第21話 宝石の魔道書
次の村に向けて歩いている私たち。
色々考えながらも、そういえばと私は隣の少女に質問した。
「ねえ、ベル。ゼロを蘇生したいんだけど、まだ?」
「ギクッ……え、ええそうね。あのアラフニの事でしょう? 勿論可能よ。ええ、もちろんよ!」
黒髪を揺らしながら、ベルは答える。
ゼロというのは、私の飼っていた蜘蛛の名前だ。魔物の蜘蛛であり、つい先日騎士に殺されてしまった可哀想な子の名前だ。
そんなゼロを蘇生できる術があるとベルに聞かされた私は、それを信じ旅の仲間として引き入れている。
「出来るか出来ないかじゃなくて、私はまだかって聞いたの」
太陽の光が、木々の間から差し込む。
鳥のさえずりや、心地よい風で葉が踊る。
「……を……ないと」
それらの音で、あまり聞こえなかった。
私は聞き返す。
「え? なんて?」
「……宝石の魔道書を……探さないと……」
宝石の魔道書?
初めて聞く名の本だ。
「それ、なに? 宝石の? 宝石図鑑みたいな?」
「違うわ。宝石の魔道書を知らないの?」
私は首を横に振る。
「そう。じゃあ説明してあげる。宝石の魔道書とは、宝石にまつわる魔法が書いてある本よ。例えばそうね、ルビーを使った魔法は何か知っていて?」
ルビーとは、おそらく赤い宝石の事だろう。
いや、青だったか。緑なような気がする。
まあなんでも良いけれど。
「知らない。そういうのは詳しくない」
「炎の魔法よ。そもそも宝石って、もともと魔力を有しているの。だから魔力無しでも炎魔法を操れるし、個々の魔力量によって違うけれど、もしかしたら凄く強い炎魔法を使うことができちゃったりするの」
なるほど、興味深い。
だけれど、その宝石の魔道書とゼロを復活させることに何の関係があるのだろう。
「その宝石の魔道書には、死者蘇生の方法でも書いてあるの?」
「ええ。死んだ者を蘇らせたい、未来に行きたいとか、禁忌に触れるような魔法でも書いてあるのが宝石の魔道書よ。この伝説を聞いた貴族や冒険者は星の数ほどいるのに、未だ見つけられていないらしいの」
「そんな本を私たちが見つけられるとは思わないけど……」
なんとも希望の見えない話だ。
そんな事をするくらいなら、イスキオスに魂にまつわる本を借りる方がおそらく簡単だろう。
まあつまり、世界の禁忌に触れる事は、誰であっても容易ではないということだろう。
「それがね、知ってるのよ」
「えっ、何で?」
思わず素で驚いてしまった。
そんな伝説級の代物の在処を、こんな小娘が知っているだなんて。
嘘つけ。絶対嘘じゃん。
「あ、違うの。私が知っているのではなくて、私の知人が知っているってことよ。なんせ私は元王女だったのだし、人脈はそこそこある方よ?」
そう言われたら、納得してしまうような。
人間界の中でどれだけの物かは知らないけれど、とにかくその魔導書をゲットして、ゼロを生き返らせてやらなければ。
未だに小さい蜘蛛の死骸をポケットに入れたままなので、そろそろ瓶か何かに移し替えたいものだ。
「で、その人はどこに?」
「分からないわ。しばらく連絡を取っていないもの。けれど彼は界隈では有名だから、誰かに聞けば知っているかも」
その界隈がどういった界隈なのか不思議でたまらないのだが、ひとまず置いておいて。
「誰かって……。さっきの村は滅ぼしちゃったよ?」
「次の村でいいじゃない。さ、はやく進むわよっ」
ベルは出っ張った木の根を軽々と飛び越え、私よりも前を歩く。
蓄積された疲労はあるものの、人間界の自然は心を癒す。ゆえに何とかなっている。
ふかふかの草、月日を感じる木、無限すら思わせる空。
魔族国にはないものばかりだ。人間たちが羨ましいまである。
と、そんなこんなで新たな町にたどり着く。
城壁をくぐり抜け、美しく整えられた街並みが視界に入る。
「ここはフイジヤよ。リムダル王国の首都で、貿易がとても盛んなの。冒険者ギルドの元祖はここだと言われているらしいわね。あと、ガラス細工は世界一と言われているほどよ」
ベルはそうこの町を紹介した。
私たちはローブを羽織り、フードを深く被りながら石畳を踏んでゆく。
上に長い建物が、ズレることなく綺麗に並んでいる。
水色や橙色など、外壁に個性が出ているものの、決してその雰囲気を壊さない色使いがされている。
吊るされている看板に文字らしきものが書いてあるが、残念ながら私には読めない。皮肉だが、こういう場合に人間の同行者が役に立つのだと思う。
けれども窓から見えるもので大体は分かる。右の建物はおそらく本屋だろう。沢山の本が飾られているから分かった。けれども左の建物は分からない。人が目の前を横切るので、よく見えない。
昼時だからだろうか。この通りは活気があり、かなり騒がしい。少しだけでもいいから、静かにしてくれないだろうか。
「ねえ、ベル。どこに向かうつもり?」
「それはもちろん、冒険者ギルドよ。まずはお金を稼がないとでしょう?」
金品なんて、そこらの人間を殺して盗めばいいと思うのだが。
けれども、冒険者ギルドとやらは気になるので、行ってみるのも悪くはない。
「へえ、ここは食堂らしいわよ! お姉ちゃん、私お腹減ったー」
ベルは私のローブを引っ張り、ありきたりな建物を指差して。
確かにいい匂いもするが、お腹はまだ減っていない。
なので私はスルーしようと歩くのをやめず。
「お腹減ったー。お姉ちゃん、おねがぁい」
まるで子供のように駄々をこね始めるベル。今まで大人びたことを散々言っておきながら、こういう時は年齢に相応しい言動をする狡さに、私はため息をついた。
まともな食事はしばらくしていないけれど、私は大丈夫なので。
「お願いよー、おねーちゃんってばーあー」
無視してすたすた歩く私。
するとベルは、ローブが破れてしまいそうなほどの強さで引っ張り、私の足を無理やりとめた。
「……だめ?」
上目遣いで、きゅるきゅるしてくるこのガキ。
そこを行くにしても、やり方なんて分からないし。
ずっと目をきらきらさせてくるし。
「………………はあぁぁぁぁ」
私は今、体内の空気を全て出し切った。




