第1話 宣戦布告
大幅改稿しました
私は魔族だ。
人間達に恐れられる、魔王様の忠実なる下僕。
そんな私は今、崩壊寸前の地下にいる。
時は遡る。
私がこんな状況になる、少し前の話だ。
♦♦♦
昔、偉大な王がいた。
彼は魔族の中でも圧倒的な強さとカリスマ性で、魔族国を支配していた。
いずれ人間界にも侵攻を始めると、あっという間にほとんどの人間の国は彼のものになった。
誰もこの男には敵わない。人間だけでなく、魔族誰もがそう思っていた。
魔族は彼を魔王と呼び、慕っていた。
だがそんな魔王を良く思わない人間は、彼を倒す方法を思いついた。
世界各国から強者を集め、魔王を打ち倒そうとしたのだ。
彼らは冒険者と呼ばれ、各地にいる魔物や魔族を倒しながら、着々と人間の時代を再生していた。
そしてある時、異界の地から召喚された人間の冒険者が、とうとう魔王城までやって来た。
激しい戦闘の末、魔王は人間によって倒されてしまった。
こうして魔族の時代も幕を閉じ、彼ら人間の時代となっていたのだった。
魔王を倒した男は勇者と呼ばれ、今現在も人間たちの英雄の象徴であるらしい──。
勇者が魔王様を倒した後、私たち魔族は全滅寸前まで追い込まれた。
そんな私たちが逃げ込んだ先が、どこか遠くの地底だった。
そこで私たちは、失われた日々を取り戻すため、国を発展させ、以前ほどではないが繁栄させた。私たちは小さな城を建て、小さな城下町を創った。
そしてかれこれ数百年。私たち魔族は魔王様を喪った悲しみを忘れることなく、人間を憎みながら過ごしていた。
その過去を経て、今に至る。
というわけである。
魔王様に仕える魔族の中でも階席というものがある。階席とは、魔王に仕える者の中でも特に優秀な者が与えられる称号のようなもので、1位から6位まである。私はその中の6位。階席6位の座に着けていたのだ。
1番下かもしれないけれど、この数字の並びに強さの意味は無い。
「はぁ……」
寝巻きのまま、鏡の前で大きく溜息を零す私。
恥ずかしながら、6位の席に着けていた優越感で調子に乗っていた時期があったのだ。そんな日々を思い出しながら、肩より少し下であり、天使の羽のような白い艶々の髪を梳かした。
本音を言うと、あまりこの暮らしに文句は無い。使用人もいるし、領民達も居る。本当に贅沢すぎるくらいだ。
今日も今日とて会議と書類処理だけかなあと、穏やかな気持ちで普段着に着替えていると、何やら変な地響きがした。
ここは地下であるゆえ、崩壊するとなればおしまいである。
不吉な予感は止まらない、悪い予想を何パターンも想像してしまう。
「──様!! フォティノース様!!」
たった今、力強く扉を開けたのは私のメイド。名をイウースリと言う。真っ黒な髪と真っ黒な瞳に似合う名前だと思う。彼女は私の1番のお気に入りであり、側近だ。
ところで、そんなに慌てて走って来たらしいが、どうしたのだろう?
「何かあった? もしかして会議遅刻?」
「違いますフォティノース様……人間が、人間達が……!!」
ゾッとした。
悪い予感が当たってしまったのだ。
私は大きく目を見開き、驚きのあまり手に持っていたくしを落としてしまった。だが今はそれどころでは無い。
「イウースリ
「はい!!」
こんな状況だが、寝巻きじゃなくて良かったと思う。
私はベランダに出た。ある程度そこから様子を把握できるからだ。
「あ、あの光……は……!」
私たちが住んでいるのは地下なわけだから、光なんて届かないはずである。だが今、私達魔族が見えているのは神々しい光、太陽のような眩しい光だった。
あれは人間による魔法である。魔族を浄化せんとする魔法である。なぜここがバレたのか分からない。私たちの国は、魔王城の地下にあるのに。
このままだと皆一斉に殺されてしまう……。
幸いな事にまだ猶予はある。
あの魔法は発動までに数分掛かるのだ。その間に逃げることが出来る者だけでもと、私はベランダから叫び、領民たちへ屋敷へ入るよう促した。それしか方法は見つからなかった。
「フォティノース、聞こえる? 私よ。イスキオスです」
「イスキオス! 大丈夫?!」
私の頭の中に声を送ったのは、階席2位のイスキオス。 私よりもずっと強く、聡明な女性だ。
「フォティノース、よく聞いて。私達は人間界に出ます。みんなそう言ったわ」
「そんな……。人間世界には私たちを滅ぼそうとしている人がわんさかいるんだよ! あまりにも危険すぎる」
「大丈夫。私は階席2位です。地上に人間が居たとしても、負けないわ」
そんなやり取りをした後、ゲートが開かれる気配がした。
この国では、人間世界にある魔王城に通じるゲートが設置されている。ゲートの場所は各領主の屋敷内である。
そしてほぼ同時に開かれたのは、自分以外の各々の領域のゲートだった。きっともう転移を開始しているのだろう。まだ判断を下していないのは私だけである。
「……どうしよう」
人間世界に出れば、居場所は無い。
見つかればすぐ殺される。私には今の領民たちを守る力は無いかもしれない。
領主としてすぐに判決を下さなければならないのに、私は焦りを隠せなかった。だがもう方法はひとつしかない。ここに居れば全員もれなく天界行きである。
私はゲートのある大広間へ向かった。
「皆さん、聞いてください! 今から人間界へ通じるゲートを開けます。ですが決して、転移先から動かないで!」
私は避難してきた領民たちにそう言った。
家族で居る人もいれば、恋人と居る人もいる。共に過ごす人が違うだけで、不安なのはみんな一緒である。
だが今はそれどころではない。
私は魔力を手に集中させ、それらを豪華な扉に注いだ。
2、3人が同時に入れるような大きなゲートには、それなりの魔力が必要である。そうして幾秒か経った後、ゲートは白く輝いた。人間界へ通じた証拠だ。
「さあ、みんなこちらへ! ここから先は我らが魔王城です! そこなら身を隠せます!」
殺されたくない、ここで死ぬもんかと領民達は急いでゲートへ。勿論私は1番最後、領民たちを見送ってからだ。
「皆様、お急ぎください!」
イウースリも私と同じく、残ってくれるようだった。
だがもうじき、魔法は発動されるだろう。
「イウースリ、あなたも行きなさい。まだ死にたくないでしょう」
「ですが、フォティノース様のお傍から離れる訳には……!」
「イウースリ。あなたにはあちらに行って、領民たちをまとめなさい。私は全員入った後。だけど間に合うかどうかは……。ううん、大丈夫。大丈夫だよ」
「フォティノース様……。はい。魔王城でお待ちしております!」
イウースリはゲートに入った。遺言だとしたらこれくらいが丁度いいだろう。思い残すのならば、お礼の言葉を言えてない事。
けれどまだだ。そんな事言っている場合じゃない。地は揺れる。それもますます激しくなっていく。領民の家は崩壊しており、火災だって起こっているのが分かる。
そして崩壊寸前の屋敷は今さっき、最後の1人を送り届けた。
「ふぅ、よし」
私はゲートへ飛び込む。だがその前に、やるべきことがあった。
「絶対に、許さない」
私は密かに宣戦布告をした。