第29話 処刑
そこはどこかの処刑場。
ギロチンなるものが横に綺麗に並べられており、民衆は距離を置きながらそれらを見守っていた。
「……ティオ、オゥス!!」
「その声は、フォティ!」
目隠しをされたオゥスは、声だけで私と判断する。
ティオもオゥスの後ろに続き、声のする方に顔を向けていた。
「おい、お前。ティオとオゥスは関係ない! 処刑するなら私だけに──」
「彼らは以前から冒険者ギルド内、いえ、このリムダル国内を騒がせている盗賊です。同情の余地は、とうにありません」
何故、そこまでする必要がどこにある?
何を盗んでいたのか、どれほどの罪の重さかは分からない。けれど私と共に、この私の隣で処刑するなんて。
とても、それは可哀想だ。
魔族の私でも、分かること。
「……ベル、ベルはどこだ!」
私は緑の髪の彼に問う。
「王女様なら、もうこの国を発っているでしょう。ヴォールスは魔王軍により滅ぼされ、行くあてが同盟国のパンゴズミア帝国しかありませんから」
なんて、なんて酷い話なのだろう。
こちらの言い分も聞かずして、私たちを殺そうとするなんて。
仲間が、私のせいで殺される。
「──」
だが、その仲間は人間だ。
助ける義理なんかない。そもそも滅ぼすため来たのだから。
けれど彼らは、私に信頼を寄せていた。
魔族だと分かっていながら、数日しか共にしていない仲間だとしても、彼らは私たちを頼りにしていた。
そして何よりも、私は彼らを気に入っていた。
人間でありながら、私という魔族を信じていたから。
「……私たちは、ダンジョン内で殺された者たちのことなんか知らない。だがお前たちがどうしてもというのなら、私は容赦しない」
「何が、言いたいのですか?」
魔力を手以外の全身に巡らせ、感覚を研ぎ澄ます。
「ティオとオゥスを、解放しろ」
「……それは、出来ないでしょう。ここだけの話、たとえ今回の事件に彼らが関与していなかったとしても、僕達としては都合が良い。なんせこちらも迷惑していましたから」
軍服姿の青年は、振り返り私の耳元でそう言った。
怒りは既に爆発寸前。人間相手にムキになるのは恥ずべき事だが、それ以前に私はその人間のために怒ってしまっている。
魔族でありながら、私はいつの間にか、人間に情を持ってしまっていたのだ。
「彼らを前へ!」
青年の一声で、私たちはギロチンの横に立たされる。
ティオとオゥスは目隠しを外されると、横にあるギロチンを見て悲鳴をあげた。
「この者たちは、同胞である冒険者を殺し、彼らの物を盗んだ! それに加え、ヴォールス帝国の王女様をも誘拐し加担させた! よって、この者たちを、死刑に処す!」
民衆は非難の声を上げる。
それと同時に、喜びの目を向ける。
私はまるで、見世物のような、そんな気がした。
「そうか。ああ、私たちは、こんなにも──」
汚らしい、ざまあみろ。
ひとつの死を目前としながら、民はみな、重く深く捉えていない。
ティオやオゥスたちと、同じ種族ではないらしい。
「何か言い残すことは?」
「──魔王階席第6位、我が名はフォティノース! お前たち人間を滅ぼしにやってきた、魔族国からの使者である!!」
続けて私はこう言い放った。
「処刑する、と言ったな? 翠の! 出来るものならやってみるがいい!!」
昼間の明るさは、とうに消えうせた。
雲が太陽を覆い、雷が鳴る。
「フォティ! やめろ!」
「貴様ら人間どもは、この我が処刑してやる!!」
私は体内に巡らせた魔力を、外に一気に出す。
魔力放出により、周りの人間や物は見えない何かに衝撃を受けた。
その不意な衝撃により、手首の縄は一瞬緩む。その隙を狙い、私は手に魔力を込めた。
