第33話 ヴォールス魔族国附属帝国(カターラ視点)/心明かす
アタシ達はヴォールス帝国を攻め落とし、魔族国附属国家にしてやった。
フォティノースのメイドであるイウースリが、そのヴォールス帝国の帝王として君臨した。
あれから約一ヶ月。アサナシアがアタシ達の元に訪ねてきた。
「調子はどうだ?」
「ようこそ、魔王様。はい、好調でございます。カターラ様が見守っていてくださっているおかげで、今のところは特に問題ございません」
すっかりメイド服から、王に相応しいフォーマルな格好に変わってしまった。
アタシの中にあったお淑やかなイメージが、カッコ良く気高いイメージに変わった。
彼女の黒髪と調子された暗めの色で、メイド服とは打って変わって体のラインがわかりやすく薄い布のドレスである。
綺麗なのは間違いないのだけど、アタシの中でイウースリはメイド服っていうのが固定されてたものだから、まだ違和感が強く残っている。いずれこれらも慣れてしまうのだろうか。
「カターラも、どうだ?」
「まあ、ぼちぼちって感じね。人間は相変わらずだし、魔族も上手くやれてるみたいよ」
アタシはそう軽く返答した。
アサナシアは一言、そうかと呟いた。
灰色の髪に、怖いくらい真っ赤な瞳。大きな背丈に、言葉には言い表せない邪悪なオーラを纏うアサナシア。
アタシはあまり何かを怖がった事がないけれど、"あの時"のアサナシアは怖いどころの話ではなかった。
そう。ホント、あんなの二度とゴメンだわ。
「……カターラ様?」
「ん、ゴメン。ボーッとしてたわ。で、何か言った?」
イウースリの言葉で我に返り、二人の話に集中する。
他ごと考えちゃうなんて、アタシ疲れてんのかな。
「それでカターラ。次の国についてなんだが」
「アタシはムリだからね。そーいうの、向いてないの。エクリーポに言いなさいよね」
地下にいた時は仕方なくやっていたが、長年あんな事をやっていれば飽きるもの。そもそも、アタシには言った通り向いてない。
「奴もお前と同じ事を言っていた。全く、階席の奴らはどうしてこうも……」
「はいはい。小言を言いに来たならさっさと帰りなさい。フォティもペースが早いのよ。この調子なら、数年ちょっとで世界征服できちゃうかもね」
アタシはため息を吐きながらそう言った。
アイツの急な旅立ちのせいで、アサナシアは急遽世界征服を計画し実行している。
最初は無理だと思っていたけど、何だか現実味を帯びてきて逆に面白くなってきた。
魔王様の野望を、たった数年で果たせてしまうなんて。
「ホント、信じらんないわ」
「それで、魔王様。例の件ですが、この国の人間全てを殺せば2割ほど満たせるかと」
「そうか。だが全てを殺す必要はない。半分でいいだろう」
「畏まりました」
さて。話は終わった事だし、人間界でも行こうかしら。
ここにいてイウースリの仕事を手伝ってもいいのだけれど、たまには休日があっても怒られないでしょう。
「じゃ、アタシはこれで。あ。あと、エクリーポに伝言。覗いてばっかいないで、たまには手伝いに来いって言っておいて」
「いいだろう。伝えておく。イウースリ、カターラを頼んだぞ」
「はい、お任せください」
「はぁ?! ちょっとそれどーいう意味?!」
アサナシアはアタシに何も言わず、大きな背中を見せながら転移魔法で消えていった。
アタシ、そんなガキじゃねぇし!
♦♦♦
「それで、どうしてあんな馬鹿な真似を?」
「……」
「私、とーっても傷付いたよ?」
「……」
「という事で、選ばせてあげる。魔物たちの餌になるか、人間卒業するか。どっちがいい?」
「……」
「ねーえー。返事してよー」
椅子に括り付けられた茶髪の少年を、私は揺さぶって返事を求める。まだそれほどたくましい体ではないこの少年。鍛えが足りていないな。
「……」
少年は俯くだけで、一向に顔を上げない。
困ったな。死んでしまっていないといいけど。
「……っ、ここ、は……」
「お、起きたー? おはよう弟子君。さて、起きて間もないかもしれないけれど、今からお前の処遇を決めます。いいね?」
私はそう宣告しておいて。
少年は眠気まなこで私を認識すると、目を見開いて怯え始めた。
「殺そうとは思ったんだけどね。でもベルの知り合いなんだったら、オマケで生かしてやろうかなって。ま、どれもこれもお前の返答次第なんだけどね。ああでも、お前何歳?」
「……16歳」
「なーんだ! ただの赤ちゃんじゃんか! なら、可哀想だから殺さないであげるね」
そもそも、子供はあまり殺したくないので。
「……俺をどうするつもりだ」
「それはさっきも言った通り、人間卒業するか餌になるか……いや、死なないから餌は却下だね。あと考えてたのは、処刑人体験かな。さ、何がいい?」
ある程度選択肢を出しておいて、最後は少年に選ばせてあげる。
これこそ、上に立つ者に相応しい対応と言えるだろう。
「ならいっそ、殺せよ……」
「またそんな事言い出して! お前、分かってる? 前その場面で命乞いしてたよね。死にたいのか生きたいのかどっちかにしてくれない?」
私は大きく嘆息をこぼしながら、そう言い放った。
こいつ、私よりも天邪鬼すぎて面倒くさいな。いっそ殺すか。
「生きたいんでしょ。そう言って、生きたいのが本音なんだ。人間はいっつもそう。結局は死にたくなくて、生きていたいんだよ。どうせお前もそうでしょ? 分かってるから、上辺だけの気持ちを述べるのはさっさとやめろ。いいね?」
どいつもこいつも、自分が1番大切だって思っている。
私たち魔族のように戦場で死ぬことを誇りだと思わず、とにかく死にたくないんだ。それは以前、冬の国を滅ぼした時に学んだこと。だから深く、私の心にそう刻まれている。
「……生きたいさ、そりゃあ。もう一度王女様に会いたい。王女様と話をしたい。生きて騎士になって、お前たちのような魔族や魔物を殺し、国の平和を守りたい。あの人に恩返しがしたい。王女様と、国の未来を一緒に見たい!! 生きたい! 俺は、生きていたい!!」
熱い本音を、願望を叫ぶ少年。
そして私は彼の心の叫びを聴いて、ようやく理解した。
私はなぜ、この人間を生かしてやりたいかを。
「言えるじゃん。その魂の叫び、気に入ったよ。良いよ、分かった。私はお前のことを、子供だからとかいう理由で生かさない。その想いに応えてやる。ほら、まずはベルを連れ戻すよ」
少年を固定していた縄を魔法で解き、彼を自由にする。
それだよ、私がその言葉が聴きたかったんだ。
本当の言葉、その情熱、心打たれる告白を。
「我が名はフォティノース。魔王階席第6位、フォティノースだ」
私は誇りを胸に、勇気ある少年に敬意を表しながらそう名乗った。
「……それで、お前の名前は?」
そして少年は、想いを胸に、瞳に映しながら答えた。
「……俺の名はアレク。ヴォールス帝国第一王女の専属騎士、アレク・クレフティスだ──!」




