第30話 死にたがりの少年
『失意の断頭台』内にて。
「……でさ、これからどうしたらいいと思う?」
「ひ、ひひひひひぃい! やめて、たすけて……!」
「あのさ、お前に幻覚見せてないだけで感謝して欲しいくらいなのに、相談すら乗ってくれないとか人間すぎ。まだ何もしてないのにさ!」
私は不貞腐れながら、断頭台に首を固定された人間にそう話す。
今のままだと、私は確実に不利であるだろう。顔も知られたし、独りだし。
人間の追っ手もしつこそうだ。これはただの偏見だけど。
それを解決するために、敵の同族である人間に相談して回っているのだ。
「や、やめて……離して! いやあぁああ!」
「……もういい。こいつ殺しといて」
呆れた私は処刑人の骸骨にそう指示する。すると間もなく刃が降り、静かになった。
私は、処刑だらけのこの空間に嫌気が差した。
何だか作業のようで、それに忙しさも伴っている。私はそんなの好きではない。一回いっかい、愛を込めて処刑したいからだ。
量が多ければ多いほどいいのは確かなのだか、私は質を求めるタイプであるので。
けれどもそんな時間はないし、一人ひとりに使えば私の魔力が持たない。
なので私は幻覚を見せる魔法を使わず、ただ淡々と至る所で処刑させている。
「次、お前。ねえ、私はこれからどうするべき?」
後は刃物を落とすだけの、死を寸前とした人間に相談してまわる。これはこれで、愛を注げている気がする。
「………………」
この男、もしかして気絶してない?
体を揺さぶってみる。
「ねぇ、おーい? 大丈夫?」
するとその小さな衝撃で、上の刃が落ちてきて彼の首を撥ねた。
うわあ、やってしまった。なんの絶望も与えずに殺してしまった。なかなか悔しいところではあるが、まあいい。次に行こう。処刑は切り替えが大事だ。
「揺らさないように、揺らさないように……。ねえ、お前。ちょっと話さない?」
私はまた、隣の者に話しかけた。
「……この状態でどう話せと?」
この少年は、私の言葉に応えてくれた。
なるほど、ようやく話の通じる者が現れたわけだ。
可愛がってやらなければ。
「お前、名はなんて言うの?」
「知ったところでどうするつもりだ」
少年はうつ伏せのままそう答えた。
「その方が会話しやすいでしょ? まあ教えてくれないならいいや。どうせ覚えられないし。でも、殺される相手の名前は覚えておきたいでしょ? じゃあ自己紹介。私はフォティノース。魔王階席6位にして、この空間の支配だ。よろしくね」
私はそう、ひとり勝手にペラペラ喋ってやる。
だが彼は、一言「そうか」と呟いただけだった。
私は逆に興味を持った。なぜならこの断頭台に首を通した時点で、人間どもは生きる気力を全て失い絶望に陥るからだ。
こんなにも冷静で、絶望が見えない人間は初めてだ。今世で見た事ない。それも、見たところ子どもである。なんて達観した人間なのだろう。それとも、エルフなどの長命種なのだろうか。
「……お前、どうしてそんな落ち着いていられるの?」
「どうして? 俺はもとから死にたかったからな。さ、早く殺せよ。処刑するんだろう?」
彼はそう煽るので、私は逆に処刑したくなくなってきた。
生きるために嘘を言ったか、はたまた本当に死にたがりなのか。真偽はどうあれ、こいつは興をそそる。生かしてやっても悪くないだろう。
「……フォティノース。お前のせいで、俺の人生は台無しだ。たったひとりの好きな人くらい護れない俺なんて、処刑されるが相応しいさ」
だから早く、と。
この少年は、生きる希望を失っている。死ぬ事で希望を見出している。
生きる希望がないのなら、尚更生きてもらわなければ面白くないというもの。
私はこの少年の断頭台を消し、自由の身にしてやった。
「……はっ? なんで……」
「いいや、なに。道化としてお前は役に立ちそうだ、と思ってね。死にたがりを生かし、命乞いする者を殺す。これが私さ」
天邪鬼なのは承知だが、その方が愉快であるから。
明るい茶色の髪に、紅色の瞳。年齢は青年期前半くらいだろうか。庶民の格好をしたこの男は、私の事を鋭く睨みつけた。
あと少しだったのに、と言いたげな表情だ。それでこそ面白い。
