第32話 愚か、退屈、弱い
「ま、じで?」
私はそう言葉を零しながら、地面に倒れる。
あ、これはまずい。さっき弟子の少年に核の場所を教えてしまった。私、ほんとに死ぬのかな。
真っ二つに分かたれた体に力は入らない。どうにかして下半身と融合しなければ。
もう少し、下半身と近付ければいけるはず。
「こいつの弱点は心臓だ! 心臓を狙え!」
弟子はそう、ハーフエルフの女戦士に向かって叫んだ。
何してくれてんだ馬鹿。絶対お前から殺す!
「我が弟子よ! お前の愚行には笑わされるよ! 死ね!」
私の上半身は起き上がり、脚はないものの華麗に動き回る。下半身の再生を待たなければならない故に、敵とは一旦距離を置く。
腕を酷使することになるが、仕方なしというもの。
あれ、これがデジャブというやつ?
「わははっ! ほらほら! 早くしないと再生しちゃうぞ!」
「させるかっ!」
紺色の髪を有したハーフエルフの彼女は、私に向かって猛突進してきた。
なので私は逆立ちのような体勢になり、腕に力を込め、俊敏に逃げた。
私の断面から、ありとあらゆる細胞たちが働く。
骨が作られ、そこに筋肉が覆われ、脂肪がつき、皮でフタをされる。
「ほら、お前がそんなノロいから再生しちゃったじゃん、か!」
逃げる私を追いかけていたハーフエルフに、再生したばかりの脚で蹴りをお見舞いしてやった。
女は腹部に強烈な攻撃を入れられたゆえ、吐血しながら勢いよく飛んでゆく。
「おい、愚弟子。いや、愚人間! お前という人間は、どこまでも愚かで愉快だなあ。ねえ、その頭の中に何が詰まってるの? ゲロでも入ってんの?」
私は彼の目の前に降り、彼の頭を観察しながらそう言ってやる。
これだけ言ってやっても、私の頭の中は怒りで満ち溢れている。どうしたらスカッとさせれるだろうか。
「……まあいいか。お前、殺しちゃうね」
私は彼の眉間に人差し指を当て、魔力を練る。
私が少しでもこの魔力を放てば、この人間は死ぬ。
脳を穿たれ、死ぬのだろう。
人間には分からないだろう、この快感が。
生命の所有権を握り、生かすも殺すも私次第なこの状況。ほんと、堪らない。
「いひひっ、ひひひっ」
私は思わず笑顔を零す。
指先から伝わる、震えた感覚。
自分でした事が、絶望となって返ってくることがどれほど怖いものなのだろうか。
フードの下は、どうなっているのだろう?
涙を流している? それとも全てを諦めているのだろうか。
なんでもいい。絶望してくれているのなら、なんでもいい。
荒い息が聞こえてくる。今にも叫び出しそうなくらい。
生きる希望を与えておいて、結局絶望に叩きつけられるとは。なんとも可哀想な人だ。
ああ、面白い。愉快だ。悦楽だ、とても!
「じゃあな、名も知らぬ弟子君よ」
「ま、待ってくれ! やめ、やめてくれ! 頼む!」
今になって命乞いか。
エクレテウの時はしなかったのに。
つまらない。だが、聞くだけ聞いてやろう。
「……ふはっ。結局は自分が可愛かったんだね。さ、言いたい事は? どうぞ話してみて?」
私は魔力を体内に戻し、腕を組んで待ってあげる。
すると彼はフードを取り、ぐしゃぐしゃになった顔を私に見せる。
「お、ねがいだ。殺さないで、くれ! ベルを連れ戻したいんだろう! わかったよ! 手助けする! だから、頼む……!」
「お前ってやつは、どれだけ自分が好きなのさ。ねえ、たいして面白くもないことを自信満々に言うなよ。殺したくなるでしょ?」
彼は余計に顔を歪める。
ああ、そんな表情しないでよ。もっと欲しくなる。
こんなに私を悦ばせる者ならば、生かしてやっても悪くない。悪くないとは思うのだが。
ここで殺すのが、一番愉快であると思う。
「やめ、やめて……!」
まだ成人にも満たないこの少年を殺してしまうなんて、勿体ないと思うだろうか。
いや、こんな逸材はめったにいない。殺すのはやめてやろう。
私は少年の頬を指先で撫で、彼の涙を拭ってあげる。
「いいよ。やめてあげる。仕方ないなあ。この私がこんな事するなんて珍しいんだけどね。これからもその顔して、私を愉しませて──あっ」
すると、伸ばしていた私の腕が、斧によって斬られた。
大体犯人の見当はついている。あのハーフエルフ、まだ生きていたのかよ。
「その子に触るな! 君、早く逃げて!」
「……っ!」
少年は私に背を向け、走り去ろうとしていた。
「あーあ、ダメだよ。師匠から逃げるの? いけない弟子だね。魔物たち、その子を捕まえて!」
街に蔓延る様々な魔物たちが、私の一声で即座に集まってくる。
そして私の指示を受け、彼らはどうにかあの少年を留めようとしている。
その隙に、私はあのハーフエルフを殺す。これでいいだろう。
「かかって来い、ハーフエルフの女!」
「上等っ!」
目前のハーフエルフは、あれほど大きく重そうな物を持っていながら、かなりの速度で私の間合いに入ってきた。
けれども私は簡単に彼女の攻撃を避け、脚部に魔弾を撃ち込む。
「ぐっ……! まだっ!」
それでも続けて大きな斧を振るう彼女。
狙うは私の心臓部分と首元。彼女はこの二箇所を気にしながら攻撃してきているのだろう。攻撃が下半身よりも上半身に集中している。
だが彼女は気付いているのだろうか。足元が先刻の攻撃によりダメージを受け、少しよろめいている事を。
私の核ばかり狙ってくる阿呆娘に、エクレテウは勿体ない。
そうだな、無難に拳でいいか。
「ごふっ!」
腹部にアッパーを入れて!
