第23話 交流
人間とは怖いものである。
私が魔族とも知らないで、酒をグングン飲ませるんだ。
「それでぇ、私は魔王様にこう言ったんだ。『素手でやってやる』ってねぇ!」
店内は大盛り上がり。
いやあ、酒は気持ちいいものですな。気分も上がるし、疲れも吹っ飛んだ気がする。
今なら何でも出来そうだ!
「よぅしお前たち! 今日はこの私、フォティノースが奢ってやる! 飲むぞー!」
「……お姉ちゃんってば」
元気の無いベルを差し置いて、私は武勇伝を人間どもに言い聞かせた。勿論多少は盛ってあるが、真実なんて知る由もないので大丈夫。バレたところで殺せばいいし、私からしたらメリットしかない。
と、そんなこんなで時間は過ぎ、あっという間に深夜になっていた。
流石に眠気が限界な私は、宿がこの上の階だというのを聞いたので、そこに泊まらせてもらうことにした。
ほとんどの食堂、酒場の上の階には宿屋が備わっているらしく、酒に潰れた後はそこで皆撃沈しているのだとか。
私も例外ではない。ふかふかのベッドに死んだように眠る。まさに酒飲みの常識でもある行為だ。
しかしながら、極度の頭痛により早朝に起床。二度寝すら許されない痛みに悶えながら、私は布団にただ包まるのみだった。
「あら、ふわぁ、早いわね。何してるのよ……」
隣のベッドで寝ているベルは、体を起こし背伸びをする。
まだ完全に開いていない瞳ながら、ベルは私の姿を見て質問してきた。
「何って……頭痛が酷いんだよ……」
「頭痛? ああ、二日酔いではなくて?」
つまりお酒の飲みすぎだ、と。
魔王階席たる私が、こんなくだらない飲み物に潰されるとは……。
不覚、なんたる屈辱!
「うぅ、辛いよぅ……」
「あら、大丈夫かしら? それにしても、魔族も二日酔いなんかになるのね。待っていて、お水を貰ってくるから」
そう言ってベルは部屋の扉を開け、どこかへ行ってしまった。
魔族なのに、私魔族なのに……。
すると数分、いや数十秒もしないうちに、ドアがノックされる音がした。
私はそんな気分ではないので、居留守および無視をした。
「……あれ、いねぇのか?」
「さあな。まだ寝てんじゃねえか?」
昨日一緒に飲んだ野郎たちの声がした。
まあ仕方ない、これも何かの縁だ。
私は木製のドアをゆっくり開け、だるそうな表情を作りながら男たちの前に立つ。
「よっ、フォティ! 今日ギルドで特別クエストが出るらしいが、一緒にどうだい?」
「オレたちのパーティに入るといいさ。あの小さい嬢ちゃんも一緒に、な。どうだい? いい案だろう?」
クエストとは。
なんだよそれ、人間の国に奉仕する仕事か? ならやらないぞ。
私は大きく欠伸をし、今にも瞑ってしまいそうな目を擦る。
興味無いから、断ってしまおう。
「悪いけど、私たち忙し──」
「おはようございます。ティオさん、オゥスさん。何かご用ですか?」
丁度断ろうとしたその時、コップ一杯の水を手に持つ少女が私の言葉を遮った。
というかコイツらの名前なんで知ってるの?
どっちがティオで、どっちがオゥスか分かんないんだけど。
「おぉ、おはよーさん。嬢ちゃんも来るか? ギルドで特別クエストが出るらしくてな」
「ええ、是非! ねえ、お姉ちゃん? 私達ちょうどギルドに行こうと話をしていたんです。それにお金もあまり持ち合わせていませんし……」
勝手に引き受けたベル。
あの小さな紫の瞳の中に、満天の星が輝いていた。
では私は部屋で引きこもるとしよう。
「あそ。じゃ、私は寝るから。楽しんで」
私は扉を閉めようとする。
するとベルが閉めようとする扉を急いで掴み、水を零しながらも私を引き留めようとする。
「おーねーがーいー。ぎーるーどーにーいーくーのーよー!」
彼女の力は案外強く、私も壊さない程度に必死に閉めようとする。
こいつ、片手でこんな力を出せるの?
