魔王倒して世界救ったはずなのに、選挙で勝たないと国王になれないらしい
「勇者よ、よくやった!」
「ははあっ!」
俺は勇者、魔王を倒して凱旋中。
「おぬしの手によって、世界は救われたぞ!」
「ははぁ!」
「そこで褒美を取らせる!」
「はっ!」
「この国の王位を……」
よし、これで俺が、この国の国王に……
「譲るわけにはいかん」
「はっ! ……は?」
「だから、王位はお前には譲らない」
「それはないでしょう!」
「いやいや、君、民主主義を舐め過ぎだよ?」
「……民主主義?」
「どういうプロセスで、君に王位を譲らなきゃいけないわけ?」
「……プロセス?」
「それって独裁じゃん、民意不在だよね」
「いや、そういうものじゃないですか?」
「意識が低い!」
「え?」
「民主主義は、国民生活を守る根幹なんだよ!」
「それはそうなんでしょうが……」
「民主的ではないプロセスは、国民の不満を招き、テロリズムをだな……」
「そんなに気にすることですか?」
「君、王になっても暗殺されるよ?」
「暗殺?」
「そう、民主主義を守らないと、君に不満を持った誰かが……ということもあり得る」
「それは困りますね……」
「そう、だから君には王位を譲るわけにはいかない」
「だったらどうすれば良いんですか?」
「民主主義で、正々堂々と戦いなさい」
「そう言われてもなあ……」
「民主主義のプロセス抜きに王になるとか、あり得ないから!」
「思想、ちょっと強くありません?」
「君が弱すぎるんだよ、勇者」
「でも、民主主義のプロセスってなんなんですか?」
「選挙だよ」
「……選挙?」
「そう、選挙だよ」
「勇者が選挙に出るとか、聞いたことが無いんですが……」
「それはこれまでの勇者がおかしかったんだ」
「これまでの勇者?」
「それはもう、幾千の勇者たちのことだよ」
「はあ……」
「彼らは選挙もなしに、魔王を倒したからという理由で国を得てきたんだ」
「まあ、そういうものですからね」
「そういうものじゃない!」
「いちいち、大きな声を出さないでください」
「それは申し訳ない」
選挙って言ってもなあ……俺は戦いの腕はあるけれど、選挙なんてよく分からないし。
「勇者、不安がることは無い」
「どういうことですか?」
「君には、魔王を倒したという功績がある」
「そうですね」
「その名声はいまや、我が国において鰻上りである」
「それはそうですね」
「だとすれば、民意が君を選んだとしても、不思議ではないわけだよ。なんたって、君はこの世界の英雄なんだから」
「なんだか、できそうな気がしてきました!」
「その調子だ!」
「はい!」
「選挙戦は一か月後に始まるので、それまでに準備を進めなさい!」
「承知しました」
「私の後継者枠として、資金の援助は惜しまないよ」
「援助していただけるんですね」
「ああ、これが私なりの褒美だ」
「でも、誰と戦えばいいんですか?」
「ん?」
「選挙と言うからには、敵対候補も存在するわけですよね?」
「大臣だな」
「大臣?」
「ああ、私の片腕として、国政に取り組んできた大臣がいる」
「実務派じゃないですか」
「そうだ、彼に勝つんだ」
「いや、無理ゲーじゃないですか?」
「実務派と言っても名声は無いんだ」
「ああ、そうなんですね」
「名声の勇者か、実務派の大臣か、良い勝負になると思うが」
「言われてみれば、そうかなあ……」
「ということで、健闘を祈る!」
さて、選挙戦の準備をしないとな。
※ ※ ※
宿屋。
「私が選対委員長ね!」
「なにそれ?」
こいつは賢者、共に魔王を倒した、唯一の相棒。
「選挙対策委員長のこと!」
「だから、なにそれ?」
「選挙の支える代表者って感じかな」
「ああ、必要な役割だな」
「当然、勇者の相棒である私が相応しいわよね!」
「賢者、お前に選挙のノウハウとかあるのか?」