「ぐっ!」
ちっ、右フックは防がれたか。
そして最後に、
「がぁッ!」
決まった! 顔面ストレート!
「これが、KO勝ちさっ!」
吹っ飛ばされたハーフエルフ。
吐かれた血は石畳に落ち、両刃斧の武器は離れた場所に着地した。
「はっは! 武器なんか使わずとも、素手でじゅうぶんだったな! 魔族に勝とうなんざ、五百年早いんだよ!」
そして私は、倒れたハーフエルフに背を向け、手で髪をファサっとさせる。
ふふん。チャンピオンはクールに。女王は美しくあらないとね。
さてと、あとは弟子で遊んでやろう。
「そこまでだ!」
背後、それも上空。
そこから突っ込んでくる何者かがいる。
私はせっかくの調子を崩された事に腹を立て、眉間を寄せながら振り返る。
「またかよ……」
魔法使いか? いや違うな。魔力の練り方が荒い。
という事は、また凶暴な戦士の登場というわけか。
そしてまた同じように、攻撃を躱し、反撃の魔弾を放つ。
「で、今度は誰? まさか、あのハーフエルフの仲間だったりするの?」
「ご名答。さて、魔族よ。そろそろ魔力も少なくなっただろう?」
いいや、全く。
彼女との戦闘において、あまり魔力を消費せずに済んだ。なので、おそらくだが、新しい男が来たとて変わりはしないだろう。
さて、どう返答しておくか。魔力が少なくても戦える力があるとアピールしておくか、それとも正直に力不足なのを教えてあげるか。
「ふふ。この通り、私の魔力は有り余ってるよっ」
地面に、魔法陣が展開した。
そこから出現するのは、無数のアラフニたち。そのアラフニたちは、男の戦士に向かって突進していく。
無限増殖している間に、逃げた弟子でも迎えに行こうか。
と思っていたが、優秀な魔物たちが少年を運んできてくれた。こいつはエクレテウの中で閉じ込めておくとして、処罰はどうしようか。
思い切って魔物にしてやる? そうすれば私の言うことを聞くようになるだろうし。それか、処刑人をさせてやろうか。仕事の意欲も湧くだろうし、感謝されるかもしれない。
よし、決めた。処刑人をやらせてやろう。
「よそ見は禁物だぜぇっ!」
私は攻撃を受け流し、後退していく。
そういえば、この街に魔物を放出してしまったわけで、エクレテウ内の魔物はほぼいなくなってしまっただろう。後で沢山召喚しておかないといけないな。ああ、あとは遺物だ。人間たちが残していった剣やら鎧やらを処分しなければ。聖剣とかいらないし。
異界を管理するのも大変だな。やはり師匠は尊敬に値する人物である。
「……えっと、忙しいからもうおしまいでいい? 面白くもない時間をどうもありがとうね」
エクレテウを出すとまたゴミが増えてしまうので、ここは普通に魔法で殺そう。
「やれるものならやって──ごふっ」
彼の使っていた剣を素手で掴み、超近距離のまま男の胴に魔法を放つ。
あのハーフエルフと同じように血を吐いて、脱力して倒れた。
「……あ、ああ。ごめ、ん。フィル……」
そう言い残し、彼は死んだ。
この人間だけ、やけに呆気なかったような。まあいいか。
さて、ようやくリムダル国の旅を終える事ができるらしい。
エクレテウの中で大人しく眠っている阿呆弟子を外界から監視しながら、私は次の国に向けて足を運ぶ。
人の声が聞こえなくなった、この街に背を向けて──。




