない。そのかわり、箱がひとつ置いてあっただけ。
私はとりあえず中を覗いてみる。
「パン、牛乳、卵、野菜……それだけ?」
中にはいくつかの食べ物が入っていた。
まるで、今日はこれを食べろと言われているかのような感じだ。
だが見方を変えてみれば、街に行かずとも食事を摂ることが出来るはのは、かなりありがたいことではないだろうか。
私と同じようなタイミングで、隣の家からも人が出てきて、箱に手を伸ばす。
その隣も、その隣も、隣の隣の隣の隣の人も。
そう。この箱は、全ての家に配られていたものらしい。
私はなんとも言えない気味の悪さに駆られ、そそくさと室内に運んでしまう。
見たら、どいつもこいつも同じ服、同じ髪型であった。
向かいの家の外壁も、隣の家の庭も、なにもかも間違いというものが存在しないようで。
「お前、起きてたのか」
「ああ、うん。アレク、それよりもこの国……」
私は今体験した気分をアレクに説明してやる。
するとアレクも同じ事を感じたようで、私の発言に首肯する。
「ああ、同感だ。この国の党首は独裁的だと聞いていたが、全てが統一しているなんて知らなかった。まるで、自由がないみたいだ」
そう、まるでそれ以外の選択肢が与えられていないような。
「その箱、毎日届くらしいな。それに昨日と中身は……ああ、全く一緒だ」
なるほど、理解した。
この国がどんな国なのか、国民がどんな生活を送っているのか。
だがもしも、国民がそれで幸せならば?
私はこの国の長を責めることはできない。領主として参考にしなければならないまであるだろう。
「……アレク。街に出よう」
「魔族であるお前と同じ考えなんて嫌だが、同感だ」
そうと決まれば、私たちは準備をさっさと済まし、街に赴く。
赴こうとした、のだが。
「こんにちは、ようこそレーヴィラへ。何か困っていることはないですか?」
軍服姿の見知らぬ青年が、私たちにそう尋ねてきた。
フードを深く被り、顔が見えないようにしながら私は答える。
「……ああ、何もないよ。ありがとう」
「いえ、そうではなく。フードを取ってください」
私はこう返した。
「どうして? 私たちが何かしたと?」
「いえ、滅相もない。私達はただ、素敵な国にしたいだけなのです」
軍隊の青年は、支離滅裂なことを抜かす。
私は困りながらも、返答をして。
「……なら、フードを取る必要はないね。他に用は?」
会話において最も重要なことは、どんな事であっても自分が主導権を握ることである。
テクニックを活かし会話を終わらせようとすると、青年は肩をガシッと掴みこう言った。
「違います。旅人様。フードを取って、いただけますか?」
「……執拗いな。理由を聞いても?」
「ですから、それが我が国のためだからです」
困った。これはまた変な国に来てしまったらしい。
私は仕方なくフードを取り、何も異常がないことを確認する。
アレクも同様に、明るい茶髪を露わにして。
「……それじゃ、私たちはこれで」
「…………はい。楽しんでくださいね」
長い沈黙の後、青年はそう言って去っていった。
私がこの国で暴れない理由は、ここにかなりの腕を持つ魔法使いがいるとみているからだ。
国を守るためのあの大きな壁に特殊な魔法を施し、維持している何者かがいるのだ。
それが一体どんな人物かは見当もつかないが、とにかく警戒しておくに越した事はないだろう。
それにこのレーヴィラという国、何かがおかしい。
異邦人を受け入れないゆえに、私たちは少々浮いている感じがする。悪い意味で目立っている。
「何だったんだ……」
「アレク、ここにベルはいそう?」
私はアレクにそう問い掛けた。
アレクは当然、会話の脈絡と全く関係のない質問に一瞬戸惑う。だがしっかりと受け答えはして。
「あ、ああ。わからない。この国とヴォールス帝国は友好関係にあった。だから匿うならばこのレーヴィラ。それにこの日数で王女様達が行けるのも、せいぜいパピリア国かディオヴェラ聖王国くらいだろう。まあ転移魔法の場合はお手上げだ。だがパピリアはともかく、王女様をディオヴェラに連れて行く事はないだろう。だが、情報が全くない以上、ただの勘になってしまう。王女様は何処にいるのか……」
得意の考察が繰り広げられているものの、私は大半を聞いていないので何と答えればいいか分からない。けれどとりあえず、うん、とだけ。
「その、あまり分からないけれど。とにかく通りに出よう」
静かな住宅街に用はない。それに、同じ景色ばかり続くのにも飽きてきた。
一生同じ道を歩いているようで、気分も悪くなってきた気がする。
そしてしばらくレンガ調の家々を眺めながら歩いていると、賑やかな人の声がした。
つられるようにそちらに向かう私。だが目の前に広がったのは、異様な光景だった。
「……なにこれ」
人混みの先、怒号のする方。
私が視界に捉えたのは、見覚えのある軍服姿の彼。
ヘルメスが、民間人に馬乗りになっている場面。
「……あ……ぁ……」
血まみれの顔面に、追撃を食らわせるヘルメス。
野次馬たちはそれらを囲み、娯楽のように楽しんでいた。
「いいぞ! もっとだ!」
「あれは仕方ないわよねぇ。自業自得だわ!」
非難する声、歓声を浴びるヘルメス。
私は被っていたフードを取り、起こっている物事をしっかりと認識した。
私は魔族だ。極悪非道で、残虐な人間の敵である。
魔族である私は、この行動に違和感を感じてしまった。
それは、魔族らしくない。分かっている。
魔族だ。私は彼らの敵である。魔族だから、悪い事をするのはこの私だ。敵であり、恨まれるべきである存在なのはこの私だ。
だけど。
たった一人の人間のために、見知らぬ下等生物のために、私は動き出す。
人の波をかき分け、前に出る。
「ヘルメス!!」
その一声で、民たちは一斉に静まる。
殴り続けていたヘルメスは、驚いて私の方を振り返る。
「……ああ、フォティか。どうしたんだ?」
顔に返り血が付着し、拳は真っ赤に染まっている。
私は視線に怯むことなく、彼に言葉をぶつけた。
「ヘルメス。その人を、解放してあげて」
「あはは、何を言ってるんだ? 面白い冗談だ。なあ、みんな!」
同調を煽ぐヘルメス。
もちろん民衆は、笑いの渦に包まれる。
喉がおかしい。唾液がよく飲み込めない。呼吸の仕方も忘れそうだ。
民の前に立つことは慣れているはずなのに、私はおかしくなったのか。
「……おいっ! お前──」
「アレク。私は、変なのだろうか」
その問いに、アレクは黙り込む。
私は続けて、
「……お前たち、おかしいんじゃない? ねえ、ヘルメス。可哀想だよ、やめてあげなよ」
ヘルメスは、私に冷たい瞳を向けた。
朝に向けられた目とは、また違った目だ。
「……フォティ。お前が分かっていないだけだ。コイツは悪い事をした、俺は罰を与えている。これのどこが変なんだ?」
「だが、だけど。別の裁き方がある。お前のやっているそれは、まるで──」
私は魔族だ。
人間とは分かり合えないし、嫌いだ。
そう、人間なんかがそんな事していいわけがない。人間は人間らしく、仲間どうしで仲良く平和ボケしていてなければならない。
「まるでお前は、魔族だ」
人間が魔族の真似事をするなんて、この私が許さない。




