第31話 刺客
私は人間界に出て、また深くフードを被りながら街を練り歩いた。
先日、この街に魔族の襲撃があったという。処刑寸前、その素性を明かした魔族は謎の扉に消え、行方知らずとなったらしい。
被害者数は数知れず、首都人口の半分程が消えたという。
魔物は未だ街に蔓延るも、以前よりもかなり減ったらしい。
リムダル国首都フイジヤ。魔族によって落とされた第2の国。颯爽と去っていった魔族の背中を恨みながら、住民は永遠に続く夜に眠る──。
「──だそうだ」
私は新しくできた弟子に、新聞を読ませていた。
自分で気がついていないのか、私に向けてとんでもない殺意が放たれている。
だがこの少年に向けられたところで、怖くも何ともないのでスルーしておこう。
「へえ、そう。だからこんなにも人がいないわけだ」
私は他人事かのように、そう言った。
石畳を踏み歩いて、早数十分。今まで一度も人間らしきものを見ていない。死体ならそこらじゅうに散らばっているが。
魔物は私たちの事なんか無視し、他の人間はいないのかと探し回る。
けれどなぜ、彼らは私の事を襲わないのか。
その理由は、この魔物たちは私の子たちだからである。
私が召喚主ということもあるだろうが、彼らはエクレテウ内で私と共に過ごしてきた仲間であるという認識があるのだろう。
「それで、新しい弟子君よ。ベルはどこにいる?」
「……」
後ろから着いてくるこの少年は、私の言葉を無視してくる。
なるほど。私の事を凄く嫌っているのか。これはまた、悲しいこともあるのだね。
「ははっ。私はお前にとても恨まれているとみた。ベルのことでしょ? あの子は自分から私に着いてきたんだよ」
「……黙れ……!」
「黙らないよーだ」
幼稚な返答をしながら、私は目的地まで歩く。
見た事のある看板を目印としながら、思い出の場所まで歩いた。
前方に見える、吊り下げられた看板。おそらく、あの店だろう。
そして私は、この食堂あるいは酒場の中に入る。
既に魔物に食い散らかされており、あのテーブルもこの椅子も、窓ガラスさえボロボロだった。
残念な気持ちがありながらも、私はある物を探していた。
「……あ、あった」
私たちの座っていたであろう席だけは、以前と変わらぬ姿であった。
そしてそのテーブルの上には、置き手紙と包みが置かれていて。
「おい、弟子。これ読んで」
私は手紙を開くも字が読めず、後ろの少年に解読を頼む。
少年が嘘をつけないように、素人でもわかるような殺気を向けておこう。
「……『フォティ、ベル。これは俺たちからの感謝の気持ちだぜ。例のモンはまだ待っていてくれよ。準備が出来てねぇんだ。とにかく、お互い頑張ろうぜ。オゥス』
『嬢ちゃん達と過ごした時間は一生忘れない。絶対に、また生きて会おうな。ティオ』」
2人からの手紙に心が温まった。
そして隣の包みを開けると、そこには私たちがあのダンジョンでゲットした宝石たちが入っていた。
赤色や緑など、様々な色や形をしている宝石たち。だがこれは、ギルドに没収されていたものではなかっただろうか。
ああ、もしかしてあいつら、盗んだのか。私の為に、これだけのために盗んだのだろう。
まったく、可愛い人間どもめ。最後に一度、抱きしめてやればよかっただろうか。
「ふふっ。まったく……。さて、用事は済んだ事だし、国を出ようか」
私は振り返り、茶髪の少年にそう提案した。
「……好きにしろ」
そう一言だけ、私に言った。
ここを発つのは良いのだが、心残りがひとつある。
「……あの城、ぶっ壊せないかなあ」
私は窓から見える、特徴的な尖った屋根を見つめながらそう言った。
王城侵略だけ叶わなかったが、仕方なしと割り切るべきか。それとも今から王城に向かうべきか。まあ正直こだわりは無い。なぜなら、首都をいい感じに崩壊させたからだ。
