第37話 真夜中の話し合い
「……ヘルメス・マーキュリー。よろしく」
「うん、よろしくね。ヘルメス。それじゃあ、お前の家は好きに使わせてもらうね。よいしょっと」
私は気楽に、リビングに置いてあったソファに座る。
嫌そうな顔をするヘルメスを放っておいて、雑談を進めよう。
「それで、ヘルメス。警備の仕事は行かなくていいの?」
「警備の仕事、だと? 俺は警備隊なんかじゃない」
「……は?」
黒髪の、少し背丈の高い軍服姿の彼は、そう言った。
ええと、分からない。
「ああ。それじゃあな」
鏡を見て帽子をなおし、どこかへ行こうとするヘルメス。
「ちょっと、どこ行くの?! お前は違うんでしょ?」
「ああ、違う。だが今は軍隊の一員になってる、かもな」
「……つまり潜入してる、と」
「正解。アレクお前、もしかして探偵か? それとも、国のモンかね?」
「まさか、違う。今はもう、違う」
首を振って否定したアレク。
「ならいい。そんじゃ、俺は出掛けてくるから。お前らもあとは勝手にしろ。あと金貨は棚ん中だ。じゃあな」
ヘルメスはそう言って、出て行った。
なんだか彼は、掴めない人格の持ち主である。
とりあえず彼は、嘘つきという認識でいいのだろうか。
「……すごい奴だな。ヘルメスはおそらく、裏社会の者だろうな。奴の周りに情報屋などがいれば、もしかしたら王女様が見つかるかもしれないな……」
なんかアレクがボソボソ喋っているけれど、まあいいや。気にしないでおこう。
それになんだか眠気も襲ってきた。寝よう。
私はソファに横たわり、ぐぅっと背伸びをし、疲れを癒すために目を閉じる。
一瞬だけでも体力を蓄えなければならないから。
数秒だけ、数時間だけ……。
と思っていたが、なんと2日も経っていた。
「……はわぁ、おはよう」
目が覚めたのは夜のこと。
飾られた時計を見てみると、今は夜中の3時らしい。
私は起きてしまったし暇なので、少し外の様子でも見てみようと思った。
そして、物音を立てないようにそっと移動し、扉を開ける。
「……よし」
なんだか家出みたいでわくわくする。それに夜更かしとか、さては悪い子だな私。
外は暗くて、些か冷たい。だが魔族である私はあまり気にならないので大丈夫だ。
ぺち、ぺち、と地面を鳴らす。裸足であるから、地面の冷たさが直にきて気持ちがいい。
さて、街をどう回るか。
「ん? あれは……」
路地裏に見えたのは、3人ほどの人影だった。
私は気配を消しながら近付き、会話を盗み聞きしてやろうと考える。
「……だ」
「……を……すれば……は……」
「いや…………で……国……しょうね」
男2人、女1人で何か話してるな。
だがあまり良く聞こえない。もう少し、近付いてみよう。
「……っ! 誰だっ!」
気付かれた? 私の気配に?
私は夜間なのでフードはいらないと思って被っていない。ローブは纏っているものの、流石に顔を知られたら騒がれてしまう。いや、別に構わないか。
私はコソコソするのをやめて、堂々と行くことにした。
さて、どうしようか。魔族らしくか、下手に出るか。
だがこんな真夜中に路地裏で会議する輩なんてろくな奴がいないだろうし、私は魔族感を前面に出して話しかけてやった。
「騒ぐな、人類共よ。私は決して怪しい者ではない」
「……近寄るな」
顔がよく見えないから誰が誰だか分からないが、今のは男の声だ。
威圧感のある、低い声。
「ふはっ。何とも嫌われたものだ。私はお前たちの味方かもしれない、というのにな」
「……何が言いたい?」
何が言いたい、とかはないのだから困るのだけど。
私はほんの少しの殺気を放ちながら、足を着実に前に進める。
「何が言いたい? お前たちなら分かるだろう。私の真の目的を、な」
適当に場を流し、何話していたかを聞き出してやろう。
暇つぶしである。
「っ、ねぇ、コイツ……」
「……いや、政府の罠かもしれねぇ」
「政府の罠ぁ? はははっ! 面白いことを言うんだね。魔王様に誓おう。私は国の者なんかではない。そうだな、強いて言うなら、破壊する者だろう」
嘘偽りなく、正直に話す。
すると彼らの様子が変わった。なんだかザワザワしだした。
「破壊する者? なら本当に……」
「ねえ、信じてもいいんじゃない? だってこの人……」
「……俺は信じないぞ」
ふむ、手応え無しか。
まあいい、帰って二度寝してやるか。
私は彼らに背を向けて帰ろうとすると、女性が声をかける。
「ま、待って。本当に、あなたは私達の味方なの?」
「……ああ、まあ、そうとも言える。だけどもしお前たちが国を守る側の人間であれば、私は倒すべき敵であろうな」
ここで探りを入れてみる。
私の味方だと言うのならば、彼らは国か何かに反発心を持っている。逆に敵だというのならば、彼らは忠実なる政府の犬であるということが分かる。
「まあ私はさすらいの身であるから、何でもいいのだが。敵味方関係なく、全て破壊してしまう者かもしれないしね」
第三の選択誌をも提示してあげるとは、何たる優しさだろうか私!
