第25話 ダンジョンの底で
「ベルー! どこー!」
「嬢ちゃーん! 居たら返事してくれー!」
私とティオ、そしてオゥスはベルを見つけ出すために洞窟の暗がりを進んでいた。
一切光がない代わりに、音がとても響きやすくなっており、水が滴る音ですら反響していた。
「オゥス、後ろは大丈夫──って、おい、嘘だよな……?」
ティオにつられて、私も後ろを振り返る。
すると、一緒に行動していたはずの坊主頭、オゥスが居なくなっていた。
「……ねえ、ティオ」
「……ああ、これはマズイな」
私たちは距離を縮め、いつ襲撃されてもおかしくないように戦闘態勢を取る。
耳を済まし、小石がひとりでに転がる音や、アラフニどもの小さな足音を聞いてみる。
幸い魔族は暗闇に慣れているため、光がなくたってちゃんと見えるのだが、人間はどうだろうか。だがまあ、おそらく見えないだろう。
「……走ろう!」
「偶然だな、俺も同じこと考えてたぜっ!」
するとティオは、私を置いてひとりで駆け出した。
私も負けじと走るが、ティオの足はとても速かったらしく、なかなか追いつけない。
「……ホントに人間の速度?」
私がスピードを上げても、彼の軽装備な背中を見ることは出来なかった。
足には自信のあった私でも、追いつくことが出来ず。結局私は置いていかれ、1人になった。
「……いや、違う」
置いていかれたんじゃなく、ティオも消えてしまったのだろう。
それにかなり走ったので、後戻りは不可能だ。
どうやら、ひとりで先に進むしかないようだ。
「……ちょっと待ってよ、独りは聞いてないんだけど!」
実を言うと、洞窟は苦手なのだ。
ジメジメしているし、少し狭いし、一方通行だし。
今まで誰かがいたわけだから、苦手なのをすこし軽減できていた。けれども誰もいないとなると、変な静けさで体がムズムズする。
「……あー、あー。誰かー?」
とにかく、私は先に進む。
私の足音が洞窟内に轟き、少しばかり気まずさもあった。
「私は魔族だぞー、怖くないぞー、来るなら容赦しないからねー」
どこの誰かも分からないが、忠告だけはしておいてやろう。
魔族に手を出すなんてそんな馬鹿な真似は辞めて欲しい。決して怖いからとか、そんなのじゃなくて。
「……冗談でしょ?」
少し進んだ先。目の前の道は、大きな岩によって塞がれていた。
つまり、行き止まり、と。
「ふっ、馬鹿だな。ここの製作者はこの私が来る事を予想していなかったんだね」
私は魔力を手に集中させ、魔法を発動する準備をする。
手のひらを岩に向け、それを壊せるくらいの威力になるよう魔法の玉の大きさを調節する。
そして子どもが入れるくらいの大きさにすれば、その魔力の塊を放つ。
ドゴォン! と轟音がしたと思えば、今度は私の体重の行き場がなくなった。
もっと分かりやすく表現するならば、私は落下している。
「っわ、はぁぁあああ!?」
つまるところ、あの岩は罠で、あれを壊せば隠されていた穴が開き、壊した奴を文字通り地の底へと落とすわけだ。
なるほど、してやられた。私はまんまと罠にはめられたらしい。
くそ、ムカつく!
「……にしても、長いな」
滞空時間がなかなか長いような。
ずっと落ち続けてはいるものの、下を覗いても着地点が見えない。
フードは落下とほぼ同時に取れてしまい、普段ローブの下に隠れて着ているミニなスカートやら装飾やらも重力には逆らえない様子。
「あ、見えた。よし、ここだっ」
私は地面に着陸するほんの直前、浮遊魔法を発動し宙に留まる。これをすることにより、勢いよく地面と衝突してしまうという事がなくなり、安全に着地することが出来るのだ。
そして地面から数センチのところまで降り、魔法を解いた。
「……うわ、何コレ」
地下に展開されていたのは、とんでもない広さの空間に、とんでもない大きさの蜘蛛の巣だった。
そして巣には人間の手足や骨、武器やら何やらが引っかかっていた。
それに加え、まだ生きている人間がいくつか。
「んー! んんーんー!!」
ベルの気配だ。
そして今の声。おそらく、私のことを呼んでいるだろう。
私は張られた蜘蛛の巣を見上げる。
「ベル! ティオにオゥスも! 待ってて、今行くっ」
幸いにも、あの蜘蛛の巣の主の姿はまだない。
今のうちに彼女らを助けられないだろうか。
「──キリキリ、キリキリキリ」
アラフニの鳴き声だ。
それはどこから?
「──ふっ!」
私は上から落ちてきた巨大な蜘蛛の魔物、通称アラフニを後退して避けた。
このデカさは私のゼロでもなれないだろう。ドラゴン並の大きさをしていた。それなら、あの大きさの巣を張れるのも納得だ。
「お前は……このダンジョンの守護者って事でいい?」
「キリキリキリキリキリキリ」
前の口を擦り、金属音とはまた違った独特な音を放つアラフニ。
「うん、そうらしいね。アラフニを傷つけるのは私の趣味じゃないから、話し合いで済ませたいんだけど」
「……キリキリキリ」
「ベルたちを返してくれたら、私たちはすぐにここから去ってやる。お前も殺さないし、これ以上この洞窟かダンジョンか分からないような所も触らない。これでどーう?」
私は敵意がないことを両腕を挙げて示しながら、目の前の巨体と話す。
通じているのかどうか分からないが、一応試してみるのもアリだと思って。
「キリキリキリキリキリキリ」
「はーあ。こういう時に、カタストロフィがいたら良かったのに」
戦う気満々のアラフニを前にして、私はないものねだりで溜息を吐いた。
そっちがその気ならば、こっちもやってやろう。
「……くそう、やっぱり懲らしめるだけにしてあげるよ。どうしても可愛さが勝っちゃう、世知辛すぎ……!」
仕方ない、もう割り切るしかないのだ。
私は全身に魔力を行き渡らせつつ、手に魔力を集める。
「──キリキリ」
「キリキリ」
目前の巨体よりも、少し高めの音が背後から聞こえた。
なるほど、私はまたしても罠にはめられたのか。
おそらく、振り返ればとんでもない数がいる。見ずとも気配で感じてしまう。
「……私だけじゃ無理っぽいかもな。この量は」
こうなったら『失意の断頭台』を出しても良いのだが、如何せん数が多すぎて先に私が魔力切れを起こしてしまうだろう。
となると、やはり何か召喚するしかないか。だがもしも、これで弱い魔物が召喚されてしまったら私はただ無駄に魔力を消費しただけになってしまう。
運に賭けるか、それとも自分を信じて戦うか。
「んんーんー! んんんんー!!」
ベルの必死に伝えようとする声が、私の耳に入った。
なぜ私が人間どもなんかを助けないといけないのか。
なぜなら私の強さをやつらに見せつけ、私が最強の魔族だと言わせるためだ。
アサナシアに鍛えてもらったこの戦闘力を、アラフニどもにお見舞する!
「さあ、どこからでも来い。魔王階席、第6位フォティノース。心ゆくまでお相手しよう」
相手が一体誰であれ、名乗るのは戦う者として当たり前のこと。これは常識であり、礼儀でもある。
魔力は既に練られており、魔法を繰り出す準備は万端である。
「キリキリキリキリ!」
アラフニの大群が、私に一斉に襲いかかろうとして。