冒険者たちは既にエクレテウが取り込んでしまったし、住民も魔物に喰らわれてしまった。
そのおかげで、私の持ち物はゴミだらけになってしまったのだけど。
「まあいいか。次はどんな国かなあ」
私は思い出の食堂に別れを告げ、再び石畳を踏み始める。
このリムダルから去るために、国の果てを目指して歩む。
だが、この国から簡単に逃げることは不可能らしい。
「はぁっ!」
美しかったであろう街並みを歩いていると、何やら上空から挑戦者が。
私は防御魔法で攻撃を防ぎつつ、どんな者かと見上げてみる。
女性、紺色の髪は肩上のミディアム。つり目気味で、大きな両刃斧を使用している。
それで、胸が、豊満。
「チッ……自慢かよ」
私は防御魔法の外に魔弾を生み出し、それらをいくつか放ってやった。
刺客は上手く避けながら、大きく後退した。
女の刺客は、私を睨む。
「それで、私に何の用?」
「黙りなさい。顔を隠しているようだけど、私の鼻は誤魔化せないわ。魔族でしょう、あんた」
大きな両刃斧をこちらに向けて話す女。
魔族である事がバレてしまったのなら仕方ない。隠し通すつもりもないので、視界の悪かったフードを取った。
私の白髪は彼女よりも長めであり、瞳は空色。魔族らしくない見た目だろう。それでも、ちゃんと気に入っている。
「ああ、そうそう。弟子君よ。下手な動きしたら、首を落としちゃうからね」
足を踏み出そうとしていた背後の少年にも、気を配ることを忘れない私。なんと偉いことだ。
実質2対1の構図が出来上がった私は、屈さずに会話を続ける。
「それで、お前は何? その耳、人間の耳じゃないね。エルフかな。それともハーフエルフ?」
「私はハーフエルフの中でも、指折りの戦士よ。私、あんたみたいな害虫を取り除く事が得意なの」
むか。
害虫だと? この私が? 有害なのはどっちだよ馬鹿。
と、私は思ったわけだが、表情に出すだけで声には出さなかった。偉いぞ、私。
こんなのに言い返していたらキリがない。所詮はハーフエルフ、人間との混血だ。
深呼吸、深呼吸しろ、自分。
「ははっ。面白いことを言うんだね、お前。人間の血が流れている種族は、やはり頭があまり良くないようだ。ははっ」
「あんたこそ。絶滅してたはずじゃなかったの? おかしいわね、勇者様達ががとっくに駆除してくださっていたはずだけれど?」
目の前のエルフは、私の事をそう貶した、
いや、私の事だけじゃない。魔族のみんなや、魔王様のことをも貶しやがった。
流石の私も我慢できず、魔力を一瞬で練ってやる。
「……処刑方法は火あぶりか斬首、それとも絞首がいい? なんでもいいけど、お前の皮はカーペットとして役立たせてあげるね」
薄ら笑みを浮かべながら、私は魔法をハーフエルフに放った。
彼女はそれらを斧で消しながら、私に突進してくる。
そして、私の胴に刃をいれた。
「その程度で戦士を名乗るか、ハーフエルフ。戦い方も未熟、その刃はしばらく研いでいないな?」
私は胴に引っかかった斧の刃に魔力を注ぎ、感電死する威力の電気を流す。
もちろん、その電気は持ち手を伝って彼女にも行き渡るわけで。
「あぁあぁあああああ!!」
ハーフエルフの女は、絶叫する。
なかなか強めの電流を流せたとて、本当にこれで死ぬかと言われたら耐えれるだろう。ましてや戦士なのだ。これくらい耐えてもらわないと困る。
「……っ!」
「おい、言ったよな。1歩でも動いてみろ、お前を殺す。あ、そうだ。ついでにベルも殺しちゃおうかな?」
私は振り向き、足を1歩だけ前に踏み出していた弟子にそう言い放った。
それを聞いた弟子は、足を引っ込めていた。なんとも弱虫である。
「っ! この、クソ魔族っ!」
電気を受けたはずの彼女は、再び斧を握りしめ、そう叫びながら私の胴を二つに分けた。
そう、ほんと、真っ二つに。
 