「賢者って言うくらいなんだから、当然、選挙戦もお手の物よ」
「ほう」
「まあ、私の言う通りにすれば、間違いなく勝てると思うわ!」
「そんな簡単なものなのか?」
「勇者の名声を考えれば、余裕も余裕よ」
「じゃあ、いっちょ頼むわ」
「ええ!」
※ ※ ※
選挙後。
「負けたわね」
「負けたな」
「勇者よ、選挙に負けるとは情けない」
「賢者、間違いなく勝てるって言ったよな?」
「油断したわ」
「油断?」
「勇者の名声に頼り過ぎたわ」
「勇者よ、よく負けることができたな」
「王様、これって負け戦闘だったりしません?」
「しません、というか戦闘じゃないわ」
「それもそうですね」
「ともあれ、これで王位は大臣のものだな」
「これって夢ですよね?」
「現実だよ」
「嘘だあ、勇者補正とか無いのかよ」
「戦闘のプロも、政治のプロとはみなされなかったということだろうな」
「そんなのってアリですか?」
「割とアリじゃないか?」
「そんなわけ……」
「シビリアンコントロールって言うじゃん?」
「しべりあ……ん?」
「シビリアンコントロールだ」
「よく分かりません」
「いわゆる文民統制だ」
「余計に分かりません」
「勇者、政治家が軍隊を統制するのが文民統制よ」
「よくわからんぞ、賢者」
「勇者って、魔王討伐専門の別動隊って感じでしょ?」
「まあ、そうなるのかな」
「つまりは軍隊のくくりに入るわけ」
「それがなんなんだよ」
「軍人が政治に口を出すと、国は傾くものなのよ」
「そんなの、やってみないと分からないだろ?」
「そう言って、どれだけの国が滅んだのかしらね……」
「よく分からんが、軍人には政治は無理ってことか」
「そういうことね、諦めましょう」
「諦めんのかよ」
「適材適所よ、勇者に王様は向いていないわ」
「そんなあ」
「じゃあ宿屋に戻りましょう」
「本当に諦めるのか?」
「あなたはやっぱり勇者なのよ」
「ん?」
「勇者は勇者として、生を全うするべきなのよ」
「そんなものか」
「ということで、私と交際してください」
「……は?」
「魔王倒したら、結婚してくれる約束でしょ?」
「そんな約束もしたっけな……」
「私はそれが目的で、魔王を倒したのよ」
「結婚するためにそこまでするかよ」
「するわよ、だって好きなんだもの」
「二人とも、イチャイチャするのは構わんが、出て行ってくれ」
「はーい」
「おい……」
という感じで、俺が王様になる道は絶たれた。
※ ※ ※
宿屋。
「勇者としての生って、なんなんだよ」
「私と結婚することよ」
「約束は約束だし、受け入れるけどさ、それって勇者関係なくね」
「あるわよ」
「どのように?」
「子孫を作りましょう」
「……は?」
「勇者の血を残さなきゃねー」
「おいおい、それって……」
「逃がさないわよ?」
「落ち着こう!」
「私たちはもう夫婦なのよ?」
「だからって、急すぎるだろ!」
「私、ずっと我慢していたんだから」
「我慢?」
「魔王を倒すまでは身重になるわけにもいかないし、性交渉を求めたことなんて無かったでしょ?」
「それはそうだが……」
「今日というこの日を、どれだけ待ち焦がれたことか……」
「おい、ちょっと待てよ……」
「選挙に勝って王妃様ってのもアリだと思ったけれど、選挙に負けたんだし、仕方が無いわよね」
「王妃になろうとしていたのか……」
「そんなの当たり前でしょ、ほら、服脱がすからね」
「当たり前のように服を脱がそうとするな!」
「服を脱がさなきゃできないでしょ」
「だから、それを待てと言っている」
「勇者、私もう、我慢できないの……」
「賢者……」
「勇者……」
ぎゅっ……
「やっぱりダメだ!」
「勇者、焦らさないでよ」
「こういうのは良くないと思う!」
「私たち、夫婦なんだよ?」
何か考えろ、考えろ勇者!
