第10話 初めての
魔王城を出発してから、私は焼け焦げた町に来た。最後に様子を見たかったからである。
「……フォティノース様? ですか?」
この前、宿を勧めてくれたひとだ。よかった、生きてたんだ。
「どうも。無事でよかった。他のみんなは?」
「はい、無事の者も居ます。ですが残念ながら殺された者も……」
怒りと悲しみに溢れた彼の感情を、私は簡単に察した。
なら、こんなところで世間話なんてしてる場合では無い。
「ねえ、あなたの名前を教えてくれる?」
「私の名前、ですか? あ、アナクーフィシです。ですがこんな下民の名を覚えるなど、無駄でしかないでしょう……」
「いい名前だね。アナクーフィシ。うん。素敵な名前だ」
私は彼に握手を求めた。アナクーフィシは戸惑いつつも、私の手を握ってくれた。
彼のためにも、みんなのためにも、頑張らなければ。きっとこの出来事は、何年経っても忘れないだろう。
なぜならこれは、私が覚悟を決めた瞬間だから。
♦♦♦
飛行魔法というのはあまりにも楽であり、あっという間に魔王城が見えなくなるどころか、魔族国内から出る事ができた。それは寂しいような、楽しみなような、複雑な気持ちだった。
魔族国には、陽の光がない。真っ暗で、星がまたたき、月が輝くだけ。その光景が、私は大好きで神秘的で、手離したくない風景であった。けれども今、私が見ているのは
「……太陽、だ」
私の瞳に映る景色は、綺麗な草原と、朝を知らせる太陽。カターラの話は本当だったのだ。思わず飛ぶのをやめて、草原を足で感じてみたいと思った。靴は履いているので、それをそれを脱いでみたり。地に足つけて、私は自然を体感する。しばらく地下に居たのだし、こうやって大好きな自然に触れ合えるのは嬉しいことなのだ。魔族国の景色とはまた違うが、これも手放すのは惜しい景色である。
この調子で、人間が居るところまで行こう。折角だし、このままで。
歩き始めて、幾らか時間が過ぎて行った。顔を少ししか出していなかったはずの太陽は、もう私の真上に来てしまっていた。
そして私は、ようやく人間に会えた。人間の村、旅に出てから初めての村だ。さてと、アサナシアの
「おや? 朝早くに見知らぬ人だ。旅人さんかな?」
後ろから男の老人の声がした。私がせっかくいい気分になっている所を妨げるとは、なかなかに度胸がある人間だ。
「黙れ。年若い人間はどこ?」
私は振り返るまでもなく、男に向かってそう問いかけた。
「な、なんだ? お嬢さん、もしかしてエルフかい?」
「発言を許可した覚えは無い。エルフでもないし、人間でもない。なんだと思う? おじいちゃん」
話しづらいので振り返り、指先に魔力を込めながら老人に向ける。人差し指の先には、魔力が込められた証としてぴかりと光っている。
彼個人に恨みはないけれど、人間みな平等。殺してあげなきゃ可哀想だ。それに、旅の中での殺人第1号ということは、名誉あることなので。
「ひ、ひぃ! 今日は、孫の誕生日なんじゃ! お願いだから、命だけは、命だけは助けてくれ!」
私は魔力弾を放つ。指先に溜めていた魔力はもう、老人の心臓に向かって飛ばされていた。
「が、はっ……!」
吐血しながら倒れる老人を、私はただ眺めるだけ。
「あ、あ、いやぁぁぁぁぁぁあ!」
その現場を目撃した若い女性は、甲高い悲鳴をあげる。そしてその悲鳴を聞いた村人がざわざわとし、何事かと様子を見に来た人たちも悲鳴をあげ、と。これこそ地獄絵図である。人々の阿鼻叫喚を聞くために旅を始めた訳では無いのだけど。
「ゼロ、まだダメ。今はまだその時じゃない。君にはもっと、いい舞台を用意してあげるから」
私は連れてきたペットにそう語り掛ける。今はローブのポケットに隠れているのだが、そのうち晴れ舞台を用意してあげるつもりだ。いつになるかは分からないが。
「おじい、ちゃん? おじいちゃん、おじいちゃん!!」
女の子は、先程撃ち殺した老人の元に駆け寄り、泣き叫ぶ。血まみれの服に、小さな手を乗せ、懸命に呼びかけ、体を揺すって起こそうとしている。
「それはもう死んでるよ。お前も死にたくないなら、彼らみたいに逃げたらどう?」
彼ら、というのは、逃げ惑う村人たちのことを指している。さすがにそろそろ鼓膜が破れてしまいそうだ。静けさが恋しい。
「……嫌だ。どうして、どうしてこんな事するの!」
「どうしてって、分からない?」
女の子は大粒の涙を流し、震えながら私の答えを待つ。先程と同じように指で銃を表し、女の子のこめかみに指を突きつける。身長が小さいので、わざわざ屈んであげながら。
「君たちに、同じことをされたんだよ」
魔力を練り、放とうとする。
が、それはやめておいた。なんてったって子供だもの。どんな種族であれ、子どもは見逃さねばならない。
「早く逃げな。友達も連れて、遠くへ」
私は仕方なく、逃げる時間を与えてあげた。
立ち上がり、私は逃げ惑う大人たちを次々に殺していく。指先に魔力を込め、放つ、込めては放つの繰り返しである。
「こうも一方的だと、ちょっとつまらないかも」
そうだ。魔物を召喚してみてはどうだろう。私は召喚術を授かったのだし、それを今見せてやる。ふふん、いい考えだろう。
「……あー、太陽。そっか、ここは人間界なのか」
私は太陽を直視する。眩しすぎる陽の光に、私の瞳が謎の刺激を受ける。そのおかげで失明、なんてことは起こらないので別に良いのだけど。
太陽の光は、魔物を殺す。なので魔物は夜か日陰でしか生存できない。なのでここで魔物を召喚したところで、人1人殺せず死んでしまうだろう。どうしたものか。
「まあ、うーん。いっか。ぼーん!」
考えた結果、私は家々に火をつける。指先に魔力を込め、火の形を生成する。よく狙って、ぽんと放つ。魔力弾と何ら変わらない。
悲鳴はただの背景。バックミュージックであり、それ以上でもそれ以下でもない。
「こんな昼間からごめんねえ。じゃあ、ばいばーい」
もう用済みだ。放置すれば、いつの間にか滅びているだろうから。終わりが目の前にある物に、時間をかけていられないので。
次の町は、抵抗してくれるといいなあ。




