第22話 街の食堂
私はベルと共に、食堂とやらにやってきた。
「いらっしゃいませー! こちらの席へどうぞー!」
元気な娘に案内された席に座り、店内をぐるりと見渡した。
そして置かれたおそらく品物一覧の紙を手に取り、読めもしない文字を解読しようと試みる。
魔族の話す言語はまた別だが、私たちは人間が話す言葉をすでに習得している。
人間界の言葉は完璧にマスターしなければならないのが、アサナシアの教えのうちのひとつである。
「ありがとっ、お姉ちゃん」
フード越しにも伝わるような満面の笑みを向けるベルに、私はふっ、と鼻を鳴らして返答をする。
内装はというと、木造建築なのがよく伝わってくる。窓からの明かりはあるものの、少し暗いのが印象的だろう。
家族で食事をしている者は少なく、鎧を着た男や大きめの体格をした男など、女性の姿は私たちと店員以外に見られなかった。それになんだか酒臭い。
食事を摂る場所は魔族国にもあるが、もう少し落ち着いた雰囲気だと思う。それに居心地も魔族国の方がもっといい。
「おいテメェら、どこのモンだ? あぁん?」
こんな風な、他人に喧嘩を売るような馬鹿な連中は居ないのだ。
私は気にせず紙に集中する。こんなボロボロになるまで使い回されて、可哀想に。
だがしかし、読めないものは読めない。聞けたり話せたりはするのだが、私はヒト語の読み書きが苦手なのだ。くそう、もう少し勉強しておけばよかった。
フォティノース、この文字のうちのどれかさえ入っていれば、なんとか解読できそうなのだが。
「なあに、おじ様たち? 私達はお腹が減っているのです」
「おおっ? 女の、しかもガキじゃねぇか! ラッキーだな! んで、こっちは? って、メニューばっか見てんじゃねえよ!」
「あっ」
私は紙を取り上げられてしまった。
取り上げた馬鹿人間の面を拝むため、私は顔を上げる。
「それ、返してくれるかな」
私は比較的穏やかな態度で対応してみる。
「こっちも女かよ! 今日はツイてるぜ!」
「なあなあ、コイツら持ち帰っちまおうぜ!」
3人の男がわちゃわちゃ喋っていて、私の話を聞いてもらえそうにない。
ふむ、こういう時は仕方があるまい。殺しても良いだろう。
「3秒あげる。そのうちにその紙を返して。返さなかったら、お前たちは全員死ぬ」
「は? 何言ってんだ? 女のくせして生意気だなぁ?」
私は無視してカウントを始めた。
「さーん」
男たちは動じない。
「にー」
ヘラヘラ笑っているだけで、何もしない。
「いーち」
すると1人の男が、ベルの腕を掴み持ち上げた。
強引に連れて行く気だろう。
なのでその男から、魔弾で脳天をぶち抜いた。
「さーて、次は?」
店内に静寂が訪れた。
全ての視線は多分私に向けられているだろう。見なくても感じ取れる。
「……っテメェ! 何しやが──」
間髪入れずにまた撃つ。
「ひ、ひいっ! わ、わかった! おおおおオレだけは助けてくれ!!! も、もももう何もしねえよおぉお!」
そう言って、最後の男は逃げていった。
なんだ、弱虫なヤツめ。つまらないじゃないか。
そうして私は、立ち上がるまでもなく勝利した。
ふはは、これが魔族の力というやつだよ。
次はどこのどいつだと店の中の人間を睨みまくっていると、カウンター席に座っていた男がこう言い放った。
「うぉぉぉお! あの盗賊がとうとう殺られたぞ!」
「ようやく平和になりますね……!」
店内は歓喜ムード。
乱闘を期待していた私にとって、これは大きな問題だ。
まさか、喜ばれるなんて。
「お前、名前はなんて言うんだ!」
「まさに英雄ですなあ!」
言うならばお祭り騒ぎ。
あの3人の男は、それほどの人間だったのか。
私たちの席の周りに人が集まり始めてしまい、人目を避けることが不可能になってしまった。
目の前に座る元王女様は、おどおどしながら私に助けを求めている。
「おふたりとも、ありがとうございました! 失礼でなければ、お名前を伺ってもいいですか?」
先程の娘がやってきた。
名乗るのは構わないが、流石に本名を言ってしまうと追っ手にバレるかもしれない。
ので、私はこう名乗った。
「フォティだ」
「べ、べラです。私の名前でしょう? ベラです」
ベラか。確かに偽名としては良いかもしれないけれど、それだと音を変えただけだから分かりやすくないかな、とか思いつつも口を出さないままでいた。
まあ私は自分で言うのは何だが、単純な性格なので褒められたり崇められたりすると調子に乗ってしまう。これは悪い癖だと分かっているものの、嬉しいものは嬉しい。
なので私は、それ相応の反応を見せる。
「フォティ様にベラ様! お礼にこのお店の物を何でも差し上げます!」
「ふふふ、何でも?」
「はい、何でも!」
何たる幸運。何たる奇跡。私はこの店を手に入れてしまったらしい。
とりあえずは空腹凌ぎに酒を飲もう。
「ではこの店の酒を全部寄越しな。それと……クソ、読めない」
「では、シェフのオススメをいただこうかしら」
私たちはそう注文し、料理の提供を待つ。
「それにしても嬢ちゃん達、どっから来たんだい? 顔を見せてくれや!」
「お前たちが忘れてしまったであろう国から」
「……近くの村からです」
フードを深く被ったまま、陽気な男たちの質問に答えていく。それらにはもちろん、魔族ということを断言せずに。
「……お待たせしました! こちらビールと、店からの感謝のランチでございます!」
そして運ばれてきた品々。
私の前には、かなりでかいサイズの器に入れられたビールとやらが置かれ、ベルの前にはこれでもかと言わんばかりの様々な料理が皿の上に乗せられていた。
こんな膨大な量を、女児が食べ切れるわけないだろう。
「い、いただきます……」
私は困り眉のベルを置いて、酒に手を伸ばす。
「……ぷっは! うっまーい!」
一気に飲み干し、追加の物をねだった。
それらが追加されると、私はまたまたすぐに飲み切る。 そして追加で注文する。飲み干す。注文する。飲み干す。注文する──。
それがなんと、昼時から深夜まで続いた。