「……なら、いっそ自殺してやる」
彼は近くにあった骸骨兵の槍を奪い、自分の喉に突き立てる。
「どうぞ。早くやりなよ」
私は腕を組み、見届けようとした。
彼の腕は震えていた。それでは上手く急所に刺さってはくれない。
けれども震えが止まらない彼にそんな度胸はなく、彼は槍を離し膝を地面につく。
なんだ、お前も結局死ぬのが怖いんだ。
「……つまらない。本当に死んでくれると思ったのに。まだ生きたいと思うのか、それとも死という概念に恐れを抱くのか」
まあ、どちらでも構わないけれど。
私は冷ややかな、興醒めだという目を向けながらそう語った。
それはそうと、どうして他の人間とは違う考えをしているのだろう。根本は同じであったものの、表面は強がっていた。本当に生きたいと願うのなら、私に命を乞うだろうに。
「……お前のせいで、王女様は消えた。お前のせいで、お前のせいで、俺達の国は魔族に支配されてしまった! ぜんぶ、ぜんぶお前が居なければ!!」
王女様、魔族に支配された、この言葉で、この少年はヴォールス帝国の者だと察しが着いた。
この少年は、ただ嘆いた。ただ、地に向かって泣き叫ぶ。
だが少年は、意外と勇敢だったようだ。
彼は突然体を捻らせ、後ろにいる私に手放したはずの槍をもう一度掴み、私の腹部を穿った。私は思いもよらぬ行動に、防御魔法を発動せずそのまま貫かれてしまった。
「へえ?」
怒りに身を任せ、命知らずな行動をした彼に、私は既視感を覚える。
ああ、そうだ。これは私とアサナシアの出会いによく似ている。とても懐かしい感覚だ。同時に、彼の心情が今になってようやく理解できた。
可哀想。勝てるはずもない相手に挑む目の前の少年に、そのような思いを抱いた。無謀であり、無意味。その行いが、見ていて可哀想だと思ったのだ。きっと、アサナシアもそう思っただろう。
「ふっ、面白い。だが少年よ、そんな場所に私はいない。しっかり、ここを狙わないと」
私はここ、と言って自分の左胸を拳で少し強めに叩いた。
ここは核。魔族の急所であり、魔族が生きる上で一番大切なもの。これがないと生きていけないし、これがあれば体は寿命以外では死なないだろう。ただし、この核に刃が1寸でも触れれば、その魔族は死ぬ。そこでようやく、死に至るのだ。それに、その核は各々違うところにある。私の場合は、人間と同じように心臓付近にある。
それを、その弱点を私はこの少年に教えてやっているのだ。
「ほら、こないの?」
「……もう、いい。俺は弱い。お前のような魔族を倒せるほどの強さは、俺には無い……!」
少年はそう、大粒の涙を流しながら嘆いた。
ああ、可哀想に。目の前にあるのに、届かないもどかしさを私は知っている。
幼いながら、彼はなかなか良くやっていると思う。
死んでしまう未来に手を伸ばすより、絶望の生を選んだ少年に、私は興味を持ってしまった。
「弱い、ね。なら、戦い方を教えてあげようか」
「……は?」
人間に戦いを教えるなんて、フォティノースはなんて馬鹿なのだ。どうかしてる。そう魔族国の皆は言うのだろう。
でも、純粋にこの少年に興味がある。強くさせてみたい。そう思ったのだ。
言うならば、この私が鍛えさせて見たらどれほど強くなるのかという実験のようなものだ。
「私は、ベルを守れるよ」
「……何故だ。何故お前は、ヴォールスからベル王女を奪った! 奪った挙句に、王女様を守るだと? ふざけるな! このクソ魔族! 絶対に殺す、殺す、ぐちゃぐちゃになるまで殺してやる!!」
先程死ねなかった臆病者が、何をほざくかと思えば。
だけど、よくもここまで言えるものだと感心する。死に直面しているのなら、そんな言葉は出てこない。
勇敢なのか、臆病なのか。
「あっそ。今のお前にそんな事が出来るとでも?」
「……っ!」
少年は歯を食いしばる。
「だからそんなお前に、ベルを護る術を教えてやるよ。ベルを連れ戻し、人間界を破壊する私を殺す術も教えてやろう。さあ、どうする? 共に行くか、ここで死ぬか」
私はそう、冷たく言い放った。
彼は唇を血が滲むまで噛みながら、こう言った。
「……ついて、いってやる……!!」
 




