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第19話 魔王様

 私たちは歩いている途中、こんな話をしていた。


「私って、人間たちのなかではどういう認識なの?」


「んー、そうねえ。魔族の存在自体、私達の意識から若干薄れていたからあまりハッキリとは言えないわ。絶滅していた生き物が蘇るなんて、まさか誰も思わないでしょう?」


 黒髪の少女、ベルはそう答える、

 彼女はヴォールス帝国の王女様であり、私が滅ぼすべき種族である人間だ。

 私はそんな彼女となんやかんやあり、共に旅をすることになっている。

 まあヴォールス帝国はじき滅ぶだろうが。

 そんなことはどうでもよくて。


「いや、重要だよ。魔族の中では、どれだけお前たち人間に酷いことを出来たかで地位が決まるんだ」


 本当かと言われたら嘘になるが、以前どれだけ悲鳴を大きくできるかエクリーポと勝負したことがある。

 残念ながら私は負けてしまったのだけど。

 エクリーポは人間が死なない程度に痛めつけるのが上手なので、この勝負において勝ったことは一度もない。


「そ、そうなのね……。と、とにかく。ええと、お姉ちゃんの話よね。んー、んー……」


 そんなに長考するものなのだろうか。

 もしかして、私の名はあまり知られていないとか?

 それだったら、あの時堂々と名乗ったの恥ずかしいのでは。


「冬の国を滅ぼし、人の体で遊んでいた、みたいな。歴史を勉強している人なら皆知っている名前ではあったわ」


「へえ、そうなんだ。ちなみにさ。誰が一番有名なの?」


「それはもちろん勇者様よ。魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらした英雄! 彼の逸話は誰でも知っているわ」


 こいつは尽く私の地雷を踏み抜いた。

 私は足を止め、怒りによって暴走しかけている魔力を必死に抑える。

 拳に力を入れ、唇を噛みながら。


「お姉ちゃん?」


 勇者。

 その言葉は魔族の中では禁句ワード。

 魔王様の仇、魔王様を殺した張本人!


「……次にその名を口に出せば、私は私ではなくなる。それどころか、魔族全員を敵に回す事になる。命が惜しけば、今すぐ口を閉じろ」


「……ご、ごめんなさい。でも、そうよね。今はお姉ちゃんがリーダーなのだから、お姉ちゃんに合わせなければならなかったわ。ごめんなさい」


 ベルは真摯に謝る。

 ようやく感情が落ち着くと、私は再び歩みを進めた。

 それで、なんの話をしていたのだっけ。


「……お姉ちゃんは、とても魔王が好きだったようね」


「当たり前だろ。魔族は生まれてから死ぬまで、魔王様に忠誠を誓う。だけどそれは盲目的じゃない。ちゃんと自分の意志を持った上で崇めているんだよ」


 アサナシアがよく話してくれていた。

 魔王様は素晴らしいお方だ、って。


「へえ、そう? どんな風に?」


「魔王様は、どうしたら皆が幸せに暮らせるだろうとか、私たち魔族の事ばかり考えていてくださっていた。そんな偉大な王が、どうしてお前たちみたいなくだらない種族に殺されなければならなかったんだ」


 目を伏せ、考えてみる。

 夢のような時間が、あの人間のせいで壊れた。

 思えば、あれは壮絶な光景だった。

 勇者の持つ聖剣が、魔王様の体を切り裂く。

 激しい戦いの末、あのお方は──。

 

「……ちゃん? お姉ちゃん? ちょっと、無視は良くないんじゃないかしら」


「……ああ、ごめん。昔を思いだしてたんだ。でも、本当に魔王様は素晴らしいお方だった。ただ私たちのことを、真剣に考えてくれていた。あの強大な力を持ちながらも、誰かの為に動いてくれていた」


 一呼吸して、続ける。


「人間が私たちの村を襲ってきた時、魔王様はとてもお怒りになった。そして魔王軍は人間の街を侵略したのだけど、生き残ったのはごくわずかだったらしい。まったく、人間って自分勝手で愚かだ。だから私は今、こうして人間を滅ぼすための旅をしてる」


 魔王様の仇、絶対に取ってみせます。




 と、そんなこんなで。


「もう日が落ちてきた。早いような、やっとなような……。どうする? お姉ちゃん」


「どうも何も、歩き続けるだけだけど」


 私は足を止めない。


「は、はぁ? でももう夜よ? 危険だわ!」


 魔族にとって、人間が一番危険な存在である。

 故に隙なんて見せられない。常に動き続けなければ。


「それに私、お腹減ったし……」


「……はあ。めんどくさ。仕方ないな」


 夕陽の差し込む木々の中、どこかいい場所がないかと辺りを見回す。

 それと、落ち葉や木の枝を探し始める。


「……ああ! 焚き火ね! それなら私出来るわ!」


「そう。お前みたいな王女さまが? いつ習うのさ」


 私は木々を抱え、そこそこひらけたスペースに移動する。

 木々を積み、落ち葉を散らす。

 するとベルが追加で枝を持ってきた。


「違うわお姉ちゃん。こうよ。この方が、火がつきやすくて長持ちするの」


 するとベルは、慣れた手つきで木を積み立て直していく。

 まるで、いつもやっているようかのような。


「ふーん。見たことしかなかったから分かんなかった。ヴォールス帝国の人たちは、王族に火をつけさせるの?」


「そんなことないわよ。ただちょっと、ね」


 ベルは意味ありげにそう言って、私に微笑みかけた。

 そんなのはどうでもいいので、私は地に座り込んだ。


「……よし、できた。はー、暖かいわね」


「ちょっと早くない? もう少し暗くなってからでも良いと思うけど」


「いいのいいの。暗くなる前に枝とか集めておけば、暗い中探さなくてすむでしょう?」


 暗かろうが明るかろうが、魔族にとっては特に関係ない。

 昼間よりは少し視界が悪いが、魔族は暗闇に慣れているのである程度は大丈夫なのだ。


「そ。ま、いいけど」


 そして日は落ち、夜が訪れる。

 火のぱちぱちとした心地よい音が、夜の静けさをかき消す。

 私はローブを敷いた土の上に寝転びながら、星をただ眺めていた。


「……こんなに綺麗だっけ」


 私はひとり、呟く。

 こんなにじっくり星を観察したことなんか、いままでなかった。人間界の星なんか、尚更だ。

 だけど、おそらくだけど。

 こちらの方が、綺麗に見える。


「……あ、今。星が流れた」


「もしかして流れ星? 凄いわ! お願い事はしたかしら?」


 意外と安直な名前だな。

 流れ星、それに願いを込めれば願いが叶うのかな。

 ならば、どうしよう。

 願い、私の願いか。


「お願いって、なんでもいいの?」


「ええ、もちろん! でもちゃんと、気持ちを込めなきゃだめよ」


 そうか。

 では次の星に、この願いを込めよう。

 私の願いは──。

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