「そうだ!」
「わっ! どうしたの、勇者」
「選挙をしよう」
「選挙?」
「ああ、選挙だ」
「選挙には負けたでしょ?」
「国王の選挙じゃなくて」
「どういうこと?」
「よく考えたら、勇者の妻が俺の意思だけで決められるのはおかしい!」
「おかしくないでしょ」
「いや、俺はもはやこの世界の英雄なんだ。その勇者の妻は、選挙によって決められるのが公平である!」
「屁理屈は良いから、早くシようよ」
「ダメだ!」
「全く、強情なんだから。なんでこんなにかわいい私を襲わないわけ?」
「確かに、賢者は可愛い」
「私が襲っていいって言ってるんだよ、勇者?」
「心の準備ができていない!」
「そう言われてもなあ……」
「とにかく、選挙だ!」
「まあ、勇者がそこまで言うなら、仕方ないか……」
「ああ、きっと賢者なら勝てる!」
「まあ、そうかもね……」
「選挙の立候補者の募集とかはこっちでやるから!」
「あ、うん……お願いね」
「ああ!」
ともあれ、俺は一時的にだが危機を脱することができた。
※ ※ ※
「私、立候補します!」
「君は、村娘……」
「ずっとお慕いしていました!」
「よし、じゃあ決定」
純朴そうな娘だし、無理やり俺を襲ってくるようなことも無いだろう。
「じゃあ、二人で選挙を戦ってくれ」
「勇者、この娘だけで良いの?」
「良いんじゃないか」
「それって公平と言えるの?」
「あんまり立候補者いても、訳が分からなくなる」
「理由はよく分からないけれど、まあ良いわ」
一騎打ちの方が賢者が負ける可能性が高いからな、候補者を乱立させるわけにはいかない。
「でも、誰に投票してもらうわけ?」
「国の皆さんだ」
「やっぱり変だよ、国の皆に聞くようなことじゃないって」
「勇者の血統を残すからには、俺の恣意的な判断ではまずいんだよ」
「絶対それ、屁理屈」
「屁理屈じゃない!」
「……そこまで私を抱きたくないわけ?」
「え?」
「……私、魅力ないのかな?」
「違う!」
「……だって、あれこれ理由を付けて、私を遠ざけようとしているように見えるから」
「そんなことはないぞ!」
そんなことはあるから困る。
「……でもさ」
「賢者は可愛い、本当に可愛い、大好きだ!」
「……本当?」
「ああ本当だ、青色の長い髪も、抱擁力のある大きな胸も、母のような慈愛ある振る舞いも大好きだ!」
「そっか……」
「ええ、大好きだ!」
「勇者様、私はどうですか?」
「……村娘?」
「あたしには魅力ありますか?」
まあ、ここで否定したら彼女のメンツが……
「その三つ編みも、スラっとしたスタイルも、献身的な感じも可愛いと思う!」
「そうですか、嬉しいです!」
「勇者、それ浮気じゃないの?」
「可愛いものは可愛いんだし、仕方がない」
「クズ男、最低!」
「そうさ、俺は最低なんだ」
よし、このクズ男ムーブ、賢者を遠ざけるには効果的に働くはず。
「でもそんなワイルドなところが好き!」
「……え?」
「私、絶対に選挙で勝つから!」
「いやいや、おかしくない?」
「何がおかしいの?」
「だって俺のことクズって……」
「むしろ燃えて来たわ、この泥棒猫から勇者を取り戻す!」
「あたしも負けません!」
「あんたに勇者は渡さないわ!」
「あたしこそ、あなたに勇者様は渡しません!」
なんか火を付けちゃったなあ、これ、逆効果じゃね。
※ ※ ※
一か月後。
「え、同じ票数……」
「そうみたいだな……」
賢者と町娘による選挙の結果は引き分けとなった。
「これ、やり直すの?」
「いいや、結果は結果だと思う」
「でも、同じ票数ってことは……」
「あたしと賢者さん、両方が勇者様の妻ということですね!」
「まあ、そうなるのか……」
二人でけん制し合ってくれれば、そういうことにはならないだろうし、悪い状況ではない。
「勇者様、あたしはそれでも構いませんよ!」
「そっか、賢者は?」
「まあ、気に食わないけれど、民意なら仕方が無いわね」
「そうだ、これが民意だ」
「まあ、一緒に愛してもらえばいいもんね……」
「……え?」
「勇者、私と町娘、一緒に愛してね」
「なんか思ってたのと違う」
「民意を尊重して、公平に勇者に愛してもらえるってことでしょ?」
「どうしてそうなる!」
「これが民意よ!」
詰めが甘かった、こういう展開もあり得るのかあ。
「ほら勇者、三人で、シよ?」
「いや、ちょっと待て……」
「勇者様ぁ……」
「ちょっ……村娘まで……」
二人の甘い香り、頭がくらくらする。
「勇者ぁ、愛してるよぉ……」
「……いや、服を脱がすな」
「勇者様、お慕いしています……」
「ぎゃー」
そんなこんなで、夢(?)のような新婚生活が始まってしまった。