「あー、もう! 我儘なガキめ。仕方ない。分かった! じゃあ行くよ! 朝ごはんを食べてからね!」
「やったー! と、言うことですので、ティオさんとオゥスさん達は待っていてくださいますか? そうですね……正午にここの入口で会いましょう」
「おう! じゃあまた後でなー」
私は彼らに背を向けて、早速準備に取り掛かる。
爆発している寝癖を整え、ローブを纏う。そしてフードを顔が分からないくらい深く被る。これで完璧だ。
「やったー! お姉ちゃん、ギルドよー! それに仲間もいるのだし、最高のスタートではなくて!」
ベルはそう興奮気味に話す。
私は興味が本当にないので、適当に相槌をしておく。
というかふと、思い出したのだが。私たち、顔バレてない?
正午。
私たちは約束通り、店内の入口付近で待っていると。
「よぉ、さっきぶりだな。おいおい、そのフード取れよぉ。オレらの仲じゃねぇかよ」
装備をしっかり備えた坊主の男はそう言った。
けれど、隣に立つ金髪気味の男は軽装備。この差はなんだろう。弱いからだろうか。
「そうはいかないんです。ああ、それと。私達の顔や名前を、なるべく拡散しないでいただけますか?」
「お、おう。まあ、善処はするぜ。だがよ、お前ら一体何やらかしたんだよ」
そう笑いながら言う男たち。
所詮この者たちに知られたところでとは思うが、いつどこで見られても良いように、との事。私には必要ないが、ベルが必要大ありらしい。
そうして雑談しながら向かう先は、ギルドという冒険者向けの役所らしい。それは今ようやく前方に見えた。
今までの木骨造りとは打って変わって、あの建物は石やレンガなどで造られていた。
その石積み建築は今までの街並みには似合わないからだろう。少し大きな石橋を渡った先に位置していた。
そして元から開いてある大きな門を潜り、中に入る。
「わ、今日は人が多いわね」
「そりゃあ、滅多にない特別クエストだからな。今日のは報酬が弾むらしいぜ?」
室内は極めて混雑しており、長蛇の列が成されていた。
とりあえず、このふたりの男について行こう。私たちは何も分からないのだし。
「一旦貼り紙を見てみるか。もう終わってる可能性もあるしな」
「ああ、そうするか」
男たちに着いていき、私たちは受付の隣に貼られている紙を見る。
文字の読めない私は、ただ紙に描かれている絵を眺めるしか出来なかった。
「特別クエスト、特別クエスト……っと、これだな。ダンジョン攻略か。悪くねぇな」
「ダンジョン攻略? なあに? それ」
私は坊主頭に聞いてみる。
「ダンジョン攻略ってのは、ダンジョンっつう洞窟を、オレら冒険者が調査しに行く、みてぇなもんだな」
丁寧に説明してくれたおかげで、少しは解像度が上がったような、上がってないような。でもとにかく洞窟なのは確かなのだと思う。
本音を言うとジメジメしたところはあまり好きじゃないので、なるべく帰りたい。
「それじゃあ、俺達は受付してくるから、そこら辺で待っててくれ」
「はい。ああ、けれど私達、冒険者カード持っていないわ。登録しなければなりませんよね?」
また新しい単語だ。なんだそれは。
冒険者カード、と言っているのだからおそらく、手帳のような物なのだろう。
「あー、いや。今回は特別クエストだから、必要ないぜ」
「そうなのね。なら、クエスト受理の手続きをお願いできるかしら?」
「おう、任せな」
ティオとオゥスはそう言って、あの長い列に並び始めた。
待つ時間も苦痛だが、まあいい。
貼り紙でも見て待つとしよう。
「……ん? んー……?」
すると私は見覚えのある顔に出会う。
やけに上手な絵だから、嫌でもわかってしまった。
「い、いいい、イウースリ?!!!?」
そこに描かれていたのは、魔族国で私の部下であり頼もしい人物、イウースリが謎の文字と共に貼り出されていた。