さて、どうでるかな。
「……では、協力してほしい」
「アンナ!!」
「ほう? 協力か。お前たちがどんな事を計画しているのか全く知らないのに、何も言わず協力しろと?」
アンナと呼ばれた女は、こう言った。
「私達はいつか、この国に反旗を翻す者よ。この国を変えるために、あなたに協力を求めます」
「アンナお前──」
「うるさい。使える手は使わなきゃでしょ。いずれ国も大きく動く。それまでに何とかしなきゃダメ。でももう手は限られてる。ならば手段は選んでられない!」
なるほど。これはかなり厄介な事に首を突っ込んでしまったらしい。
どうせこの国は後で滅ぼすのだから、何をしようと無駄なのだけど、これも暇つぶしだ。仕方ない。
「……ですから、さすらいのあなた。どうか私達に、協力してくださいませんか?」
女性は私に腕を差し出し、握手を求めた。
これに握手してしまえば、私は大事に手を出してしまう事になる。
だがそれよりも先にゼロを生き返らさなければならないし、ベルを取り戻さなきゃならない。こんなお遊びをしている場合ではないのだ。
だが、袖振り合うも多生の縁というだろう。
私は彼女の手を、強く握り返した。
「……! あ、ありがとう!」
「ふん、仕方がない。ま、この私にかかればどうって事ないだろうけどね。で、何をすればいいんだ?」
「その前に。さすらいの。お前、名はなんと言う?」
1人の男が問いかける。
私は待ってましたと言わんばかりの顔で、勢いよく自己紹介をする。
「名前か? ははは! よくぞ聞いてくれたな。私は魔王階席第六位、魔族フォティノースだ。はははっ! 恐れおののけ人類!」
3人は何も言わず、固まった。
これは、驚きすぎて言葉がでないか? そうだろうそうだろう。なんせ魔王階席第六位、この私こそが伝説のフォティノースなのだから。
「そうか。フォティノースって言うんだな。俺はブルーノだ。よろしく」
小豆色の瞳と髪を持ち、背丈が少し高めの男性がそう言った。
「私はアンナ。アンナ・ミュラーよ」
一つ結びの銀髪に、紺色の瞳。華奢な体だが、私よりも背丈が高い。だがブルーノと名乗る男性よりかは低い。
「俺はポール。まだ俺はお前を認めちゃいねぇ。せいぜい気をつけるんだな」
一番背が高く、顔に傷がある特徴的な男。紺色の髪に、群青色の瞳。手には煙管。そして細身。
いや、ちがう。そんな反応を求めていない。
もっと、恐れてほしいのだけど。
「……いや、私だよ? 私。魔族だよ? なんで?」
「魔族? あははっ。面白いことを言うのね。魔族はもうとっくの昔に滅んだわよ?」
「……え?」
なんで? 魔族って有名じゃないの?
なら最近暴れてるのも、知られてないんだ……。
「フォティノース。俺達がいつも集まっている基地があるんだ。そこに明日、この時間帯に来い。そこに行くまでの地図はこれだ」
一枚の地図を渡される私。
「それじゃあね、フォティノース。また明日」
私一人残されて、三人はどこかに行ってしまった。
なんだかモヤっとしながら、私は家に帰って二度寝してやった。