「顕現せよ! そして、殺せ! 『失意の断頭台』!!」
上空に現れるは、不思議な木製の扉。
闇のオーラは扉の隙間から溢れ、内側から扉をガタガタ鳴らして開扉を試みる何者かがいた。
そしてそれらの勢いは、増すばかりである。
「……さあ。ティオ、オゥス。君たちとはここでお別れだ。いつかまた、必ず会おう!」
私は彼らの方を向いて、微笑みながらそう告げた。
「……ああ、そうだな! そっちも気をつけろよ!」
「感謝するぜ、フォティ!」
ふたりはそう言うと、近くにいた兵士を足で蹴飛ばし、公開処刑のための台から飛び降りた。
そうして当然、彼らの追っ手もいるわけで。
「現世を絶望に染め上げろ、エクレテウ! それと、彼らを逃す手助けをしてやれ」
バン! と強く扉が開かれると、そこから亡霊たちの幾百の腕が伸びていく。
腕だけではない。骸骨の兵士、怨霊、そしてグールなども。
骸骨は案の定、上から落ちて骨がバラバラになってしまっていたが。まあいずれ自分で再び組み立てるだろう。
人間どもは阿鼻叫喚。突如訪れる魔物の群れに、理解が追いついていないようだ。
まあ理解する前に、死ぬだろうが。
「ふふふ、ふははははははははは!!」
思わず私は笑いが溢れてしまった。
それはなぜか。
人間があまりにも道化すぎるからだ!
「……それで、処刑するって? 誰が、この私を殺してくれるのか!」
台から見下ろす景色はまさに絶景。
私の配下たちが、待ち望んでいたことであろう。
「あの男2人は絶対に殺すな。触れることも許さない。いいな」
私の指示を聞きにきた亡霊たちにそう伝えると、彼女らは頷き去っていった。
ああ、これは私が思い描いていた情景とそっくりだ。美しい。
そして、もうほとんど役割を果たしていないこの手縄を力づくで千切り、私は制御されていない力を発揮できるようになる。
「……ふぅ。さて、と。今日の処刑は多くなりそうだな。魔力も潤っている。それならば、召喚してみても良いだろう」
私は指先に魔力を込める。
すると空中にそこそこの大きさの魔法陣が浮かび上がった。
召喚魔法の魔法陣である。
「我の呼び声に応えよ。そして、この世に絶望を与えるがいい!」
魔法陣は激しく発光しだす。
そしてその魔法陣から召喚されたのは、コラキの大群だった。
コラキというのは、魔物のカラスの名称のことだ。
コラキは死体の肉を好んで食べる。特に好物なのは生き物の眼球だ。彼らは眼球を食べようと、目をクチバシで突いてくる超厄介な魔物だ。
それに加え、コラキは炭の粒子で出来ている。故にいつでも塵となって消えることが出来たりするので、攻撃がまともに通用しないのだ。
けれどもコラキは、太陽の光に当たると燃え尽きて死ぬ。
そんな彼らを、私は大量に召喚する。
カラスが飛び立っていくと思えば、彼らは人間どもの眼球を目掛けて攻撃する。
「……はっ。ふふふ。流石人間だな。戦いを知らず、のうのうと生きてきたのが丸わかりだ」
混沌を眺めながら、私はただ笑っていた。
懐かしいこの感覚、光景をしっかり体に染み込ませる。
平和な広場が、ひとりの魔族によって崩壊させられる。
この事実が、堪らなく興奮する。
だが、いずれこれも制圧されてしまうだろう。だからその前に、私はこの場から姿を消す。
それにここは、冒険者が沢山いるだろうから。私ひとりではおそらく無理だ。
「引き上げろ、エクレテウ」
私の命令に従い、上の扉から私を迎えに来るのは包帯の巻かれた亡霊の腕。
人を容易に握れるほどの大きさだが、握られるのは嫌いなので手のひらに乗せてもらう。
そして彼らの混沌とした様を見ながら、エクレテウの中へと入っていく。
さてと、ここからどうするべきか。




