第20話 ヒトの村
一夜明け。
私たちは淡々と歩みを進め、とうとう森を抜ける。
そしてようやく、私たちは建物を見つけた。
「あ! みてみて! 村よ!」
ベルは建物を指差し、そちらに向かって走り出した。
私も後を追う。
それにしても、今回もなかなか壊しがいのなさそうな村だ。建物も少なく、どうせ住人も弱々しい者ばかりなのだろう。本当につまらない。
「……こんにちはー! 誰かいますかー?」
ベルは大きな声で呼びかける。
すると家の奥から、子供が何人か走ってきた。
「わー! お客さんだー!」
「ほんとだー! 母さんにみせたら、よろこぶかなあ!」
「ねえねえ! あそぼあそぼー!!」
私たちの周りに集る子供たち。
甲高い声が耳を刺激し、私は思わず耳を塞ぐ。
「ぼく、お母さんはどこにいる? 案内してくれると嬉しいのだけれど」
「母さんは今出かけてるんだ。それまでボクたちと遊ぼーよ!」
ベルはこちらを見て、何かを訴えている。
何を言いたいのかを汲み取ることなく、私は子供を気にすることなく歩いた。
するとやはり子供たちは何か言いながら着いてくる。だけども私は耳を塞いでいるので何も聞こえない。
「お前たち、遊んで欲しいの?」
「うん!! 遊んでくれるの?」
「いいだろう。ならここの村の一番偉いやつを呼べ」
「そんちょーさんだね! 待ってて!」
「あ、待ってよー!」
そして子供たちが、村長を探しに出る。
ようやく静けさが訪れてくれた。
私とベルは芝生の上に座り込み、子供たちの帰りを待つ。
しばらくして。
「……あ、来たわ。って、何だか大人数すぎる気が……」
ベルはそう言っているが、どうせ寝ぼけているだけだろう。
だけども気になるので、私はベルの見る方角に顔を向けて見る。
そこには数十人の大人と、先刻の子供。そして何人かの老人が大きな家から出てきていた。
「……ほんとだ。めちゃくちゃいるね」
もしかして魔族だとバレたか?
彼らは着実にこちらに向かってきている。けれども武器らしきものを持っている気配がない。
そして座っている私たちを見下ろし、老いた男はこう言った。
「ようこそおいで下さいました。ささ、こちらへどうぞ。そんな固いところに座らず、ふかふかのソファがありますゆえに」
杖をついた老人は、着いてこいと言いたいらしい。
私たちは立ち上がり、服に付着した土やら埃やらを払えば、老人の後を追った。
「……もうちょっと早く歩けない?」
「お、お姉ちゃんってば!」
とっても歩くのが遅い老人に、私はいらいらする。
そして私はふと思いつく。
この老人の杖を突然蹴飛ばしたら、一体どうなるのだろう。
転ぶ? 私を罵倒する? そしたらこいつを殺せばいい。
「えいっ」
私はわざわざ老人の隣に立ち、体重をかけているであろう杖を足でちょいっと触れる。
ただちょっと触れただけのつもりだったのに、彼の杖がふたつに折れてしまった。
「うぁっ!」
老人は倒れる。
受け身も取れないとか、どんな生活してたのだろう。
のうのうと生きていたのは間違いないだろう。戦いを知らないなんて、羨ましい限りだ。
「な、何してるのよ!」
「この無礼者! ああ、村長様!!」
村人は老人を囲み、彼を助けていた。
人間たちは思った通り、私を罵倒しまくった。
さて、そこで肝心の本人の気持ちを聞いていない。
嫌だろう、私に喧嘩を売るのか? それ以外あるまい。
「……よい。静まれ!」
その老人の一言で、彼らは一気に黙る。
さあ、ここからどう出る?
「客人様や、お名前は?」
「……フォティノース」
「ほほう、そうか。フォティノース殿。ワシの目の前の小石を退けてくれて、ありがとうな」
な、何を言っているんだこのボケ老人。
私はわざとお前の杖を壊したんだぞ。
それなのにどうして目の前の小石だと思ったんだ。
「……いや、私はわざとで──」
「ワシの杖を折ってしまったとはいえ、あなた様の優しさに感謝しますぞ」
本当にこの老人が何を思って言っているのか、私には理解出来なかった。
いや、理解は出来ていた。ただ、私は認めたくないだけだったのだと思う。
こいつは、私の事を庇っているのだ。
「そうでしたか! 村長様を助けて下さりありがとうございます!」
「お優しい方だ!」
村人は、今度は歓声をあびせてきた。
手のひらをクルリと返す姿には笑いそうになったが、それよりもずっと気になっているのがやはり。
「……ねえ、お前。どうして私を庇ったの?」
「庇う? いいやまさか。ワシは本当の事を言ったまでじゃよ」
なんだよそれ。それならば、私はただの惨めな奴だ。
普通なら、そこでこの人間は素を見せるはずだった。悪い一面を見せてくれるはずだった。殺せるはずだった。
そんなこと言われてしまっては、何だか壊す気が起こらない。
今までいくつかの村や街を破壊したが、こんなに気が乗らないのは初めてだ。
ヴォールス帝国の時とは、本当に大違いだ。
「……ああ、そっか」
「ああ、そうじゃ」
老人は再び歩き始め、近くの大きな建物まで案内してくれた。
そこにご馳走があるから、好きなだけ食べろ、と。
「お姉ちゃん……」
「ベル、どうしてこの人たちはこんなにおかしいの?」
向かう途中、私はベルに聞いてみる。
ああ、分かった。この人たちは私の事を魔族だと思っていないのだ。
では後で教えてあげよう。私が魔族だと、魔王様の忠実なる配下だと。
そうしたら、こいつらは攻撃してくれるかもしれない。 そしたら私の破壊活動は再会できるだろう。
だからそれまでに、この気持ちは忘れておかなければ。
「良い人間もいるってことよ。お姉ちゃんがヴォールス城に来るまでにどれだけ街を壊したかは知らないけれど、ここの村人達に同じことをするのは、私は良い事だとは思わないわ。勿論、本当は他の村や街もダメだけどね」
私は考える。
それは不平等だというものだろう。差別というものだろう。
この人たちが良い人間だからといって、殺さないわけにはいかない。そんな事を言い出したらキリがないからである。
それに、魔族だって良い魔族は居た。先に殺したのはそちらだろう。
だから、私はこいつらを残虐に殺さなければならない。
それでないと、殺された魔族に向ける顔がなくなってしまう。
「……」
だけどやはり、妥協なんてできない。
悪いがこいつには、死んでもらおう。
故郷のひとたちの顔を思い出しながら、私は魔力を指先に込めた。
そして、老人の頭を狙って。
「ぐはっ!」
痛みさえ感じる暇もなく、彼には安らかに眠ってもらうことにした。
これでいい。そうだ、何に迷っていた。
私は魔族だ。人間を滅ぼすために生きている。
ただ一時の言動に左右されるくらいの軽い気持ちでいてはならない。
思い出せ、フォティノース。私たちが一体、どんな事をされたのか!
そうしていつの間にか、辺り一面が血の海になっていた。
ボロボロの服を纏った私がひとり、ただ息を吐き、夜の訪れを見届けていた。
 




